FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~   作:言語嫌い

24 / 54
が、学校が始まる。

早寝遅起きという最高の暮らしがもうできなくなった……

どうでもいい作者の嘆きでした。それでは本編どうぞ


第二十二話 聖王エメリナ

その女性は一人、薄暗い地下牢で祈りをささげていた。彼女が信仰する神竜ナーガに、この地で失われた数々の自国の民に、そして先の戦争で失われたペレジアの民たちに、彼女はただ目を閉じて祈りを捧ぐ。

 

彼女を照らす明かりははるか頭上にある小さな天窓のみ。しかし、このうす暗闇の中、こうしてできたわずかな木漏れ日に照らされながら一心に祈りをささげる姿は、まさに聖女、賢王として自国の民の信頼を集めた聖王エメリナを彷彿させるものであった。

 

時間が来たためにこの女性エメリナを呼びに来た兵士はその姿に時を忘れて見入ってしまっていた。この人を殺すことは確かにペレジアの民が受けた痛みに対する復讐として妥当に思われる。なのに、果たしてこの人を殺すことは正しいのか、このような聖人を手に駆けることが許されるのか。ここで、全てを捨ててでもこの女性を生かすべきなのではないのか……そう、一兵士が考えても仕方ないことに彼の思考は支配されてしまっていた。

 

しかし、この時間もそう長くは続かない。かすかに人の気配を感じたエメリナが閉じていた眼を開けて、呆然と立ちすくむ彼を見つけたからである。エメリナは彼がここに来た意味を悟ると、静かに立ち上がり呆然としている兵士に声をかける。

 

「時間……なのですか?」

「……っ! は――――じ、時間だ。これより貴様を処刑場へと連行する。ついて来い!!」

「そうですか……わかりました」

 

兵士は彼女に話しかけられたことで意識が現実へと戻ってきた。だが、先ほど見た彼女の姿が忘れられず、丁寧に答えそうになったのを、必要以上に大きく威圧的な声で命令を口にすることで何とか抑える。この女性は自分たちの敵なのだと言い聞かせることで、自らに課された任務を遂行しようとした。

 

兵士はカギを取り出して、エメリナのいる牢の鍵を開ける。そして、扉が開かれたのを確認したエメリナはその扉から出て、目の前で待機している兵士に微笑みかける。その笑みを見た兵士はエメリナが出た後の牢屋の扉を閉めると、カギを自らの懐にしまう。

 

そして、その場で動くのを止めた……

 

いつまでたっても動こうとしない兵士をエメリナは不思議に思ったが、ここで彼が自分を時間通りに連れて行かなければ罰せられるだろうと思い至ったために、その兵士の声をかける。

 

「行きましょう」

 

しかし、彼はそれでも動かなかった。さすがに様子がおかしいと思ったエメリナは、彼の様子を確かめようと、彼の前へと回り込んだ。そして、その表情を見て、驚くこととなる。

 

 

「……どうして、そんなにつらそうなお顔をされているのですか?」

 

 

 

 

「…………俺の父親はあんたら、イーリスが仕掛けてきた戦争に巻き込まれて死んだ」

 

 

 

長い沈黙を破り、その兵士はぽつぽつと語り始めた。突然始まった独白にエメリナは再び驚く。だが同時に、彼の声から怒りや憎しみが感じられないことに違和感を感じてもいた。それでも、今のこの身にできることは何もない。それ故、彼女は静かに彼の独白を聞き始める。

 

「だから、俺はこの軍に志願したときから、いつか俺の父親を奪っていったイーリスに復讐してやるって思いながら日々の訓練に参加していたよ――――あの日を迎えるまではな」

「…………」

「あの日――――ギャンレル様の命令でイーリスにあるデミス領のご令嬢を誘拐したあの日のことだ。俺はデミス領内の兵士を倒しデミス伯のご令嬢を誘拐しろと聞いていた。俺はついに復讐を果たす時が来た。そう思っていたさ……でもな、結局、俺は、いや俺たちペレジアの人間は何も見えていなかたのかもしれない」

