FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~   作:言語嫌い

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テスト前でかつ、レポートに追われている言語嫌いです。
いつものごとく、現実逃避の果てにできた作品ではない…と強く言えたらいいな~。まあ、言えませんけど。

今回の話はタイトルはわからないと思われるので補足を。外伝2 秘密の行商人のお話をものすごく変えたものです。行商人? いません。ハンサム? もちろんいます。前回と同じで95%くらいオリジナル。いや、原作要素皆無に近い……

前回も書きましたが、本編にはあまり関係ないお話なのでスルーしてもらっても構いません。

読もうと思われた方は本編をどうぞ


Extra story In search a way. way to d--

 

 

男は地平線へと姿を消しつつある太陽を見つめながら、同行者である白い騎士に声をかける。

 

「……カーム、次の街まではどのくらいだ?」

「このまま歩けば、夜明け前には着くと思われます」

 

カームと呼ばれた騎士は簡潔に自らの主の求める答えを示した。その様子をどこか寂しげに眺めながら、男は背負っていた荷物を道から少し外れた場所にある小さな洞窟に置いた。騎士は主のその行動を見ると、たいまつを手に持ち薄暗い洞窟の中へと潜る。

 

「カルマ様、どうやら使用されている様子はありません。岩盤も頑丈ですし、十分な広さもあります……寝る前に入り口に光の結界を施せば、特に危険もないと思います」

 

中の様子を見てきた騎士は、たいまつに灯る火を消しながらそう報告した。それを聞いたカルマと呼ばれた騎士の主は、荷物を持って洞窟の中に入りそこで火を起こし、携帯食料等を用いて簡単に料理を作る。その間、騎士は洞窟の入り口に立ち、一人、沈みゆく太陽を静かに眺めながら見張りをしていた。

 

「日が沈む……また、こうして一日が終わるのね…………」

 

騎士は洞窟の入口にて静かに呟く。その際にちらりと洞窟の中にて料理をする主の姿を確認した。彼女の主であるカームはそんな彼女の様子に気づいた様子もなく、その作業を続けていた。あれなら、しばらくはこちらに意識を向けることはないと、彼女は経験上そう悟った。

 

「いつまで……いつまで、こうしていられるかな…………」

 

騎士は鎧の中に隠してある首飾りを取出し、そっと手でその首飾りを撫でる。それは、もはや効力を失い、なんの力も持たない魔法具。これは彼女が村人に頼んで首飾りに加工してもらったものである。あの幸せな日々の中、彼からもらった唯一の形ある贈り物。そして、悲しき決意の証。

 

「ううん、違う。いつまでも……そう、この命が尽きるその時まで、私は彼を守るって誓ったんだから。だから――――」

「……カーム。食えるぞ」

 

予想よりもずっと長く物思いに耽っていたことに気付いた彼女は小さく自嘲気味に笑うと、わかりましたとカルマに返し、首飾りを再び鎧の中に隠して主のもとへと向かう。

 

彼女が見張りに立つ時には沈みかけていた陽は完全に落ち、あたりは夜の闇に包まれた。

 

「先に食べていてくれ、俺がその間は見張る」

「……わかりました。それでは先に食べさせてもらいます」

 

そう言うと彼は杖を持って洞窟の入り口へと動いた。その背中を見送りながら、胸中に生まれてきた一つの気持ちに気付く。それは、もう、叶わない願い。いや、彼女が捨ててしまった幸せ……

 

「……やっぱり、まだ、望んじゃうな。捨てないといけないのに……そう、だって私は、騎士だから。彼を守るために騎士になったんだから」

 

騎士は一人洞窟にて寂しげにつぶやいた。

 

「私はあなたを守るために、ずっとそばに居たい。騎士でいい、従者で構わない。対等な立場なんていらない。あなたから想われなくても構わない。あなたが生きて、私が傍にあれるなら……」

 

――――だから、どうか、お願いします。私の想いには気付かないでください。私が死するその時まで、あなたの側に、あなたの隣においてください。そう、ただ、あなたを守る騎士として、誓いに縛られた騎士として、どうかお傍においてください。

 

「私はそれ以上のことは望まないから」

 

騎士はそう呟き、近くてとても遠い距離にいる彼と温かで幸せだったあの時へと思いをはせる。

 

――――そう、それは彼女が騎士になりきる前の彼との幸せな生活。

 

