天井の岩は暗いというのに、目前に広がる古い町並みは真昼のように明るい。鬼が築いたこの旧都であるが、妖怪や地霊たちは皆活気に溢れ過ごしていた。
そしてそんな中、大通りを歩く青年とヤマメ。自身に視線が突き刺さるのを肌で感じながら、青年は足を動かす。
「意外と平気そうだね」
「とんでもない。内心いつ襲われるのかとドキドキしています」
「そいつを顔に出さないのはなかなかのもんさ。ここにいる妖怪たちは皆、地上を追われた奴らだ。能力も力も、アンタを殺すぐらい造作もない奴らなのに」
「だからこそ、念の為に金剛をポケットに忍ばせているんです。表立った護衛は連れていませんし、僕は今回、脅しではなくお話に来たんですから」
「ふうん……? やっぱり変な人間だね」
そうして、歩みを進める中で。
ヤマメの案内により、青年は地霊殿へ到着する。
見た目は立派な西洋風の屋敷であり、その中も見事なものであった。様々な色で彩られた市松模様の床に、ステンドグラスで造られた天窓。エントランスの階段の踊り場には、薄紫色の癖っ毛をした少女がいた。
(可愛らしい子……ここで暮らしてるのかな?)
ジロジロ眺めるのは失礼だと思いながらもその少女の様子を伺っていると、案内として共にいたヤマメが踵を返してしまう。
「じゃ、私はこれで」
「ヤマメさん、案内ありがとう。ああ、そんなことありません。私に会うのも嫌でしょうけど、私はあなたのこと嫌っていませんよ? ふふふ、そうですか」
「あーあー、じゃあね!」
と、独り言を話すように微笑む少女。その態度に、ヤマメは「フンッ」とでも言うかのようにさっさと地霊殿を出て行ってしまった。
取り残される青年。が、今の会話で理解する。
(そうか……この人が――)
「ええ、私が古明地さとりです。よろしくお願いしますね、提督さん?」
『心を読む程度の能力』、古明地さとり。
地霊殿の主は、外見相応にはしゃぐような笑みで迎えてくれた。
客室に通され、青年はひとまずソファに腰掛ける。するとホコリが宙を舞い、青年を容赦なく襲った。
何かのイタズラか、歓迎されていない証なのかと思いきや、対面して座るさとりも同様であった。
「ゲホッゲホッ! すみません、お客人を招くことなど久しぶりでしたもので、客室の掃除を長年怠っていました」
「ゲホッ、いえそれは構いませんけど、どれくらい掃除していないんです?」
「かれこれ7年ほどになりますか。ふふふ、独り身と笑いたくば笑ってください」
「そこまで思ってませんが……」
と、しれっと告げるさとりに案内され、掃除された別の部屋にて再び対面して座る。
「こちら、お土産の魚です。どうぞ地霊殿の皆さんで召し上がってください」
「あら、これはご丁寧に。もてなす側だというのに、掃除も行き届いておらず申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず。こちらこそ、魔理沙ちゃんがどうやらご迷惑をおかけしたようでして」
その一言に、魚を受け取って微笑んでいたさとりは視線をジロリと青年に向ける。
「あの魔女はあなたの部下なのですか?」
「いえ、協力関係でしょうか。古明地さんとは段階を追って接触しようと思っていたのですが、魔理沙ちゃんが足早に行ってしまいまして……」
「なら、あなたが謝る必要はないでしょう。人間のあなたにとって地底が危ないというのは確かですので、むしろその点で、追い返したヤマメさんを責めないであげて欲しいものです」
「それは構いませんが……」
(……仲間想い、なのかな?)
「そういうわけではありません。これ以上、地底の妖怪が嫌われないよう努めているだけですから」
「う……は、はい」
「やはりこの能力には驚きますか? まあ、同じ地底の妖怪にすら疎まれるものですからね」
(そ、そんなことないけど……なんて言えばいいんだろ。下手なこと考えられないのは間違いないけど、どう説明しようか。能力ならそれはそれで仕方ないんだろうし……)
「ふふふ……お気遣いありがとうございます。では本題に入りましょうか。私に用事があると聞いていますよ」
話さずとも会話ができることに違和感こそ感じつつも、少なくとも話はできる人物だろう。青年はそう思い、話を広げ始める。
「では、まず怨霊について質問します。今地上では海が現れ、それに伴って深海棲艦が攻め込んでくるという異変が起きています。その深海棲艦というのは怨霊と見られていて――」
「あなたの推測は、残念ながら当てはまりません。確かに地霊殿――というより私は、この能力を利用して怨霊を管理する立場にありますが、あなたの考える深海棲艦のような怨霊は、今のところ見たことはありませんよ」
「…………。なら――」
「地上で起きているその海の異変についても、ある程度は知っています。しかし、地底に蔓延る怨霊が関与していないことは確かです」
「そう……ですか」
「その怨霊だけなら大したことはないでしょう。八雲紫や博麗の巫女もいるんですから、じきに解決するのではありませんか?」
「いえ、それが――」
それを話そうと、考えた瞬間。口に出そうと、頭の中で話す内容をまとめた瞬間。
それまで微笑んでいたさとりが――
「博麗の巫女――霊夢さん、行方不明になっているんです。厳密には、深海化している可能性がありまして――」
一変して、表情を冷徹なモノへと変貌させたのだ。
(えっ……?)