 

「俺は命令を遂行するために、そこで護衛をしていた兵士を殺して回ったさ。そして、仲間の一人がご令嬢の誘拐に成功したらしく、俺たちは引き上げることになった。だが、その途中にことは起こった」

 

「仲間の一人の前に小さな子供が立ちふさがったんだ。恐怖に震えながら、それでもなお俺たちに折れた剣を向けて、涙で歪んでしまった顔をしながら、俺たちの前に現れた。当然、その子供なんて歯牙にもかけず、俺の仲間は一太刀で殺した。でもな、俺はそう言う風に割り切れなかった。あの子供を見て思ったんだ。あれは昔の自分だと。そして今自分のやっていることは昔、自分が憎んだイーリスのくそ野郎共と同じなんだとな。そして、戦争なんてものは、どちらかが始めてしまった時点で、どうしようもない、悲しみと憎しみを生み続けるんだなってな」

 

兵士はそこまで語ると伏せていた顔をあげてエメリナを正面からまっすぐと見つめる。

 

「なあ、エメリナ――――いや、イーリスの聖王エメリナ様。あなたは戦いを好まず、話し合いを第一に行動しておられると聞き及んでいます」

「…………ええ、そうです。それが私の掲げている理想ですから」

「それならば、あなたなら、この憎しみの連鎖を止められましたか?」

 

その兵士はどこかすがるような声で彼女に問いかけた。しかし、エメリナは悲しそうな顔で静かに顔を横に振る。それは、否定を意味するしぐさ。聖女と呼ばれしエメリナの力でも叶えることのできないことであるということであった。

 

「私にはそれをなすことが出来ませんでした。そして、もはや私に残された時間はありません。もう、私にできることは何もないのです」

「……そうですか」

「ですが、一つだけ―――― 一つだけ、私にもできることがあります」

「……それは、なんなのですか?」

「それは、思いを託すことです」

「…………」

「私のこの思想は、私の弟や妹、そして、弟を支えてくれている軍師や仲間たち、そして、いつも傍にいてくれた私の大切な騎士にも受け継がれていきます。私がこの思いを託すことによって。そして、それはあなたも同じです」

 

「あなたは私の思想を知っていました。私の思想を理解してくれました。そして、共にこの世界の不条理に嘆いてくれました。だから、私はあなたにもこの思想を託したい。どうか、あなたや私が望むような、悲しみの連鎖の無い、幸せな世界が実現するように……」

 

彼はその言葉に消えかけていた最後の希望の光を見出す。どうしようもなくなってしまった彼にとって、その光はたとえ、どれだけ小さいものであったとしても、これからのいく道を指し示す、希望であった。

 

「思いを託す……ですか。なら、このペレジアの地にて、私があなたのその想いを継ぎましょう。そして、いずれ必ず平和を実現させて見せます」

「…………ありがとう」

 

兵士はその希望を大事に胸の中に抱え込み、もう一つ、小さな、けれど大きな決意をした。胸の中でその決意を反芻した兵士は気持ちを切り替えると、ぶっきらぼうにエメリナへと語りかける。

 

「……無駄話をしたな。行くぞ」

「ええ、一つだけいいかしら?」

「なんだ」

「あなたの名前は?」

「…………ジェイス」

 

そう、とエメリナは最後につぶやくと処刑場に着くまでの間静かに彼の後ろを歩き続けた。

 

そして、この兵士はエメリナを処刑場の兵士に引き渡すと静かに城を後にする。その後、彼はエメリナの公開処刑を兵士としてではなく、しがらみから解かれた無力な一人のペレジア国民として見るために、武装を解除して広場を埋めるペレジアの国民たちの間に混じった。

 

 

 

 

彼女の思想は今、このペレジアの地で小さく芽吹き始めた。これは誰も知らなかった小さな、小さな物語。決して語られることのない、忘れられた物語である。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

