FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~   作:言語嫌い

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第一話 新たな歴史 

風が……吹いていた。

 

 

「……僕は、これからどうなるんだろう?」

 

そうつぶやくと、隣の青い鎧の騎士が答えた。

 

「あなたがどうなるかは、町で話を聞いてからですね。あなたは賊かもしれないので」

「……」

 

記憶のない僕が言うのもどうかと思うが、捕虜……でないにしても怪しい人物を拘束もしないのはどうなのだろう。所持品の検査も無い。

最初の対応を見る限り、この青い騎士ならそれくらいすると思ったけど何もしてこない。楽でいいのは事実なので、こちらから何かを言ったりはしないのだけど。

そんな、騎士鎧よりも執事服が似合いそうな彼を見て、ため息が漏れた。

 

「どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもありません。」

「……? そうですか、それならいいのですが」

 

……笑顔を見て恐怖を覚えることになるとは思わなかった。顔は笑っていても目が笑ってない。そんなこともあるのだと……

 

(ふふ、私に黙って、なにしてるのかな?

 どういうことか説明してくれない、――)

 

かつて、一人の少女から教えられていたはずだった。

 

「――――っぁ!!」

 

思い出すな

 /思い出せ、

思い出すな

 /忘れるな。

この記憶は思い出していけない

 /忘れてはいけない気がする。

忘れろ、頼む、忘れさせてくれ……

 

「大丈夫ですか? 何やら顔色が優れないようですが」

 

……忘れろ

  /思い出せ。

忘れろ

 /忘れるな。

忘れろ

 /思い出せ。

忘れろ

 /忘れるな。

 

「……っ!!」

 

消えろ!!

 /---- 

 

「おい!! 大丈夫か! しっかりしろ!!」

 

声が、思考を断ち切る。強く肩を引っ張られる。

脳裏に響いていたわけのわからない声は聞こえなくなり、あたりの様子に目が向くようになる。

 

なったのだが――――

 

「………………」

 

痛い――

みんなの無言の視線がものすごく痛い。何より、騎士の視線が怖すぎる。深く考えずとも理解できる。これは非常にまずい状況なのだと。

 

「だ、大丈夫です。何でもありません。本当に大丈夫です」

「「「…………」」」

 

慌てて弁明するも、余計にその視線は痛くなるばかり。

当たり前だ。僕の行動には怪しいところしかない。僕自身にやましい所は何一つないとしても、この状況からして完全に黒だ。

 

「なんでもないったら何でもありません! それよりも、僕はこれからどうなるんですか。あなた方に、捕まえられたわけですけど」

 

だから、いつまでも現実逃避をしているわけにはいかない。これからについて聞いておく必要がある。こうなってしまったのだからしょうがない。原因は、自分。数十分前の自分。なぜ、あんなことを言ったのだろうか。

 

考えても、答えは出てきそうになかった。

 

 

 

***

 

 

 

 

彼はあきらめて現実を見始めた。

そんな、現在よりも少し前のこと。件の彼の悩みの種となっていることは起きた。

 

 

 

僕は深い眠りから目を覚ました。

そして、目の前の彼の手をつかみゆっくりと立ち上がる。

 

「大丈夫か?」

「あぁ、ありがとう……クロム」

 

心配してくれたクロムに僕は礼を言った。おそらく、また行き倒れていたのだろう。

クロムがいなければどうなっていたことか。考えたくはないが、助かったのは事実。素直に礼を述べたのだが、クロムはこちらを不思議そうな顔で見ていた。

 

「どうしたんだ、クロム」

「……いや、なぜ俺の名を」

「え……い、いや……どうしてだろう? なんだかどこかで会ったような気がして」

 

改めて問われると、クロムのことをなぜ知ってるのかがわからなかった。だが、記憶にはないはずなのに、初めて会った気はしなかった。理由はもちろんわかるはずもない。どうやら、クロムも記憶にないようだ。となると、初対面か。

 

「悪いが……初対面だぞ。お前は何者だ? ここでいったい何をしていた」

「えぇと……行き倒れてました?」

「……いや、それは見ればなんとなくわかる」

 

彼の聞きたいことはわかる。だから、答えようとした。だが……

 

「……僕は誰だ?」

「何?」

 

