提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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027 大漁旗を掲げよ!

 砂浜沿いにて佇む青年。同じ青でありながら違う青で境界を引いている水平線を見渡すと、そこには楽しそうにはしゃぐ艦娘たちの姿があった。

 

「電、レディならしっかり釣竿を起こしなさい!」

「はわわわ、スゴイビクビクしてるのです!」

「おいチビたち大丈夫か! 待ってろ、今手伝ってやる!」

 

「――ッ! そこだクマ!」

「あら~、素手で捕まえるなんてすごいわねぇ」

 

「青葉たちは大物を狙っていきましょう」

「いっぱい食べるところあるもんね!」

 

「くっ、なかなか手ごわいなコイツ! 誰か、手を貸してくれ!」

「長門さん、クジラを釣り上げようとするなんて……ロマンがありますね!」

「鳥海、わかってくれるか! 今だけはこの長門、捕鯨船になろう!」

 

 和気藹々とキャピキャピした雰囲気――中にはたくましい艦娘もいるが、艦娘たちは概ね楽しそうに魚釣りに励んでいるようだ。

 

 沖合に出ている漁業艦隊旗艦の叢雲によると、漁は好調らしい。鎮守府の食料を賄うには十分すぎる量が既に確保できた上に、魚が減る様子も一向にないという。獲りすぎれば生態系にダメージを与えることになるのだが、叢雲の報告を信じるならばいらぬ配慮であるようだ。

 長門と赤城が鎮守府にやってきたことで、食料の消費量が増えることが懸念されたが、何ということはない。深海棲艦から制海権を取り戻したことで、海洋資源に手を出せるようになった。当面は食料に関して心配はないだろう。

 

 尚、砂浜では拗ねた早苗が砂の城を築いていた。話しかけてもそっぽ向かれるために理由を尋ねるのだが、「もっと乙女心を勉強してください」と言われてしまう始末。

 仕方ないので、その傍にいる吹雪に、早苗が何故怒っているのか聞こうとしたが、

 

「あっさりー、しっじみー、はーまぐーりさーん♪」

 

 潮干狩りに没頭しているので、話しかけるのはやめておいた。

 

(それにしても、潜るのは少しぶりだな)

 

 青年は今、幻想郷に持ってきた荷物の中から引っ張り出してきた、潜水装備を身に付けている。目的など、一つに決まっている。

 幻想郷に来て食事量が増えた結果、ある程度肉も付いた。加えてダイビングスーツを着用しているために、体の下の傷も見えない。かつては仕事の同僚に痛々しい視線を向けられたこともあったのだが、もう問題ないだろう。

 

 ゴーグルを着用して水辺に近寄ると同時に、青年はにとりとの会話を思い出す。

 

『えっ、漁船は造れないの?』

『正しくは、航海に耐えるだけの強度と剛性を持つ船、だね。川に浮かせる小舟程度ならできないこともないけど、波に耐えるような船の技術はもう“廃れた”んだ』

『廃れた……艦娘の艤装じゃ参考にならないかな?』

『靴の形はそれっぽいけど、残念ながら艦娘の艤装は“人型に与えられた設計”だから、実物の船への転用はできない。要望に応えられる実用に耐えうる船を造るとなると、流石の私も三年はかかるね』

『三年……』

『まあまあ、釣竿ならいくらでも作ってあげるよ。なんなら網だって作っちゃう。それから盟友、潜れるんだよね? だったらこれとこれもプレゼントするよ』

 

 身体を海に浸しながら、青年はにとりから受け取った水中呼吸器と、やけに大きく重たいモリを装備し、海中へと挑むのであった。

 

 

 

 

 

 不機嫌そうな顔で、曙は釣竿を振るっていた。これで釣れないならばまた愚痴の一つも増えるのだが、生憎と釣り糸を垂らした瞬間に魚が食いつくため暇などない。

 

「ブツブツ――全く、どうして私がこんなこと」

「曙、口より手を動かしなさい」

「あんたは悔しくないわけ? 仮にも誇りある軍艦が漁船の真似事をしてるのよ?」

「はにゃ? 私たちは軍艦じゃなくて補助艦艇だよ?」

「漁船の皆さんにも色々お世話になりましたし……」

「うー、もう! そうだけどそうじゃないのよ!」

 

 ちなみに誇りある軍艦の代表中の代表。かつて日本の誇りとまで呼ばれた長門はその時、未だにクジラと格闘を繰り広げているのだが、曙はそんな様子を視界に入れない。

 