「あの魔女の頭の中は間違いなかった――あ、いえ、私としたことがごめんなさい。何でもありません」
しかし、それがまるで嘘であったかのように、再び柔らかく微笑むモノへと戻る。
「博麗の巫女がまさか、そのようなことになっているとは思ってもいなかったのです。確かに、それはあなたも大変そうですね」
「え、ええ……」
先ほどの表情は一体何だったのだろうかと思いながらも、何かおかしなことを考えればすぐさとりに気づかれてしまう。故に、青年はそれをひとまず思考から消し去った。
「それで、鎮守府をまとめるあなた――提督さんは、私や地底に何を求めているのでしょう?」
「あ、はい。こちらで掴んだ情報なのですが、地底は良質なボーキサイトの鉱脈があると伺っています。良ければ、鎮守府に融通してもらいたいと考えているのですが……」
「ボーキサイト……?」
「えっと、赤茶色の鉱石で――」
「ああ、『鉄ばんど』ですか。旧都では色んな所から出てきますよ。正直使い道もないので、引き取って頂けるのであれば願ってもいない話ですが……」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 実は、艦娘の航空機の整備にどうしても必要でして」
「あら、空を飛ぶ乗り物ですか。外の世界にはそんなものもあるのですね」
「ちなみに、勿論タダとは言いませんよね?」
「私たちとしては価値もないものですので、特に対価は求めませんが……。そうですね、鉱夫を雇うことと輸送の手間賃、旧都に流通させるためにも、魚を頂ければそれで構いません」
「そんな条件で……。ありがとうございます!」
(これで地霊殿での要件は終わったも同然か。しかも古明地さん、人の話すことを先回りする以外は普通に話せる人じゃん)
ニコニコ顔で、青年は猫耳の生えた妖怪から出されたお茶を飲む。さとりも笑みを浮かべており、要件が終わった為か場は一気に和やかなムードへと変わった。
「ふふ、それにしても。外の世界からいらっしゃったのでしょう? いきなりそんな大役を押し付けられるなんて、大変じゃありませんか?」
「ええ、確かに大変です。でも、外の世界に比べれば――、やりがいもありますし、それに僕は恩を返したいですからね」
「恩返し?」
「僕に生きる楽しさを教えてくれた神社の人達と、艦娘の皆に」
「ふふふ、そうですか。私もあなたほどではありませんけれど、少しペットの管理に困っていまして」
「ペットですか? いいですね、和やかで」
「先ほどお茶を配膳した猫や、鴉などもいます。確かに、友達のいない私にとっては家族のようなものですからね」
(家族、か……。そっか、僕にとっての神社や鎮守府みたいに……)
「…………。――――ッ!? ふ、ふふ……そういう……」
「ん? 古明地さん?」
「いえ、失礼しました。そういうあなたこそ、艦娘とはいえ女の子に毎日囲まれて気分もいいのではありませんか?」
「僕そんなこと考えてましたか!? あはは……、そりゃ僕も男ですから、そういうことは意識しないでもないですけど……」
「部下相手にそんな目を向けるなんて考えたことはない、ですか。残念でしたね戦艦さん?」
「え?」
微笑むその表情とその視線は、自身ではなくポケットへ向けられていた。
なんだバレてたのか、などと思うより先に。その後、さとりが僅かに瞼を閉じてから。
しっとりとした、色香を帯びた表情を自身に向けてくる。
「艦娘さんの力、この幻想郷においても本当に強大ですね。個の力もさておき、集団で、組織で戦うとなれば相当なものです。深海棲艦に対抗する戦力として、私も期待するところではあります。が――」
「…………が?」
「その力で、幻想郷を支配しようとは思わないのですか?」
まるで肉食動物が獲物へ向けるような視線。それまでのさとりの雰囲気からまた一つ変わり、探ろうとする態度を隠そうとしていない。
それを警戒して濁すでもなく、バカ真面目に真正面から否定するでもなく。
(幻想郷の……支配?)
