FE覚醒~誓いの剣と精霊の弓~   作:言語嫌い

18 / 54
今回は前回のあとがきの予告通りのタイトルでお送りします

そして、タイトルにあるこの少女が今回の話の主役です。
この少女によってこの物語は原作から少しずつずれていくことになります。

それでは本編をどうぞ


第十六話 未来を知るもの~暗殺者の少女~

――――彼女は、ただそこにいた

 

彼女にとって世界とは、目の前に広がる荒れ果てた路地裏がすべてだった。

そこにはあるのはわずかな資源と、多くのニンゲンと、一つの絶対的なルールだった。

そう――――

 

強き者だけが生き残るという、自然界における絶対的な摂理。弱肉強食という、生きとし生けるものすべてに適用される、人が法を定める前よりから存在する唯一のルール。

 

そんな、もはや人としての営みが消え去ってしまった路地裏の一角で、十に満たない少女は一人空を眺める。

 

彼女には何もなかった。誰かを倒すための力も、生き残るための知識も。そして、自分の名前さえ存在しなかった。

 

それもそのはず。彼女にはそもそも記憶というものが存在していなかったのだから。

 

だから、彼女はただ空を眺める。くすんだ路地裏ではなく、頭上に広がる青くどこまでも澄んだきれいな空を。

 

ただ、彼女は眺めていた。

 

死神が来るその時まで、ずっと――――

 

「おい、本当にこんなガキでいいのか?」

「君は僕の言うことが信じられないかな? 僕が大丈夫といったんだから大丈夫さ」

「そうかい。ならこの餓鬼をつれて帰るぞ」

「そうしようか」

 

そして、死神はやってきた。しかし、死神の持つ鎌は彼女の首に添えられたまま、動くことはなかった。今日というこの日までの約6年の間、その鎌は彼女の首に添えられたまま、まるで時が止まってしまったかのように、動かなかった。

 

そして、今日――――ついに、その日はやってきた。

 

 

 

「……きっと、僕の声は聞こえてはいないだろうね。だけど、これだけは伝えておきたかった――――ごめんね。僕は君を捨てる。僕の目的のために、死んでくれ」

「……うん」

 

 

 

ついに、止まっていた時は動き出す。

 

次に彼女に差し伸べられる手は、死神の手か…………

 

 

それとも――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

呆けていた僕に再び彼女が声をかける。今度はどこか心配そうな声音で。

 

「シ……ビャクヤさん? あの、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。大丈夫だよ」

 

僕はそう言って彼女の手を取り、立ち上がる。

 

「ビャクヤ! 大丈夫か!」

「ビャクヤさん!!」

「ああ、大丈夫だよ。ルフレの魔法とマルスの剣で助かった」

 

僕のもとへと駆け寄ってきた二人にも先ほど彼女に答えたように返す。クロムとルフレはそれを聞くと安心したようで、ほっと胸をなでおろした。

 

「それで、マルス。君には聞きたいことがいろいろとあるけど、とりあえずこれだけは答えてくれ。エメリナ様の暗殺はこれで終わったのか?」

 

彼女――マルスには聞きたいことがまだあるのは事実だ。何故未来を知っているのか。何故、ファルシオンとビャクヤ・カティを持っているのか。そして、僕のことを何故「シエル」とよんだのか……だけど、今の状況がそれを許さない。

 

彼女は未来を知っている。それも、ここでエメリナ様が殺されて絶望へと向かってしまった未来を。その彼女の知る未来がどんなものかは知らない。けれど――――

 

「いいえ。まだ終わっていないはずです」

「敵の規模は? あと一人や二人か? それともそれ以上か?」

 

もしも、彼女の言うその未来を回避できるというのなら――――僕は全力を尽くそう。エメリナ様との約束を守るために。あの時の誓いを果たすために。

 