その日、エメリナ様はペレジア王城の近くにある広場にそびえたつ巨大な生き物の化石の一部に立たされていた。その場所は細い、細いがれきの先端で退路を塞ぐように斧を持ったペレジアの兵士がエメリナ様の後ろに控えていた。

 

「良く集まったな、ペレジアの民たちよ!! そんなに見てぇか? 見てぇえよなぁ!? 最高の見せもんだもんなぁ? 最っ高潮だぜぇ?」

 

そして、エメリナの処刑を行うことになったその広間はペレジアの民衆であふれかえっており、老若男女を問わず、すべての民が集結していると思わせるほどの集まりだった。しかし、その中にはちらほらと武装した兵士が混じっているのが気配でもわかった。おそらく、ギャンレルが、エメリナの処刑を止めるために何かを仕掛ける僕らの行動を抑制するために配置しているのだろう。

 

事実、ここに来るまでにもいたるところで、ドラゴンナイトや傭兵、魔導師といった者たちが潜んでいるのが見えた。

 

「おら!! 処刑人! 恨みを込めた斧を振り下ろせ!!」

 

ギャンレルの号令が広場全体へと響き渡り、エメリナ様の背後に控えていた処刑人はその手に持つ斧を高く振り上げ――――そのまま後ろへ(・・・)と倒れこんだ。

 

そして――――

 

「〈エルサンダー〉!!!」

 

魔法の詠唱と共に、僕の周囲に隠れ潜むペレジア兵数人に向けて空より雷が襲い、その兵士たちを仕留めた。それを皮切りに、広場は騒乱の渦に包まれた。集まっていたペレジアの民たちは我先にと広場を後にし始める。

 

そんな中、ペレジア王ギャンレルは広場の高台にてその様子をみて顔を愉悦にゆがませながら、大きく叫ぶ。心底愉快でたまらないといった風に、どこか狂ったように笑いながら彼は腰の剣を天へと掲げる。

 

「はっ! ようやく、お出ましか、イーリス共!! 野郎共! 出番だ!! イーリスの糞野郎どもを根絶やしにしろ!」

 

ギャンレルの号令と共に周囲から隠れていたペレジアの兵たちが出てきた。路地や、建物からは歩兵が、空からはドラゴンナイトがこの広間に集まった僕らをめがけて襲い掛かってくる。

 

だけど、僕らもそう簡単にやられるわけにはいかない。ここを突破して、エメリナ様を救出するために。たとえ、このすべてがギャンレルの思惑通りに進んでいようとも、最後にはそのすべてを僕がひっくり返す。エメリナ様は、イーリスに――――この世界に居なくてはならない人だから。

 

だから、僕は命令を下す。今日もいつものように隣で僕を支えてくれている彼女に向かって、いつものように/いつかのように――その名を呼んだ。

 

「ルフレ!!」

「はい!! 〈ギガウィンド〉!!」

 

僕の隣に控えていたルフレは返事をすると今までためていた魔力を一気に放出し、強大な術式へと替え、空を飛ぶペレジアのドラゴンナイト達を一掃する。そして、今度は僕がその手に持つ剣を空高く掲げ、軍全体へと号令をかける。

 

「さあ、行こう!! エメリナ様を助けるんだ!」

 

その声と共に僕ら自警団に加えて、フラヴィア様たちが連れてきたフェリアの兵士たちが答え、次々と広場へとなだれ込んできた。

 

「ちぃっ! フェリア王の姿も見えねえからある程度そうかとは思っていたが、いやな予想が当たっちまったぜ! はっ! やるねえ、軍師ビャクヤ!」

「悪いけどお前の好きにはさせないよ、ギャンレル。お前の計画のすべてを今ここですべてぶち壊す」

「できるものなら、やってみな!」

「ああ、やってやるさ!」

 

僕とギャンレルの言葉の応酬はそこで途切れ、ギャンレルは先程までと同じように声を張り上げて全軍の指揮をとりはじめる。対する僕は――――

 

「ビャクヤさん、乗って!」

 