僕は自分がわからなかった。自分が何か知らなかった。だから、答えが出せない。

怪訝そうに彼がこちらを見ているが今は関係ない。それ以上に、気づいてしまった事実は、僕の根幹を揺るがす大きな問題だった。

 

「ここは、どこなんだ?」

 

そして、周りの景色も見たことがない。わずかに残る記憶と照らし合わせても、このような景色は知らない。

ここがどこかもわからない。自分が何をしていたかも。自分のことは何一つわからないが、僕はこんな状態の人をなんていうか知っていた。

 

「そうか、僕は記憶そうし……」

「えー!? それってもしかして、アレかな! 記憶喪失ってヤツじゃない?」

「……そうだね」

「おかしな話ですね。ではなぜ、クロムという名を知っていたのですか? そのような都合の良い記憶喪失……簡単に信用できる話ではありません」

「それは……なぜだろう」

 

そう、元気そうな彼女も言う通り僕は間違いなく記憶喪失である。そして、青色の騎士が疑問に感じたように、クロムの名前だけを知っている記憶喪失。怪しさ満点である。私は不審者です、捕まえてくださいと言っているようなものである。

 

「自分でいうのもなんですけど、怪しいですね」

「はい、怪しいです」

「たしかに、怪しいかも」

「怪しいな。まぁ、一応聞くがそれ以外何も覚えていないのか?」

「ああ、本当に何も……」

 

何も覚えていない。何も。あ……時の……あいも、それ……のたた……も……、

 

「っ!?」

 

痛みとともに、一瞬頭にノイズみたいなものが走った。あれは、記憶――なのか?ほんの一瞬だったから何とも言えない。そして、彼らもこちらの異変には気付かなかったようだ。彼らはそのまま会話を続けていく。

 

「ふむ、どうしますかクロム様? 先ほども言った通り信用できるものでもありません」

「だが、本当の話だったら、このまま放り出すわけにもいかないな。人々を助ける。俺たちはそのためにここにいるのだからな」

「それはおっしゃる通りなのですが……。賊どもの一味である可能性がある以上、気を許すのは危険です」

「なら、とりあえずこいつを捕まえて町に連れて行くか。そこで取り調べを行う、これでいいか?」

「はい。問題ないと思います」

 

そして、僕の処遇は決定してしまっていた。話についていけず、呆然とする僕に彼らは言う。クロムはこちらの不安を取り除くように、青い騎士はにっこりと満面の笑みを浮かべながら。

 

「ははは。心配するな。話は町で聞いてやる。さあ、行くぞ」

「ははは、心配いりません。少しお話をするだけですから」

「ごめんね……、何もできなくて。でもきっと……うん、きっと大丈夫だから安心して! 何ともないから!! ―――たぶん……」

「え……?」

 

クロムはいいとして、青い鎧の騎士の笑顔が怖すぎる。なんでそんなに無駄にいい笑顔なのか。心配いらないとは言っていたが、無理だろう。そして、金髪の少女のこちらの身を案じるような言葉。

思い至った可能性は一つ。そんなことなんてないよね?と一縷の望みをかけて少女を見る。

 

「……」

 

―――少女は、気まずそうに眼をそらした。

 

「そらさないでお願い!? 君が最後の良心なんだから。頼む、助け……」

「何を騒いでいるんだ。まったく、ただ話を聞くだけだと言っているだろう」

「そうですよ。ただ、少しお話をするだけですよ」

「そこの騎士の言葉が全く信用できないんだけど!?」

「それなら、大丈夫だ。こいつは真面目で優秀な騎士だ」

「さぁ、いきますよ」

「クロム。悪いがまったく安心できる要素がない!お願い、助け――」

 

このようにして僕は彼らに連行された。

 

「だ、だ、大丈夫、かなぁ……? うぅ、生きてたら、一緒に遊ぼうね。あ、一緒にお昼寝でもいいかなぁ? とりあえず、休ませてあげなきゃ。私が最後の良心なんだし。だから、がんばってね」

 

少女の発言はどこか的外れだった。

 

 

 

***

 

 

 

こうして今、僕は過去の自分を恨んでいる。

 

「そう気を落とすな。イーリス聖王国の敵じゃないとわかれば、自由になれるさ」

 