「詳しい数まではわかりません。ただ、一個小隊はいるそうです」

「暗殺に来るにしてはけっこう数がいるな。そうと分かったならここでじっとしてもいられないか。クロム、今、エメリナ様は……」

「クロム様!!」

 

どこにいる? そう聞こうとしたとき、上空より一頭のペガサスが降り立った。クロムはその天馬騎士に見覚えがあるらしく、駆け寄ってくる女性に声をかける。

 

「ティアモか? 急にどうした? 何かあったのか?」

 

クロムの問いに彼女は少し身を固くしたが、頭を軽く降ってクロムに向き直ると事務的な口調で報告を始めた。すこし、その動作は気になるけど今はおいて置こう。

 

「城内にペレジアのものと思われる敵兵が侵入しました。フィレイン様の命令でクロム様と軍師であるビャクヤ様を探していたところです。クロム様は護衛を付けて、エメリナ様のもとへ向かってほしいとのことでした。それ以外の自警団のものと城内に残る騎士でクロム様とエメリナさんの護衛にあたります」

「わかった。ビャクヤ、聞いたとおりだ。俺はこれから……」

「それよりもクロム。エメリナ様の部屋にはペガサスが一頭くらい下りることのできる広さのテラスはあるかい?」

「ん? 確かあったはずだぞ? 翼をたためば何とか降りられるだろう。それがそうした?」

「そうか」

 

クロムからエメリナ様の部屋のことで確認したいことが聞けた。後、するべきことは決まっている。僕は先ほどペガサスから降りてきた赤い髪の天馬騎士――ティアモに向き直ると一つほど確認を取る。

 

「ティアモだったね。君のペガサスでクロムとルフレを運ぶことはできるかな?」

「え……、えぇと、はい。戦闘行為は無理ですが、運ぶだけなら大丈夫だと思います」

 

ティアモは僕の質問に面食らったようで、驚きの声を上げるも僕の言ったルフレを見た後少し考えたのちに答えを出した。僕は望む答えが得られたので、ティアモに今度は指示を出す。

 

「それじゃ、ティアモ。防御のことは考えなくていい。それはルフレがやってくれるから。だから君はクロムに指示に従ってエメリナ様の部屋にこの二人を運んでくれ。それと、フィレインさんからそれ以外の指示がないなら、そこでエメリナ様とクロムの護衛をしてほしい。いけるかい?」

「はい、問題ないです。二人を見つけた後はそこで指示を仰ぐように言われていたので。それではルフレさんと……クロム様。私のペガサスに」

「はい」「ああ、頼む」

 

その後、クロムはティアモの後ろに、ルフレがティアモの前に乗るとペガサスはティアモの指示によってゆっくりと空へと飛び立つ。

いや、飛び立ったのだが…………

 

「ク、クロム様。あ、ああの、そのままでは飛び立つ時に振り落とされてしまうので、ええと、その……」

「ん? なんだ、ティアモ。どうかしたのか?」

「…………クロムさん。ティアモさんの肩でもつかむなり、腰に手をまわすなりして振り落とされないようにしてくださいということです。飛び立つ時に体勢を崩して落ちますよ?」

「ん? そうか、すまない。ティアモ、これで「ひゃい」……大丈夫か」

「だ、大丈夫です…………行きます」

 

…………本当にティアモで大丈夫だったのだろうか。何というか先ほどのやり取りでだいぶ不安になってきた。さすがに飛び立つ瞬間には気を引き締めなおしたようだけど、まだ上空から何やら聞こえる。

 

気にしたら負けだ。今は彼女が無事にクロムとルフレをエメリナ様の部屋に運んでくれることを願おう。

 

「それじゃ、マルス。僕たちもエメリナ様の部屋に行こう。場所はわかるね?」

「……っ! はい。こちらです。ついて来てください!」

「よろしく頼むよ」

 

さて、あっちはうまくやってくれると信じて、僕らは城内から敵を殲滅しながらエメリナ様の部屋を目指しますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少女は、その男の後ろに控えて指示を待っていた。

