人間の私が吸血鬼の姉になるだけの不思議で特別な物語 作:百合好きなmerrick
今回でこの章は終わりです。ではまぁ、お暇な時にでもどぞ。
side Naomi Garcia
──人間の都市 『アンリエッタ』 ウォルター宅
ハクアの案内により、ウォルターの家までやって来た。ウォルターの家はスラム街にあるものの、周りよりも大きな館という感じで、まるで貧相に見えない。だが、どこか物寂しい空気が漂い、薄らと嫌悪感をもよおす臭いが広がっていた。
それは、まるで何かが腐敗した臭いだった。野菜が腐ったというよりは、肉が腐った臭いの方が近いだろう。
──あぁ、それにしても本当に嫌な臭い......。
「なんだこの臭いは......。失礼! 王の護衛兼補佐のハクア・ホストリアだが! ウォルターは居るか!?」
ハクアも気付いた様子でそう悪態をつき、扉を大きな音を立ててノックしてそう叫んだ。
「おや、ハクア様。それに、随分と大勢で......どうなされました?」
ウォルターは急な訪問にも平然と対応する。
本当に犯人なのかと思うくらい自然な顔だ。
「切り裂きジャックの件で話がある。中に入らせてもらってもいいか?」
開口一番にそう言える辺り、やはり王子だけあって、権力は相当なものなのだろう。
──若干権力乱用にも見えるんだけど......。
「......ふむ。いいですよ。ただし、この家は大勢が入れるほど広くありませんし、何処の馬の骨か分からないような人達を入れるつもりはありませんねぇ」
私とリリィを見るその目は、明らかな敵意が込められている。
やはり犯人なのか、それともただリリィが捕まったことを知ってたのか、定かではない。
「......いいだろう。入るのは俺とクロエだけにしておこう」
「それなら私も文句はないです。さぁ、中へ」
「分かった。すまないが、ナオミ達はここで待っていてくれ。......裏口があるかもしれない。見張っていてくれ」
ハクアはウォルターに聞こえないくらいの小さな声で去り際にそう話す。
「どうしました? 早くお入りください」
「あぁ、今行く。クロエ。行くぞ」
「分かりましたわ。皆様。お気を付けて」
それだけ話すと、クロエとハクアは中へと入っていった。
残された私達は入り口に待たされることとなった。
「ハクアの言う通り、裏口があれば逃げられるね。リン。エリーちゃんとアナンタと一緒にここで見張っていて。裏口は......多分、危険だし」
「仰せのままに」
いつも通り機械的に答え、心配などの声もかけない。やはり、ホムンクルスだからか。
──それでも、もう少しくらい、心配してもいいと思うけど。
「えぇっ!? お姉ちゃんも裏に回るのー!?」
「エリー。声がでかい。心配しなくても大丈夫よ。リリィがいるから」
「うん......。それは分かってるけどぉ......」
悲しげな表情を浮かべ、つぶらな瞳をこちらに向ける。
いつもなら許してしまいそうな顔だが、今回だけはそうはいかない。
もしも本当に犯人なら、切り裂きジャックもいるはずだ。あの娘と話がしたいとは思っていても、あの娘からは怪我をさせたことで恨まれている。ここまで連れてきて何だが、そんな危険な時にエリーに会わせようとは思えない。
「ね? 安心できるでしょ? エリー。ここをお願いね。アナンタ。エリーをお願いするわ」
「分かった。何があっても必ず守ると、約束する」
決意を固めことが分かるように、アナンタの目は真っ直ぐ私を見つめていた。
「......お姉ちゃん。何かあったら大声を出してね。すぐに行くから」
「分かったわ。リリィ。探しに行きましょうか。無かったらすぐに戻ってくるわね」
エリーを少しだけでも安心させるようにそう言うと、私達はウォルターの家の周囲を回り始めた。
しばらく歩くと、案の定裏口を見つけた。どうやらここの一つしか無いらしく、人気のない裏路地へと続いている扉だった。もしも逃げてくるなら、ここから出てくることになるのは間違いないだろう。
「しばらく待機ね。何かあればハクア達が騒ぐ声が聞こえるだろうし......しばらく待ちましょうか」
「うん。そうだね。......それでさ。姉様は、切り裂きジャックと何を話して何がしたいの?」
「何を話すかはまだ決めてないわ。でも、切り裂きジャックに、あの娘のような小さな子供に、殺人鬼なんて道は間違っているわ。絶対にね」
これは、あの娘のためだけではなく、
──それが、私のできる、唯一の罪滅ぼしなんだから......。
「姉様? ......あ、いや。それよりも......」
「どうしたの?」
「クロエ! 挟め! 逃がすな!」
ウォルターの家から大きな声が響く。
──これは、ハクアの声かしら?
