☆
意識を取り戻した時、私は広場から少し離れた場所で膝立ちになり瓦礫に埋もれていた。
どれぐらいの間かはわからないが、意識が飛んでいたらしい。
意識がなくともこうして膝立ちとはいえ安定した体勢になっているのは、また無意識の内に体が動いたからだろう。
本当に、便利で憎々しい体だ。
体中が激痛を訴えるのを無視して、瓦礫を押しのけ立ち上がる。
左側が真っ赤に染まり霞んだ視界の先、広場には化物に馬乗りされて右腕をへし折られている相澤先生がいた。
「せん、せい……ッ!」
左足を踏み出す。たったそれだけの動作で激痛が走り、力が入らず膝から崩れ落ちた。
「――ッ、ゲホッゴホッ」
胃からこみ上げてきた熱いものを、咳き込みながら吐き出す。内蔵が傷つきでもしたのか、胃の中に入っていた食べ物と真っ赤な血が零れた。
なんとか動かせる首を動かして、視線の少し先に小さな魔法陣を展開する。
治癒系の能力は不得手だが、それでもなんとか体を動かせるぐらいにはなるはずだ。
「いっ、づ……!」
案の定、骨と筋繊維が繋がった程度の応急処置に終わったが、痛みは先ほどよりも酷くない。脚が動くなら歩けるし、腕が動くなら『個性』だって使える。何も問題は無い。
広場では何故か苛立たしげに首の辺りを掻き毟っている死柄木と、その隣に黒い霧の男がいた。相澤先生は先ほどと変わらず化け物に拘束されている。
まずは相澤先生を救ける。それから、化物をどうにかして、死柄木と男を纏めて蒸発させる。それで万事解決だ。
「すぅ……はぁ……」
血なまぐさい肺の空気を入れ替えるように、1度大きく深呼吸をする。
多分あの化物には物理攻撃が効かない。昨日の襲撃の時、私の手加減なしの『個性』で腕が吹き飛ぶ程度だった。常人なら塵さえ残さない威力だったし、破壊力だけなら全盛期のオールマイトに負けないパワーを持っているというのにだ。
あの時のような威力の高い攻撃はできない。この距離じゃ避けられるだろうし、相澤先生を盾にされでもしたら目も当てられない。
それから、生半可な攻撃じゃ再生される可能性がある。昨日の今日で腕が完全に治っているし、昨日の去り際に腕の肉が蠢いているのが見えた。あいつの再生能力は相当なものと見ていいだろう。
「……あはは、困ったなあ」
難易度が高すぎる。
いや、普段の私なら片手間に解決できるのだけれど、如何せん今は体の痛みで思考もうまくまとまらない状態だ。テレポートは場所指定を間違えれば地面に埋まる可能性だってあるし、速度と威力を調整するのも一苦労だろう。
出来るのは単純な身体強化と、威力とかの調整を考えない
はっきり言って、この状況は詰みに近かった。
どうする。どうすればこの状況を覆せる。
慎重に、かつ迅速に。いったい、どうすれば――
「けどその前に、平和の象徴としての矜持を少しでも、
へし折って帰ろう」
私がその言葉に顔を上げると同時に、死柄木が動いた。私と死柄木の対角線上、水難ゾーンにある小さな湖の淵へと。
死柄木が姿勢を低くして駆けるその先には――
足元に魔法陣を展開してテレポート。視界がフィルムのコマが抜け落ちたように切り替わり、背後に緑谷くん達を庇うようにして死柄木の前に立ちふさがる。
高低の座標を間違えたらしい、足首辺りまでが地面に埋まったが構うことは無い。むしろ体が固定されたから、反動を気にすることなく
「魔乙女さん――!?」
「『
緑谷くんの驚く声が聞こえる。なぜ彼がこんなとこにいるのか気になるが、今は構っている暇はない。
右腕を突き出し、前方に私の体を易々と覆えるような大きな魔法陣を展開。
「『
「死柄木弔! ――脳無!」
黒い霧の男が何かを察したのか、死柄木を霧で覆い、脳無に指示を出した。死柄木も察したらしくバックステップで下がり、指示に従った脳無が二人を庇うように前に出た。
だが、構うことは無い。どうせこのまま攻撃をやめても、『個性』発動に使った
私と彼らの直線上には人も施設もなく、つまりは全力を使ってしまっても問題ないということなのだから――!
