「ふむ、迎撃には成功したな」
「な、長門さん、カッコイイです……」
「何、そうか? そうだろう! 私は長門だからな!」
重巡を基幹とする艦隊の迎撃には成功した。残る半分の敵艦隊の行方が気にはなるものの、長門はひとまずそこで息を休める。
『長門ヨリ赤城ヘ。航空偵察ヲ要請スル』
『既ニ発艦済デアル』
『流石ダ。我々モ良ク食ベル分、働カナクテハナラン』
『我ノ本懐、幻想郷ノ美食追求ニアリ。敗北ハ許サレナイ』
(全く……ほどほどにしておけよ? フフフ)
無線越しの冗談はさておき。
一つ気になることがあった。紅魔館と守矢神社へ向かわせた美鈴のことである。無事にたどり着けたのなら、妖怪の山の迎撃に問題はないはずであるが。
(独断ではあるが……現状では紅魔館の力を借りるのが最善だ。守矢の神々もまだ本調子ではないようだし)
その叱りはいくらでも受けるつもりである。勝手な命令を出してしまったことは当然のこと、青年に確かな知識を授けようと思ったにも関わらず、間に合わなかった自分の責任である。
その罰はしかと、鎮守府の防衛という任を務めることで果たすつもりだ。
(ふふふ。未熟であるならば、共に苦心するのもよかろう。あの提督が、どのように成長を遂げてくれるか今から楽しみだ)
晴れ渡る空を見上げ、照らす太陽に長門は手をかざす。
今も昔も変わらない、この青き空。どこの国でも世界でも変わらない、美しい空。
望んだものは今度こそ手に入れよう。弱々しくも力強く歩む、青年のためにも。
「――――ん?」
異変に気づいたのは、空を見上げて5分後のこと。その青空の中に、まとまりとして動く多数の黒い点を発見したことである。
襲い来るのは、深海棲艦のものと思われる航空機たち――。
「輪形陣に移行! 赤城はなにをしている!?」
「赤城さんと連絡取れません!」
「対空戦闘用意! 我三式弾装填中!」
長門を中心とし、その前後左右を第七駆逐隊が囲み、対空戦闘を行う。主砲で三式弾を発射するのだが、残念ながら撃破に至らない。
「敵機はどれだけいる!?」
「概算で60、攻撃機はおよそ30機よ!」
「赤城! 応答せよ赤城!」
無線で呼びかけた瞬間、対空火器の雨をくぐり抜けて接近してきたのは――爆撃機。
「長門さん、敵機直上!」
「ちいっ、間に合わん!」
急降下爆撃を仕掛ける敵機を撃墜、した時には遅かった。既に爆弾は投下されており、それは吸い込まれるように長門へと直撃した。
刹那、破片をまとう閃光。爆風が身を包み、粉塵が己にまとわりつく。
「長門型の装甲は伊達ではない、その程度か!」
だが、その損傷は小破に収まった。対空火器の一部を破壊された程度であり、長門自身はまだまだ健在である。
その時、ようやく赤城からの無線が届く。
『我赤城。敵航空隊ト接敵、奮闘スルモ戦闘機網ヲ抜ケラレ、航空攻撃ニヨリ中破ス』
「ぬ、赤城!? 『貴様偵察ハドウシタ!』」
『敵ハ空母二隻ヲ伴イ、戦艦一、重巡一、駆逐二ヲ主力トスル艦隊。単独航行中ノ戦艦ヲ発見、即座ニ攻撃セント気ヲ取ラレタ瞬間ニ強襲ヲ受ク』
「戦艦を囮にした……ちっ、敵も制海権を取り返そうと躍起になっているわけだ」
『我ノ戦闘機発艦済。然レド攻撃隊ノ発艦ハ不可』
空母はそのデリケートな艤装から、少しの損傷でも航空機の発着艦に支障が出てしまう。ましてや、中破してしまえば戦闘の続行は難しい。甲板に大穴が空いているような状況で、発艦など不可能なのだから。
尚も攻撃を続ける敵の航空機。対空戦闘による撃墜にも限界があり、赤城の戦闘機も奮戦しているが如何せん数が単純に倍は存在するのである。
徐々に劣勢になり始める長門の艦隊。このまま敗北しては、折角取り返した制海権も、全て水の泡になってしまう。
