FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~   作:言語嫌い

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皆さんお久しぶりです。
最近月一投稿にまでペースが落ちている言語嫌いです。もう少し頑張ります。

烈火の剣に少し浮気していたという事実はありません。ええ、ありませんとも。それで、結局、書ききれなくてこちらに戻ったという過程もありませんでした。

さて、気を取り直して、それでは本編をどうぞ。


第二十四話 逃避

 

馬上で弓を構えながら、僕は一人敵を見据える。

 

「さて、時間を稼ごうかな」

 

僕はそう言うと再び言霊を紡ぎ、弓に矢をつがえる。

 

「ここから先は通さないよ。いけ、〈アルジローレ〉」

 

放たれた矢は敵を貫きながら分かれると次第に太さを増していき、あたり一面を巻き込みながら大きな光の柱となって天を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

喧噪の中、バジーリオの声が広場にやけに響いて聞こえた。

 

「退くぞ! 退路の確保は出来ている。お前らは俺らの後について来い!」

 

俺は上空から降りてきたティアモの天馬に乗せられながら、姉さんが倒れている場所を呆然と眺めながらその声を聞いていた。人はあまりに現実離れしたことや信じられないことがあると、何もできなくなるというのは本当だったみたいだ――と、どこか他人事のように彼女の繰るペガサスに乗りながら考えていた。いや、ビャクヤが言うには逃げているらしいが。

 

「クロム様……」

 

そんな俺の手をティアモは優しく取り、自身の腰のあたりまで移動させた。そのティアモのティアモらしからぬ行動に俺は疑問を持ち、彼女へと意識を向ける。彼女は前を向いているため表情をうかがうことも出来ず、何を思ってこうしたのかはわからなかった。けれど、その状態のまま彼女は何かをこらえるように言葉を紡ぐ。

 

彼女の口から出た言葉はこちらを案じるものでもなければ、咎めるものでもなかった。彼女は俺の行動を認め、ただ道を示すだけだった。

 

「クロム様……今は、認められなくてもいいです。逃げてもいいです。ですから、どうか、今は生きることだけをお考えください。生きて戻ることだけをお考えください。リズ様のためにも……」

 

彼女の言葉が途切れた直後、強大な魔力に気付きふと後ろを振り返ると、後方から光の柱が天に昇っているのが見て取れた。まさか……と思い、急ぎ辺りを見渡してみると、ルフレの後ろに乗っているはずのビャクヤの姿はなく、地上にもビャクヤらしき人物は見られず、指示を出しているのはフェリアの王達とフレデリクだった。

 

「そして、殿を務めておられるビャクヤさんのためにも……」

「なっ……!? どういう事だ、ティア、モ…………」

 

そこまで言うと、ティアモはようやく俺の顔を見た。見たといっても本当に少しだけこちらに顔を向ける程度だったし、すぐに正面を向いてしまった。けれど、たったそれだけで俺は動けなくなってしまった。なんでビャクヤが殿をしているのかとか、リズはどうなっているのかとか、聞きたいことや尋ねるべきことはたくさんあったのに、そのすべてが吹き飛んでしまった。

 

「…………ティアモ」

「クロム様、もうすぐギャンレルが手をまわしていると思われる兵たちとの交戦地帯です。気を引き締めてください」

「ああ……わかった」

 

そう、口では答えたが俺の体は少しも動いてはくれなかった。何かをしようとするたびに、先ほど見たティアモの顔が浮かんできた。忘れろ……そう願っても消えてはくれない。集中しろ……そう言い聞かせてもあの顔が浮かんでくる。

 

「くそ……」

 

自分のことだというのに、どうしようもできない。そんなジレンマと戦いながら、俺は天馬を繰る彼女を見つめる。するとまた、あの顔が浮かんできた。感情を押し殺し無表情だったというのに、どこか悲しそうに、つらそうに瞳を揺らす彼女の顔が。消し去れず、忘れられないあの表情が、ただ俺の心に鈍い痛みを与え続ける。

 

「…………クロムさん」

「っ!? な、なんだ、ルフレ」

「…………」

 

そんな状態だったからかもしれない。俺がペガサスを寄せて近づいてきたルフレに気が付けなかったのは。そして、ルフレにこんな命令をさせることになったのは。

 

「次の戦い――――いえ、この撤退戦においてクロムさんが戦うことを禁じます」

 

そして、俺は初めて戦場で戦力外通告を受けることになった。

 