そのイーリス聖王国の敵じゃないとわかるまでが怖いということを、クロムは理解してくれないのだろうか。だが、今はクロムのことは置いておく。人心についてはおいおい学んでいってほしいものだ。

 

「イーリス、聖王国?」

「今あなたがいる国の名です。平和を愛する聖王エメリナ様が統治する国です」

「そうなのか。ありがとう…えぇと」

「そういえば、まだ俺から名乗っていなかったな。俺の名はクロム。このちんまいのは妹のリズだ」

 

そういえば、自己紹介がいろいろあったせいでしてなかったな。クロムの名前を知っていたこともあって、自己紹介した気になっていた。とりあえず目の前の青い髪の青年がクロム、そして金色の髪をツインテールにしているちんまい少女がリズ。

 

「っ!」

「いたっ!?」

「ちんまい言うな! 後、あなたもお兄ちゃんの言うことを真に受けないで! わたしはリズ。でね、えーっと……、わたしたちはね、イーリスを守る正義の自警団なのだ!」

「正義の自警団……?」

「うん!」

 

復唱すると、リズはとてもうれしそうに頷く。最初に会った時の印象通りの元気で、明るい少女のようだな。クロムはちんまいと言っていたが、それも相まって小動物のようなかわいらしさがある。

 

「元気だね」

「うん、そうだよ! 私が元気だと、みんな元気になるんだよ!」

「そうだね。リズの笑顔は暖かい」

「え……、あ、うん。あ、ありがとう」

 

リズが急に顔を赤くしてうつむいた。

 

「ん? どうしたんだ、リズ」

「すこし、そっとしておいてやってくれ。まぁ、とりあえずリズの言った通り俺たちは自警団をやっている。で、この小難しそうな感じの男がフレデリクだ」

「クロム自警団副団長のフレデリクと申します。立場上、どうしても疑いの目から入ってしまうことをお許しください。あなたを全く信用していないわけではありませんが調べることは調べますのでそのつもりで」

 

丁寧な自己紹介とともに騎士は礼儀正しく僕に挨拶をした。さすがに、ここまでされると思っていなかったのもあり、少し気まずい。

 

「わ、わかりました。とりあえず顔をあげてください、フレデリクさん。あなたの立場上仕方のないことですし、誰だってこんな人を見たら疑います。だからあなたが気に病む必要はありません」

「ありがとうございます。それでは、町についたらしっかりとお話しを聞かせてもらいますよ」

 

僕の答えを聞いて、再びとてもいい笑顔で話し始めるフレデリク。藪蛇だったかと思ったが、もう遅い。彼から逃れることはできないとあきらめるしかない。そして、あきらめたついでに、彼らに自己紹介の続きもする。

 

「最後は僕の番なんだけど……」

「名前なら思い出してからでいいぞ。それより、町はもうすぐだ。そこについてからでいい」

「そうか…‥ありがとう、クロム」

 

とりあえず、最悪の事態にはならないだろう。クロムはどちらかといえばこちらより。フレデリクも形式上疑っているが、よほどのことがない限りこちらに何かするということはないだろう。

 

思ったよりも幸先は悪くないようだ。

 

「お、おにいちゃん! たいへんだよ! 見て、あっち!」

 

そんな僕の考えとは裏腹に事件は起きる。リズの指差す先にはクロムの言うとおり、町が割とすぐ近くにあった。常時ならきれいでそれなりに賑わう町なのだろう。だが、その町からは炎が上がっていた。

 

「町に、炎が……!! 例の賊どもか!フレデリク! リズ!」

「クロム様! この者の処遇はどうしますか?」

「町を救うのが先だ! 急ぐぞ!」

「承知しました。リズ様、乗ってください」

「う、うん」

「あ……! あの、僕は?」

「お前はそこで待っていろ!」

 

町に上がる炎を見るなり、クロムはリズとフレデリクを伴って行ってしまった。そして、僕はここに取り残されてしまった。あの時と同じように。僕は安全な場所に一人残された。

 

「ここで、待っていろ……か」

 

何一つ自分のことがわからない。だからこそ、彼の指示は間違っていないし、僕もそうすべきだろう。

だが――

 

だが、本当にそれでいいのか?

