☆
私の『個性』は実に万能だ。
こうして、足元に展開した魔法陣を足場にして空中を跳ねるように移動することが出来るし、『個性』らしき銃弾の類も魔法陣で防げる。
一見幾何学的な模様が描かれたガバガバな魔法陣ではあるが、まるで空気で出来た壁のように堅牢かつ巨大だ。少し構造を弄れば、銃弾を跳ね返すことも出来る。
「一塊になって動くな!」
背後から相澤先生の注意喚起が聞こえる。同時に、緑谷くんたちの戸惑うような私を呼ぶ声も。
けれど私はそれを無視して、空中を駆けた。
距離を詰めていく度に、『個性』による攻撃は増えていく。その全てを大きめに展開した魔法陣で防ぎながら、その手前に私が通り抜けられるサイズの魔法陣を展開した。
強めに宙を蹴り、魔法陣を通り抜ける。淡い桜色の光を纏って宙に飛び出した私の服装は、戦闘モードの魔法使い的衣装に変わっていた。
さらに、右手のひらに小さな魔法陣を展開し、そこに左手を突っ込んで、掴んだ物を引っ張り出す。魔法使いの必須アイテム、魔法の杖だ。デザインは少し近代的だけど。
「いい加減弾幕が鬱陶しいので――少し散ってもらいます」
宙で逆さになった私は、広場の中央で固まっている一団に杖を向けた。
「『
個性把握テストでも見せた大砲型魔法陣を展開。数は4つ。
私の『個性』の源、『魔力』を弾丸として充填。同じく4つ。
「目標、
―― 『
コツン、と軽く魔法陣を叩きながら唱えてやると、それぞれの砲門から極太のレーザーが飛び出した。
☆
それはまさしく、蹂躙の号砲だった。
宙に浮かぶ一人の少女が放った砲弾、いやレーザーは、進行方向に現れた黒い霧を易々と
「なんっ……だ、あれ……」
誰かが驚愕の声をもらす。
個性把握テストで見せた大砲と、戦闘訓練で見せた光弾の合わせ技のようにも見えるが、威力が桁違いだ。
煙の晴れつつある着弾地点の地面には大きなクレーターが出来ており、既に死に体な敵達が転がっていた。
「せ、先生! どういう事っすか!? 一体何が起きて……!」
「アレは
「う、うっす!」
戸惑う生徒達に相澤が指示を飛ばし、各々がそれぞれが自分なりに状況を把握していく。
敵の襲撃。生徒の独断先行と、外部との通信遮断。
有り体に言って、状況は最悪の一言に尽きた。
「先生はっ!? 先生はどうするんですか!?」
「俺は魔乙女を止めに行く! いいからさっさと避難してろ!」
「でもっ! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは『個性』を消してからの捕縛じゃ――」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん!」
困惑の抜けきらない様子の出久に、相澤は一言で言い切ると、魔乙女を止めるために飛び出して行っていた。
『皆さん、早くこっちへ――』
「させませんよ」
13号の指示に従い避難を始めた生徒達の進行を阻むように、黒い霧が生徒達の前に立ちふさがる。
目らしき部分を憎々しげに細めたまま、その黒い霧は成人済みらしい男の声で、目的を告げた。
「初めまして、我々は
平和の象徴『オールマイト』に、息絶えていただきたいと思ってのことでして」
☆
「……随分と派手にやってくれたもんだな」
「先に仕掛けたのはそっちですよ。正当防衛、というやつです」
広場に着地した私を迎えたのは、昨日の襲撃時と全く変わらない様子の死柄木だった。
傍には例の化け物がいるが、黒い霧の男の姿は見えない。砲撃の邪魔をしようとした様だったけれど、失敗して別の作戦に移行でもしたのだろうか。
まあ今はどうでもいいか。『個性』の効果対象を選べる私にとって、彼は邪魔でもなんでもない。
「それにしても、よくもまあこんなに
「んだとテメェ!」
挨拶がわりに煽ってやると、簡単に釣れた小悪党が殴りかかってくる。