「…………ル、ルフレ」

「ティアモさん。クロムさんを頼みます」

「わかりました」

 

ルフレの言ったことが呑み込めずにいる俺を無視し、彼女はティアモに俺の護衛を頼むと自身は大まかな指示と情報を伝えるために、フレデリクのもとへと天馬を急がせた。

 

(俺が、俺があんな顔をさせているのか……こいつらに……)

 

俺へと命令をした時のルフレの顔は、ビャクヤが一人で策を練る時にたまに見せていたような冷たく凍てついた瞳と、まるで機械のような無表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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私がフレデリクさんに敵の情報について伝えてすぐに、私たちはペレジア軍と出会った。この軍の現在の指揮権はフレデリクさんとフェリア王たる二人に任せている。後は彼らに任せるしかない。そう、自分に言い聞かせながら私はティアモさんの近くで戦場に注意を向ける。

 

「私はペレジアの将ムスタファー。イーリス軍に勧告する。降参するつもりはないか?」

「降参? 戦わずに負けを認めろってのか?」

 

敵将――ムスタファーは出会いがしらにいきなり降伏をしないかと促してきた。その行動は、対応をしているバジーリオ様だけでなく、私までも驚かせた。イーリスに対し消しきれないほどの憎悪を抱いているはずのペレジアの兵――――それも将からこのような言葉をかけられるとは思わなかったからだ。少なくとも会話が成立すると思っていなかった私たちからしたら、想定外のことだった。

 

そんな、こちらの考えが伝わったのか、それとも読んでいたのかムスタファーは後ろの兵士たちに軽く指示をだし待機させると、自身は一歩前にでて、こちらをまっすぐに見つめてきた。

 

「エメリナの意思は、戦いを望むものではあるまい……と私が言ったところでいらぬ反感をかうだけだな」

 

そう、どこか苦笑交じりに彼は答えた。その姿はまるで戦場には似つかわしくなく、どことなく疲れているようで、まるで覇気というものがなかった。そして、彼の発現に怒りをあらわにしていたこちらの兵士たちも、そんな敵将の姿を見ておかしく思ったのか、起こると思われていた騒ぎも起こらず、イーリスの軍は平静を保っていた。

 

「あなた方が怒るのはもっともだ。それに、私がこのようなことを言うべきでないこともな。だが、私もエメリナの最後の行いに感じるところがなかったわけではない。おそらく、あの場にいた多くのペレジアの民も同じであろう。武器を捨てるのならば、悪いようにはせん」

「信用すると思いますか? あなたの主君があれだけのことをした後で」

 

おそらく、敵側からしたら最大限ともいえる譲歩を見せてきたムスタファーだったが、これがこちらの怒りに火を注ぐような真似だということも、きっと理解しているのだろう。常に平静を保ち、一歩引いたところから物事を眺めているフレデリクが珍しく怒りをあらわに反論した。そして、そんなこちらの反応もわかっていたんだろう。それでも、ムスタファーはこちらに言葉を紡ぐ。

 

「いや、残念だが、無理であろうな。だが……」

 

そこで、ムスタファーは言葉を区切ると、後ろにいる自分兵たちを見やる。その士気は敵側である此方が見ても高いとは言い難かった。

 

「全軍、散開!! 各自拠点の防衛に努めよ! 拠点から出るな! 無駄に兵を失う必要はない!」

「え、しかし、将軍。それでは、王からの命令に……」

「命令違反は死罪だ……忘れたわけではあるまい。お前たちは私の命令に従っておればよい。いいか、王からは何も命令はなかった」

「は、はい」

 

突如、声を張り上げ、全軍に指示を出し始めたムスタファーに私たちは臨戦態勢に入るが、その内容はこちらの予想を見事に外したものとなり、逆に相手の意図が全く読めないものであった。

 

「来たまえ。警備の穴をついてお前たちをペレジアの国境まで連れて行く」

「何がしたいんだ? 命令違反は死罪。自分で言っておいて守らないのか」

「…………ついて来い。道中に話そう」

 

そう言い、彼は無理矢理に話を切り上げると、馬に乗り私たちの前に立つ。そして、忘れていたかのように、止まると、武器を地面に投げ捨てその武器から距離をとる。

 

「急げ、追手が追いつく」

「どうする。ルフレ。正直、罠にしか思えないが」

「…………信じてみましょう。彼の言葉を」

 