それと共に一つの事件を想いだし自らの中で決意を再び固めた。

 

――――そう、それこそが彼の異常性に気付き彼女が騎士になったとある事件。これにより、白き主従の運命は望まぬ方向へと少しずつ、少しずつ闇へと堕ちてゆく……

 

 

 

 

これは白き主従の最も幸せな一時の物語であり、悲しき二つの決意の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【見つけた想い ~白き騎士の仮面~】

 

 

 

 

 

 

 

私はある部屋の前に立つと、一度小さく深呼吸をした。服装もさっき見直したし、寝癖もなかったからおかしい所は何もない。後は、落ち着いて行動すれば何も問題ない。

 

私は自分の行動を確かめるように小さくうなずくと、意を決して目の前の扉をノックして扉の向こうの人物へと声をかけた。

 

「レナート、起きてる?」

 

……よし! ちゃんと言えた! 後は、出てきた彼と一緒にご飯を食べるだけ。

 

私はそうこれからの予定を反芻しながら扉の向こうからの返事を待ち続けた。待って、待って、待ち続けた……

 

「……レナート?」

 

返事がない。普段ならここで返事があってすぐ出てくるのに、どうしたんだろう? 

ここで悩んでいても仕方がないと思った私は、もう一度ノックをして彼の名を呼んで返事を待ってみた。しかし、返事はない。仕方ないので、私は最終手段に出ることにした。

 

「レナート? 朝だよ?」

 

そう言いながら、ドアを少し開けてその隙間から顔をのぞかせて中の様子をうかがった。部屋の中は相変わらず本で埋もれていた。この数日の間にまた増えてる気がする。本棚にしまえなくなった本が机や床に並べて置いてあった。きれいに整頓されている辺りが微妙に腹立たしい。

 

「…………この城中の本を集めて読んでいるってのは聞いてたけど、まだ増えるのかな。それにしても、何でこんなに本を読んでるの、レナート」

 

本棚や床の本たちを見つめながらベッドの中にいる彼に語りかけてみたけど、返事はなかった。どうやら、本格的に眠っているみたいだ。レナートのベッドの脇までよって彼の寝顔を覗き込む。

 

反応がない。

 

それならと思い、彼の顔の前で手を振ったりちょんちょんと顔をつついたりしたけど、少し顔を歪めるだけで起きるそぶりを全く見せなかった。

 

「起きないなら、いたずらしちゃうよ。いいの?」

 

彼の枕元に肘をつきながらそうつぶやいた。そして、相変わらず彼の返事はない。私は起きそうにないことを確認すると、いそいそと布団の中にもぐりこみ彼の隣に寝転ぶ。

 

驚くかな? そう思いながら私は彼の横顔を眺めつづけていた。

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ……」

 

う~ん。あともうちょっとだけ寝かせて~。そう思いながら布団にもぐりこんだ。布団の中は私と()の熱で温められており、寝るのにとても良い温度となっていた。そのため、私はその布団の誘惑から逃れることが出来なかった。

 

「ウィンダ、起きろ。朝だぞ」

 

再び眠りに着こうとした私へとまた声がかかった。どこかで聞いたことがある声だな~、とのんきに考えながらもやはり誘惑には勝てず、布団の中に潜り込む。幸せーと感じながらも、寝ぼけた頭の中で疑問に思ったことがたくさん浮かんできた。

 

「? ふにゃ?」

「はぁ……まったく、起こしに来たお前が寝てどうするんだ」

 

頭上から降りかかる声を聞きながら、まだ寝たいと思っている私の意思とは正反対に脳は正常に働き、寝る前の記憶が少しずつまとまっていった。そして、私は一つの結論へと達した。

 

――――そう、朝食の用意が出来たから、彼を起こしに来たという一つの事実を思い出したのである。

 

この結論に到達した直後、眠気は完全に吹き飛び、慌てて布団から起き上がった。ベッドの脇には、先ほど私がいた位置にレナートが着替えをすませた状態で立って私のことを見下ろしていた。

 

「ようやく起きたか」

「う……ごめん、レナート。起こしに来たのに、寝ちゃって」

 

どこか呆れたような顔をしているレナートから私は目を逸らしながら謝る。決して気まずかったから目を逸らしたわけじゃない……はずだ。そんな私を見ながらレナートはため息をついて私に布団から出るように促した。

 

