FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~ 作:言語嫌い
テスト前だけど気にしない。勉強してたらいつの間にか出来てたんだから仕方ないよな
うん、僕は悪くない。
それではどうぞ
数か月前、フェリア王城にペレジアから一人の使者が訪れた。それに対し、決死の逃走を遂げたばかりであった彼ら――イーリスとフェリアの者たちはその知らせを聞きいぶかしむとともに、最悪な状況を想定して、その使者を迎えた。
しかし、使者からもたらされたその知らせ意外なものであり、彼らはそれが罠ではないかと疑った。むしろ、それ以外に考えられなかった。
「……ペレジアの使者よ。ギャンレル殿はすなわち停戦を申し込んできており、その準備も出来ていて、この書状と共に貴殿にこの場の裁定を任せた。これでいいか?」
「はい。その通りです」
このような不測の事態において交渉をしていたのはバジーリオとルフレとクロムの三人で、ビャクヤは疲労が原因で寝込んでいたため不在だった。何故、彼ほどの人物が倒れることになったのかという疑問を誰もが抱いたが、その原因を輸送隊の二人は知らず、知っていると思われる青い剣士マルス――未来の聖王代理ルキナは黙して語らなかったため、その原因を知ることはできなかった。
そして、この件について考える時間を取る必要があり、彼の回復を待つ意味でも即答するわけにはいかないと判断した彼は使者に部屋を与えて下がらせた。
「さて、クロム。むこうさんはこちらとの争いをいったん止めたいと言ってきているが、どうする? 正直、罠の可能性が大きい――いや、むしろ罠じゃない可能性の方が低い。だが――――」
「ああ、わかっている。だが、こちらには時間が必要だ。たとえ、罠であろうと、その間に向こうの戦力が増えてしまおうと、乗らないわけにはいかない。失った物資やけがをした人員は多く、戦力が落ちているからな。そして、何より……ビャクヤがいつ目を覚ますかわからない」
バジーリオの言葉にクロムは賛成の意思を示す。そもそも、こちらは天馬騎士団を含め少なくない犠牲をだし、その上聖王エメリナを失った。それに対して向こうは被害と言えば広場や逃走戦の時に出た兵くらいであり、向こうの方が圧倒的に有利である。それ故に、この局面で向こうから停戦を申し込んでくるなどまずありえない。それならば、何故申し込んできたのかと考えれば、こちらが油断したところをつくためと考え、これ自体が罠ではないかと考える。
だが――――
「少し、待ってください。もしこれが罠だとしても、あまりにもわかりやすすぎます。今まで相手をしてきたギャンレルと言う男はこんな安易な策を持ち出したりはしないはずです。もっと、水面下で動き、こちらの足元から一気に崩していくような感じの策だったはずです。ならば、これは目に見えているものではなく、もっとほかの何かへの布石だと考えるのが妥当です」
そう、これは誰もがそう考える。もしこれが罠だとするならば、軍略に詳しくなくとも簡単に思いつくくらい、杜撰なものだ。ルフレの言う通り、ここまでのギャンレルの動きにもまるで合っていない。
「そうだが。他に考えられることがないってーのも確かだ。それで、何の足がかりだと思うんだ?」
「……それは、わかりません」
「……そうか。ルフレがわからないなら、ビャクヤに意見をもらいたいが」
「まあ、軍師殿は未だ夢の中だからな。どうしようもない」
考えても答えが出ない。そして、答えを出しうる可能性のある人物は現在動くことが出来ない。故に、話し合いは完全に詰まっていた。だが、何もこの問いに答えを出すことが出来る人物は彼だけではない。
「ふむ、話は大体カナから聞いた」
向こうの事情を知り、今回の休戦の理由を推測できる人物はほかにもいるのだから。
「今回の休戦の申し込みの理由は、おそらく、ギャンレルの負傷が原因だろう」
「フラム? どういう事だ?」
「ああ、それについては詳しく聞きたいな――――」