 

「狙うはエメリナの首と【炎の台座】。他のものには目をくれるな」

「はっ」

 

指示を受けた暗殺者はエメリナのもとへと駆ける。それでも、少女はそこでじっとしていた。

 

「ん? 何をしている。早く貴様も行くがいい」

 

男の指示に対し。後ろに控えてじっとしていた少女は顔をあげて男を見つめる。その何の感情も移さない瞳に男もわずかにひるむ。じっと男を見つめる少女は静かに口を開く。

 

「どこにいくの?」

「ん? そういえば、そのように聞いていたな。なら、よく聞くがいい。今よりこの城に入り、エメリナを殺してこい。いいな」

「……わかった。ころしてくる」

 

そう言うと少女は男の隣より姿を消す。

 

「む? 気取られたか? 思ったよりも早かったな。エメリナの護衛は手薄だと思ったが。む、この気配は? クク、なるほど、こんなところにおったか。くっくっく、思わぬところで思わぬ土産を見つけたものよ。所詮、あの女がいかに手を尽くしたところで我から逃れることはかなわなかったようだな」

「甘いね。不用心すぎるよ」

「な……、ばかな。この私がこんなところで」

「終わりです」

「ぐ……くそ、貴様ら……なぜ、こんなにも早く動けた……」

 

 

 

 

 

――――少女は駆ける

 

エメリナを殺すという使命を果たすために、ただ、目的の場所へと駆ける。

 

敵を見つけるたびにその者の息の根を止め、味方を見つけるたびに道を聞き、その場所を目指す。

 

「ん? エメリナの居場所? 聞いてなかったのか?」

「? いいからおしえて。どこにいるの?」

「はぁー。こんな子まで聖王エメリナの首を狙って動くとはな……これは、本格的に引き受ける仕事を間違えたか? なあ、おまえ、仕事は宝物庫の国宝を盗み出すってのじゃなかったのか?」

「……わたしはエメリナを殺せとしか言われてない。だから、こくほーのことは知らない。それもころすの?」

「……エメリナの部屋はあっちだ。行きな」

「わかった」

 

少女は何も知らない。これから殺そうとしている人物がどんな人でどんな理想を掲げているか。なぜなら、それは暗殺に関係ないから。少女はただ任務をこなす。ただ、生きるために。

 

「……ペレジアはいったいどうなっているのやら。あんな子供まで利用するなんてな。やめだ。この仕事は諦めよう。と、なると……適当に戦って、さっさと引き上げるとするか」

 

 

 

 

少女は駆ける。己の持つ技能のすべてを用いて。教えられた殺しの技術のすべてを使い、生きるために、エメリナのいる部屋を目指す。

 

そこに待ち受ける避けることのできない、運命()を少女は知らない。

 

 

 

六年の時を経て、添えられた死神の鎌は、今、動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

城内に入り、奥へと進むにつれて、ちらほらと敵の暗殺者が視界に入る。それらを二人で倒しつつ、エメリナ様の部屋に向かう。

 

「……マルス。まだつかないのかい?」

「もう、すぐです! この先の階段を上がればすぐに扉があります。そこがエメリナ様の部屋になっているはずです」

「そうか、なら、急がないと……止まって」

「?」

 

マルスは現れた敵兵を切り倒しながら僕の問いに答える。そして、その後に出た僕の指示をいぶかしみながらも一応、足を止める。

 

「数は……前に3、後ろは……わかるかい?」

「……2ですね。今、姿を現しました。魔導師がいるようです」

「こちらもだよ」

 

僕の言葉を聞いて彼女も気付いたようで、注意深く気配を探り、数を報告してくれた。厄介なことに両方ともに魔導師がいるため、うかつに進めない。僕らは背中合わせに立つと、前方と後方の敵に備える。

 