フラムさんたちに見てもらっていたペガサスに乗って空より僕に手を差し伸べてきた。僕は彼女の差し出してきた手を握ると、地を蹴った勢いのままに彼女のペガサスへと騎乗した。そして、普段通り空から戦場のすべてを見ながら指示をだしつつ、戦闘に介入していく。

 

「ギャンレルはあとでいい! 姉さんに敵を近づけるな!!」

 

下方ではクロムの声が聞こえてくる。先頭に立ち、無計画にペレジア兵へと切り込んでいくクロムを、背後からミリエルやリヒトといった魔導師が、隣ではスミアやティアモと言った天馬騎士が彼のサポートに回っていた。

 

そして、後方ではロンクーやガイアを筆頭に広間へと押し寄せるペレジア兵を、バジーリオ様たちが連れてきたフェリアの兵士たちとともに押さえていたまた中央から少しそれたあたり、エメリナ様の付近では輸送隊のフラムさんを中心にヴィオールなどの遠距離武器の者たちが主になってエメリナ様へと迫りくる刃のすべてを払っていく。

 

だが――――

 

「……ビャクヤさん」

「…………大丈夫だ。必ず、成功させて見せる」

 

最後の最後まで、この胸の内に巣食う小さな、ほんの小さな不安は消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

こうして、エメリナ様の救出劇(絶望の序章)が始まった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

「…………クロム、リズ」

 

ほんの数分前までペレジアの民衆でごった返していた広間を悲しげに眺めながら、聖王エメリナはつぶやいた。いま、広間はペレジアの兵士と、彼女を助けに来たイーリスの自警団とフェリアの合同軍との壮絶な戦いが繰り広げられており、平和を唱えてきた彼女にとって二度と見たくなかった地獄がそこにはあった。

 

そんな戦場で彼女の弟であり次期聖王であるクロムや、妹のリズは共に戦っていた。己の持てるすべてを使い、己にできうる限り、彼らは戦っていた。聖王エメリナ――――自分たちの姉を助けるために。

 

「なぜ、なのでしょうか……」

 

彼女はそんな眼下の惨状を嘆きながら、小さくこぼした。

 

「なぜ、戦いはなくならないのでしょうか……」

 

彼女はこんなことを望みはしていなかった。いや、助けに来てくれるのは彼女だって嬉しい。けれど、そのために生まれるこの惨状を彼女は望みはしなかった。願わくば、自分の命で長年続いたイーリスとペレジアの関係に終止符を打つことが出来れば……そう思っていた。

 

「…………どうして、ですか? フレデリク……」

 

すなわち、あの日――――裏街道にて襲撃を受けたあの日に、彼女は自らの死をもってこの醜い戦い、悲しみの連鎖に終止符を打とうとしていたのである。クロムやリズたちをだましてでも、彼女はそうするつもりだった。だからこそ、彼女はあの日、あの場所でクロムに【炎の台座】を渡し、フレデリクにすべてを託したのだから……

 

だけど――――

 

「どうして、あなたは――――」

 

 

「聖王エメリナは処刑される……」

「……っ!」

 

エメリナは突如後ろから聞こえてきた声に驚き、反射的に振り返った。振り返ったその先には、黒いローブに身を包んだ女性が一人静かにたたずんでいた。だが、彼女にはわからなかった。

 

「あなたは……?」

 

そこに、その女性が本当にいるのかが彼女にはわからなかった。いや、目視できているのだから、その女性はそこに居るのだろう。だが、余りにもその女性には気配がなかったのだ。目の前で目視していても、少し気を抜いてしまえば見えなくなってしまうのではないかと思わせるくらいに、彼女の存在は希薄だった。そして、その顔は暗く、曇っていた。

 

そんなエメリナの様子などお構いなしにその魔術師は語り始める。

 

「みんなは恨みを晴らせると喜んでいる…………」

「……そうでしょうね。私は前王の娘。あなたたちの国を自分勝手な理由で攻め込み、多くの兵たちやペレジアの民たちの命を奪ってきた王の娘なのだから、私を殺すことはあなたたちの悲願でしょう」