「眠気も吹き飛んでいるようだし、問題ないな。ほら、朝食に向かうぞ。私たちのためにご飯を温め直してもらっているようだ。あまり待たせるのもよくない」

「そうね。うん! ほら、レナート。早く行くよ! 待たせたらいけないからね!」

 

私は先ほどの失敗をなかったことにするべく、精一杯元気に振る舞いレナートの手を引いて食事の準備がされているリビングへと向かった。

 

 

 

その後、料理を作りに来ているおばさんに手をつないでいることを指摘され、恥ずかしくなって暴走したせいで、また私の黒歴史が増えることになった。

 

 

 

その日のお昼にレナートと一緒に城下に行ったとき、街での話題が私とレナートが今朝同じ布団で寝ていたということで持ちきりだったため、一人赤面しながら彼と共に買い物をした。どうやら、レナートを起こしに行ったわたしの帰りが遅くて不思議に思ったおばさんが部屋の中をのぞいたらしく、その時に目撃されたようだ。レナートはおばさんの気配で目を覚ましたと、後でおばさんが教えてくれた。けど、だからって言いふらさないでほしかった……

 

そして、恥ずかしさのあまり、レナートにくっつきまくっていた私を彼は優しく、どこか幸せそうに見ていた。

 

 

 

 

 

そう、今思えばこれが私の……私たちに与えられた唯一にして、最後で最高の幸せだったんだと思う。このときは間違いなく私の人生の中で、幸せなひとときだったから。町の人は優しくて、隣には無愛想だけど、たまに笑ってくれるようになったレナートがいて、戦いなんてなかったから、この生活がいつまでも続くんだと思っていた。そう、いつまでも。

 

でも、現実はそんな幸せを許してくれなかった。彼が聞いたら自分の業のせいだって言いそうだけど、きっとそれだけじゃないんだと思う。私がもっと、自分に向き合えていたら、もっと強かったら、もっと素直だったら……きっと、こんな結末にはならなかったはずだから。

 

 

 

 

その数日後、この村は再び争いの渦に巻き込まれる。双子の山賊の片割れ、ハンサムが部下を引き連れて、この村を襲撃にきた。そして、この戦いからすべてが崩れていった。

 

 

 

 

「本当にすてきな村があるね、ジョージ。まるで僕に襲われるために作られた村だね。あそこを襲って手に入れたものを送るよ。ジョージにね」

「あの、ハンサムの兄貴……いかないのですかい?」

「ああ、行こうじゃないか。ジョージのためにね」

「…………新入り、慣れろ。これが普段のハンサムの兄貴だ」

「お、おうよ」

 

そんなやり取りを村の手前で聞いていた主従は顔を見合わせ、どちらともなくうつむく。その内心は、きっと同じだった。

 

「カルマ。私たちはアレと戦わないと行けないの?」

「不本意ながらそうなるな。カーム、お前は下がっていてもいいぞ。ああいう奴らには関わらない方がいい」 

「……とても魅力的な提案だからそうしたいけど、さすがに村に近づけないようにあの人数を相手取るのは、いくらカルマでも厳しいと思うよ?」

「……すまないな」

「気にしないで。だって、私はカルマの騎士だから!」

 

そう、彼を見て微笑む彼女を見て、カルマと呼ばれた男性はそうか、と短く答えると彼女から顔をそらした。そらした横顔は常とは違い、少し嬉しそうに見えた。そんな彼の反応に気付かず、彼女は槍を構えると彼の隣に立つ。

 

「行けるな」

「ふふ、もちろん」

「なら、始めようか ――――〈ディヴァイン〉!」

 

前方でのんきに村を襲った後の取り分について相談している(バカ)共に、カルマの放った光魔法(・・・)が放たれる。そして、その光に隠れるように、カームは槍を構え敵へと駆ける。敵の前列を吹き飛ばすように発動した光魔法は、周囲の賊をそのまま焼き尽くし、難を逃れた者たちはその余波により吹き飛ばされる。

 

そうして崩れ去った一角へとカームが突撃し、その勢いのままに親玉――――ジョージと思しき人物の前に立つ賊三人を蹴散らし、ジョージの首めがけて槍を振るった。しかし、その刃は、彼の持つ斧によって防がれ届くことはなかった。間一髪、彼女の攻撃を防いだハンサムは倒れた部下などそっちのけで、目の前にいる彼女をじっくりと観察し始める。