「行けるか?」

「もちろんです。この程度の敵なら恐れるに足りません」

「なら、行こうか。敵を殲滅するよ、マルス!」

「はい!」

 

僕らは同時に駆けだすと、それぞれの敵へと向かって剣を振るう。僕の方にいる敵は三人。一人は魔導師で、後の二人は剣士だった。僕はまず厄介な魔導師を消すために、走りながら魔法を使う。

 

「〈サンダー〉!!」

 

唱えられた魔法は剣士たちの合間を抜け、詠唱中であった魔導師にあたり弾ける。僕はその結果を確かめずに、そのまま迫る剣士のうちの一人をすれ違いざまに切り伏せ倒す。そして、素早く身をひるがえすと、もう一人の戦士がこちらを向く前に駆け寄り、一太刀のもとに切り伏せ倒す。

 

「ビャクヤさん!!」

 

後ろから駆け寄ってくるマルスに軽く視線を送り無事を確認した後に、目の前にいる人物と向き直る。

 

「ビャクヤ? どこかで聞いた名だな……ああ、思い出した。最近雇われたっていうイーリスの軍師の名前か。ちょうどいいな……」

 

そう言って目の前の人物は手に持つ剣の血のりを払うとこちらへと近づいてくる。暗殺者の一人なのだろう。その動きには隙がなく、相当な実力者であることがわかる。わかるのだが、なぜ彼は、あの魔導師を殺した?

 

「何のようかな、ペレジアの暗殺者。仲間割れでも始めのかい?」

「たしかに、仲間割れっちゃ仲間割れだな。なあ、イーリスの軍師さんよ。腕のいい密偵がほしくないか?」

「何? どういう事かな?」

 

僕は彼の一挙一動に気を払いながら目の前の人物と会話を続ける。もちろん、彼に剣を突きつけ牽制することは忘れない。

 

「依頼の内容がいつの間にか変わっていてな。俺が受けた依頼は宝物庫への案内だった。まあ、盗賊の稼業もやっている俺がいれば扉だろうと宝箱だろうとなんでも開けられるからな。だが、エメリナの暗殺なんか聞いちゃいねえ。だから、この依頼は撤回して、さっさとずらかる予定だったんだがな」

 

そこまで話すと彼は手に持つ短刀を腰の鞘に納め、両手を挙げた。敵意のないことを示したいようだ。だが、油断できる相手ではないので、僕の方は剣を下ろさない。

 

「ほー、いいね。これでも油断せずに、相手を警戒するか」

「あいにくと、主があまりにも不用心なんでね。僕やほかの騎士が警戒せざるを得ないんだよ」

「なるほど、ここの王子は噂通りの人物だっていうことか。まあ、そこで頼みがある。帰る予定を変更したのは、この頼みのためだ。俺を雇わないか? 報酬をくれるなら、あんたに仕えるぜ?」

「なるほど、確かに人出は多い方がいい。向こうの事情も知っているのならなおさらだな。それで、いくらかな……」

「そうだな……」

 

そう言って、僕は片腕で今払える金を確認する。前払いのお金としてはこれで十分か?

そう思っていたら後ろからマルスが何やら近づいてきて、おもむろに僕のコートの中に手を突っ込む。

 

「……って、マルス!! いきなり何を!」

「いえ……戦っているときに、少し気になる動きがあったのでその原因を探ろうかと……これはなんですか?」

「……あ! ……え、ええと、それは、今日ルフレが作ったっていうクッキーで、この戦いが終わったら食べようかなー、って思ったんだけど……」

 

マルスがとても冷めた目で僕のことを見てくる。さすがに、この戦いの場において持っているお菓子のことを気にして動きを制限していたなどということを、見逃してはくれないようで、怒っているのが手に取るようにわかる。

 

「くっきー? ……なに! クッキーだと!!」

「はい?」

 

しかも、暗殺者の方は方で何やら僕の持っていたクッキーに無駄に食いついてくるし。もう、ここが戦場だということを忘れていないか?