突然現れ、ペレジア王ギャンレルの負傷を告げるフラムに驚きを隠せないクロムだったが、バジーリオはそれ以上に警戒を強めて目の前にいる輸送隊のフラムを見据える。
「もちろん、お前についてもな」
「……」
バジーリオはフラムのことを以前から知っているが、それは輸送隊としてのフラムであり、騎士たちと肩を並べて戦えるほどの強さを持つ人物だとは知らなかった。そして、今まで黙っていた理由についてもわからない。故に、イーリス内部にもぐりこんだ向こうの手のものかもしれないと考えていた。また、バジーリオにとってフラムという男は珍しく
だが、それは言い出したらきりがないことでもある。フラムでなくても怪しい人物なんてたくさんいる。そもそも、疑いだしたらきりがない。
「バジーリオさんは少し落ち着いてください。それで、フラムさん。いくつか聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「ああ、構わないよ」
だから、ルフレはバジーリオを止める。今の自分たちに必要なのは疑うことよりも仲間を信じることのはずであるから。
だから、信じましょう、フラムさんを、皆を。
諭されたわけではないけれど、バジーリオは彼女の視線からそう感じ取った。やれやれと言った感じで首を振りながら肩をすくめるバジーリオを横目にルフレはフラムを見る。
「カナは怪我で休んでいるはずでは?」
「……私が目を放したすきにいつの間にか消えていた。おそらく、ペレジアから使者が来たという会話が聞こえたのだろうな。そのまま、ここで会話を盗み聞きしていたらしい。しっかり叱っておいたし、今は、リベラを監視につけているから大丈夫だろう」
どこか疲れたようにため息交じりに答えたフラムに、彼女はお疲れ様ですと反射的に答えてしまっていた。先ほど警戒を強めていたバジーリオも何か共感できるものがあったのか同情するような眼で彼を見る。
「こほん――ええと、どうしてギャンレルが負傷していると知っているのですか?」
「ああ、それだが、カナがギャンレルを暗殺しようとしたからだ」
「え!?」
「な!?」
「まじか!?」
一様に驚く彼らに対しフラムは鷹揚にうなずき話を続けた。
「気が付いたらカナが居なくてね。急遽、敵兵から奪ったドラゴンに乗って空から探していたんだ。そしたら、運よく大きなテラスのある一室でギャンレルと黒いフードをかぶった人物に返り討ちにあっているのを見つけてな。そのままドラゴンごと突っ込んでカナを回収したんだ」
「なるほど、その際にギャンレルが大きなけがを負っていたんですね」
「まあ、そんなところだな」
フラムの報告に、ルフレは努めて冷静に答えた。だが、それは表面上だけで、あまりに予想外のことが起きていたことが分かったせいか、本来なら聞き流せないような事柄を聞き逃してしまうくらいには、動揺していた。そして、それは彼女だけでなく、バジーリオやクロムもである。彼らはフラムが
そして、本来なら理由づけとして通用しないはずの嘘をついた彼はそのまま、先の発言を消し去るかのように言葉を続ける。
「そういうことだ。カナの持つナイフは傷の治癒を遅らせる特殊な魔法が付与されている。製造者は知らされておらず、どこで手に入れたかもわからん代物だが、それで首と腕をやられていた。腕はともかく、首の傷も深かったから治療には時間がかかるだろう」
賭けには勝ったか……内心で安堵するフラムとは裏腹に、ルフレは彼の言葉を聞いて、眉をひそめながらポツリとつぶやいた。
「それでも……死んではいないんですね」
「ああ、側にいた奴が治癒していた。腕としては恐ろしい腕だな。まあ、そいつでも現状維持だけで精一杯だったようだが」
「……わかりました。どう思いますか? これが理由になるでしょうか。私個人としてはありえなくはないと思うんですけど」
そう、訪ねてくるルフレに彼らはうなずくことで肯定の意思を示した。口には出さないが、ギャンレルの性格を考えれば自分が動けない時に最後の総攻撃を仕掛けてくるとは考えづらい。それゆえの判断だった。