 

「おっと、なかなか危ないね。彼らがいなかったら、あのまま、死んでいたかもしれないよ」

「…………〈エル、ウィンド〉!!」

 

カームは襲撃に失敗したことを悟ると、槍に埋め込まれている魔石に魔力を流し、風魔法を放つ。無理やりにハンサムから距離を取った彼女は、その場でもう一度風魔法を唱え、さらに距離を取り、完全に賊の集団から抜けた。

 

「カーム、大丈夫か?」

「え、ええ。だけど、あいつにはできれば近づきたくないわ」

 

カルマは下がってきた彼女の言葉を不思議そうに聞いた。多くの記憶を取り戻し、賊のすることなどとっくに知っているはずの彼女が、戦闘中において嫌悪感をあらわにし、まして自分にそのことを言ってくるとは思っていなかったからである。しかし、続くハンサムの言葉でなんとなくではあるが、その意味を察する。

 

「おや? 引くのかい。でもさせないよ。君みたいなきれいな女は高く売れるからね。その売れたお金で、花を贈るよ。ジョージにね」

「……カーム。確かに、あれとは戦いたくない。出来れば、近づきたくないのもわかる」

「やっぱり、わかってくれるよね。だから……」

「ああ、さくっと倒して、帰ろう」

「それじゃ、解決になってないじゃない!!」

「ああ、その通りだ」

 

そんなバカげた会話を繰り広げる主従をよそに、賊たちは体勢を立て直すと、ハンサムのもとに集まっていく。先ほどの奇襲で7、8人削れたはずだけど、まだ十人以上いた。

 

「いいかい、あの女は殺さずに捕えるんだ。ジョージのために高く売る必要があるからね」

 

その言葉を聞いた賊どもは一斉にカームに目を向ける。そのあまりに欲望丸出しの視線を受けたカームはたまらず、役目さえ忘れてカルマの後ろに隠れた。それをどこか呆れたように彼は眺め、ため息交じりに彼女に話しかける。

 

「気持ちはわからんでもないが、今は前に出てくれ」

「……今日、一緒に寝てくれるなら出る」

 

なぜ、そこでそんな提案が出てくるのか彼には理解が追いつかなかった。しかし、その程度のことで彼女が戦えるようになるならいいかと思い、彼は了承する。約束よ! と念を押すとカームは再び彼の前に立つ。どことなくうれしそうな彼女とは正反対に、目の前の賊ども――ハンサムを除く――は、カルマを恨みがましい目で見つめる。涙を流しながら睨みつけている者もいれば、地に膝をつき、地面をたたき続けるものまで現れる始末。

 

「や、野郎共! あのすかしたリア充神父を完膚無きまでに叩き潰すぞ!!」

「「「「おー!!」」」」

 

その内、賊の一人がそう叫ぶと、他の賊もどこか血走った目で叫びカルマとカームに目を向ける。いつの世も、彼女のいない男どもの考えることは似通っているようだ。さて、そんなことはおいて置いて、彼らは目的がどうであれ、一様にカルマとカームをめがけて駆けだした。

 

「……っ!」

「……カーム?」

 

しかし、ここで彼――――カルマの予期せぬ、そして、カームの隠そうとしていた異常は起こった。迫りくる彼らの姿を見て、一瞬、カームが身をすくめる。それはほんの一瞬であったが、確かに迫りくる彼らに怯えてしまっていた。そして、そんな彼女を見て彼は目を一度閉じた。

 

そして、彼がもう一度その目を開いたとき――――すでに、そこからはあの日々の中で生まれたぬくもりが消えていた。

 

「カーム!!」

「っ! は、はい! 〈エルウィンド〉!!」

 

カルマの呼びかけに応じた彼女は即座に風魔法を放ち、近づいてくる賊たちを吹き飛ばす。そして、今度はカルマが同じように光魔法を唱えながら彼らに接近していった。後衛職が接近戦を行うというあまりに異常な光景に、一瞬、彼女は我を忘れる。

 

「え!? って、ちょ、ちょっと、カルマ!」

「〈ディヴァイン〉!!」

 

そんな彼女の反応など全く気にせずに彼は賊たちの中に突っ込み、そして彼が接近してから二度目にはなった光魔法は賊どもにではなく、その後方にある林に打ち込まれた。

 