 

「よし、お前の部下になってやる。だから、そのクッキーをよこせ」

「は? く、クッキーでいいのか!?」

 

暗殺者は鷹揚にうなずくと、マルスの持っているお菓子に熱い視線を送りながら答える。

 

「ああ、それでいい。今回は特別に現物支給で受けてやる。別にその菓子が食べたかったわけではないからな」

「あげるのは構わないけど、一枚だけ僕も食べてもいいかい? 後でルフレが感想を聞きたいって言ってるんだ」

「……かまわない。ただし、その代わりにおいしい紅茶を所望するぜ」

「この戦いが終わったら僕の部屋に来てくれ。そこでクッキーと紅茶を出すから」

「おし、交渉成立だな。これからよろしく頼むぜビャクヤ。俺な名前はガイアだ」

「ああ、よろしく頼むよガイア」

 

何ともしまらない交渉の末、ガイアという密偵を手に入れたのだが……なんだろう、今までで一番疲れた交渉に思える。いや、片手で数えるほどしか交渉していないけれど……

 

「ビャクヤさん。急ぎましょう。エメリナ様の部屋はもうすぐです」

「ああ、そうだったな。行くぞ。ガイアもついて来い」

「わかってるよ」

 

さて、予想外のことがあったけど今はいい。早くエメリナ様のところへ行くとしよう。

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

――――少女はついにたどり着いた。聖王エメリナの待つ部屋へと。

 

部屋のまえでは戦いの始まる前に見た見方が多数集まっている。おそらくここで間違えはないだろう。少女はそう判断すると、味方や敵の合間を縫って部屋へと侵入する。

 

「クロムさん!! 一人抜けてきました! 迎撃、を……」

「なに! まさか、こんな子供まで参加しているというのか!」

 

青い髪の青年と銀色の髪の少女の後ろに、彼女の今回の暗殺対象であると思われる女性、エメリナがいた。少女は青年の剣を自らの持つナイフでいなし前へと進む。

 

また、こちらへと風の魔法を放ってきた少女の魔法を今までより動きを早くすることで躱し、エメリナの前へと迫る。

 

「しまっ……! 姉さん!!」

「エメリナ様!!」

 

少女はたどり着く。エメリナの前へ。そしてその命を刈り取らんと、ナイフをエメリナの首めがけて振るう。

 

一閃――――それで今回の任務は終わり、彼女は生きることが出来る。そのはずだった。だが、その刃は届かない。

 

「エメリナ様には指一本触れさせません。暗殺者の少女よ。何故その年で戦うのかは問いません。あなたがエメリナ様を殺すというのなら、私があなたの相手をいたしましょう。かかってきなさい」

 

そう言ったのは、青い鎧に身を包んだ一人の騎士。槍を短く持つと、もう片方の手で剣を抜き放ちこちらへと向ける。

 

「フレデリク!」

「こちらは任せてください。私がこの少女を止めます。だから、クロム様とルフレさんは目の前に集中してください」

「……任せたぞ!」

 

青い青年と銀の少女はこちらへは干渉しないようだ。その事実を知った彼女は目の前に騎士をどけることにすべての意識を向ける。

 

 

 

少女は戦う。己の持つすべての技術、知識を総動員して目の前の騎士を葬らんとナイフを振るう。その剣を目の前の騎士――――フレデリクは剣を、槍を、時に己の身にまとう鎧を用いてそのすべてを防ぎ少女へと剣を、槍を振るう。少女はその攻撃のすべてを自分の体躯と、そのスピード持ってかわす。

 

両者の均衡は崩れない。少女はその騎士の守りを槍や剣、鎧に阻まれ崩せない。騎士は後ろに守るべき人がいるため思うように動けず、決定打が出せない。

 

戦いは続く。その均衡の終わりが訪れるその時まで。

 