「よっ、と」
「ご、ガッ!?」
拳を逸らして腹部に膝蹴りをお見舞いし、体制が崩れた所を回し蹴りで蹴り飛ばす。
ちなみに、スカートの下にはスパッツを履いているので見えても問題は無いので、遠慮なしに蹴り飛ばせる。
「クソッ、囲め囲め!」
数の有利があるからだろうか、派手に蹴り飛ばされた仲間がいるというのに怯む様子がない。
これは、少しまずい。派手な立ち回りをすれば、多少なりとも怯んでくれるかと思っていたのだけれど。
緑谷くんに対して『個性』の制御ができていないと評した私ではあるが、こんな数に囲まれては手加減している余裕もなくなってしまうかもしれない。
手加減の仕方を間違って、自分がやられれば世話はないのだから。
――そう、だから。
「死ねクソガキ!」
刀のようなものを振りかざし、左手から男が飛びかかってくる。
その構えも、振り方も点で素人。私にとって脅威ではない。だが、相手がどんな『個性』を持っているかは分からない。
故に私は、男の少し手前に魔法陣を展開する。
男が魔法陣にぶつかり、情けない声を上げる。男がぶつかった途端、魔法陣は淡く発光し始める。
今展開したのは、衝撃に反応して爆発する簡単で
「さようなら、残念ながら死ぬのはアナタですよ」
ぶつかった衝撃でたたらを踏む男に
☆
「……何のつもりですか? 相澤先生」
相澤が魔乙女の『個性』を止めることが出来たのは、本当にギリギリのことだった。
事前に敵の存在を確認できていたこと。主犯格と思われる3人が分かっていたこと。そして、敵の目的が明確だったこと。
それらがあってこそ、迅速な指示を飛ばし、寸でのところではあるが広場まで駆けつけ、魔乙女の『個性』を相澤の『個性』で無効化できたのだ。
とはいえ、オールマイトが『個性』の制限時間を越えてしまったのは完全に予定外のことだった。本来なら、彼に魔乙女を止めてもらうつもりだったからだ。
オールマイトと魔乙女の過去を考えれば、彼女がオールマイトを殺害するなどと言われて暴走しないわけがない、というのは簡単に予想できた。実際、昨日の襲撃時に本気で敵を殺そうとしていたのが確認出来ている。
だが、当のオールマイトは現在活動限界を迎えたこと、そして敵の狙いが彼であることから、現在教師と校長たち以外誰もいない本校舎にいる。
オールマイトが活動時間を超えたのが敵の戦略のうちと判断し、だからこそオールマイトから離れた場所に生徒達を授業という名目で誘導した。だが、今回はそれが裏目に出たらしい。
恐らく、今朝の事件の連続は全くの偶然で、敵はオールマイトが活動限界を迎えていることを知らない、もしくは彼に活動限界があることすらも知らない可能性がある。
不幸中の幸いな事に、オールマイトは授業の終わりにこちらに顔を出すことになっている。なにより、十分な警戒態勢をとるために定時連絡も設けている。定時になっても連絡がなければ、不審に思った教師陣がこちらに来るだろう。
であれば、現状相澤がしなければならないのは、魔乙女の制御と、敵の確保。それから他の生徒達の安全確保だ。
「何のつもりも何も、お前、今殺そうとしただろ」
「いえ? ただ戦闘で緊張していたので、
「ほざけバカ」
「バっ……バカとは何ですか、バカとは。私はオールマイトを殺すとか宣う小悪党共に、彼の養子としてそれ相応のご挨拶をですね」
と、不満と憤りを隠すことなく抗議する魔乙女の後ろに迫っていた敵を拘束し、後ろのクレーターに叩きつける。
どこかの誰かのせいで、ずいぶんと変則的な戦場になったものだ。
「…………」
「油断して話し込む暇があったら、お前もさっさと避難してろ」
「……お断りします」
素で気づいていなかったらしい魔乙女は曖昧な表情で沈黙していたが、拗ねたようにプイっとそっぽを向き、ついでにそちらの方向に光弾を一斉掃射。