「ビャクヤさんの意見が聞きたいですけど、仕方ないですね。とりあえず、この申し入れは受けるということでいいですか?」
「ああ、それでいいだろう。フラム、ギャンレルの傷はどれくらい治癒に時間がかかる?」
「2,3か月だろうな。とりあえず、最初の一か月くらいは安心できる可能性が高い。だが、警戒を怠るべきではないだろう」
「ええ、そうですね。動ける人たちにはすぐ出られるようにしておいてもらいましょう」
「わかった。そっちの方は任せな」
バジーリオはルフレの言葉を受けるとフラムにフラヴィアへ言伝を頼み、ついでに使者を呼んでくるように伝えた。
それから十数分後、使者と再び面会した彼らは条件を詰めながら話し合いを進め、一時間と経たないうちにすんなりと交渉を終える。
こうして不気味なほど簡単にイーリスとペレジアの間に停戦協定がむすばれ、両者の間に仮初めの平和が訪れた。
「これで、時間が出来た――君はそう思っているだろうけど、それは僕にとっても同じだ」
そして、誰にも見えぬところで嗤う不気味な影の存在がすべてを狂わせる
停戦協定から半年と経たないうちに、事は起きる。
ペレジアの軍はイーリスとの間の協定を無視して攻め込んできた。
「くそ!! どういう事だ! なんで戦争が始まってやがる!」
停戦を申し込むことにした本人の意思とは違うところでことは進み、物語は流れてゆく。
そう、これは、イーリスの軍師ビャクヤが遺跡の探索から戻った次の日の出来事。マークについての報告をするために、一同が集まっていた時に起こる。
ビャクヤがマークを自身の知り合いと紹介し、バジーリオがマークの存在を豪快に笑いながら認めた直後、彼の胸から見覚えのある細い腕が生えた。その黒い靄で包まれた腕は貫いた先でボールをつかむように軽く指を曲げると一気に腕を引き抜く。
「もらった」
「……がはっ、てめ、え…………いった、い、どこから、入って――――」
「やはり君が持っていたか、フェリアに託された赤の宝珠」
腕が引き抜かれるのと同時にバジーリオが地に倒れ、彼を襲った人物は血のように赤い宝玉を手に握っていた。
「さて、あとは、君の持つ白の宝珠だけだね。それも、もらおうか。君の命と共に!!」
その言葉と共にその人物は空いていた距離を一気に縮めるとクロムへと接近し腕を伸ばす。
「な!? 速い!!」
「違うよ、君が遅いだけさ」
だが、その凶手は一筋の赤い閃光に阻まれた。
「させません」
「へえ、なかなかやるね」
伸ばされた手は横合いから来たティアモの槍の一閃によって防がれ、続く攻撃もすべて彼女によって叩き落されクロムへと届くことはない。そして、彼らの応酬は続き、双方にとって予期せぬ形でこの場は硬直した。
そして、それを見逃すほど、軍師たちは腐ってはいない。
「《ライトニング》!!」
「ちっ!! 《ミィル》!!」
その人物の行動の、思考のすきを突くようにして放たれた光魔法をその人物はかろうじて迎撃する。だが、防がれることくらい
「もらいました!」
ビャクヤの攻撃によりできてしまった隙に付け入るようにティアモが攻撃を仕掛けてくる。だが、まだ対応できない速度ではない。
「くそ、だけど、まだまだ、甘いよ!」
口ではそう言いつつも、ここにきてその人物は焦りを覚え始めていた。軍師ビャクヤの行動により、バジーリオの治療とこちらへの攻撃の準備が整い、そして、狙っていたクロムは人の壁に阻まれて攻撃できそうになく、隙を見てマークとビャクヤの光魔法が来るため、この人物の限界が来ようとしている。
(まずい)
表情には出さずとも、その人物はこの状況のまずさを感じている。すぐに負けることはない。だが、詰将棋のように、一手一手確実に敗北へと近づいているのを感じ取れる。
(くそ、一度に二つ奪うのは無理だったか)
ここを切り抜けるため、回収をひとまず諦めざるを得ない。だが、ただ、諦めることはできない。白の宝珠を手に入れるための材料くらいは確保する必要がある。故に、失敗したときに考えていた、もう一つのプラン――白の宝珠のかわりに、彼の大切なモノを奪うことにした。