死神の鎌が振り下ろされるその時まで、戦いは続き……今、ここで崩れ去る。

 

「ガイア!! 頼む!」

「おう、任せな!」

 

少女の知らない声が後ろから響いた。それとともに、自分経てまっすぐに向けられた敵意を感じ取るといったん目の前の敵から距離をとり、後ろから迫ってきた敵の攻撃をかわした――――はずだった

 

「甘いな」

「……っ!」

 

横には、ここへ来る前に道を尋ねた青年の顔があった。その青年は手に持つ短刀を素早く縦に振るう。

 

「ぅあ……」

 

間をおかず、少女の鮮血が舞った。こうして、保たれた板均衡はあっさりと崩れ去り、少女はその身に再び青年――――ガイアの刃を受ける。

 

 

 

その時、少女の心に初めて一つの感情が浮かんだ。今まで何があろうと何も感じず、ただそこにあるだけだった少女の心に、たった一つだけ、強い感情が浮かんだ。

 

そう、それは――――

 

「……しにたくない」

「ん?」

 

死への恐怖、生への渇望。

 

「死にたくない!」

 

少女は叫ぶ。少女はこの時初めて己の生を渇望する。ただ、流されるがままに生きていた少女はここにきてようやく、自分の意思を知る。自分の意思を持った。

 

故に少女は行動する。生きるために。生き残るために。

 

少女は手に持つナイフを目の前の青年に投げつけると、先ほどの騎士どころか暗殺対象のエメリナさえも無視して、開け放たれた窓の外へ、テラスへと向かう。

 

「! しまった」

 

後ろから聞こえる青年の声を無視して少女はテラスから飛び降りた。

 

少女の思考は今やただ一つ。

 

「死にたくない。まだ、わたしは死にたくない」

 

だが、それは遅すぎた。あまりにも遅すぎた。すでに死神の鎌は振るわれた。少女へと差しのべられた手は、少女の命を狙う、黒い、黒い死神の手であった……

 

 

それでも少女は願う。

 

 

「死にたくない……しにたくないよぉ」

 

 

名もなき少女は一人そこで倒れる。見守るものは何もない。何も――――

 

 

 

――――ぎぃ……

 

扉が開く音が聞こえた。

それは少女を冥府へと連れて行く死神が迎えに来た音――――

 

 

だが、しかし――――

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は目の前にいる敵を切り伏せて、エメリナ様の部屋へと入る。そこには敵はおらず、エメリナ様、クロム、ティアモ、ルフレに先ほど送り込んだガイアがいた。それと、フレデリクと共にリズもいる。

 

「これで終わりか?」

「ああ、そのはずだ。ここにいた敵はすべて倒した」

「ガイア……」

 

クロムの報告を聞いたのちにガイアに確認を取る。

 

「ああ、一人逃がしたが、ここにいた奴らは確実に倒した。後は怪しい恰好をした魔導師がいたはずだが見たか?」

「ああ、あれがリーダーだったか。あいつなら、最初に見かけたからマルスと一緒に片づけておいた」

「ならこれで終わりだろう。残った奴はおそらくペレジアに返ってると思うぜ」

 

ガイアからの報告を聞いた僕はひとまず戦闘が終わったことを知り、張っていた気を抜く。それと、先ほどから気になっていたことを僕は尋ねることにした。

 

「ところで、そのエメリナ様の傍にいるウサギ耳の女性は誰? 自警団の仲間?」

「彼女はベルベット。ダグエルだそうだ。それを言うなら俺も聞きたい。このガイアを雇ったのはお前か?」

「そうだけど? 聞いてない?」

「聞いたが、またフレデリクにぐちぐち言われるのは俺もなんだぞ。もう少し……」

 

と、僕に文句を言っていたクロムだったが、今まで静観していたフレデリクが割って入ったことによりそれを中断させられた。

 

