提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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005 艦娘の出撃

(えっ……?)

 

 動揺さえも自覚せず、青年は瞬きを繰り返した。

 吹雪が消えた代わりに、手元には一枚の――カードのようなもの。

 

 そして――

 

 

(なんだ……これ)

 

 頭の中に流れ込んでくる膨大な情報。戦いの映像が螺旋を描いて、フラッシュバックするかのごとく脳裏に焼き付いた。

 特型駆逐艦、第四艦隊事件、太平洋戦争、第十一駆逐隊、鼠輸送、サボ島沖海戦、アイアンボトムサウンド……。

 響く轟音、宵闇の海、冷たい水、遠くなる光……。

 

 これが吹雪の戦争なのか、と理解する。この記憶は吹雪の記憶、そして戦争の記憶だろう、と。

 世界最先端の駆逐艦として生まれ、開発当初は駆逐艦としては異常な性能を誇る。

 開戦時には既に旧式であったものの、同型艦の活躍も目覚しく……。

 

 

「カミツレさん、何が起きたんですか!?」

「……あ、え……さなちゃん?」

「しっかりしてください! 今何をしたんですか!」

「あ、れ、吹雪ちゃん……吹雪、は?」

 

 頭の中に溢れる情報に埋もれながらも、青年は早苗の声にふと我にかえる。

 

「今、何が起きたの?」

「カミツレさんに触った吹雪ちゃんが、突然そのカードに変わったんです」

 

 未だに続く情報の流入。それに意識を傾けながら、早苗の声を聞く。

 もう一度、手元のカードを見た。左上に『駆逐』、左下には『吹雪』と書かれ、中央に吹雪が写っているカード。

 早苗も事態に慌てているのか、神奈子にその焦った表情を向ける。

 

「神奈子様、これは……」

「ああ。さっき諏訪子も言っていたが、どうやらカミツレには早苗の奇跡が起きたとみて間違いないだろうね」

「奇跡……?」

「『能力』に目覚めたんだろうさ」

 

 能力。一般的には個人個人の技能や習熟度を指すことが多いが、おそらく神奈子の言う能力とは、漫画のような特殊な能力。

 無論、青年も自身が幽霊をよく見る体質であることは十分に理解している。

 それを能力と呼ぶのであればそれは構わないが、これ以上面倒事を増やすことは青年にとって望むことではない。

 

「能力……ですか」

「断定はできない。おそらく、吹雪に関わるものだろうけど」

 

 そんなことが聞きたいのではない、と青年は心の中で一人ぼやく。

 厄介事などもう沢山であった。いかに吹雪という少女が真っ直ぐであろうと、戦争に関わる記憶から生み出された魂である。

 ようやく孤児院から解放されて、第二の人生を見据えていたというのに、再び面倒なことを抱えることなど青年には御免であった。

 だから、先程の紫の言葉が突き刺さる。

 

 

『あなたは外の世界に戻りたいのかしら?』

 

 

 わからない。

 正直であればいいのなら、戻る必要はある。仕事も休みを取っているだけであり、孤児院から帰れば再び仕事に赴かねばならない。

 やっと見つけた、孤児院以外の安息の地。例え同僚や他の従業員から不気味に思われようと、仕事となれば割り切る者も多い。かつての孤児院に比べれば、明らかに過ごしやすい環境であったのだ。

 これといった趣味もなく、浪費グセもなかったために高給は望んでいない。かといって、愛着があるかと言われれば、こと人間関係においてはそんなものはない。その愛着だけで言うのであれば、生まれ育った街の方が上かも知れない。

 加えて、外の世界にはまだ、やり残したこともある。

 

(あんな院長でも……約束したから)

 

 孤児院への最後の仕送り。これを済まさねば、青年は孤児院に永遠に囚われることになる。

 不器用なことは青年自身理解している。幻想郷というこの世界に留まるならば支払う必要がないことも知っている。

 それでも、青年の中の理性とでもいうべき形容しがたい何かがそれを拒むのだ。

 幻想郷に留まるとしても、右も左もわからない。この世界でどのように生きていくべきか、またどのように人と接していくべきかなどまるで想像もつかない。

 加えて、謎の能力ときている。このまま留まるのであれば、その能力とやらに付き合っていかねばならないことは間違いないだろう。

 