青年は、そこで初めて思考に入った。
(……支配しようと思ったこと……ないなあ)
「ほう?」
(外の世界から来たし、もしかしたらその辺を警戒されてるのかも。でも、本心を言うなら――)
“そんな面倒くさいことはしない。”
鎮守府が人里で認められ始めて、他の勢力との対話も始まって、ようやく霊夢を捜索する体制が整ったのだ。神社の信仰も、ある程度安定して得られるようになっている。
なぜ今更、全方位に喧嘩を売ることをしなくてはいけないのか。そもそも自分には、幻想郷を責める理由などないというのに。
――これが外の世界ならまだしも。
「そう――ですか」
わずかに寂しげに微笑んださとり。
覚り妖怪ではない青年に、さとりが何を考えているのかなどわかりようもなかった。
沢山話しこんでしまった。気づいたころには、時刻も夕方である。
帰り際。地霊殿のエントランスにて、青年は猫の妖怪からお土産を受け取る。玄関の扉に手をかけたところで、見送りに来ているさとりが口を開いた。
「本日はありがとうございました。またお時間があれば遊びに来てください。あなたならいつでも歓迎しましょう」
「こちらこそ、ボーキサイトの件はよろしくお願いします。古明地さんこそ、いつでも鎮守府にいらしてくださいね」
「ええ、地上の妖怪との約定も、少し見直すことにしましょう。それから、老婆心ながら一つだけ“あなた個人”に忠告を」
「はい?」
「失礼ではありますが、私でさえもあなたの歩みを惨めに思ってしまうのです。どうか、真実を知ることがないよう祈っています」
「は、はあ……? よ、よくわかりませんけど、ありがとうございます」
不思議な少女である。敵対心を向けるでもなく、親交を求めるでもなく、鎮守府に協力してくれる。一線を維持しているというのに、自分に対しては忠告まで送ってくれるのだ。
掴みどころがない、というよりわからない。彼女が何を求めているのかを、この会合で推し量ることは叶わなかった。
突如、さとりが再びあの表情をする。
色っぽく熱を帯びた、しかし底の深さを感じさせないミステリアスな雰囲気を。
「……ねえ、世界や神を恨んだことはある? 憎んだことは――?」
「どうしてそんな質問を?」
「ただの世間話です」
「……あるかないかで言えば」
ありますよ。
声に出すことなく、青年はそう答えた。
「そう……。旧都の妖怪にはあなたに手を出さないよう、すでに伝えてあります。最後までポケットの艦娘を出さないでいてくれたこと、感謝していますよ」
そして、青年は。
不思議な忠告をもらったなあと思いながら、地霊殿を後にしたのであった。
青年が地霊殿を去った後。地霊殿のエントランスにて、さとりは一つため息をつく。
するとそこへ、火車である火焔猫燐が不思議そうな表情をした。
「うにゃー? さとり様、ため息なんて珍しい」
「お燐、おもてなしありがとう。久しぶりにお客を迎えたから緊張してしまったわ」
「さとり様でも緊張するんですね?」
「私は感情を失っているわけではないもの。ああ、でもあの茅野さんは――」
酷かったわね、と。
呟くように、彼のからくり仕掛けのような感情を思い出す。
(優しくしているように見せかけている……? かなり不安定な思考だったけれど。それに、“まだ”ヒトの上に立つ者の器じゃないわね)
「彼が外の世界のことを思い出しながら話してくれたから、過去の記憶を断片的に“読む”ことができたわ。幻想郷に来てこそ緩和されたみたいだけれど」
「じゃあ、さっきのはそのことについて?」
「違うわ、もっと昔。断片も断片、だって自意識にほんの僅かに浮かび上がってきた、本人でさえ認識していない赤子の時の記憶だもの。読めたのは運が良かったわね」
「うにゃー……、人間も大変ですね」
「だからこそ――茅野さんを“味方に引き入れられる”可能性がある。茅野さんの断片的な記憶が確かなら、鎮守府と守谷神社の関係はとても――」
歪なものよ。
さとりは、望まずして不遇な過去を得ることになった青年へ、僅かながら共感を覚えた。
(――帰り際の質問に肯定を返した。そこに付け入る隙がある)
「それで、鉄ばんどの供給は本当にするんですか?」
「するわ。そこは協力して損はないもの。私たちは要らないものを処分する代わりに、地底に新たな食材と、“鎮守府との繋がり”を手に入れることができるんですもの。それに――」
「それに?」
「……いえ、何でもないわ」