(彼の大切なモノは昨日までの観察で何か分かっている。ならば――――彼女には人質になってもらおう。彼をおびき出すための餌としては十分すぎるだろう)
その人物は気付かれないようにここに仕掛けておいた魔法を起動させ、目の前の人物に対しても魔法を仕掛けはじめる。時間はぎりぎりではあるが、間に合うだろう。
(さあ、賽は投げられた。君たちはどう踊ってくれるかな? 僕の用意したこの舞台で)
かつて、使者としてこの城を訪れた際に設置した一つの魔法。聖王エメリナの救出を失敗させる要因となった魔法にして、この人物にしか使役できない魔法。
(さあ、出ておいで。僕の兵士たち)
そして、それからすぐに彼らのもとに知らせが届いた。
「て、敵襲!!! 突如として城内に表れた屍兵の群れに城の防衛線が崩壊寸前です!!」
「何!? どういう事だ!? 何もない所から屍兵が現れたとでもいうのか!」
「は、はい。本当に、突然現れて我々に襲いかかってきました。幸い正面からのみ来ているようなので、今は残った兵たちと近くにおられたフラヴィア様の指揮で何とか食い止めている状況ですが、援軍が来るまで持つかは……」
見張りの目をかいくぐって突如として城内に表れた屍兵の群れ。それらを前に歴戦のフェリア兵もさすがに列を乱した。現在戦列が崩れていないのは、フラヴィアの助力で持ち直し、なんとか耐えれてはいるからであり、戦線の崩壊は時間の問題である。
「くそ!! ビャクヤ! 出るぞ!」
「待て、クロム!!」
そして、注意はそがれ、軍師の作り上げた陣はクロムの動きによりほころびを見せ始める。もちろん、軍師同様に、かの人物もその隙を見逃すほど甘くない。外へと意識を向けたクロムへと、闇魔法を放つ。もちろん、彼の
「クロム様!!」
ティアモのその叫びにクロムは足を止め振り向き、悟った。これは避けることが出来ないと。発動した闇魔法はすでにクロムの周囲に踊っており、そのまま駆け抜けることも出来そうにないほどに迫ってきていた。
「しまっ……!」
そして、覚悟を決めた彼の体は意図せぬ衝撃によって、いつの間にか魔法の射程から外れていた。
――――そして、物語は繰り返す――――
「ティアモ?」
「どうか、ご無事で……」
彼の目の前でティアモはそれだけを口にすると漆黒の闇にのまれていった。
「決戦の舞台で、また会おう」
そして、闇が去った後には誰もいなかった。闇魔法を受けたはずのティアモも、その術を放ったはずの人物も……ただ、そこには、主を失った槍が寂しげに音を立てて転がっているだけであった。
「……ティアモ…………そんな、嘘、だろ?」
――――かつて、一つの戦いによって狂わされた主従がいた――――
「消えたのか? 俺の、せいで……俺が、俺が弱かったから? だから、また、失ったのか……?」
先ほどまでの勢いが嘘のように消え、ふらつくような足取りで彼は残された槍に近づき、膝をついた。虚ろな瞳からは意志の光は見えず、ただ壊れた機械のようにうわ言を繰り返しながら、その槍を静かに握る。
――――彼らもまた一つの戦いから狂い、そして、今ここで別れを知る―――――
そんな主の様子を彼は冷静に分析すると他の者たちに素早く指示を出す。
「ルフレは先にみんなを率いて前線へ。ルキ――マルスはルフレについて行って。マークは僕と共にもう少しここに」
ビャクヤの指示にルキナを除く二人はうなずいたが、彼女はうなずかない。その理由を彼はわかったうえで、もう一度指示――命令をした。
「マルス。僕は大丈夫だ。だから、今は君の成すべきことを――」
「っ! わ、かりました……行きましょう、ルフレさん」
「はい。それではビャクヤさん。無茶はしないでくださいね」
二人の少女は皆を率いて駆けだす。一刻も早く、戦場へと駆けつけるために。
そして――――
「バジーリオ様」
「……治癒は、もう、いらねえ。自分の、ことだ……俺が、一番よくわかる」
「わかりました……マリアベル、君も戦線に出てくれ。ソール、彼女を頼む」
何か言いたそうに口を開くマリアベルを制してソールは彼女を抱えると、ビャクヤ達に一礼した後、戦場へと向かった。