きっと、ビャクヤさんもそう言うでしょうから――――そう、バジーリオ様に答えると、

彼はどこか呆れたように、頭をかき全軍に指示を出してからムスタファーの隣に並ぶ。

 

「さて、うちのお気楽な軍師様はあんたのことを信じてみるそうだ。良かったな」

「ふ、そうか。正直、追手に一人で突っ込もうかとも考えていたが、杞憂に終わったようだな」

 

彼は馬を進めながら、地図を開くとある地点を指してバジーリオ様に訊ねた。その地点を聞いたバジーリオ様は驚き、手に持つ斧を振り上げかけたが、後に続く言葉を聞くとしぶしぶその斧を下ろし、進路を微妙に修正しながら二人で進み始める。

 

その道中には兵士が所々にある砦に集まっているのが見えたが、決して打って出ることもなければ、攻撃をしてくることもなかった。その様子を見ながら、少し高度をさげバジーリオ様たちの会話に参加する。どうやら、今、始めたところだったようで、話を蒸し返す必要はなかった。

 

「さて、どこから話したものか。とりあえず、私と王――――ギャンレルについて話そうか……私はこう見えてもギャンレルの叔父でね。あいつのことはよく知っている。あいつが今のような状態になったのはある事件の後からだった。その事件の前は仲間思いで、優しい少年だったよ。信じられないと思うが」

「いや、おい。あのひねくれた様子を見て、そう言われても信じられるわけがねえだろう」

 

残念ながら私もバジーリオ様の意見に賛成だった。正直、信じられなかった。何がどう間違ったら、そんな好青年があんなひねくれ者になるのやら。ため息とともにそんな気持ちが言葉となって漏れた。

 

「まあ、軍師殿の言う通りなんだがな。ある事件とはイーリスのものにとって耳に痛いであろう、聖戦の後に起こった。そう、我らにとっても忌むべき事件である、ギ――――」

 

 

 

突如、空間を裂く音とともに彼の言葉が途切れ、その胸から華奢な腕が生えていた。彼の背後には黒いフードつきのマントをまとった人影があり、空いている手には黒い魔力の塊を握っていた。

 

「ふーん。ギャンレルに言われて見に来てみれば、ずいぶんと愉快なことをしてるじゃないか。君はいったいいつからイーリスの味方になったんだい、ムスタファー」

「くっ……ペレジアに巣食う悪魔が! 行け! イーリスの者たちよ! じきにここも再び戦いの渦に巻き込まれる。その前に早く仲間のもとへ行き脱出するがよい!」

「ふふ、悪魔とはひどいね。僕のおかげでイーリスとフェリアの混合軍を退けられているというのに」

「くたばれ!」

 

そこまで一息に言うと、彼は肩当ての中から短刀を二本取り出すと手に持ち、後方にいる人物に切りかかる。後方にいたその人物はムスタファーから腕を引き抜くと大きく跳躍し彼から距離をとる。

 

「行くぞ! ここからは出会った敵を蹴散らしていく! 国境まで走りぬけ!」

「……っ! バジーリオ様、指揮権を移します。私は上空でクロム様の護衛に回りますので」

「ああ、王子さんを頼んだぞ!」

 

私たちは彼の示した道を一気にかける。後ろを振り向かず、ただ前だけを見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぽつり、ぽつりと降り始めた雨は次第に勢いを増していき、地面にその身を預ける彼の体を容赦なく穿っていく。

 

「頼んだぞ、イーリスの者たちよ、この世界の希望よ。どうか、奴らの野望を打ち砕いてくれ……」

 

誰もいなくなった戦場で一人、彼はだれにもみとられることなく静かに息絶え、その体は静かに冷たくなっていった。

 

 

 

――そして、本当のペレジアからの逃走戦がここから始まった。まだ、すべては動き始めたばかり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこか、静けさを取り戻した戦場は厚く黒い雲に覆われ、空からは視界を覆い尽くすほどの雨が降りつづけていた。そんな雨に打たれながら、俺を守りながら戦いぬいてくれたティアモを見る。その後ろ姿は痛ましく、鎧も所々欠け血がにじんでいた。自身の弱さのせいでこうなったと思うと、悔しさや、情けなさと共にまた心に鈍い痛みが走る。

 

「ティアモ……すまない」

 

気が付けばそんな言葉が口から出ていた。しかし、ティアモはそれに対し当然だといわんばかりに返事をする。

 

「いえ、気になさらないでください。これが騎士である私の役目ですから」

 