航空機に限った話ではない。ないのだが。
空を飛ぶ“モノ”たちが、疎まれ地底を這いずる自身らの助けを必要としている。これほど滑稽なことがあるだろうか。地上の者が皆ほとほと困っていると考えると、さとりは一人心の中でほくそ笑んだ。
「それよりお燐。本当に深海棲艦は地底にはいないの?」
「あたいも妖怪だから取り憑かれたくないんで必死です。今のところ地底じゃ見たことないですし、報告も上がってないですよ。地上にこっそり出たときに見かけたことはあるから、あんなの見間違えようもないです」
「そう……今のところはね」
もう一度、さとりは深くため息をつく。
「地上との約定も一部見直し……。最終的にあたいたち、どこへ向かうんでしょうね」
「仲良しごっこだけではやっていけない。鎮守府に協力しているという者たちも、何か腹に抱えているでしょうね。私たちで言うなら――」
「“博麗の巫女が不在という好機を逃すわけにはいかない”、ですよね?」
「あなたはいつから覚り妖怪になったのかしら? まあ私はともかく、この地底――旧地獄には、地上のモノたちに恨みや憎しみを持つ者たちがいる。追い出された者は特にね」
「タイミングは間違えられないですね」
「……できれば茅野さんは巻き込みたくはないけれど、まず無理ね」
「さとり様、随分とあの人間に入れ込んでません?」
からかうようなお燐の態度に。
さとりは冷徹な心でもって返す。
「勘違いしないことね」
「ひぃっ――」
「私が茅野さんに少しばかりの同族意識を持っていることは認めるわ。ただし、不要なら見捨てる、それは当たり前の考え方よ。お燐――あなたもね?」
「うっ……、うぅ……あたいは……」
「――ごめんなさいね。やっぱりあなたたちペットを見捨てるなんてできないわ。それより、今は喜びましょう。折角、茅野さんが地上の面白い情報をいっぱい持ってきてくれたんだから。話してくれなくても、わかったことは沢山あったもの」
「これから忙しくなりそうですね。お空もいつの間にか強くなってましたし」
「ええ」
これほど感情が昂ったのはいつ以来だろうか。地霊殿に、地底にようやく天が巡ってきた。
この機会を逃すほど、さとりは甘い妖怪ではない。
「我らを地底に追いやった、八雲紫に一矢報いねば」
自然と、口から高笑いが漏れていた。
守矢神社へ帰った時には夜であった。料理中の早苗の「おかえりなさい」を聞いて「ただいま」を返し、青年は神奈子と諏訪子の元へ報告に向かう。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
「で、地底に行ってきたの?」
「はい。ボーキサイトの交渉もつつがなく終わりました。金剛、金剛から見てさとりさんはどうだった?」
「uh――部下はダメだなんて、テートクなんて知りまセン……!」
「え、なんで!?」
何か悪いことを言ってしまっただろうかと思いながらも、報告を続けた。
すると、その中で神奈子がポツリと呟く。
「あ、そういや地底行ったことあるよ私」
「へっ?」
「あれは確か――そう! 幻想郷に来たばっかの時だよ。カミツレと艦娘がいるから風呂もしっかりしたものにしようと思って」
「……思って?」
「地獄鴉に八咫烏の力をプレゼントさ。奴の力でいいお湯が出るわ出るわ」
満面の笑みを浮かべた神奈子。が、それと反比例して、諏訪子の表情は般若面の如き怒りを浮かべる。
「ちょ! そんなことしてたの!? 信じられない! ただでさえ信仰少ない時だったのに!」
「お前だってライフライン整備だけは力入れてたじゃないか! 水道引いて『これで漫画に集中できる』ってボヤいてたの忘れてないぞ!」
「風呂沸かすのにフツーは神の火なんて使わないよ!」
「漫画読むのに神の力はいいのか!?」
ギャーギャーと騒ぎ立てる神たち。金剛がその隙に自身の服の端をつまんでいじけていたのだが、料理ができたのか早苗が呼びに来た際、引き剥がされてしまった。
神奈子と諏訪子の言い合いは止まない。場所を変え、食卓においても、
「だからさ、神奈子はいっつもそうじゃん! 自分のことばっか優先して思いやりってもんがないよ!」
「外の世界にいた時もゴロゴロしてばっかりだったお前に言われたかないね!」
「oh――、今日は散々デス……」
「ちょっとお二人共! 食事時くらいやめてください!」
更に場所が変わり、浴場においても、