「特に取り調べもせずにクロム様の名前だけを覚えているという妖しさ満点の記憶喪失で行き倒れのビャクヤさんを仲間にしたクロム様が言えることではありません」

「う……」

「……それで、ベルベットさんだったかな? あなたは自警団なんですか?」

 

そう尋ねると彼女はさほど表情を変えることなく、言葉を紡いでくる。どことなく敵意が含まれているのはなぜだろうか? と疑問を持ちながら。

 

「……ええ、そういう扱いになるわね」

「? ならよろしく。僕はビャクヤ。この自警団の軍師だ」

「……よろしく」

 

彼女はそう短く言うと、口を閉ざす。これ以上話す気はないようだ。……どうやら気難しい人みたいだね。

 

「それはそうと、マルスはどうした?」

「……いないね。おそらく、もう……この城を抜け出しているだろう」

「くそ……!」

「クロム」

 

クロムが僕の隣を通り抜け外へと向かおうとする。僕はそのクロムに一声かけて呼び止める。

 

「彼女に伝えてほしいことがある」

「なんだ」

「“風の導きの先で”と」

「? わかった。伝えておこう」

 

そう言ってクロムはマルスを追って駆けだした。その様子を見ていたリズが不思議そうに僕に尋ねてきた。

 

「行かなくていいの?」

「うん。僕にもやらないといけないことがあるからね。フレデリク」

「はい。とりあえず、ここの片づけと、エメリナ様の新しい部屋の手配を。それと、クロムが戻ってからこれからについてもう一度話そう」

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

こうして、マルスの情報によりエメリナ様の暗殺は防がれた。これによってどのように未来が変わるかはまだ誰も知らない。

 

この先に待つ未来は誰も知らない未知のもの。それを紡いでいくイレギュラーたる青年、ビャクヤは知らないうちにまた一つ、大きな選択をしていた。

 

そう、それはとても小さな違い。しかし、これからの未来を大きく変えてしまうほどの大きな選択。

 

しかし、彼がそれに気付くことはない。仮に気付いたとしても、すでに彼にできることは決まっている。

 

だから、私は願う。どうか、彼がつむぐ未来が絶望に染まらないことを……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――少女は音を聞いた

 

扉の開く音を。その時、少女は悟った。自分はここで死ぬんだと。

 

振り下ろされた死神の鎌は止められることなく、あと数分としないうちに彼女の命を刈り取るだろう。

 

だけど――

 

それでも、少女は願った。強く、強く。

 

 

「しにたくないよ……」

 

 

 

差し伸べられた死神の手を必死に振り払い、生へと縋る。生へと手を伸ばした。誰にも届かないこの手を。それでも生きたいと願い、手を伸ばし続ける。

 

そこに意味などない。

そうして伸ばされた手は、死神の伸ばした手を握るのか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも――――

 

「大丈夫かい? いや、これは……」

「しにたくない……」

「……間に合ってくれよ……〈ライブ〉」

 

暖かなヒトの手をつかむのか……

 

 

 

 

 

 

死神の鎌はすぐそこまで迫っている。

 




さて、まえがきの通り一人の暗殺者の少女の物語でした。

何でこんな人物が出てきたか。かたれる限りここで語りましょう。たぶん無理なので活動報告に補足を書きます。いつになるかはわかりませんが……重要なことが書かれるわけではないので活動報告を見る必要はあまりないです。見たい人はどうぞ。


簡単に言うと、物語の展開を変えるためです。どのように変わるかはお楽しみということで。なお、どれか一つのルートは原作ほとんどそのまんまになります。一つで済ませたいです。……頑張ります

ヒロインの一人であるリズがものすごく久々に会話に加わりました。
うん、彼女もヒロインなんだよね。といううか、二人が出しやすすぎて、リズの出番が取れない。……頑張れ、リズ。

ということで力量不足を嘆きながらここいらで終わります。
次の投稿で会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。