 

そんな魔導師の言葉に対し、エメリナは感情のあまりのこもらない言葉でつらつらとそう述べた。その表情は完全に無であった。普段の優しげな顔からは想像できないくらいに、何の感情も宿さない顔であった。そして、それが、彼女の心情を隠す、最後の仮面でもあった。

 

「……あなたでもそんな顔をするのね。でも、今は関係ないわ。あなたの言った通りの理由で、このペレジアにいる多くの兵士たちはあなたの命を狙っているわ」

 

そして、事実、彼女の父親である前聖王は歴代の聖王の中でも最もひどいといわれるくらいの暴君だった。前王は政務こそそつなくこなしていたが、それ以外がとてつもなくひどかった。遊びと称して、城下に降りては不当に税を取り立てたてたり、昼間から酒を飲んで大暴れをしたり、進言をしてきた兵士の言葉が気に入らなければ切り捨てたため、たとえ大臣と言えども、彼に何かを言うものはいなかった。

 

そんな王が暇つぶしとして目を付けたのが戦争であったのが運のつきだったのかもしれない。彼は非常に戦を好み、賊を討伐と称しては、隣国へとちょっかいを出していた。

 

そんな折であった、彼がペレジアとの戦争を始めたのは……

 

「あなたの父親は聖戦と称して、私たちの国へと攻め入り多くの命を奪っていった」

「…………」

 

その時、エメリナはまだ幼すぎた。戦とは何か、それを知るにはあまりにも幼すぎた。それ故に、心に残ったのかもしれない。いや、心に刻まれたのかもしれない。

 

大きな、大きすぎるほどの傷として。

 

幼き日の彼女は血の匂いが嫌いだった。いつも笑顔で話かかけてくれていた父親からする、その血の匂いが嫌いだった。同時にわからなくなっていた。なぜ、こんな不快なにおいを振りまいているのに、父さんは笑顔なのだろうと、彼女はずっと思っていた。

 

そして、そんな時にあの日は来た……

 

「そうね、父はあまりにも人の命を奪いすぎた…………戦場でも、国内でも、そして、城内でも……」

 

彼女の目の前で一人の兵士が殺された。実の父によって、ただ、その存在が気に入らなかったというちっぽけな理由で、その兵士は死んでいった。彼女はあまりにも唐突に目の前で起きた出来事に頭が追いつかなかった。そして、目の前でそんな死体を嗤いながら足蹴にしている人物が誰だかわからなくなった……

 

そして、彼女の心には深く、大きな傷が刻まれ、すべてを閉ざしてしまった……

 

「だから、私たちは恨まれても仕方ない……そう思っていました。けれど、それでも、その悲しみの連鎖を止めれるなら、この世界に平和の灯を灯せるならと、私は戦い続けてきた」

「ええ、そうね。でも、全ては無意味だったわ」

「…………それで、あなたはどうしたいのかしら? 私を殺して、復讐しますか? ペレジア国民の望みを今ここで叶えますか?」

 

エメリナは今までのことを思いながら静かに目の前の女性に語りかけた。だが、その女性は首を横に振ると、エメリナの目をしっかりと見て答える。

 

「…………くだらないわ」

「え……? どうして、ですか?」

 

女性はふぅと小さくため息をつくと足元に転移の魔方陣を浮かべた。

 

「イーリスへの恨みなんて、そんなもの自分の気持ちじゃないもの。それは長年続いてきた遺恨という名の呪い……私はそんなものに縛られたくない」

「…………」

 

女性の足元の陣に魔力が注ぎ込まれていき、その光を強くしてゆく。

 

「私は私自身の気持ちで、誰かを思い、誰かを呪うわ。そう思っているの。あなたは、どうかしら?」

「私は――――誰も恨みません」

「……そう」

 

発動直前のその陣の上で女性はエメリナに問いかけた。そんな問いに対し、エメリナは今までのように笑みを浮かべると、まばゆい光に目を細めながら答えた。その答えに対しどこか落胆したように女性は答えたが、エメリナはそんな様子にお構いなしに話し続ける。

