提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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あけましておめでとうございます!
本年もどうぞ温かい目で見守りくださいますよう、よろしくお願いします。


036 スーパーズ

 人は、いつの時代もロマンを追い求める生き物である。

 何をもってロマンと呼び、何をもってロマンとするか。ロマンに何を見出し、ロマンから何を感じるか。それは人によって異なる。

 人生はロマンの連続であるし、ロマンは人生を豊かにする。日々の虚しさの中に感じるささやかな幸せもロマンであるし、道端を歩いていて転がっている石ころを蹴るのもロマンだし、空を眺めてあの雲って潰れかけのオタマジャクシみたいで風情があるなどと思うこともロマンなのだ。

 ぶっちゃけ、人がそれをロマンと思えば何でもロマンだ。

 

 ありとあらゆる分野で人はロマンを追い求め、ロマンに生き、ロマンに死ぬ。もはやロマンという言葉がゲシュタルト崩壊しそうであるが、そこで一つ問いを投げかけよう。

 

 あらゆる分野にロマンが認められるというなら、兵器はどうだろう?

 戦闘で利用される兵器には、戦闘中のそれぞれの目的を達成するための役割に特化したものが多い。

 例えば戦車。塹壕の突破と陣地破壊、火力支援を目的としているため、強靭な走破性と頑強な装甲、圧倒的な砲撃火力に特化しているといえる。

 例えば戦闘機。航空機という分野で見れば輸送機や攻撃機など用途は分かれるが、戦闘機に求められる条件の多くは、速度と機動性、運動性である。

 

 なら、艦船は?

 圧倒的火力と装甲防護力を持つ戦艦。

 航空機運用能力に全てを賭けた航空母艦。

 圧倒的速度と用途の多様性に優れる駆逐艦。

 いずれも、間違いなく歴史に名を残しているし、知名度も高い。

 

 では、考えよう。

 兵器としてのロマンとは何か? 人類の想像をはるかに超えたヘンテコな設計思想と明確に答える人もいるだろうし、デザイン的な面で正直にダサいと答える人もいるだろうし、約束されたクソと一蹴する人もいるだろう。

 

 もう一度、思い返して欲しい。

 兵器としての、艦船としてのロマン。他を投げ打ち、一つの能力に特化するという形でロマンが発揮されたのなら。

 

 一つの答えには、“潔さ”といったものが当てはまるかも知れない。

 

 

 

 

 

 その日、青年は工廠に呼ばれていた。作戦開始が数日後に迫っているのだが、にとりから急な呼び出しがあったのである。

 レンガ造りの工廠内はところどころ煤けていた。外より熱気のこもりやすいこの環境で、にとりが干からびてはいないかと心配しながらも奥へと進む。

 

 彼女は工廠横の弾薬保管庫にいた。

 結果から言うと、

 

「やあやあ盟友、こいつを見てくれ。こいつを見てどう思う?」

「すごく……多いです」

 

 干からびるどころか、整備地獄に追われているというのにツヤツヤしていた。十分に水分が足りているようで何よりである。

 

「この魚雷の山……どうしたの?」

「一時期魚雷が品薄になったから、独断で急ピッチで増産したんだよ。とはいったものの……なんだかごめんね?」

「……流石に多すぎだね、これは」

 

 見れば、弾薬保管庫のおよそ半分が魚雷の在庫で埋まっていた。保管しきれなかったのか、むき出しの魚雷すら転がっている様は流石に怖い。

 原料となる廃材は、妖怪の山の天狗が幻想郷中から集めてきてくれている。その廃材で資源は賄われているのだが――

 

(どうしよう……無駄に使うわけにもいかないし……)

 

 聞けば、深海化した小野塚小町との戦いの後、魚雷の生産が追いつかなかったことが原因であるらしい。着任した駆逐艦が増えたことも理由の一つであるらしい。

 生産ラインはある程度減らしてもらうとして、在庫をいかに減らしていくか、青年の頭を大いに悩ませることとなったのである。

 

 

 

 

 

 場所は変わって鎮守府執務室。長門は青年に施す教育内容を紙にまとめていた。執務室の机を使っていいということだったため、青年の机を借りていたところ――

 

「てーとくー、遊びに来たよー。ってありゃ、いないじゃん」

「あら、本当だわ。じゃあ北上さん、私たちは私たちで別の場所に……」

 

 本日非番であるはずの北上と大井が、執務室の扉を西部劇よろしく蹴り開けて入ってくる。下手したら艦娘の力では扉が壊れてしまうのだが、そこは加減してくれたらしい。

 

「まったく、行儀が悪いぞ。何か用か?」

「いやあ、提督に用があってきたんだけどさー」

「提督なら今、にとりに呼び出されて工廠にいる。急ぎの用件か?」

「そういうではないのですけれど、重要な話です」

「ふむ……なら、直接工廠へ向かってくれ。私は提督の教育を充実させるべく、試行錯誤の途中でな」

「あ、長門さん。ここの図解はこうした方が……」

「む? おお、確かに! すまんな、助かった」

「じゃあ、工廠に行ってくるよー」

 