(くっ、ここまでだというのか? 諦めんぞ、私は諦めん。例えこの身が沈もうとも、鎮守府だけは守って――)
再び、猛火をくぐり抜ける敵攻撃機。
自身へ近づいてくる雷撃機は、徐々にその高度を落としていき――
『我ノ航空隊、敵航空隊ヲ捕捉。掃討開始ス』
鳳翔の戦闘機隊に、ほんの一瞬で沈められてしまった。
火を吹いて、粉々になって海へ崩れゆく敵雷撃機。一機ではない、小隊を編成していたと思しき三機が、瞬きをする間にも、である。
『我鳳翔、現在地ハ鎮守府近海東南東。航空支援ヲ実施ス。赤城ハ指導ノ必要アリ』
「鳳翔……、感謝する!」
先程までの弱腰から一転。長門は精神を奮い立たせ、駆逐隊へ指示を飛ばした。
「単縦陣をとれ! 敵主力艦隊へ切り込みをかける!」
最も攻撃力を活かすことのできる単縦陣へと移行。赤城が見たという囮の戦艦のいる方向へと全速力で駆ける。
(戦艦は足が遅い。だがこの長門、危機とあらば機関を焼き焦がそうと駆けるのみよ!)
駆逐艦も同様の速力で追従し、少し海を駆けたところで発見するは、単独で航行する敵の戦艦。既に敵は砲撃体勢に入っており、おそらくこのまま相対すればその砲は間違いなく発射されるだろう。
だが、
「ビッグセブンの力、侮るなよ!」
戦艦同士で砲撃し合うには少々近すぎる距離。その距離で放たれた敵戦艦の砲撃を文字通り“弾き返し”、お返しとばかりに、長門の主砲八門が劫火を上げる。
速度を落とさず、更に接近する。長門の放った主砲は狙いもそこそこに、発全てが命中し、敵戦艦は瞬く間に沈んでいってしまった。
「やっぱり戦艦は頼りになります。あれだけ苦戦した戦艦をあっさりと……」
「次、いくぞ!」
戦艦を撃破した地点にも航空機が来襲するが、鳳翔の戦闘機がそれをあっさりと撃墜する。加えて、先ほどまでの地点と現在の地点とで、それぞれ敵機がやってきた方角を計算したならば――
「――――ッ、いたぞ! 空母二、重巡一、駆逐二! 赤城の弔い合戦だ!」
「あれ、赤城さん沈んじゃったの?」
「長門なりのジョークでしょ、面白くないけど」
航空機が迂回していないなら、自ずと空母の位置も知れようというもの。残る半数の敵艦隊を発見する。
「駆逐隊は前へ! 頼りにしている!」
「了解! 皆行くよ!」
まだまだ長門は速度を落とさない。そして、背後の駆逐隊は朧を先頭に更に速度を上げる。
先行する駆逐隊を援護するように、重巡を狙う長門。先ほどに比べ距離があるものの、八門の主砲は敵を逃さない。一度の一斉射にて、重巡をあっさりと撃破した。
近づく駆逐隊と、それに対応して距離を詰める駆逐ハ級。上空からの航空攻撃は鳳翔に対応を任せ、駆逐隊は恐れずに突っ込んでいく。
砲撃、砲撃、砲撃。目標を集中して狙うことで確実に仕留め、駆逐隊は残る一隻に主砲を向ける。
だが、駆逐ハ級は第七駆逐隊を無視し、長門に向けて魚雷発射の体勢を取っていた。
主砲は装填中。対空戦闘は継続中。迫り来る駆逐ハ級に長門は――
「我々の勝ちさ。悪く思うなよ」
あらん限りの力を振り絞り、拳をその図体へ向けて“叩きつけた”。
ひしゃげて、海へ没する敵駆逐艦。
駆逐隊が空母に向けて魚雷を、鳳翔雷撃隊がもう一隻に向けて航空魚雷を放ったのをみて、長門はようやくその速度を落としたのであった。
(フッ、いい仕事をしてしまったな)
駆逐艦が苦笑しているのには全く気付かなかった。
「あれは……確か射命丸さん? 射命丸さんの気配に一番近いですね」
「もう一人は姫海棠はたてという天狗です。最も、我々天狗からすれば、あの姿は嘆かわしいにもほどがありますが」