 外の世界に戻る必要はある。だが、残っても良い。

 外の世界に戻る必要はない。しかし、とどまる必要もない。

 不器用で優柔不断で、そんな自分が情けなくて、腹立たしくて――嫌いだ。

 

 考え込んでいた青年に対し、紫は思い出したかのように胸元から何かを取り出す。

 

「そういえば、私もそれと似たものを持っているわ。あの海の化物を10体ほど倒したのだけれど、その時に海に浮かんでいたわね」

 

 そう言われ、青年が渡されたのは4枚のカード。それぞれ駆逐と書かれており、叢雲、漣、電、五月雨と表記されている。今の吹雪と同じような状態なのだろう。

 そして、触れたときは吹雪と同様、各少女の記憶とも言うべき情報が青年の頭の中に流れ込んでくるのだ。

 いずれも、最後は冷たい水と暗い空間に沈んでいくものであったのだが。

 

「そのカード、幻想郷で扱っている“スペルカード”に少し似ているのよ」

 

 耳慣れない言葉である。青年は眉をひそめた。

 

「カミツレさん。貴方の目の前で、私が光の球を沢山操っていたのは見ていたわよね?」

「え、ええ。それはもちろんです」

「それで、その光の球、それに限らずあらゆるものを並べ、閉じ込めたものがこのカードになるの」

 

 そういって、紫が更に胸元から取り出したのは真っ白なカード。

 しかし青年にはどこか不思議な感覚を覚える。幽霊が見えるという体質がそれを感じさせるのか、確かに吹雪たちのカードに似た雰囲気は感じられる。

 

「まずカードに閉じ込めるという発想がよくわからないんですが」

「あら、幻想郷で常識に囚われてはいけないわ」

「……ではその通りだとして、このカードにはやはりこの子たちが封じられているという認識でいいんですね?」

「ええ、その通りよ」

 

(うーん、虐待かな?)

 

 いかに思念の集合体とはいえ、5人とも少女の形をとっている。封じられているという話が本当ならば、あまり青年もいい気分にはなれない。

 青年にとってこの少女たちをどう見るか。厄介事の塊とか、ただの少女なのか。その答えも、簡単には出せないだろう。

 

「スペルカードというのは、カードそのものには力はないわ。でも、概念的な武器というか、象徴ではあるわね」

「象徴?」

「人それぞれ違うけれど、共通点がある。カードによる力は、その人自身の力が具現化したものであるということ」

「僕はこの子達と何のつながりもないんですが。というよりこの子達が僕の力って、おかしくはないですか?」

「そこはほら、さっき話していたじゃない。吹雪さんに触れてスペルカードのような状態になったとすれば、それが貴方の能力ということではないの?」

 

 紫は青年の瞳を見つめ、一度目を伏せる。そこから口を開き、語りだす。

 

「幻想郷というのは、この守矢神社のように外の世界で忘れ去られたものが流れ着いてくる世界。その子達もおそらく、外の世界で忘れ去られたのではないかしら」

「……確かに、僕のいた世界に、旧軍について本当によく理解している人はおそらく相当少ないでしょう。それこそ、一般人の中では忘れ去られたといっても過言ではないかもしれません。僕なんて授業で習った以外は全く知りませんし」

「そう、忘れ去られた魂が流れ着く。それとね、幻想郷には、今まで海なんてなかったのよ。海が突然現れたのも、守矢神社が来るほんの少し前」

「……あれだけ綺麗な海、というのは外の世界では珍しいです。美しい海も忘れ去られ、幻想郷に流れ着いたというんですか?」

 

 だとすれば、あまりにも寂しいではないか。結果や形、風評はどうあれ、彼女たちが守ろうとしたものの一つが、外の世界から失われてしまっていたなど。

 

「そうかもしれないわね。私も幻想郷に海があればいいとは思っていたけれど、こんな形で来るなんて予想外だったわ」

「こんな形、というのはあの怪物のこと……まさかあれも……!」

「海と一緒に流れ着いたのでしょうね。そしておそらく、そのカードの子達も」

 

 だんだんと何かがつながっていく気がした。

 美しい海、現れる怪物、自分を慕う少女。カードに触れた瞬間に流れ込んでくる艦の記憶、そして、拾い物の航空母艦の写真。

 

「さっき吹雪ちゃんに触れた時、僕の中に何か記憶のようなものが流れ込んできたんです。他のカードの子も……」

 