「え、なにしてるの、カルマ!」

「な、何故気付いた!!」

 

賊に近づきながら彼を心配するカームの声とハンサムの近くにいた賊の驚愕の声が被った。そして、着弾した光魔法が辺りを強く照らすとともに、その付近から賊どもの断末魔とうめき声が聞こえ始めた。

 

「気付かないとでも思ったのか?」

 

カームという前衛の存在など忘れたかのように突き進む彼はそのまま魔法と杖を用いて手早く、そして正確に賊を制圧していく。

 

――その身に躱しきれなかった数多の刃を受けながら……

 

けれども、彼はそれを気にすることなく進み続ける。彼の身を包む純白のローブはいつしか地に染まり、その色を赤に変えていた。そして、そんな彼の姿を見て、カームも、そして賊も驚き、恐怖に身をすくませる。中には武器を捨てて逃げだすものまで現れていた。

 

「な、なんで、動けるんだ! お前は痛みを感じないのか! 体を引き裂かれてるんだぞ! なのに、なのに、なぜ、平然とこちらに向かってこれる! 顔色一つ変えずに、動きを鈍らせることなく、なぜ、進むことが出来るんだ!」

「…………」

 

どこかおびえた様子の賊などお構いなしにカルマは突き進み、その賊を奪った剣で切り伏せた。その剣の一閃は迷いがなく、研ぎ澄まされたものであり、とても後衛職である神父の放つものとは思えない一撃であった。

 

そして――――

 

「あれ……なんか、お花畑が見えるよ、ジョージ…………」

 

そんな、言葉を残し、賊の親玉であったハンサムはカルマの放った剣の一撃のもとに切り伏せられた。ゆらりと体を傾け地に倒れ伏すハンサムをカルマは感情のこもらない無機質な目で見つめる。

 

「レ、レナート……」

 

今まで呆然とその光景を眺めていた彼女は、気が付けば彼の名をつぶやいていた。その声に反応し、カルマはカームのことを見る。ようやく、此方のことに気付いてくれた彼に安堵するも、彼のその顔を見て再び彼女は愕然とする。こちらを見つめる彼のその瞳は初めてであった時と同じように無機質で冷たく、どこか人を遠ざけるような殺伐とした雰囲気に戻っていた。

 

「俺のことは外でカルマと呼んでくれと言ったはずだが……」

「え、あ、ごめん……って、カルマ!!」

「……」

 

カルマはカームにそう注意しながら彼女のもとへと移動する。近くにきたことで改めて彼の怪我の具合がはっきりと確認できた彼女は、慌てて彼を支えようとする。服のあちこちが引き裂かれ、そこからおびただしい量の血が流れ出ており、いち早く治療を施さないとまずい。彼女の知識はそう訴えていた。

 

「なんで、こんなになるまで……」

「…………気にすることはない。俺はこう見えても聖職者だ。自分の傷くらい治せる」

 

少しの間支えていてほしい、そう言うと彼は持っている杖に魔力を流し、回復魔法を唱える。彼の唱えた上級の回復魔法の効力は凄まじく、彼の負っていた深い傷全てを治癒しつくした。彼は動作に問題がないことを確かめると、カームにもういいと伝え、支えるのを止めさせようとした。

 

「カーム、もういいぞ」

「…………」

 

だが、彼女は彼の言うことに反してやめようとはせず、そのまま彼を引っ張って歩き始めた。彼女が放しそうにないことを悟ると彼は軽くため息をつきながら彼女のなすがままに従った。

 

 

 

こうして、村を襲ったもう一つの争いは白の主従たちの手により再び幕を閉じた。

 

 

 

 

しかし、村に平和が訪れても、彼らに幸せが訪れることはなかった。その夜、彼らの仮の住まいである小さき城の一室から洩れる明かりは月がてっぺんを超えても消えることはなく、時折騎士の女性の声が外に漏れ聞こえていた。

 

部屋の中で騎士たる女性ウィンダは彼の隣に座り懇願するように、それでいてどこか責めるように彼に向けて己が感情を吐き出す。彼はそれを静かに受け止め、そして、的確な答えを返していった。

 

「レナート」

「なんだ」

「お願い、もうあんな無茶はしないで……」

「…………」

「私は、もう失いたくはないの…………一人になるのはイヤ。だから――――」

 