 と、二人はにこやかに執務室を去っていった。

 その様子を見届けた長門は、改めて作成中である手元の資料に目を通す。

 

(艦種についての教育だが……重雷装艦は入れるべきだろうか。いや、しかし我々の艦隊には重雷装艦はいないし……。だが敵には重雷装艦がいる……。まあ、教えておくか)

 

そうして、長門は資料作成の続きに取り掛かったのであった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、魚雷の生産ラインを半分に減らすよ」

「そこで多分手が余ると思うから、もし良かったら、今後の開発・生産について、ちょっと相談してくれないかな?」

「おお? なんだか面白そうだね、もちろんさ!」

 

 工廠の休憩室にて、青年はにとりと今後の工廠の運営について話していた。とはいえ青年も素人同然。方針を掲げるとして、専門的な立場であるにとりの意見も合わせながら、あーでもないこーでもないと議論を交わす。

 そんな時である。

 

「あ、てーとく見っけ」

「ここにいたんですか。探しましたよ」

「あれ、大井と北上? 工廠……じゃなくて僕に用?」

 

 空いている椅子に座る二人。大井はにとりをチラッと見て、丁度いいとでも言わんとばかりに話を切り出した。

 

「話があります」

「は、はい。なんでしょう……」

「私たちに……もっと魚雷を積んでください!」

 

 瞬間、瞳をぎらつかせるにとり。呆れながらもそんなにとりを制し、青年は丁寧に答えたのである。

 

「元々そうするつもりだったんだけど……」

「へ?」

 

 

 

 

 

 驚いている大井に対して、青年は構わず話を続ける。

 

「ちょっと魚雷を作りすぎちゃったんだ。何かいい方法はないかと思ってたんだけど、そういえば深海棲艦に重雷装巡洋艦がいたなーと思ってね。戦術的にも幅が増えるだろうから、味方にも欲しいと思ってたんだけど――」

 

 「ちょっとごめんね」と言い、青年は大井の手を取った。そして改めて流れ込んでくるのは、大井の過去の記憶。北上と共に重雷装艦として海を駆けた日々の波濤。

 

 素晴らしい。大井のおてて、やわらかい。

 

「なっ――! 何してけつかる!」

「ぐほっ!?」

「って、あ、ご、ごめんなさい!」

 

 手を取ると一瞬空気が止まるが、その後に腹部へと突き刺さる大井ブロー。服をなきものとし、皮膚を、血液を、腹筋を、押しつぶし容赦なく内臓へと圧力が加えられる。

 という想像をしたが、大井が手加減してくれていたのかそんなに痛くない。

 

「いたたたた……鍛えてなかったら大怪我だったかも」

「て、提督も悪いんですよ! 乙女の身体にいきなり触るなんて言語道断です! 私に触れていいのは北上さんと球磨型の姉妹艦だけです!」

「はい、気をつけます!」

 

 北上がやれやれといった表情だが、呆れながらも続ける。

 

「それで提督、どういうことなのさ?」

「ああうん。今は軽巡洋艦だけど、大井と北上の二人は過去に重雷装艦だったよね? うちの艦隊も艦種に多様性が欲しいから、是非二人には重雷装艦になってもらおうと思って、さっきからにとりさんに相談してたんだけど……」

「私たちに相談もせず?」

「だ、だって、艦娘の艤装はほとんどにとりさんがチェックしてるから、まずは技術的にできるのかどうか聞いとかないといけなかったし……」

「ちなみに、艤装の改造はできるよ。仕組みがようやくちょっとだけわかったからね。とりあえず、今回の魚雷マシマシ改装については特に問題点はなさそうだ」

「え……にとりさん一人でできるんですか? 普通はドックに入っていろいろ面倒な手続きがあるものなんですが……」

「まあ、というわけなんだ。あとは君たち次第だけど、どうかな?」

 

 その問いに、大井と北上の二人は、

 

「もちろんです!」

「こっちからお願いしたいぐらいだよー!」

 

 と、満面の笑みで快諾したのであった。

 ついでに、エンジニアの血が騒いだらしいにとりも満面の笑みであった。

 

 

 

 

 

 翌日。にとりが艤装の改装を終えたというので、大井と北上が工廠に呼ばれた。改装を終えた時間を見計らって、青年もまた工廠へと足を向ける。

 しかし、にとりの姿が見当たらない。休憩室にいるのかと思い、その扉を開けた時、

 

「えっ?」

「あれー、てーとくー?」

 

 目に写りこんできたのは、一糸まとわぬ姿で着替えをしている大井と北上の姿であった。

 

「あのっ、そのっ、えっと、こ、これは……」

「うっ、ううううううぅ――」

「てーとくー、とりあえず部屋から出なよ」

「また変なタイミングで入ってきちゃったもんだね、盟友」

「ご、ごめんなさあああああああい!」

 

 数分が経ち入室を許可され、部屋に入った時に出迎えられたのは、涙目で恥ずかしそうに顔を赤らめている大井と、ムッとした表情で自身に平手をかました北上の姿。

 当然服は着ていたため、青年は頬に走る鋭い痛みと共に安堵を覚えるのであった。

 