「バジーリオ様、あの宝珠のことは……」
「……フラヴィアは知らねえ、はずだ。ほんとは、俺が――――」
その言葉は最後まで続かない。開きかけた口、向けられた視線は一向に動かないまま、彼の時は永遠に止まった。ビャクヤはそっと彼の目を伏せると、クロムとリズ、その護衛として残ったフレデリクに目を向ける。
「クロム」
「…………なんだ」
「立つんだ」
「どうして?」
「まだ、終わってないからだ」
「……」
「まだ、間に合う。だから……」
「そう、か」
「…………」
槍を抱えてうずくまるように座るクロムに彼は手を差し伸べながらそう告げた。だが、その言葉は彼の心の壁を壊すことはなく、彼を動かすことのできるものでもなかった。ビャクヤはもう一度、彼に何かを言おうと口を開きかけるが、それをやめた。そして、静かに手を彼に向けると魔力を集める。
時間はもうあまり残されていないのだから……心の中で言い訳のように彼は呟く。
「〈ウィンド〉!!!」
言霊と共に巻き起こる旋風にクロムの体は宙を舞い、壁際へとたたきつけられる。何が起きたか理解できていないクロムに彼は近づくと、胸ぐらをつかみ彼の体をもう一度壁へと押し付けた。
「がっ……! ビャ、クヤ……?」
「聞こえなかったか? 僕は、立てと言ったんだ」
「ビャクヤさん、いきなり何をして――――」
急にクロムを攻撃しだしたビャクヤに対し、近くで見守っていたリズはたまらず声を上げた。だが、全てを言い切る前に、控えていたマークに口を押えられ、次の句を紡ぐことが出来ない。そんな光景をフレデリクは静かに見つめる。
「クロム。君はいったい何をしてるんだ? ティアモが攫われたというのに、君は何でこんなところで浮抜けているんだ?」
「…………」
「守るんだろ……イーリスの民を、みんなを。灯すんだろう……希望の光を」
言の葉を紡ぐたびに、ビャクヤの腕に力が込められていく。だが、対するクロムは顔を伏せたまま答えない。
「クロム。君はまた失いたいのか?」
それでも、なお、ビャクヤは語りかける。
誓いを聞いていたから、彼と彼女の――クロムとルフレの間に交わされた誓いを。
そう、それは大切な仲間であり、主であった彼女から授かった剣と共に、かつて彼が彼女と交わした誓いであり、あの日、彼がルキナに剣を渡すとともに交わした誓い。
だから、彼は手を差し伸べる。無理やりにでも立ち上がらせるために、絶望の先にある希望を見せるために、彼はクロムの手を引く。
そして、その言葉が、クロムに届く。
「……だが、俺には、守るだけの力がない」
届いた言葉は彼を動かした。壊れたまま、崩れた決意を抱えたクロムを……最悪な方向へと導いてしまった。
「もう二度と失わないと誓った。あの約束を思い出してから、さらに強く心に刻んだ。今度こそ、叶えることができるようにと。でも、結局、それだけじゃ足りなかった。いや、そんなものでは何もできなかった。俺にはだれも、守れなかったんだ」
もう、立ち上がれない……暗にそう告げるクロムにビャクヤは背を向けると、マークを伴い部屋の外へと向かう。
結局、彼の示した光は届かなかった。ならば、彼にできることなどすでに限られている。
「……その程度か」
「…………」
「なら、僕は僕のやり方で未来を救う」
軍師ビャクヤは戦場へと向かい、マークは残り、うなだれるクロムに視線を向ける。少し迷うそぶりを見せたのち、彼女は小さくうなずくと体の向きを変え、呆然とこちらを見ているクロムをしっかりと見据えた。
「もし、クロムさんが立ち上がれないのなら、何度でも私が、いえ、私たちが手を差し伸べ、立ち上がらせます。絶望しか見えないのなら、希望の光を作り出しましょう」
「…………」
呆然とマークを見上げるクロムの傍でフレデリクとリズが驚きに目を見張っているが、彼女はそれを気にせずに続ける。
「私の尊敬する人たちがあなたへと送った言葉です」
「…………」
「忘れないでください。あなたは一人ではないということを」
踵を返した彼女はそのまま戦場へはむかわず、一人の少女――リズへと近づく。