そう、かつての記憶が僕に語り掛ける。

 

――あなたは、ここで待っていて

 

おまえは、そこで、ただ待っているだけなのかと。

 

「いや違う」

 

ああ、違う。何が違うかはわからない。けれど、これだけは言える。ここでおとなしくしているのは僕じゃない。

 

「あの時と同じだ。なら、僕のすべきことは一つだ」

 

かつての記憶は僕に道を示してくれた。その道はかつての僕が通った道、手に入れた力。

 

「さあ、行こう。あの時のように、僕は、僕の戦いを」

 

これなら、僕も彼らとともに戦える。あの時のように。あの時、彼女を導いたように。

 

だからいこう、彼らのもとへ。彼らと、町の人々を助けるために。そして――――

 

 

 

***

 

 

 

俺たちが町についたとき、町では山賊たちが暴れまわっていた。

中央の教会の前では賊の親玉と思える輩が広場にいる賊に指示を出している。

 

「奪え! 殺せ! 奪い終わった家には火を放て! 町ごと消し炭にするんだ! これを見りゃ、抵抗しようなんて気が起きなくなるだろうからな!」

 

広場まではまだ距離があるが、町の様子を見る限り火の手はこの広場でしか上がってないようだ。これならこの人数でもいける。

 

「お、おにいちゃん!! 町のみんなが……」

「急ぐぞ! これ以上賊に好き勝手にさせるわけにはいかない! 幸い賊自体は少数だ。一気にたたみかけるぞ! フレデリク!」

「助けて!!!」

 

そういって、速度をあげようとしたとき、目の前で賊が一人の村娘に迫っていた。

 

「へへへ、嬢ちゃん。観念しな。恨むんならこのご時世に生まれた自分の運勢を恨むんだな」

 

そう言って賊は手に持つ斧を振りかぶって、彼女にめがけて振り下ろす。間に合わない。どんなに頑張っても俺では届かない。あと少し足りない。フレデリクですら、ここからでは追いつかない。

 

「やめろおおぉぉ――!!」

 

届かないのか、あと少しなのに……

 

視界に映るすべてがゆるやかに流れていく。自らの抱える槍が届かず悔しそうに顔をゆがめながらも、全速で駆けるフレデリク。フレデリクの腰にしがみついているリズは、顔を彼の背中に押し付け見ないようにしている。そして、伸ばせど届かない俺の手。誰も間に合うことなくその斧は振り下ろされ、そして――――

 

「      」

 

そして、俺とフレデリクの横を駆け抜け、今斧を振り下ろさんとする賊の手を光の矢が吹き飛ばした。

 

「な!?」

「もらいましたよ!」

「くそ……なんだよ……さっきの、は――」

 

賊の腕を吹き飛ばした光の矢の影響で後ろにつんのめっていた賊は、フレデリクによりとどめを刺された。その後、賊が死んだのを確認したフレデリクは村娘を避難させている。俺は村娘が助かったことにホッとする反面、一つの懸念事項が頭から離れなかった。戻ってきたフレデリクにすぐに尋ねた。

 

「フレデリク! 今のは、今のはなんだ!?」

「わかりません。魔法ではありますが、あのような魔法は見たことがありません。火、風、雷、闇と魔法にも種類がありますが、あのようなものは知りません」

「雷の魔法じゃないのか!? じゃあ、あれは、いったいなんだ? それに誰があれを……」

「ですからわからないと」

「くそ!」

 

そう、それは先程の光の矢だ。なんなんだ、あれは。魔法に詳しくない俺はともかく、フレデリクが知らないということは相当マイナーか、新しく作られた魔法。

いや、魔法の正体はどうでもいい。わかったところで動けないのだから。

あれに助けられたのは事実だが、あれが味方とは限らない。あんなものに狙われるとあっては下手に動けない。相手方も同じ考えなのだろう。賊たちも物陰に隠れ、教会前の賊の周りには魔導師と剣士が奴を守るように立っている。

 

「せめて、敵か、味方かさえわかれば……」

「お兄ちゃん……」

 

そんな俺たちの背後から一人分の足音が聞こえる。そして、日に照らされたその人物の影が俺達のもとまで伸びてきた。俺たちが振り返る前にその人物は口を開く。

 