「何かあったみたい! 姉様! 行くよっ!」
「えぇ、そうね!」
私達は裏口から声が聞こえた方向へと向かった。
中に入ると、さらに臭いはキツくなっていた。
「バレてしまっては仕方ない。秘密の入り口をよく見つけたものだねぇ?」
「あからさまに怪しすぎるんだよ! 何だよ、ここには何も無いですからー、って! 絶対何かある時のセリフじゃねぇか!」
声が聞こえる部屋では、ハクアとクロエ、ウォルター、そして、切り裂きジャックの少女が今にも戦いそうな雰囲気で話していた。
「切り裂きジャック......」
「おや? おやおや? 誰かと思えばジャックが取り逃がした少女達じゃないのかね? えぇ? こんなところまでやって来て......あの人の部品になりたいのかな?」
「......壊す。貴方達は、絶対に」
ウォルターは化けの皮が剥がれたからか、さっき会った時と違い性格が豹変していた。
切り裂きジャックは私達に警戒心をあらわにした眼差しを向ける。
「やっと会えたわね。切り裂きジャック。いえ、ジャクリーン、かしら?」
「......どうして知ってる?」
「ジャック。敵の言葉に惑わされないように。お前はただ私の邪魔になる者を殺せばいいのだから」
「はい。お父さん」
──やはり、こいつが親か......。
そう思うと、ウォルターに対する怒りがふつふつと煮えたぎる。
「ウォルター、だったかしら。私は貴方を許さないから」
「元より許される気はない。それに、ここでお前達は死ぬのだ。ジャック。俺が逃げる時間を稼げ」
「なっ、おい逃げっ!?」
ウォルターは丸い何かを地面に投げつける。
その丸い何かが地面に当たった瞬間、煙が溢れ出し、視界が悪くなる。
「煙玉か!? 古典的で面倒臭い物を! クロエ、お前は裏口を頼む! 俺は入り口に向かうことにする! 守ると約束したからな!」
「分かりましたわ!」
「逃がさないッ!」
入り口へと向かうハクアに向かう二つの影がチラリと見えた。
片方の影に対し、もう片方の影が立ちはだかる。
「切り裂きジャック。姉様が話をしたいらしいから、貴方はここで待ってね。
絶対に、逃がさないから」
「っ!?」
「リリィか!? ここを任した!」
その影とは、リリィとナイフを持つジャクリーンだった。
リリィは入り口へと繋がる扉の前に立ちはだかり、ジャクリーンを止めている。
「別に姉様以外の言うことは聞くつもり無いけど......今回は特別ね」
「......あの時の傷、忘れてない。お前を壊すのが最優先」
「姉様と話すのが最優先だよ。大人しく捕まってもらうから!」
「......嫌。お父さんのために、時間を──」
「まだ分からないの!? 貴方はあの男に利用されているだけなのよ!?」
戦って勝っても、この娘の気持ちが変わらないと意味はない。
そう判断した私は、必死に思いを伝える。
「違うっ! お父さんはわたしを大切に......それにッ! 親がいないわたしを、育てて......」
「子供に殺人をさせる親なんて、子供を囮にする親なんて......そんなの親じゃないわよ!