守矢神社より少々移動した地点にて、美鈴は山の麓付近で行われている戦闘を遠巻きに眺めていた。神奈子、諏訪子、早苗、咲夜、それから情報を伝えに来た犬走椛が集まり頭を突き合わせる。
呆れ顔で、神奈子が問う。
「で、なんであいつらはああなった?」
「はたてさんが『念写をする程度の能力』により、三途の川付近に深海棲艦を発見したんです。それを聞いた文さんがはたてさんを連れて三途の川に向かったんですが、あとはご覧の有様でして」
「ミイラ取りがミイラになったのね。うちの紅魔館みたいに原因不明ならまだ良かったのに」
「お恥ずかしい限りです」
しかし、厄介なのはその能力である。見た目からしても普通の深海棲艦とはどこか異なり、単純な戦闘能力も十分に強いのであるが、
「文さんの能力は……正直我々では手に負えません。しかも、敵のコウクウキというのが厄介で、文さんの能力で邪魔を受けたところで攻撃されてしまいます」
「『風を操る程度の能力』か。幻想郷最速との名も伊達ではないようだな。明らかに他の個体に比べて速度が違いすぎる」
現在戦闘しているのは、妖怪の山の天狗たちと深海化した文・はたて率いる深海棲艦。彼女たちは麓の川を移動しているのだが、文と思しき個体は風を操り、自身の速度を向上させたり天狗の飛行を阻害したりと厄介極まりない。
(んー、二人共“クチクカン”のようですね。にしては、他のクチクカンに比べて姿かたちが異なるようですが。性能も高そうですし。カミツレさんに聞いた通りの命名基準なら、“クチクセイキ”でしょうか)
ともかく、目に見えて天狗側が不利であることは、まず間違いない。
(でもこれまでの事例を考えても、深海化すると空を飛べなくなるというのが救いですねえ。あれで飛ばれたら、私の弾幕じゃそれこそ手出しできませんよ)
例えば、文。いや、文に限らずはたてもなのだが。
天狗は空を飛ぶことが得意である。文に至ってはその能力により幻想郷最速の名を欲しいままにしているのだが、深海化により翼をもがれたことは、不幸中の幸いだったといえよう。
深海化は確かに脅威的である。だが、その特徴と功罪を把握し、的確な対峙策を取れるのであれば、それほど怖い相手ではなさそうだ。相手にもよるだろうが。
「さて。じゃあ神奈子、取り巻きをお願いね」
「美味しいところだけ持って行く気か?」
「紅魔館で散々暴れたんでしょ? 今度は見せ場譲ってよ」
「仕方あるまい」
諏訪子と神奈子の駄弁りが終わり、作戦が決まる。
早苗と咲夜が深海化した文・はたてを足止めする。美鈴・椛はその他の深海棲艦と戦闘し、それぞれ諏訪子と神奈子がタイミングを図ってスペルカードを使用するという流れである。
(作戦も何も……割と皆さんパワーで押せ押せですね)
航空機については、それぞれ勝手に自分で潰せということである。なんとも自分勝手であるが、このアクの強いメンツばかりでは連携など期待できないため、ある意味では正しいのかもしれない。
などと苦笑しているうちに、戦闘は始まった。襲い来る敵航空機を、空中にいる早苗と咲夜が弾幕で撃墜し、その足で一直線に体の駆逐艦の元へと向かう。
連写『ラピッドショット』
弾幕が放射状に放たれる。ただでさえ深海化によって通常の弾幕が通りにくくなっているというのに、その敵が逆に弾幕を飛ばしてくるとなれば、
(確かにこれは厄介ですねえ。こんな状態の私やレミリアお嬢様、妹様とも戦ったって、艦娘さんたちはどれほど苦労したんでしょうか)
妖怪の山の木々を吹き飛ばす弾幕をかいくぐり、早苗と咲夜がそれぞれ駆逐艦の元へ達する。流れ弾を回避した美鈴と椛も、残る敵艦隊へとたどり着いた。
「美鈴さん! まずは厄介なクウボという敵を倒します!」