 守矢神社の存在していた土地に縁のある名前の、不思議な力が宿っている航空母艦の写真。それを持っていた青年に対して早苗が奇跡の能力を発動した結果、青年に何らかの能力が目覚めた。

 少女の形をした軍艦の魂が現れ、それは青年を司令官と呼ぶ。つまり、ここから考えられることは――

 

「軍艦の……記憶? を読み取る能力があるとでも言いたいんですか?」

「指揮命令系統があるのでしょう? なら、ひとまずは……そうね。『艦娘を指揮する程度の能力』とでも言いましょうか」

 

 誰がそんなものを欲しいと願ったのだ。なんて、僅かにでも思った自身に渋い表情を浮かべる。あの時吹雪が現れなければ、今頃自身は生きていなかっただろう。

 いっそ、あの時死んでいた方が、全ての煩わしさから解放されていたかもしれない。死にたがりではないが、無理に生きたいと思うほど己に期待してもいない。

 

 たとえ。

 たとえ早苗に再会した今でも、だ。

 

 突如として、紫が天井を向く。いや、天井ではなくただ上を見上げただけ、とでも言うべきだろうか。その眼差しには冷徹さも含まれている。

 

「藍から悪い知らせよ、どうやらまた来たようね。丁度いいからカミツレさん、その子達が本当に軍艦の魂であるか、確認してみないかしら?」

「また怪物……。あの子達を戦わせる、と?」

「軍艦は戦ってこその存在でしょう? 戦わなくて済むならそれはいいのだけれど、そうもいかないのが今の幻想郷なのよ。特に海の方面はね」

「軍艦かもしれないですけど、カードを見る限りは女の子です」

「私もオンナノコなんだけど?」

「……ああ、はいそーですね」

 

 色っぽく、唇に指を当ててウインクする紫。仕草こそ大変素敵であるが、怪物を圧倒していたことを忘れてはならない。

 

「でも空を飛ぶなんて反則じゃ……」

「飛べるのは海岸線までよ。しかも敵は、口の中から金属の塊みたいなのを飛ばしてくるわ」

「危ないですね。尚更」

「とりあえず吹雪さんを呼んでもらえる?」

 

 吹雪のカードを手に持つ。が、呼ぶとは一体どうすればいいのだろうか。紫を含め期待のこもった瞳を注がれるのはまだいいのだが、せめて使い方ぐらい教えてくれてもいいだろうに。

 なんてことを考えながら、吹雪の姿を思い浮かべると――

 

「お疲れ様です、司令官」

 

 突然輝きだしたカードに驚き、青年は手を離してしまう。

 しかし次の瞬間には、目の前に吹雪が立っていたのである。

 

「し、司令……官?」

 

 返事をしない青年を心配したのか、吹雪が顔を覗き込むように見つめる。

 青年はカードがどういったものかようやく理解し、吹雪の声に気づいた。

 

「あ、ああ、えっと吹雪……ちゃん。さっきの怪物は覚えてる?」

「はい! あのぐらいなら何度でも戦えます!」

 

 したり顔の紫を尻目に、違う質問を青年は行う。

 

「あの装備があれば、海の上を立ったまま進めるんだよね?」

「はい、私は軍艦ですから!」

「腕に付けてたあれは……大砲?」

「もちろんですよ!」

「怪物から金属の塊? が飛んでくるみたいだけど……」

「私たちには装甲があるから大丈夫です!」

 

 聞き捨てならないことを聞いた気がする、と青年は冷や汗を垂らす。

 

「えっと、どういうことかな?」

「背中に背負っていた艤装です。あれは靴のスクリューを動かすのとは別に、様々な衝撃を緩和する機能が付いているんです。これが装甲ですよ! ……私のは薄いですけど」

 

 詳しい話を聞く限りでは、背中に背負っている軍艦としての装備、艤装を装備することで、主砲・魚雷・機関・装甲といった各機能を稼働させることが可能となるらしい。

 その装甲というのはいわゆる『バリア』に近く、吹雪の場合は完全に弾き返すことはなかなか難しいが、それでも大抵の衝撃を緩和することはできるとのことである。

 声も上げられない青年。

 神奈子や諏訪子、紫は吹雪の説明を理解したようだが、青年はこの中ではあくまで一般人。わからないことの方が圧倒的に多い。

 