「――――遅くなったけど先ほどの問いに答えるよ。まず、あれは光魔法というもの。理魔法、闇魔法のどちらにも属さない魔法だよ。そして、誰がやったか。これは君たちが先ほど連行してきた名無しさんがやったんだよ」

 

振り替えると、一人の青年がいた。ついさっき町の外で別れた怪しい模様の入った黒いローブを着た青年。彼は左手に見たこともないきれいな弓を持って立っていた。

 

 

 

***

 

 

 

ようやく、追いついた僕はクロムたちの質問に答えた。そんな僕の言葉に驚いたようで、クロムたちがこちらを振り返った。

 

「お前なんで――――」

「僕にもわからないよ。でも、違うって思ったんだ。あのまま、じっとしているのは違うって。そんなのは僕じゃないって。わからないけど訴えるんだ。失ったはずの記憶の中の僕が」

「そうか……とりあえずこれだけは答えろ。お前は俺たちの敵か、それとも味方なのか?」

 

そう言うとクロムは僕に向かって剣を向ける。同じようにフレデリク槍を構えもリズをかばうように前に出る。この距離はクロムとフレデリクの間合い。間合いを完全に潰された僕に出来ることといえば、素直に両手を挙げるくらいだろう。

 

「はぁ、二人とも武器を下ろして。僕は君たちと戦うつもりはないよ。さっきの質問に答えるなら、僕は君たちの味方だ。だから、これ以上被害が出ないうちに賊を倒そう」

「そうか、なら力を貸してもらうぞ」

「あぁ、力を貸すよ、クロム」

 

そう頷き返すと、ようやく二人は警戒を解く。そして、僕はクロムとともに目の前の広場にいる賊を見すえる。賊の隠れた位置など思い出しながら攻め方を考えていると、フレデリクが声をかけてきた。

 

「ところで、あなたは何が出来るのですか? 先ほどの攻撃から魔法職であることは分かるのですが」

「む、そういえばそうだな。弓と魔法が使えるということで、いいのか?」

「あぁ、そうみたいだ。まぁ、だけどここには魔導書もないし、矢もないからどちらも使えるとは言い難いけどね」

「大丈夫なのか、それは。いや、待て。先ほどやったようにはできないのか?」

「あれはそう何度も使えるものじゃないんだ。もともとぼくには魔法の才能は皆無だからね。無理に使うと体が壊れる。だから、できてあと一回か二回だね」

「ならどうするのですかあなたは。弓も、魔法も使えないのでは戦力になりませんよ」

「大丈夫、僕の本職は軍師だから。効率よく敵を撃破できるように指示を出すよ。だから、僕の指示に従ってほしい」

 

弓と魔法に関して嘘は言ってない、僕が今回射るのはあと二回もあれば事足りる。そもそも必要ないし。それにフレデリクの言葉を信じるなら僕の使う魔法は誰も知らないみたいだから、奥の手として残しておきたい。それと、これを多用するのはまずい気がするんだよね。

 

「で、どうする。三人とも」

「……わかった。お前の指示に従おう。おれたちはなにをすればいい?」

「クロム様がそう言われるのであれば仰せの通りに」

「私は戦えないんだけどどうすればいいのかな?」

「挟撃でいく。クロムたち三人は、広場を抜けて左側の屋台の裏に回ってくれ、そこに賊が数人隠れている。僕らの後ろに賊はいないから、そのまま協会を目指して欲しい。その間に僕が反対側にいる魔導師をたたく。わかった?」

「待て、お前は戦えないんじゃないのか? どうやって魔導師を倒すんだ」

 

クロムがもっともらしい質問をしてくる。それもそうだ、僕は自分で弓と魔法は使えない宣言をしたのだから、戦えない。でもね、クロム。僕のできることはそれだけじゃないんだよ。クロムの生真面目な質問に対して、コートの中に隠れていた黒塗りの剣を取り出すという行動で答える。それを見た彼らは、とても驚いた表情をしていた。

 

「心配ないよ、僕は剣も使えるからね」

「先ほどからお前には驚かされてばっかりだな。まぁ、いい。それでは、先ほどの指示通りいくぞ。ついて来いリズ、フレデリク」

「了解です」

「うん、わかった」

 

そういって、先ほどと同じように僕を残して三人は駆けていった。

 