その後も俺は一人だけティアモにずっと守られながらフェリアまでの道を進む。心に悔しさと、むなしさ、痛み、様々な感情を抱えながら……

 

(遠い、な……こんなにも、自分が小さく感じたのはいつ以来だろうか……)

 

目に映る彼女の背中は空から零れ落ちる雨のせいか滲んでよく見えず、俺の手の届かない所にあるような気がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でだ……」

 

俺にはその光景が信じられなかった。だからこそ、その姿から目が離せず、ただ落ち往く彼女の末路を見つめ続けた。

 

「死んだのか…………? 自分の弟を助けるために」

 

地に落ちたエメリナの体を呆然と見ていた俺の口から漏れ出たのは、そんな独り言じみた小さな、小さな呟きだった。そんな俺のもとに、誰かが出したであろう連絡兵が俺のもとにやってきた。

 

「ギャンレル様! イーリスの者どもが引き揚げ始めました!」

 

こいつの言葉を聞きようやく俺はエメリナの死体から目を逸らすと、広場に目を戻す。広場はすでに再び争乱の渦に包まれており、撤退を始めたイーリスの軍を俺の兵士たちが必死に打ち倒そうとしていたが、余り戦況は良くない。錬度の差がここに来て悪い方向に手伝っていた。こちらの錬度が決して低いわけではない。しかし、フェリアの精鋭や自警団と比べたなら、実戦経験という埋めがたい実力差が両者の間にはあった。それ故に、便利な伝令の使用を決めるとともに、自身の師であり義父である男にイーリスの始末を任せる。

 

「ほどほどにしろと伝えておけ。後はムスタファーに任せる」

「はっ!」

 

伝令はくるりと身をひるがえすと戦場へと舞い戻っていく。そして、間をさほどおかずして俺の横で空間にゆがみが発生し、歪みの中から見慣れた人物が現れた。

 

「やあ、何かよばれた気がしたから来たよ。それで、一体どんな用件かな、ギャンレル」

 

怪しげな黒いコートを着たフードで顔を隠した人物は常と変らぬ様子でこちらに話しかけてきた。目の前のこれを切り殺したいという自分でもわからない気持ちを舌打ちでごまかすと、手短に用件だけ伝えて、さっさと行くように命じる。だがその人物はいぶかしげにこちらに視線を送ったまま動こうとはしなかった。そして、しびれを切らしたこちらが口を開くより先に、こちらに話しかけてきた。

 

「…………何が不満なんだい、ギャンレル」

「……あぁ?」

「ここに来るまでに様々なイレギュラーはあったが、おおむね計画通りに事は運ばれた。君の望みどおりにエメリナは死に、未来は変わることなく進んでいる。そして、君の望む瞬間ももうすぐ来る。しかも、ほぼ完璧な下準備のもとで、だ。未来は間違いなく君の望む通りのものになるというのに、何が不満なんだい?」

「……んなもんねぇよ。さっさと行きな。不愉快だ……」

 

その人物はなおもこちらのことをいぶかしげに見てきたが、やがて最初に現れた時と同じように空間を歪め、消えていった。それを見届けた後、高台から降り、すぐ目の前にある惨状のもとへと歩み寄る。正直見ていて気持ちのいいものではなかったが、確かめたいことがあった。だからエメリナの傍で片膝をつくとすでにこと切れているであろう彼女の顔を眺める。

 

「……どいつもこいつも、なんで――――」

 

俺が覗き込んだエメリナの顔は恐怖にゆがんでいる風でもなく、ましてや痛みを耐えているものでもなかった。その顔はただ、ただ穏やかであった。そして、どこか悲しげだった。ずきり、と胸が痛み、それと共に一人の少女の顔が思い出される。彼女と同じように、平和を求め、――を目指し、俺を――にしてくれた大切な少女の顔が。

 

「くそ……」

 

浮かび上がった少女の顔を消し、無理やりに気持ちを切り替えた。そして、近くの岩場に隠れ潜む青年の名を呼ぶ。この現状――エメリナが生きているというあり得ない事態を引き起こしたであろう青年の名を……

 

「…………ジェイス」

「やっぱり、ばれていたのか」

 

岩場からため息とともに、簡素な服をまとった青年が現れる。どことなくこの戦場に不釣り合いな雰囲気の青年は諦めたような顔でこちらを見る。

 