「これが私の全力全開――
『
直後、眩く輝く魔法陣から放たれた桜色の閃光が、全てを埋め尽くした。
☆
「――ハッ――ハッ――ケホッ……」
文字通り、全力全開の一撃だった。
私の周りは余波で崩れてクレーターが出来ており、私はその中央でへたり込んでいた。
もう指の一本だって動かせない。こうしているのだって辛いぐらいで、なんなら今すぐリカバリーガールのお世話になって、ベッドで一週間ぐらい寝続けたいぐらいだ。
死柄木と黒い霧の男は逃しただろうけど、あの脳無とか呼ばれていた化物は――
「そんっ、な……」
あの砲撃を受け、ほぼ心臓の欠片だけみたいな状態になり、それでもなお再生を続け、四肢を使って立ち上がれるレベルにまで回復していた。
「ああ……やっぱり『先生』の言った通り、急造とはいえ改造してもらっといてよかった。死んだかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
あの再生能力は昨日の比ではない。死柄木の言葉通り、あれは改造されたとしか思えないほどに、再生能力が向上している。
「でもやられ過ぎたかな、次は無理そうか。……もう1度撃たれても面倒だし、殺しとこう。黒霧」
黒霧と呼ばれた男の『個性』で、死柄木が私の近くまで転移してくる。
死柄木の『個性』は、触れただけでモノを壊す類のもののはずだ。彼に触られるわけにはいかない。
早く逃げなきゃ、いけないのに……!
「体が、動かない……!」
全霊をかけた砲撃を放った私の体は、著しい
立ち上がることさえままならず、すぐ近くに死柄木がいるというのに『個性』を発動することさえ出来やしない。
「今度こそさよならだ、オールマイトの義娘」
死柄木の手が目前に迫る。
せめてもの抵抗として、私はその手をにらみ続け。
ひたり、と冷たい感触が私の顔に触れた。
「――ははは、本当にかっこいいぜ、イレイザーヘッド」
しかし、死柄木の『個性』は発動しなかった。
ボロボロになり倒れ伏した相澤先生が、それでも『個性』を発動して死柄木の『個性』を消していたからだ。
そして死柄木が肩を震わせて言ったのとほぼ同時に、USJの正面ゲートが紙屑のように吹き飛ばされる。
そこから現れたのは――
「もう大丈夫――私が来た!」
「オール……マイ、ト……」
まったく
☆
――情けない。
「嫌な予感がしてね。校長の長話を振り切って、他の教師たちを待たずにやって来たよ」
予定されていた相澤からの定時連絡が無かったことから、今雄英高校で動ける者がかき集められている。だがオールマイトは彼らの準備が出来るのを待つことなく、1人駆けてきたのだ。
とっくに『個性』の制限時間は過ぎている。それでも、嫌な予感がした。だからオールマイトを窘める校長を振り切りって来た。
――情けない!
「来る途中で飯田少年とすれ違ってね、事の仔細はあらまし聞いたよ」
彼の表情は焦燥と疲労によって、酷いものだった。息切れしながらも必死に状況を説明してくれた彼は、オールマイトに事の仔細を伝えると、疲労をおして雄英の校舎に駆けていった。
飯田は最後、泣きそうな顔で、皆を救けて下さいと懇願していた。重圧と恐怖に押しつぶされそうになっていた彼は、それでも己の役目を果たそうとしていたのだ。
――本っ当に、情けない!