「辛いことであるのは知っています。悩んでいるのも、苦しんでいるのも知っています。けれど、それでもお願いしたい。どうか、私たちに光を与えてはくれませんか?」
「……そんなこと、私には」
「いいえ、出来ますよ。あなたにしか使えない、あなただけの無敵の魔法があるのですから」
「え?」
「ふふ、忘れましたか? あなたのお姉さんが言っていたことを……何もできないと泣いていたあなたへと示した言葉を」
「え? どうして?」
マークのその言葉にリズは先ほどとは違う意味で驚いた。自身の兄であるクロム以外に知る人のいないはずの過去の記憶……その中で姉の示した言葉を今日会ったばかりのマークが知るはずがないのだから。
「どうして、あなたがそのことを」
そう、普通なら。
「……秘密ですよ」
彼女はマークが未来の人間であることを知らない。そして、ここにいるだれもが、マークのことを知らず、どこでそのことを知ったかさえもわからない。
「ああ、それともう一つ」
「なに?」
「伸ばさなければ、伝えなければ、届くことはありません。諦めるのはまだ早いですよ」
そう、どこか寂しげな笑顔で彼女は微笑む。そして、彼女もまたビャクヤを追って戦場へと向かった。
「…………」
マークの出て行った扉をいつまでも見つめるリズにフレデリクは心配そうに声をかける。
「リズ様……」
「……うん。大丈夫。わたしにはできる。それに――――」
少女は小さく拳を握ると心に確かな光を灯して前を見据える。リズは思い出す。マークに言われるまで、忘れていた姉の言葉を……
「それに――――なんですか?」
振り返ったリズの顔を見たフレデリクは驚きに目を開き、少女はそんな騎士の様子などお構いなしに笑顔で言い切った。
「私にはお姉ちゃんに認めてもらった最高の魔法があるんだよ!!」
少女は再び立ち上がる。
――――リズ。何もできないなんてことはないわ。少なくとも、私はあなたのその笑顔に救われてる。あなたのその太陽のような笑顔にいつも力をもらってるわ。ふふ、言ってみればその笑顔こそがあなたのもつ最高の魔法よ――
今は亡き、姉の言葉を胸に抱きながら
「は、ようやく来たかい。さあ、行こうじゃないか!!」
「ええ、遅れました。ビャクヤさんは遅れてきます」
「おや、一人でも大丈夫なのかい?」
「……私だって、半人前とはいえ彼と同じ軍師です。それに、足りないところはみんなが補ってくれます」
「はっ! 言うようになったじゃないか!」
王は報せを知らず、軍師と共にただ目の前の敵を殲滅する。
「父さん……」
「ああ、行こう。君の言葉通りなら、きっとそこにアレはいるはずだ」
「……記憶は?」
「悪いけど、そうだった気もするくらいだよ」
「そう」
軍師と娘はただひたすらに前へと駆ける。
「…………ギムレーさまからの伝言です。返してほしければ炎の台座と白の宝珠を持ってペレジア城まで来い……ギムレーさまからの伝言です。」
そして、意思なき人形は与えられた職務を全うする。
こうして、彼の望まぬ形で戦いは再び始まった。
「……さて、そろそろ私は退散するとしよう。楔は打ち込んだ。後は奴らしだい」
某所にて、影は誰にも悟られることなく、忽然と姿を消した。
「さあ、私の手の上で踊れ」
本当に踊らされているのは誰なのか……その答えを知る者はいない
みなさん、明けましておめでとうございます。今年もどうかこの作品をよろしくお願いします。
クロムが腑抜けすぎて、こんなのクロムじゃない! と思われる方も多数おられると思いますが、仕様です。と、言い切るのは良くないですが、まあ、彼にもいろいろと負担がかかっているということです。
そして、原作キャラが一人退場してしまいました。しかも、重要人物のバジーリオ。物語の進行上仕方がなかったのですが、注意書きするなりやタグ増やした方がよかったですかね……
さて、次回はから再び戦争がはじまります。作者はテスト前で死にそう……
おい、勉強しろよ……そう、突っ込まれそうな作者ですが、また次回の投稿でお会いしましょう。