 

 

 

 

「うぅ、ひぐ、ふっ、ううぅ……」

「よしよし大井っち。恥ずかしかったね?」

「ご、ごめんなさい。まさか着替え中とは思わなくて……」

「技術的に可能とは言え、改装した艤装に適合するかどうかは、生身で一度検証しないといけなかったからさ。何ていうか、みんなごめんね?」

「い、いや、その……ごめんなさい」

「改装のことだけど、特に問題はないよ。無事完了さ」

 

 いつも自信に溢れて強気に振舞っている大井だが、裸を見られてこうも弱々しくなってしまったことに、流石に青年も驚愕した。北上はいつも飄々としているが、今回に限っては完全に自分を悪役とみなしているらしい。

 無論、ノックしなかった自分が悪いのだが。

 

「じゃ、じゃあさ、その重雷装艦の艤装を装備したところがみたいなー、なんて、ははは……」

 

 半ば調子のいいことを言っていると自分でも気づいているが、この空気をなんとか打破しなければと思い口にする。すると、大井が涙目ながらに頷き、北上はムッとした表情を崩さないまま、艤装をそれぞれ装着し始めた。

 

「おお……すごい……」

 

 重雷装巡洋艦とは、旧海軍における遠距離隠密魚雷戦構想を支える立場として生み出された艦種である。連装魚雷発射管を片舷5基20門、両舷合わせて10基40門を搭載した艦種は、歴史上においても大井と北上のみ。

 勿論、艦娘としての重雷装艦である彼女たちにも、その雷撃力には期待せざるを得ない。

 

「なんというか……可愛いらしいね?」

「これ一応武器だけどー? 目が腐ってるんじゃない?」

「いや、なんだろ。うん、可愛いよ?」

「可愛い……ですって……」

 

(まさか、艤装を装備してる女の子を可愛いと思う日がくるなんて……。いやでも、絶対これを可愛いって思う人はいるんじゃないかなあ)

 

 既に艤装との適合は確認済みであり、あとはテストを残すのみである。今後、ちょっとした作戦を考えているのだが、その作戦に参加させるにあたってテストもないまま出撃させるつもりは流石にないが――

 

『提督、応答願ウ』

 

 その時である。鎮守府のサイレンが大きく鳴り響き、長門から電文が届いたのは。

 

 

 

 

 

 球磨率いる警備中の第二駆逐隊、村雨、夕立、春雨、五月雨が、敵の駆逐艦4隻を近海で発見した。長門から一個駆逐隊、又は重巡一個小隊の派遣が具申されたのだが、青年はこれを条件付きで認める。

 その条件というのが、雷巡へと改装を終えたばかりの北上と大井を、実戦投入するといったもので、支援艦隊はあくまでそれを見守る立場であれとの命令であった。

 

 訓練もなく、いきなり実戦に参加させるなど、本来は采配ミスもいいところである。青年自身それはわかっていたし、最初はそんな無謀な策は考えていなかった。

 

 だが、しかし。

 

 

「ねーてーとくー。私たちを使ってよ」

 

「雷巡の強さ、見せつけてあげますから」

 

 

 目の前にいた少女二人だけは、やる気満々だったのである。

 

 結果から言えば、誰も被弾することはなかった。

 というのも、大井と北上の遠距離先制雷撃が、近海に単縦陣で侵入していた駆逐艦2隻をあっという間に沈めたのである。改装により砲戦火力は落ちたものの、駆逐艦より大きいその主砲は、当たれば巡洋艦クラスならば効力射にもなる。結果、残る敵は主砲で掃討し、戦闘はわずか15分で終了したのだ。

 

(うーん、強い……いや強すぎじゃない重雷装艦?)

 

 歴史上では、二人が改装された時点で、既に艦隊決戦より航空戦が主体となりつつあったため、重雷装艦として活躍する機会はなく、輸送作戦等に従事していた二人。

 しかし、彼女たちが望むのであれば――

 

(活躍の場は……用意してあげたいよな)

 

 この幻想郷では自信を持たせてあげたい。その能力は強力であると確信させてあげたい。世界で、たった2隻の重雷装艦なのだから。

 

 帰投した際、二人が朗らかに、しかし誇らしく笑っていた様子をそっと見ていた青年は、改装して良かったと心から思ったのだ。

 そして、報告しに来た時に告げられた言葉。

 

 

「てーとく、ありがとね!」

 

 

「裸を見た件は……その、不問にしますから」

 

 

 時代を超えて、その力を誇示した二人は、勿論可愛いのだが、

 

(……カッコ良かったよなあ)

 

 出撃前にはなかった、重雷装艦としての確かな芯を持ち帰ってきた彼女たちは、可愛くもあり、勇ましくもあり、そしてなにより――美しかったのである。

 

 

 

 

 

 なお翌日。

 提督に初めて全裸を見られた艦娘として、大井と北上が艦娘たちからスーパーズと称えられるようになっていたが、青年の鶴の一声によりそれは一日で終息した。

 

 

 

 

 

 




結論
ロマンは美しい

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