「任せてください!」
軽空母と重巡がそれぞれ二隻ずつ。護衛についている重巡の砲撃を回避し、美鈴は軽空母の懐へと呼吸をするかのごとく距離を詰めた。
視線を交わせるほどの至近距離で、円を成す弾幕が回転しながら襲いゆく。
しかし、
(……ははあ、これが装甲ですか。スペルカードルールがあってないようなものですね)
軽空母は命中した弾幕のおよそ半数を弾き返していた。直撃させてもこれでは、弾幕などまるで役に立たないではないか、と。
「なら、私もルールを破りましょう」
弾幕の効果は、軽空母を小破させ、僅かに怯ませた程度に留まる。しかし美鈴はそこから更に距離を詰め――
「破ァッ――!」
軽空母の艦載機が放出される部位を、気を込めて“力いっぱい”殴りつけた。
瞬間、軽空母は爆発。同時に美鈴は咄嗟に後退し、その爆発から逃れる。見れば、その放出口は完全に叩き壊され、骸しか残っていなかった。
チラリと椛を見れば、盾で重巡を押さえつけながら、軽空母が発艦させている航空機を発艦した先から斬り落とすのが目に入る。
「あっはっはっはっ! お前たちよくやった!」
神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』
上空から巨大な光の柱が落下してきたのを見て、美鈴と椛は退避する。刹那――軽空母と重巡合わせて四隻が足を止めている場所へ、“その面を押しつぶす”ように御柱が降り注いだ。
叩き潰された深海棲艦がどうなったかは、考える余地もないだろう。
そして、
「文さん、目を覚ましてください! ――って速い!」
「早苗、足を止めるだけでいいわ」
「むむむ、それなら!」
既に咲夜は、ナイフの波状攻撃によりはたてを地面に叩きつけていた。
「私も負けてはいられません!」
星形の弾幕を展開。その中心に駆逐を据えるように弾幕を広げ、まるで牢獄のように逃れられない包囲を形成する。
駆逐艦も迂闊に被弾することを避けるためか、一瞬だけその動きが完全に止まった。
「早苗、やればできるじゃん」
開宴『二拝二拍一拝』
無数に連なる細長い針状の光線と、大小合わせて百は下らない弾幕が、囚われた駆逐艦二隻へ向けて一斉に放たれた。
被弾を避けることはできないのか、駆逐艦たちはその場に立ち尽くしたまま弾幕が命中し、水煙が立ち込める。
「ま、こんなもんだよ」
宙に浮いていた諏訪子が、両手をはたきながら降りてくる。
「ここまですごいとは……正直私も驚いています。こうもあっさりと……」
感嘆の呟きを漏らす椛。無理もない。神奈子と諏訪子の力を知っている美鈴でさえも、驚きを隠せないのだ。
最低限のスペルカードのみで、天狗達が手こずっていた敵艦隊を壊滅させてしまった手腕、力量、無駄のなさ。
美鈴もその目にしかと焼き付けた。守矢神社は、間違いなく敵にするべきではない。
諏訪子と神奈子は、共に地上で互のスペルカードについて批判し合っていた。美しくない、芸術性がない、男に媚びている、耳にするのも奇妙な言葉ばかり。
そんな中、未だに蠢く影が――一つ。
「本気デ掛カッテキナサイ!」
水煙舞うクレーターより爆発。そこから目に捉えるのも難しい速度で飛び出したのは――深海化した文と思われる駆逐艦。
その針路は、スペルカードを放った諏訪子へ向けられ、猛然と加速しており――
疾風『風神少女』
諏訪子に迫るその中で、駆逐艦はスペルカードを発動させた。
発動させたその瞬間――
「出来ると思って?」
瞬間移動したように見えた咲夜が駆逐艦の目の前に立ち、その喉元へとナイフを突き立てる。
崩れ落ちる駆逐艦。その手はひたすらに諏訪子へ伸びているものの、諏訪子は一瞥もせず。咲夜と美鈴とを見てただ一言笑顔で呟く。