親なら子供を正しい道に進ませ、子供のために頑張るものなのよ!」
「っ......!? わ、わたしは、それでも......誰も、いないから、お父さんのために──」
「そんなの私が代わりになってあげるから、殺人に手を貸すのはやめなさい!」
「えぇ!? ね、姉様!?」
ジャクリーンはその言葉に動揺してか、驚いてか、動きを止めた。
──つい言ってしまったが、殺人に手を染めないのなら、超能力者の娘でも何でも、親になる覚悟はある。それが、
「え......? 壊そうとした私を......? バカなの?」
「姉様はバカじゃないからっ! 姉様、考え直して! その娘、絶対に私以上のヤンデレだよ!?」
「自覚あったのね......。ただ、私は人の命は重いと考えているだけよ。貴方みたいな子供に、人の命を奪わせるなんて我慢ならない。だから......それを止めるなら、私は貴方の親にでも何でもなってやるわよ!」
「......本当に本当? 本当に言ってるの?」
ジャクリーンは左手に持っていた武器を落とし、ゆっくりと近づいてくる。
「本当よ。もう殺人をしないなら、貴方のためにも生きてあげるわ」
「......そっか。なら──」
ジャクリーンは私に手で触れれる距離まで来ると、
「うっ......っ!?」
「──こんなことされても、わたしのために生きてくれるの?
腹部に鋭い痛みが走る。殴られたはずなのに、何かで刺されたような痛みを感じる。
──あぁ、そう言えば、自身に透明化が使えるんだから、武器にできてもおかしくは......。
「姉様っ!? っ、殺──」
「リリィ! ......大丈夫、大丈夫だから。少し待って......」
「姉様......」
「わたし、お母さんとお父さんに捨てられたの。忌み子だからって。人を傷付けるからって。そんなつもりは無かったのにね。誰も信用してくれないの。
うん。本当は知ってるよ。お父さんがわたしを道具としてしか見てないって。
貴方は、お母さんは......こんなわたしでも、信じてくれるの? 信じると、こんな風に刺されるかもしれないよ。それでも、ちゃんと好きになってくれるの?」
もう何もかも諦めたような、疲れきった笑顔で語りかけられる。
「さっきも言ったけどさ......貴方のためにも生きてあげるわ。もう既に何人かのために生きてるんだし、今更一人増えたところで変わらないわ。ジャクリーン。貴方を信じるから、安心してちょうだい」
「......うん、分かった。......よかった。もしも信じてくれなかったらこのまま首を切って壊してたの」
無邪気な笑顔を見せると、ゆっくりと私を刺した何かを抜く動作をする。
無邪気な笑顔を見せながらも、残酷なことをさらっと言うその姿には、吸血鬼の妹や、
「ね、姉様? もういい? 早く治さないと、傷が......」
「大丈夫よ。ちょっとは痛みに慣れたから」
「お母さん、痛いのダメ? なら謝らないとね。ごめんなさい」
「大丈夫よ。......なっ、ジャクリーン!? どうしたの!?」
ジャクリーンの鼻から、血が流れ出ていた。
どこも怪我をしてないはずなのに。
「......超能力を使い過ぎたらこうなるの。でも、大丈夫だよっ。お母さん」
「それよりも! 姉様の傷でしょ!? 早くエリーちゃんに見せて治療を......っ!」
「だから大丈夫ってば......いっ」
「大丈夫じゃないから言ってるの!」
──あはは......。初めてリリィに怒られたわね。......大丈夫とは言ったものの、もう無理そうだ。
「はぁ......ごめんなさい。やっぱり無理。ちょっと休むから、ウォルターに気を付けて、エリーの場所に私を......」
「ね、姉様!?」
前回怪我をした時のような感覚が蘇る。
気付くと私は、夢を見ていた────