「ねえ、カミツレさん? 驚いているのはわかるけれど、とりあえず化物が現れた場所へ向かってみないかしら?」

「……そうですね」

 

 実際に見た方が早いだろうと思い、青年は頷く。自身の目で見るのならば、まだ信じられるだろう。

 女性は想像していたよりずっと強いんだなあと、呑気ながら改めて青年は気づくことになったのであった。

 

 

 

 

 

 抜けるような青空に、心地の良い波の音が響くサラサラとした砂浜。

 空も海も、それぞれ同じ青でありながら異なる青。水平線で変化する景色は、青年が最も好むものであった。

 触れる潮風がなんとも心地よく、この砂浜に倒れ伏すことさえ厭わないだろう。

 

 ――遠目に彼の怪物さえ見えなければ。

 

「いるみたいですね」

「一体だけではないわよ。他にも数体見えるわ」

「……僕にはそこまで見えませんよ」

 

 青年の目には黒いものが点々と海の上に浮かんでいるのが見えるだけである。

 しっかりと視認できている早苗といい紫といい、原住民もびっくりの視力を持っているらしい。否、紫は幻想郷では原住民のオンナノコであった。

 

「じゃあ、今回は吹雪ちゃんたちに任せるということでいいんですね?」

「ええ。私も全て確信しているわけではないけどね。あと、彼女たちの働き次第で貴方の処遇も大きく変わるわ」

「……どうなっても知りませんよ」

 

 海に来るまでの間に、話はつけられていた。

 紫の観察眼によると、吹雪たち艦魂が怪物に対する非常に有効な戦力になるのではないかという結論が出ているらしい。早計ではないかとも思うが、吹雪が怪物を倒した姿は、他ならぬ青年が一番間近で見ているのだ。可能性としては十分に考えられる。

 

「一つ、聞きたいことがあります」

「あら、何かしら?」

「幻想郷は全てを受け入れる場所と言いましたよね? 神社の皆さんを受け入れたように、彼らは受け入れることはしないのですか?」

「いい質問ね。そう、私も最初は対話を試みようとしたわよ?」

「……で、攻撃されたと?」

「話が通じないというより、話ができないといいましょうか。彼らは言語を使用できないみたいなのよ」

「それで問答無用で鉄の塊を飛ばして、海の中に引きずり込んでくるんですか。まあ、確かにそれは危ないですね」

「でしょう? 私みたいな“か弱い乙女”が怪我したら大変なのよ」

「……ああ、はいそーですね」

「“か弱い乙女”を守るために頑張って頂戴。“か弱い乙女”のために」

 

 妖艶に微笑む紫に、青年は苦笑しながら目を逸らす。

 神社の中で話をしていた時から、青年はこの紫という人物を苦手としていた。

 果てしない美貌、彫像の如き整った顔立ち。それは確かに認めているが、どこか心を見透かされているような、全ての行動が監視されているような気がして油断できないのだ。

 

「今のところは幻想郷にとっての敵ね。海岸線も長くて監視しきれないからどこも危険だし、目的が不明で暴力的な方に土を踏ませるわけには行かないわ」

「幻想郷がどんなところかは知りませんが、ひとまずそのように理解しておきます」

「幻想郷の住民任せでもいいでしょうけど、彼らを上陸させたら嫌な予感がするのよ。これは私の独断だから、責任は全て私に被せなさいね」

「まるで幻想郷の管理人のようですね」

「それは勿論よ。伊達に長くは生きていないわ」

「……じゃあ、長生きな“か弱い乙女”の八雲さんが言うとおりにすればいいんです……よね?」

「カミツレさんも中々酷いわねぇ」

 

 頬をぷくぅっと膨らませる紫を尻目に、青年は海に浮かぶ怪物に目を向ける。

 青年の外の世界での仕事は、自然好きが高じた『海洋調査員』。その中でも実際に海中での作業を行うための潜水士の資格を有している。

 もちろん、視界に入っている怪物は今までに見たことなどない。図鑑や資料などでもさっぱりである。

 しかし、あえて彼らの姿形を今の知識で表現するならば。

 

(深海魚みたいだ。グロテスクで不格好で、だけど深海魚より気味が悪い)

 