「紅魔館を呼んだのは正解だったかもね」
かくして妖怪の山方面の戦闘は、守矢の神々が参戦後、およそ5分でその幕を閉じたのである。
守矢の神々だけでも余裕だったにもかかわらず、紅魔館からの援軍が参加したことによって、敵艦隊との大幅な戦力差が生まれていたことは言うまでもない。
敵戦艦の放った極大の光線は、魔法の森の地形を変えながら味方艦隊へと迫っていた。
勿論その目標は――青年の艦隊。
「よけ――!」
『全艦最大戦速! 高速戦艦ハ伊達ジャナイネ!』
青年は顔から血の気が引いていくのを感じていたが、無線越しの金剛の打電には闘志は失われていない。
艦隊は最大速力で光線の射線上から逃れた。戦艦は通常、速度が遅いものだが、金剛型姉妹の速力は違う。一時的であれば、駆逐艦と共に高速艦隊運動を行うことすら可能なのだから。
艦隊の逃れた地点。極太の光線は地を抉り、木々を吹き飛ばし、万物あらゆる存在を否定するかのごとく通過していく。通過した後には、何も残らなかった。
その様子を見て魔理沙が露骨に、それはもう露骨に表情を歪める。
「うぇえ……まさかとは思ったけど、幽香かよ……」
「幽香?」
「風見幽香。『花を操る程度の能力』を持つ妖怪だぜ。ただ、あいつの一番の恐ろしさはスペルカードじゃない。純粋に肉体の能力が高過ぎることだ」
今の光線もスペルカードではなく、ただの弾幕の一つ。加えて、そのような人物が深海化して強力な艦種である戦艦になっていると。
(勝ち目……あるの?)
青年が指示を一つ出せば、艦隊は撤退してくれるだろう。だが――
『テートク。撤退ハ許サナイネ』
「……でも」
『私モ自分ガ低速艦デアレバ撤退シテイマス。多少ノ被害ハ覚悟ノ上。デモ、高速戦艦部隊ナラ、アレノ相手ハ十分デキマス』
「ああ――もう、わかったよ! 『金剛ニ判断ヲ委ネル』!」
『貴方ニ愛ト感謝ヲ』
そして、未だに健在である戦艦に対し、艦隊は動き出した。
金剛と榛名と白露、比叡と霧島と時雨がそれぞれ分艦隊を編成し、速力で劣る敵戦艦に対して挟撃の形をとる。
『目標、敵駆逐艦。ゴ自由ニ』
比叡の艦隊は、戦艦をスルーして駆逐ハ級に向けて砲を放つ。戦艦二隻と駆逐艦からの攻撃をその身に浴びた赤いハ級は、一瞬のうちに撃破されてしまった。
『毒ハ取リ除イタ。繰リ返ス、毒ハ取リ除イタ』
続けて、戦艦に対して砲撃を行う。大口径の砲から放たれた徹甲弾は、金剛の艦隊に視線を奪われている敵戦艦へと雨のように降り注いだ。
「グッ、オノレェ!」
戦艦の主砲すら装甲に阻まれながらも、その砲撃は確実に敵戦艦へと届いている。
敵戦艦が、その化物のような主砲を発射する。しかし、最大戦速で回避し続ける艦隊へ命中弾を出すことは難しいのか、敵戦艦の攻撃が当たることはない。
「弾種徹甲。榛名、多少荒くいきマース!」
「我々もお姉様に負けていられません! 霧島、いきましょう!」
いつの間にか見入っていたらしい。戦艦同士の殴り合い、大口径砲による質量のぶつかり合いという、暑苦しくも華々しい戦いに。魔理沙も夢中になっているのか、いつしかフラフラと箒が近づいていき、金剛たちの声が聞こえる距離にまで到達してしまった。
続けざまに、金剛の艦隊から大口径砲が浴びせられる。更に、比叡の艦隊からも同時に、交差するように主砲が火を吹いた。
敵戦艦に比べ、自艦隊からは既に夾叉が出ていたために命中弾が多く出ている。容赦のない徹甲弾の嵐は戦艦といえど被害を免れられるものではなく、金剛たちは反撃開始からものの数十分で中破へと追い込んでしまった。