「は! ゴロゴロしてばっかりだから胸も背も小さいのさ! 蛙ほど胸も跳ねないとは可哀想ににな!」
「乳と気だけデカい奴が何言ってんの! 乳自慢したいなら人里で御柱挟んでくればいいじゃん!」
「一緒に風呂入ってるのに喧嘩してるデース……。しかも居間にも聞こえてくるほど怒鳴るなんテ……」
「しかもあのお二人、毎日あれで背中流し合ってますからね……」
「神様怖いなあ……とづまりすとこ」
まだ場所を変え、寝室でも、
「ほら神奈子先に寝っ転がってよ! 布団があったまんないじゃん!」
「何言ってんだ! 一緒に寝ないとお前の匂いを楽しめないだろうが!」
「もーバカ! 大好きだよ!」
「私もだバーカ! このっこのっ!」
「寝室からイチャイチャ声が響いてくるデース……」
「ししししかも艶っぽい……!」
「あの、そろそろ自分の部屋に帰ってね? 金剛は鎮守府だよ?」
結局、青年は報告を途中のままその日は寝たのであった。
翌日の夜。業務を終えた後。
朝からずっと顔がツヤツヤしている二柱に、報告の続きをすることに。
「まあ、以上です」
「ともあれ、地底と繋がりができたのはありがたいな。深海棲艦も、地霊殿は関与していないとわかったわけだし」
「はい、本当に」
「でもさあ、ボーキサイト手に入るのはいいけど、それを加工するのはどうするの?」
「えっ?」
「いくら大量に手に入るって言っても、アルミニウムに加工するときは沢山電力が必要になるんだよ?」
「電気……」
ボーキサイトの加工には、大量の電気が必要となる。にとりから報告は受けていたはずであったのに、ボーキサイトのことばかり考えていて、すっかり失念していた。
開口して呆ける青年に苦笑しながらも、神奈子と諏訪子が口を入れてくれた。
「まあ、そこは私たちでどうにかしてやろうじゃないか」
「神奈子、八咫烏の力を授けたって言ってたよね?」
「ああ、それがどうした?」
「発電施設を作って、人里にも供給しない? このあたりの地盤と地底の状況を考えたら、間欠泉使うのが一番良さそうだけど」
「神の火の炉……、温泉でも始めるか。河童と山にも協力を要請して、『地下間欠泉センター』といったところか」
「と、いうわけでカミツレ君」
「書をしたためてもらえるか?」
「は?」
数日後。遥か下層、地霊殿にて。
さとりは紅茶など飲みながら、ゆっくりとした時間を過ごしていたのだが。
「さとり様―、お手紙届きましたよ」
「あらお燐、ありがとう。手紙なんて何十年ぶりかしら?」
「送り主は……ありゃ、提督殿ですね」
「茅野さん?」
お燐から手紙を受け取るさとり。ボーキサイトの礼でも書かれているのだろうかと考え、律儀な人だなと一瞬思う。
が、要約するとこうである。
『電気と温泉作るので、鳥さんの力を貸してください』
「…………は?」
コミュニケーションに関連することに、少なくとも自身にわからないことはない。そう思い、能力にも自信を持っていたのだが。
「――――は?」
青年のこの手紙を送ってきた魂胆はまるでわからない。意外なところで、さとりは自身の能力の及ばない弱点を見つけてしまったのであった。
神社にて、協力を受けるとの旨が記されている地霊殿からの手紙を開けると、ひとまず青年は胸を撫で下ろす。神奈子と諏訪子も、これには安心したらしい。
「建造と試運転含め1週間から2週間てとこだね。これでまた、守矢神社の理想に一歩近づくわけだ」
「守矢神社の理想……? そういえば、僕は信仰を集める手伝いしかできてないですけど、神奈子さんや諏訪子さんは、信仰集め以外にも何か目的があるんですか? いつものんびりしていますけど」
「ん? ああ、早苗には内緒だぞ。幻想入りの時、スキマ妖怪に敵意こそないと答えたが――」
「最終的な目的は、幻想郷全土を信仰圏内とする――支配することだよ。君たちを無理に巻き込むつもりはないけどさ」
そして、3週間後。
偵察を行いつつカードも積極的に回収する威力偵察艦隊、『ダブルスカウター』を編成・運用し始めると、制海権内の情報を集まりつつ艦娘の数も増えた。艦載機の補充も完了し、空母勢に笑顔が戻る。
(……内外問わす気にかかることはある。でも今はやるしかない)
結局は当初予定していた通りの一ヶ月後の作戦開始となったが、戦力は前回より充実しているといってもいいだろう。
幻想入り後58日目、2ヶ月が経とうとしていた時。
「現時刻をもって――霊二号作戦を発令する」
博麗霊夢の捜索は、再び開始された。