 青年が海洋調査員として働いていたのは3年間。

 その間に得られる知識には当然限りがあるが、深海魚については潜っても一緒に泳げないのが悔しいという理由から一定の知識があった。

 ただ、深海魚は水面に浮かんでも活発に動くことはできないし、水圧の差でその体に支障をきたす。そのため深海魚ではないだろう。

 そして、紫や吹雪が倒した個体から流れ出していた体液――海水。

 物体としての確かな質量を有していたにも関わらず、海に沈んだあとは海水に溶けていく場面を青年は見ていた。

 深海魚のような怪物には実体があるようでない。これではまるで――

 

(……断言はできないし、考えても仕方ないか)

 

 早苗も神奈子も諏訪子も、とりあえず紫の意見を聞くことにしたようである。

 が、神があまり神社から出るものではないと考えているのか、海についてきたのは早苗一人であった。

 早苗と紫が背後で見ている中、青年は砂浜のギリギリまで近寄り、5枚のカードを手に持ち、呼吸を整えて目を瞑る。

 彼女たちの記憶が、魂が、青年の心に流れ込む。

 知らないはずなのに知っている。経験などありはしないのに、青年はその景色を知っている。

 

「なんだ……これ」

 

 

導符『初期艦』

――駆逐艦『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』

 

 

 重ねた5枚のカードが輝き、青年は一瞬だけ視界を奪われる。

 やっと見えるようになったかと思い、瞬きを繰り返しながら青年は周囲を確認する。そしてそこに――海の上に彼女たちは立っていた。

 

「みんな、準備はいい?」

「あんたが司令官ね。ま、精々頑張りなさい!」

「綾波型駆逐艦『漣』です、ご主人様。こう書いてさざなみと読みます」

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

「五月雨っていいます! よろしくお願いします」

 

 腕に主砲、足に特殊な靴と魚雷発射管、背中には煙突のようなものが生えたエンジンと思しき機械。そして、やる気満々の自信に溢れる表情。

 

「吹雪ちゃん、本当にいいんだね?」

「はい、私たちならあれを倒せます!」

「……怪我はしないように」

「任せてください!」

 

 あの怪物が何者なのか、誰にも何もわからない。

 現時点で幻想郷に害あって利を成さないものということであり、敵対の意思があるため反撃しないわけにもいかない。

 そして、都合よく現れた青年と、青年を守るように現れた軍艦の魂。

 これは果たして偶然だろうか、と紫は考えているらしい。

 

 青年は別に戦いたいわけでも、幻想郷を守りたいわけでもない。かと言って、右も左もわからない状況で自分の意思を示すには、青年の心は弱すぎた。

 外の世界に帰りたいか、それとも留まるかなど、まだ判断することはできない。

 だから、今自分が最も望んでいることは何なのだろうか、ひとまずどうしたいのか、と自分自身に問いかけるのだ。

 自分自身が今どこに在るのか、見失わないために。

 

(……それにしても、幻想郷の海ってホントに綺麗だ。外の世界の海とは比べ物にならないや)

 

「怪物のいない……青い景色見てみたいなぁ」

「えっ……?」

「あ、や、ご、ごめん……独り言」

「……いえ。司令官のお気持ち、確かに受け取りました!」

「え?」

 

 青年自身が心を整理するために発した一言。そこから吹雪がどう受け取ったのかはわからないが、吹雪は今までで一番の笑顔を見せていた。

 

「司令官の最初のご命令、絶対に果たします!」

「あ、いや、命令とかじゃなくて――」

 

 言葉を言い終えないうちにも、吹雪は既に他の少女たちに声をかけ、全員海の上で一列に並んだ。

 それぞれが青年に対して敬礼をして、吹雪を先頭に沖合へと隊列を維持したまま滑るように海の上を航りゆく。

 

「みんな、私についてきて――」

 

 遠くで、吹雪の張り切った声が聞こえた気がした。その艦隊の出撃は、見る者全てを引きつけていたに違いない。

 それほど。

 惚れ惚れするほど――美しい航行であった。

 

 

「あの水平線に、勝利を刻みましょう!」

 

 

 

 

 

 

 




着任
特Ⅰ型駆逐艦五番艦『叢雲』
特Ⅱ型駆逐艦九番艦『漣』
特Ⅲ型駆逐艦四番艦『電』
白露型駆逐艦六番艦『五月雨』

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