一気に十数人が吹き飛ばされたが、その隙間を埋めるようにさらに敵が湧いて出てきた。
「調整間違って殺しでもしてみろ、オールマイトさんに言いつけるぞ」
「それは本当にご勘弁を。昨日ので懲りましたので、ええ」
そう言って、次々に襲いかかってくる敵を迎撃していく魔乙女に、相澤はとりあえずは大丈夫そうだ、と判断した。
魔乙女はオールマイトの事になると沸点が低くなるが、同時にオールマイトの事を出されると冷めやすくもある。つまるところ、『
そこが扱いやすくもあり、敵に付け込まれやすい点でもあるんだがな。
小さく独りごち、相澤は敵の迎撃を再開した。
☆
正直、頭に血が上りきっていたのは否めない。
昨日の今日で、オールマイトから注意されたことを繰り返しているのだから世話がなかった。
恐らく、相澤先生が私を止めなかったら、あの小悪党は四散して血の雨を降らしていたはずだ。下らない小悪党の血で手を汚さなくて済んだのだから、相澤先生には感謝しなければならない。
「というか、流石に数が多すぎませんかね……!」
冷静になって周囲に目を向けてみると、小悪党の数が異様に多いのに気がついた。
一人一人の技量も『個性』も大したことは無いが、如何せん数が多い。私だけでも30人は倒しているというのに、襲撃の勢いが止む気配がないのだから相当だ。
「入試の時の仮想ヴィランじゃないんですから、次から次に湧かなくても――先生後ろです!」
愚痴りながら31人目を吹き飛ばした時、視界の端に死柄木の姿が見えた。姿勢を低くして走る彼の視線の先には、背中を見せている相澤先生の姿があった。
「――23秒」
「本命か」
私の声に反応した相澤先生が、振り向きざまに首元の布を投擲。死柄木は軽々とそれを掴むと、逆に布を引き寄せた。
「20秒」
「先生! その人は――!」
「分かってる」
相澤先生はその勢いに逆らうことなく、しかし死柄木のリーチに入らないように円を描きながら移動し、ついでに進路上の小悪党どもに蹴りを叩き込んだ。
先日の襲撃で『個性』がある程度把握出来ているため、相澤先生は彼の手に触れないようにしているのだ。
「17秒」
ボロボロになった布から手を離し、死柄木が呟く。
最初は何のことかと思ったが、彼が呟くタイミングは相澤先生の髪が下がるタイミングとほぼ同時だった。
彼は恐らく、相澤先生が敵の『個性』を見るだけで消すことが出来るのを知っている。そして、髪が下がる事によってそれが出来なくなるタイミングを測っていたらしい。
「ワンアクション終える毎に髪が下がる瞬間がある。そしてその間隔はだんだん短くなっている。……無理をするなよ、イレイザーヘッド? その『個性』じゃあ
「こいつ……」
頭が回る、とまでは言わないが、手下をけしかけて仰け反っているだけの小悪党どもとは違うようだ。敵を観察するのは基本中の基本だけれど、あの乱戦の中でそれだけ見極められるとか、あの手型の向こう側の目は割といい方みたいだ。
「相澤先生、その人の相手は私に任せてください。相澤先生より私の方が上手く立ち回れます」
「ダメだ。任せたら殺しに行くだろ」
「……我慢します」
「我慢するとか言うような奴には任せられん」
「ところでヒーロー」
ぐぬぬ、と取り付く島もない相澤先生に私が唸っていると、死柄木が緩慢な動きで相澤先生に振り向いた。
相変わらず手型のせいで顔が伺えないが、何となく手型の向こう側の顔はニンマリと笑っているように思える。
「『本命』は――俺じゃない」
「――ッ! 魔乙女!」
慌てたような相澤先生の叫びが聞こえると同時に、私の体を覆い尽くすように影が伸びた。
「なっ――」
「じゃあな、オールマイトの義娘」
直後、私の体を大きな衝撃が襲った。
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