「さてと、僕も自分の仕事を終わらせますか」

 

僕も彼らと同じように駆け出す。手に持っていた弓を消して、その手に黒い剣を携えながら。

 

 

***

 

 

 

「…………!」

 

断末魔をあげて、最後の賊は倒された。

 

「なんとか終わったか……」

 

そう言って、振り返ると三者三様の態度で迎えられた。

 

「町の人たち、無事みたいだね。良かった。ところでさ……意外とすごいんだね! 戦いのことも詳しいし、剣や弓だけじゃなくて、魔法も使えるし!」

「戦いに関して、秘めるものがあるようだな。ただの行き倒れではないということか」

「本当に記憶喪失なのか、さらに疑わしくなりましたが……」

 

無邪気に今回のことを喜び、僕をほめるリズ。僕に対する認識を改めるクロムと、疑いのまなざしが強くなったフレデリク。とはいえ、僕に返せる返答など一つしかない。これが僕にとっての変わらない事実である内は。

 

「すまない、覚えてないものは覚えてないんだ。ここに来るまでに思い出したことが今の僕の記憶のすべてなんだ。だから、疑わしいのはわかる。でも、どうか信じて欲しい」

「町の人たちのために戦ってくれたんだ。疑うものか、俺はお前を信じている」

「……!」

 

そのように言うことしかできない僕に、クロムは信じると言い切った。まだ記憶もあやふやで、疑うべきところがいっぱいある僕に対して。その言葉を聞いたフレデリクは彼に確認を取った。

 

「よろしいのですか? 完全には疑いは晴れていませんが……」

「わかっている。だがこいつの能力こそ、俺が求めていたものだ。賊どもや他国がのさばって来ている現状、有用な軍師はぜひとも欲しい。それに俺は……共に戦ってくれたお前を信じたい」

「……クロム」

「どうだ、俺たちと一緒に来ないか? お前の記憶が戻るまででいい。俺たちに、力を貸してくれ」

 

そう言って、彼は僕に手を差し伸べる。そして、いつかのように僕は彼の手を取った。

 

「うん。もちろんだ、クロム。これからよろしくな」

「あぁ、これからもよろしく頼む」

 

どこか、懐かしい気がした。

 

そして――

 

――黒の剣から彼に記憶が渡される。

 

『――私と一緒に修行しない?』

『いいよ。僕でよければ、喜んで』

『いいの!? ありがとう! ぜったい1人より、2人のほうが心強いって思ってたの。あなたは一人前の軍師! 私は一人前の剣士!! がんばろう! ね?』

『あぁ、互いに頑張ろう。これからもよろしくな、リン』

『うん、こっちこそよろしくね、――』

 

それは、消えていくはずだった記憶のかけら。彼が願い、その剣がかなえたことにより残された小さなかけら。けれど、これこそが彼の始まりにして、最も大切な記憶。自分の中にある数多の記憶が消えていく中、最後まで手放さなかった記憶。その記憶のかけらは、この黒き剣の精霊たちに守られてきた。そして、今、それは帰る。本来の主のもとへと。

 

 

「リン――」

 

そう、僕はつぶやいていた。

 

「ん、なんだ? っておい、どうした。大丈夫か。しっかりしろ」

「どうかしたの、おにいちゃん? って、えー!? どうしたの? なんで泣いてるの? ねぇ、どうしたの? 何があったの? ねぇ、ねぇったら」

「うん? って、あれ? なんで?」

 

リズに言われて頬に触れると、いつの間にか僕の頬に涙が流れていた。気付かないうちに、涙が流れていたみたいだ。けれど、今はそれよりもうれしい。そう、僕は思い出すことが出来た。相変わらずわからないことは多い。でも、彼女の名を、そして何よりも大切にしていたあの時の記憶を。あんなにも忘れないと強く思っていたのに、僕は忘れてしまっていた記憶を。

 

でも――――

 

「やっと……やっと、思い出せた」

 

僕は、黒の剣を優しくなでながらそうつぶやく。記憶を失っていた時間はそんなに長くはない。けれど、僕にとってはとても耐えがたいものだったみたいだ。まだすべての記憶が戻ったわけじゃないからわからないけど、この記憶は決して忘れない、そう誓ったのを覚えている。覚えてないけど、覚えている。