長い口論の末、彼にすがりつくようにしてベッドに腰掛ける彼女は震える声で彼にそう言った。けれど、そんな彼女の懇願から目をそむけるようにして返した彼の答えは、どこまでも残酷で、彼女から希望を奪っていく。

 

「すまない、ウィンダ」

「なんでっ! どうしてなの、レナート!!」

 

それはすでに幾度となく繰り返された問答。彼女が頼み、彼が拒絶する。そんな彼はせめてもの償いとしてか、泣き止まない彼女をそっと抱き留め、その背を優しくなでる。

 

「もう遅い、今夜は寝よう」

 

彼はそう言って無理やりこの話を終わらせようとした。その発言を彼女はどこか諦めた様子で聞き入れる。そして、自分からもう一つ、先ほどとは違うお願いをする。

 

「明日、一つだけ、お願いを聞いてくれる? たった、たった一つでいいから。もう、この先、お願いなんて二度としないから。だから、一つだけ、聞いてほしい」

「なんだ」

「明日……」

 

そのお願いは彼女の決意の表れ。そのお願いは終わりの始まり。そのお願いは手に入れたすべての幸せを手放すもの。それでも、彼女はその願いを取り消そうとはしない。そうしなければ、彼女の本当に欲しいものが二度と手に入らなくなるから。彼女の手から零れ落ちて消えてしまうから。だから、彼女は決意した。

 

そして、そんな彼女の決意も知らず、彼は特に何も考えることなく、その願いを聞き入れた。彼女はそれを満足そうに、どこか寂しそうに聞くと、彼と共に布団に入る。

 

「お休み、レナート」

「お休み、ウィンダ」

 

どちらともなく、そう告げると彼らは眠りにつく。

 

 

 

 

その翌日――――彼女の顔から笑顔が消えることを彼はまだ知らなかった。これは彼が手紙を受け取る数日前の出来事。白き主従の送る幸せの日々はこうして静かに終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

彼もまた一人、洞窟の外であの日のことを思い出していた。それと共に、彼女が一日なぜか傍を離れようとしなかった日のことも。そう、それは賊のくる前日のことであり、彼女の様子が朝からおかしかった日だった。頑なに自分の傍を離れようとせず、武器を取ることもなかった日。その日は特に何とも思わず無視していたが、賊の前でひるんだ彼女を見てその理由を悟る。

 

「あの日、まだあいつはトラウマを克服できてはいなかった……」

 

だからだろうか。柄にもなく彼が彼女を守ろうと思ったのは。いや、それも違う。彼は守ろうと思ったんじゃない。彼はただ、――――と思っただけなのだから。そうすることで守れるのなら、こんな自分でも許されるんじゃないかと、心のどこかで思っていたんだろう。だが、それがきっかけとなった。もう、二人はあのころには戻れない。

 

「俺には何もできないか……」

 

騎士の主たる彼は、洞窟の中でかなしくひびいた従者の独白を聞いてそう呟いた。そのつぶやきは誰にも聞き届けられることなく、夜の闇へと吸い込まれていく。

 

「これが、お前にとっての望む幸せの形の一つであることは知っている。けれど、ここには無いんだ。俺の望んだものが。こんな俺に人のぬくもりを教えてくれた、幸せを与えてくれた、お前の笑顔が――――」

 

主は騎士に悟られぬように悲しげに呟いた。

 

二人の主従の想いは決して交わらず、ただすれ違い続ける。それが彼女の望みだと知るが故に、彼は何も出来ず、ただ彼女を静かに見守り続ける。

 

 

 

すべてが終わるその時まで……

 

 

 

 

エメリナの処刑日まで数日となったある日の出来事だった。

 

 

 

 




今回のお話は外伝1の最後でどうしてあんなにウィンダがよそよそしくなったかについて書いたお話です。説明不足であろうと、そうです。次回でも補足しますが。正直、この外伝は外伝でまとめて投稿すればよかったなんて思っている作者です。

まあ、しかし、彼の本編での出番は後のルートになるのですが。

なお、この外伝の目的はレナートがこちらの世界にいること、ルフレの親が生きていることを書くのが目的です。それと、レナートにハッピーエンドを!! というのが最大の目的だったりする。そう、ハッピーエンドが目的。

……次回、「Hope to tomorrow with y--. Don’t say d--
【言えない想い ~Departures~】」 で外伝3をお送りいたします。

それでは次の投稿で会いましょう。

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