「これをやったのはお前だな、ジェイス」

「ああ、そうだよ、ギル義兄さん」

「…………このあと、どうするつもりだった?」

「とりあえず、実家の方で様子を見るつもりだった。この方が帰ることを望まれるのであれば、送り届け、望まないのであれば新しい地での生活を可能な限り助けるつもりだった」

「そうか、なら、俺はお前に相応の罰を与える必要があるな」

「ふーん。それで、ばつは何かな?」

 

俺はその返事を聞き、エメリナがかろうじてまだ生きていることの理由を知った。なぜ、エメリナを助けたのか。エメリナに敬意を払うのか。どうやって助けたのか、聞きたいことは山ほどあった。だが、今はそれについて聞いている暇はない。俺は覚悟を決めると、目の前の義弟に対し剣を抜く。俺の様子が変わったのを見ても、こいつは全く動じることなく、常と変らぬ様子でいた。

 

「命令違反は死罪だ。忘れたわけではないだろ? だから、さよならだ」

「ああ、そうだね。さよなら」

 

手に持った剣を掲げ魔力を通し、周囲に大量の雷を発生させた。そのすべてが地をえぐり、岩をも穿つ強力な雷の魔法。当たれば生きていることは不可能であり、これだけ喰らえば形が残っていることすら怪しい。だが――――

 

「義兄さん? 一体何のつもり?」

「……もう二度とこの地に返ってくんな。そして、表に出ようとは思うな。いいな」

 

結局、俺にはできなかった。そんな俺の言葉を聞き、ジェイスは驚愕に目を見開き、唖然とした様子でこちらを見返してきた。まあ、その気持ちがわからないでもない。要するに、エメリナを死んだことにして見逃すといったのだから。だが、これ以外に俺には解決策が思いつかなかった。

 

「逃げる算段はあるんだろうな?」

「愚問だよ」

 

彼はエメリナに応急処置をすると、彼女を持ち上げこの場を静かに後にする。そんな義弟の後姿を眺めながら、ふと思う。今俺がした選択はペレジアの王たる俺がしていいものではない。だが、なぜか、今はそれが正しい、そう思えていた。とうに失ったと思っていたあの頃の心が、想いがまだ俺の中に残っていたのかと思うと不思議と可笑しくて、笑みがこぼれる。

 

「もう、とっくの昔に無くなっていたと思っていたんだがな。まだ、残っていたとは。まだ、誰かを――――っ!!」

 

空間の避ける音と共に、突如頭痛が襲い意識が急激に遠ざかる。倒れるのはまずい。ただ、それだけを考え、必死に意識を保つ。立っているのもつらく、剣を支えに地に膝をついた。そんな俺の目の前に、見慣れた黒いあいつが現れた。

 

「やあ、ギャンレル。報告に戻ったよ」

「……何の真似だ」

「ん? 何のことかな? 僕は特に何かした覚えはないけど?」

 

間違いなく先ほどの頭痛は目の前のこいつの仕業だ。そして、記憶の一部が、先ほどの思考が全く思い出せないのも、先ほどの頭痛が原因なんだろう。だが、それを問いただしたところで、こいつは答えないだろうし、俺も今そうしてまでこいつに聞こうとは思わない。それに、俺の直感が言っている。今、こいつにそれを尋ねてはいけないと。だから、俺は常のごとくふるまう。

 

「ちっ! まあ、いい。城下の軍をまとめる。編成をし直して、全面戦争の準備をするぞ」

「……ああ、そうしようか」

 

俺は足早にその場を後にした。忘れかけていた何かを、思い出した何かをもう一度手にするために、今はいち早くこいつから離れたかった。だが、どうしてそう思ったかは、結局わかりそうにはなかった。

 

 

 

「……聞き出せなかったね。あの仕掛けだけじゃ、ギャンレルに何が起こったかまではわからないんだよね。かといって、これ以上強力なものはまだ無理だし……いや、アレがうまくいけば…………」

 

その人物はぶつぶつとつぶやきながら歩きはじめ、目の前の空間をゆがませると、その歪みへと足を踏み入れ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公、完全空気の回でした。彼には次回頑張ってもらいます。たぶん。

原作と違い、微妙に話が変わってます。ムスタファーさんとの戦闘はなく、いろいろと、あのお方に暗躍してもらっていた回でした。

次回は十章 再起の後半となります。そろそろ、話の動かし方が難しくなってきてなかなか筆が進みませんが、頑張ります。

それではまた次回会いましょう。なお、タイトルは作者のことを指しているわけではありません、と言ってみる。説得力がないですが。

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