 

なぜかはわからない。

 

だけど、今はそれでもいい。今はただ、こうして思い出せたことを彼女に感謝する。消えてしまった記憶の中、いつの時かに交わした約束。僕が忘れてしまった大切な約束を守り続けている彼女に……

 

「あ、あの、だいじょうぶ?」

 

物思いに耽っていると、おずおずと不安げな顔をしたリズが聞いてきた。彼女だけでなく、クロムやフレデリクもそんな表情で僕を見ている。

 

「大丈夫だよリズ。それに、クロムとフレデリクも。何ともないから安心してくれ」

「本当に? 本当に何ともないの?」

「ああ、本当だ。だから、安心してくれ、リズ」

 

そういって、僕は彼女の頭を撫でた。不安げで泣きそうだった彼女の顔は、次第に穏やかなものになり――――そして、急にポンっと音を立てて真っ赤になり、うつむいた。不思議に思って彼女の顔を見るとますます顔を下に向ける。

 

「……クロム様。これはあれですね」

「ああ、そうだなフレデリク。しかも、無自覚だ」

「ええ。それよりもそろそろ止めましょう」

「もう手遅れな気もするがな! おい! 先ほど思い出したと言っていたが何を思い出したんだ。あと、リズの頭を撫でるのをそろそろやめろ」

「あ、ごめん」

 

リズの行動を不思議に思っていると、クロムが先ほどのことについて質問してきた。ついでにやめろと言われたのでなでるのをやめると、リズが、頬を膨らましてこちらをにらんでくる。リズは、不機嫌だよ、怒っているからね、と意思表示をしているのかもしれない。ただ、リズがやっても……と思わなくわない。

 

「……で、何を思い出したんだ」

「ああ……」

「あ、お兄ちゃん、ちょっと待ってよ」

 

話始めようとしたところで、不満げな雰囲気を隠そうともしないリズが待ったをかける。

 

「なんだ、リズ」

「わたし、この人に聞きたいことがあるの」

「後にしてく……」

「お願い、おにいちゃん。たった一つだから」

 

リズはクロムに胸の前で手を重ね上目づかいでお願いする。

 

「く……、後にしてく……」

「……ダメ?」

 

なおも抗うクロムに、小首を傾げながら再度聞くリズ。クロムにこうかはばつぐんだ。

 

「……わ、わかった。一つだけだぞ」

「ありがとう! おにいちゃん、大好き!」

 

そう言ったクロムに、リズは抱き着いてそのように言うと、僕を引っ張って動き出した。

 

 

 

***

 

 

 

ある程度距離が離れてから僕は彼女に聞いた。

 

「それで、僕に聞きたいことはなに?」

「あのね、記憶が戻ったんだよね? もし、名前を思い出したんなら聞きたいなぁっておもったの。教えてくれる?」

 

少し赤い顔を俯けながら、彼女は僕に問いかけた。どうやらそれを聞くために僕を連れてきたらしい。クロムにお願いするからどんなことかと思えば、こんなことだったなんて。あの場で聞いても問題はなかっただろうに。そう思うとおかしくなって、つい笑ってしまった。

 

「笑ってないで答えてよ――!」

「ごめんね、悪かったよ、リズ。おかしかったからつい、ね」

「むーー」

 

彼女のほうを見れば、頬を膨らましている。どうやら、彼女にとっては大まじめなことだったらしい。

 

「名前、だったね。ごめんね。まだ思い出していないんだ」

「え……。ご、ごめんなさい」

 

そう言うと彼女はすまなそうに、頭を下げた。よく見れば、彼女の左右にまとめられた髪も若干萎れている。

 

「気にしないで」

「うん。その、本当にごめんなさい」

 

フォローするつもりだったのだが、余計に困らせることになったしまった。このまま戻るのはまずい……と、僕の中の何かが告げている。

 

「リズは、名前が知りたかったんだよね」

「うん。あ、あの、無理にして思い出さなくてもいいから。思い出した時でいいから、ね?」

「そうは言っても、名前がないのは不便だからね」

「そうだけど……思い出せるの?」

 

思い出せたら……いいのだが、思い出せそうにはない。と、なると選択肢は一つ。何か、良いものはないだろうか。そう考えていた時に、ふと何かに手が触れた。それを見て、思いついた。