正面ゲートのすぐ正面。
広場付近には腕を壊された相澤も居る。彼も、苦手な長期決戦を、生徒を守るためにこなしてくれていたという事は、想像に難くなかった。
情けなくてたまらない。もっと早く来ていればと後悔が募る。だが、今は己を責めるよりもやることがあった。
故にオールマイトは、様々な感情を押し殺し、胸を張って言った。
「もう大丈夫だ。
―― 私 が 来 た !」
「オールマイトォォ!」
誰かが、安堵と興奮のままに叫んだ。
「待ってたよ、ヒーロー。社会のゴミめ……」
憎々しげに死柄木が呟く。
オールマイトはその声に反応して死柄木の方を向き、そして――
「――魔乙女少女……ッ!」
ボロボロになって顔面を掴まれている魔乙女の姿を目にした。
同時に、正面ゲートから駆け出して階段手前で跳躍する。
「は、速っ――!」
広場で倒れ伏した相澤の場所まで瞬時に移動し、道中で屯していた
相澤の容態は酷いものだった。
肘は崩れたように皮膚が割れ、床に叩きつけられたのか顔面の骨が折れていた。
オールマイトが来る直前までは意識があったようだが、今は気を失ってしまっている。
「すまない、相澤くん。……無理をさせてしまったようだな」
相澤を肩に担ぎ、死柄木と脳無に振り返る。
その側には呆然としている魔乙女が座り込んでいて、さらにその背後に出久たちが居た。
そこまで確認したオールマイトは、気迫を込めて駆け出す。
すれ違いざまに死柄木の顔に軽いジャブを撃ち、魔乙女を抱える。そのままの勢いで出久たちのところまで駆け、同様に抱えて離脱した。
この一連の動作はすべて一瞬の間に行われた。死柄木はおろか、抱えられた当人である出久たちにも分からなかっただろう。
「君たちは早く出口へ! 相澤くんは気を失っている、3人で協力して運んで欲しい。それから、魔乙女も歩ける状態じゃないだろう、肩を貸してやってくれ!」
「えっ……あれ、いつの間に!?」
オールマイトは出久たちを背後に庇いつつ、簡潔に指示を飛ばす。出久と一緒に救出された峰田は何が起こったのか分からなかったのか、キョロキョロと辺りを見回して驚いていた。
「オー、ル……マイト……!」
「喋るんじゃない、魔乙女少女。君、とても動ける状態じゃないだろう? 大人しく避難しておきなさい」
「違う、違うんです……!」
梅雨に肩を貸してもらって立ち上がった魔乙女が、震える右腕を上げてオールマイトに手のひらを向けた。
「あの、黒いヤツの『個性』は――恐らく、物理攻撃に対する、耐性――と、再生能力、です。もう1人は、触れたものを崩す――『個性』で、煙のヤツは、ワープで、す」
「魔乙女少女! それ以上喋っては――」
「それ、から!」
血を口の端から零しながら、魔乙女は情報を伝える。オールマイトが彼女の体を心配して遮ろうとすると、魔乙女は一際大きな声を上げた。
突き出した右の掌の先に小さな魔法陣が出現する。彼女の『個性』だ。だが今の魔乙女は、『個性』を使用出来るような状態ではないはず。だというのに彼女は、
「オール、マイト――少し、だけですが――ゴホッ、
「……ッ! 魔乙女少女、君ってやつは……!」
既に大量の血を流し、身体中には激痛が走り。
『個性』を使えるような体力も残っていないような状態で、それでもなお。
彼女は、オールマイトの負担を少しでも減らそうと、『個性』を使用した。
「――ありがとう、魔乙女少女。後は私に任せて、君は休んでいなさい」
「…………はい」
笑みを忘れていた顔にほほ笑みを浮かべ、安心させるように穏やかな声で告げる。
釣られたように笑顔を浮かべた魔乙女の目尻から、一筋の涙が零れた。
☆
中途半端な気もしますが、これでUSJ編は終わりになります。正直この後の展開は原作とほぼ変わらないでしょうし、変わる要素もないので。
もやっとした終わり方だと思われる方もいらっしゃるでしょうが、全部書くと3話ぐらい消費しそうになるので、省略させていただきます。
次回の更新は11日の0時になります。それでは、次回もよろしくお願いします!