否。逆に、あの戦艦はそれだけの攻撃に見舞われながら中破で耐えられるタフネスを持っているということだろう。戦艦の砲撃の威力は、青年もよく知っている。
(でもすごい、これが高速戦艦か……。これなら、あの戦艦だって――)
「沈ミナサイ」
花符『幻想郷の開花』
油断などできないと、やはり青年は理解した。
戦艦を中心に花が咲くように、弾幕が全方位に幾重にもなって花開く。それは、挟撃状態にある両艦隊のどちらにも煌きながら向かっていた。
「そんなもの、私の装甲で――ヒエー!」
「比叡何してるネ! 隙間くぐって避けなサイ! 私の妹でショウ!」
ほとんどの艦娘が弾幕をかわす中、比叡だけが自信満々に装甲で受け止めた。結果、およそ半分は弾き飛ばしたのだが、もう半分は直撃して小破となってしまう。
「比叡!」
「大丈夫です提督! こんなの、かすり傷程度です!」
敵戦艦は更に極大の光線を繰り出す。が、命中するはずもなくその間にも被弾する。主砲を一斉射して手負いの比叡を狙う。しかしやはり命中せず、被弾は増すばかり。
敵の猛攻はともかく。このままいけば勝てるだろうと、おそらく誰もがそう思ったはず。
だが、中破すらしている敵戦艦は、それを許してはくれなかった。
「――――ッ! ああっ!」
再接近して砲弾を撃ち込んでいた金剛に対し、弾幕と主砲と合わせて集中的に攻撃を始めたのである。あらゆる方向から飛来する砲弾全てに対処するより、一人一人を確実に攻撃していくとの判断だろうか。
その攻撃は金剛の装甲を削り取るように徐々に命中し始め、遂にはその装甲を打ち破り、直撃させるに至ったのである。
小破する金剛。そのまま撃たれ続ければ更なる被弾は免れない。比叡、榛名、霧島が砲撃を続けるも、金剛の被弾に焦ってしまったのか攻撃が外れ、命中しても装甲に阻まれる。
このままでは金剛は無事ではすまない、と思ったその時――
「くっ、私は――もう沈みまセン!」
苦し紛れにか、金剛が照準も正確に揃えないまま主砲を一斉に放った。
外れる――そう思ったのは青年だけではないだろう。それだけ金剛の体勢が無茶なものであったし、砲があらぬ方向を向いていたし、何より軌跡を描く砲弾があさっての方向へと向かっていたのだから。
「フウン……ソンナ攻撃ガ当タルト――」
と口にした戦艦は、一瞬だけ視線を止めて言葉を詰まらせた。そして信じられないことに、“外れるはずの砲弾へ向けて飛び込んだ”のである。
「ア……アあぁ――」
装甲が貫かれ、金剛の砲弾が全弾突き刺さる。
動きが止まり倒れたかと思えば、その身体は静かに、しかし大きな音を立てて爆発――轟沈したのである。
「金剛、どうかな?」
「二人とも無事デス。仲良く隣に寝かせておきまシタ」
「……金剛、一つわからないことがある。その、風見幽香さんという人、どうして最後は自分から飛び込んだのかな?」
「相手の心配をするなんテ、テートクは優しいネ。でモ、私にもわかりまセン。たダ、」
「……ただ?」
「風見サンという人。倒れていた時、そこに咲いていた花を――守っていまシタ」
「…………、先を急ごう」
「了解デス」
かくして魔理沙の案内で魔法の森を抜け、再思の道を抜け、辿り着くは三途の川。
霖之助の話によると、この川の下流に向かえば妖怪の山の北西、更には鎮守府近海の北西に出られるだろうという話であったが、
「騒々しいから、様子を見に来てみれば……」
どうやら、勘違いであったらしい。
「小町も今日は真面目に働いているようですね。しかし、」
元凶はむしろ、この三途の川にあったのだろう。
「見逃すわけには参リマセン」
三途の川の対岸より聞こえる声は、きっとそう応えてくれていた。
「ソウ、アナタタチは少シ――罪ガ重スギル」