 

「リズ……」

「ん? なあに?」

「ビャクヤ。それが僕の名前だ」

「ビャクヤ……、それがあなたの名前? 不思議な響きだね」

「そうかな?」

「うん。でも、よかった。名前、思い出せたんだ」

「いや違うよ。ないと不便だから、ちょっと借りることにした」

 

どういうことかよくわかってないリズ。そんな彼女に腰の剣を見せる。

 

「これは、ビャクヤ・カティっていう武器でね。名前が思い出せないから、これから名前を借りることにしたんだよ」

「じゃあ、これからは、ビャクヤさんて呼べばいいんだね」

「うん、そうしてくれるかな?」

「うんわかった。それに、これでようやくできるね」

 

うれしそうにそう言うとリズはたたずまいを直して、改めてこちらに向き直った。

 

「わたしは、リズ。これからもよろしくね、ビャクヤさん」

「ああ、これからもよろしく、リズ」

 

あの時も、こうやって自己紹介をしたな。

 

『私はリン。ロルカ族の娘』

『あなたは? あなたの名前を教えて?』

『――――っていうの? ……不思議な響き。でも、悪くないと思う』

 

そしてリンも同じことを僕に言った。懐かしいな。

こうやって、また僕の物語はまた始まるのだろうか。相変わらず名前は思い出せないけど、そんなに悪い気はしない。そう、思えてきた。

 

 

 

***

 

 

 

自己紹介の後、ビャクヤさんはわたしのほうを見て微笑んでいる。それはさっき見た顔よりもずっと素敵な顔だった。けれど、さっきみたいに恥ずかしくなることはなかった。だって、彼はわたしじゃない誰かを見ている。彼の心の中にはわたしじゃない誰かがいる。たぶんそれはさっき、彼がお礼を言っていた人。

 

「ねぇ、ビャクヤさん。もう一つ、もう一つだけいい?」

「ん、なんだい。別にかまわないけど。僕に応えられる範囲でなら答えるよ」

「じゃあ、リンってだれなの? さっきビャクヤさんがつぶやいてたけど……ビャクヤさんにとってどんな人だったの?」

 

そう問いかけると彼は少し驚いた顔をしたのち、先ほどと同じような優しい顔をした。ちくりと胸が痛んだ。なんでかわかんないけど、ほんの少しだけ胸が苦しい。聞いてはいけないと、心が叫ぶ。けれど知りたいとも、心が叫ぶ。そんなわたしの葛藤にきづかないまま、彼は語り始める。

 

「リンについてか……まだしっかりと思いだしてないんだけど。でも、そうだね。正義感が強くて、優しい人だったよ。そして、彼女は僕の仲間であり、ライバルで……」

 

そこで、彼は言葉を区切る。そして、何かを思い出すように、懐かしむように言葉を紡いだ。

 

「ああ、そうだ。うん、そうだった。彼女はとても大切な人。この剣と一緒に大切なものをくれた人だよ」

 

そう語るビャクヤさんはやっぱり、どこか遠くを見てる。ここじゃないどこかを。それに、わたしと向き合ってるのに、わたしじゃない誰かを見てる。彼が語ったリンっていう女の人のことを。とても、優しい顔で見ている。

 

おかしいな? どうしてか、少しだけ苦しい。

 

彼はただ、優しく微笑んでるだけなのに――笑顔は人を幸せにするものなのに。

 

なのに、なんでなのかな? どうして、少し、苦しいの。

 

「リズ? どうかした?」

「……ううん、何でもない。ありがとう。教えてくれて」

「ああ、どういたしまして」

 

だから、そんな彼の言葉にそう返すのが精いっぱいだった。

そして、それを見た彼の不思議そうな顔が、なぜか心に残った。

 

 

 

 




第一話です。原作でいう序章にあたります。
プロローグよりはこの作品がどんな感じに進んでいくのかが分かったと思います。

それでは最後に、ここまで読んでくださった皆さんありがとうございました。願わくば次のお話も読んでくれるとうれしいです。
では、また。次の更新で会いましょう。

2014/4/3 少し書き直しました。

2017/11/14 一部、修正しました。話の流れ自体に変更はありません。

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