 

「私は、誰も恨みません。けれど、あの人を強く想い、あの人との夢を強く抱き続けています。だから、ペレジアのみなさんを縛っている憎しみという名の重き鎖のすべてを解き放ちたい。そのために、今まで戦ってきたのだから」

「そう――――」

 

女性の足元の陣は完成した。後は彼女がキーワードを紡ぐだけでこの魔法は発動する。しかし、女性はエメリナの方を見ながら、今度は小さく微笑む。その笑みはまるで体を縛っていた全てのしがらみから解き放たれたようだった。

 

「あなたも、一人のちっぽけな人だったのね。義務とか、使命とかに縛られない、自分の想いだけを強く抱き、わがままに進んでいく――――私たちと同じような、みじめで、ちっぽけな人だったのね」

「ええ、そうですね」

 

女性はエメリナに背を向けると、静かにゆっくりと魔方陣を起動させる。

 

「ここで、私があなたを救出したら、私は英雄になれるかもしれないけど、あいにく私はまだ一人分の転移しか行えないの。だから、あなたはここで、助けを待ちなさい」

「ええ、そうね……そうさせてもらいます」

 

エメリナもまた女性に背を向け、眼下の戦いを眺める。そんなエメリナに対し、女性は最後の言葉を紡ぐ。

 

「私はサーリャ。受け継がれた理想()を想い、戦いを呪うペレジアの魔女よ」

 

エメリナの背後でそう言い残し消えた彼女は突如自らの弟であるクロムの付近に転移すると、周りのペレジア兵を倒しながらクロムに近づいて行った。おそらく、彼女の弟であるクロムならサーリャと名乗った魔導師を受け入れてくれるだろう。

 

「…………あなたの言う通りですね、フレデリク」

 

エメリナはクロムから目を外し、広間の中央を縦横無尽に駆け回り、敵をなぎ倒しているフレデリクを見つめる。

 

「あなたの言う通り、人の想いというものは強いですね。そして、強く思っていればいつか必ず、届く物なのですね。

だからですか? あなたが、私の命令に背いてまで、行軍を決定したのは……」

 

エメリナにとって、フレデリクとは幼馴染であり、閉ざしてしまった心を開いてくれた恩人だ。

 

そう、父親のあの一件以来ふさぎ込んでいたエメリナを救ったのは、エメリナと同じようにまだ幼かったフレデリクなのであった。彼は仲の良い彼女が沈んでいるのをどうにかしようと試行錯誤し、とある絵本を見つけて、それを彼女とともに読んだ。

 

民を愛し、世界を救い、戦争を終わらせ平和な世を作り出した英雄王マルスの絵本を。

 

 

そして、ここから始まった……彼女と彼の紡ぐ小さな約束の物語は。

 

 

 

「フレデリク……私の愛しき人。もし、あなたが強く、強くそう願うのなら、私もまた願いましょう。ですから、どうか――――」

 

 

 

――――私の願いをかなえてくれる、フレデリク

 

――――うん、任せて! 僕が、エメリナ様の願いを叶えてあげる。だから、エメリナ様は僕の願いを叶えてよ!

 

――――うん。わかった。約束だよ、フレデリク……

 

 

 

 

 

聖王エメリナと聖王に仕えし唯一(・・)の近衛騎士フレデリク――――彼女が王になるその前に交わされ、紡がれ続けてきた二人の約束の物語は今日ここで終わりを迎えることになる。

 

 

その結末はもう、そこまで迫ってきている。

 

 

 




今回はいろいろと妄想詰めまくりであるため、おかしいところがあるかもしれません。いや、一応考えながら書いたのですが、何か変なところがありましたらおねがいします。

それでは、次話九章 聖王エメリナの後編「騎士フレデリク」で会いましょう。誤字脱字、感想等ございましたらお願いします。

学校が始まりそうで若干鬱な作者でした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。