 曙はかつて、軍上層部より大きな非難を受けた。それは主として、空母を守りきれなかったことに対するもの。だが、自身の役割以上の無茶を押し付けられた結果としての非難は、あまりにも自身にとっては無情なものであった。

 それには姉妹艦の潮の影が見え隠れするのだが、潮のことを恨んでいたりするわけではない。むしろ、恨めしく思ったのは命令を出した軍上層部に対してである。

 どうせ青年も同様に自身を扱うのだろう、と。記憶の共有があるならば、自分に対する接し方など分かりきっているようなものなのだから。

 

 と、思っていたのだが、あまりにも青年が軍とのイメージからかけ離れていたために、曙も調子が狂うのである。青年に対するものではない憤りを理不尽にぶつけても、当の青年はそんなものどこ吹く風の対応なのだ。

 これではまるで自分が阿呆ではないか。もしかすると、青年はこのように悩む自身を笑っているのではないかとも思い込んだが、やはりただの思い込みであるらしい。

 

 ともあれ、漁は続く。その中で、やはりどうしても腑に落ちない疑問というのは、口に出してしまうのが曙の性分である。

 

「ねえ。アンタたち、あの提督についてどう思ってるのよ」

「どう……って?」

「好きか嫌いかとか、気に入らないとか、なんでもいいわ」

「あの、潮は……私は、こうやって戦うわけでもなく魚を獲ることなんて、戦争をしていた頃は考えもしなかった……です」

「そうね……少なくとも、今をこうして平和に過ごせているのは、どんな形であれ司令官の采配があったから、だと思うわ」

 

 潮と朧が、それぞれ答える。少なくとも、悪印象を持っているわけではない、との意思表示なのだろう。

 青年自身が艦隊に影響を与える指揮を下したことは数える程しかない。艦娘が青年に心身ともに振り回されている部分は多かれ少なかれあるが、それによる事態の好転は、果たして采配に含めてもいいものなのだろうか。

 青年は逆に、艦娘に振り回されていると思っているとは思うが。

 

「……まあ、確かにそうかもしれないわね。で、でも、この艦隊の運用に関しては、私は認めないわよ。こんな指揮初めてだわ!」

「そりゃ、司令官は元々一般人で、私たちの記憶の中の運用を頼りに指揮してるわけだし。でも、近々長門さんが司令官に指揮とか色々教えるらしいわよ?」

「朧、それ本当? ……まあ、長門なら安心でしょうけど」

 

 その長門はというと、クジラを取り逃がして落ち込んでいた。鳥海が気を遣って慰めの言葉をかけているのが、むしろ長門の哀愁を引き立てる。

 

「漣、あんたはどうなのよ。一番最初に提督の艦娘になったんでしょ?」

「曙ちゃんの言いたいこともわかるよー。確かに、ご主人様の能力で上下関係は“暫定的”に決まってるけど、正直従う理由がないといえばないからねー。刃向かおうと思えば別に刃向かえるわけだしぃ?」

 

 イタズラっぽく、漣は笑みを浮かべる。

 

「命令も強制じゃないし、この体と幻想郷ならどうとでも生きていけるし、望めばご主人様も止めないだろね」

「……なら、なんでよ」

「自分の事でも一杯一杯なのに、漣たちのこともちゃんと考えてくれてるから。漣は幻想郷の鎮守府、軍じゃなくて家族みたいだにゃーって思ってるし」

 

 家族、と漣はいう。

 思えば、かつて艦だった頃の自分はどうだっただろう。上層部からの非難こそあれ、艦内はそれこそ家族のようなまとまりがあった。

 青年を罵れば何かが変わるのか? 青年に従わないことで自己が確立されるのか? 否。それは子供の我儘にも近い、ただの八つ当たりだ。

 漣が家族のようであると言った意味。青年が何を求めて今の艦隊があるのかわかっていようものなのに、自分だけが意地を張り続けることに意味はあるのか――。

 

 考えた込もうとしたところで、曙は遠目に見える海面に、チラリと怪しげな物体を見る。そしてそれが何かを瞬時に理解したことで、顔を青ざめさせた。

 

「ね、ねえ、潮。近海の制海権、本当に奪還したのよ、ね?」

「そ、それは間違いないです。長門さんが空母を沈めたから……」

「水上艦だけ……?」

「……え?」

 

 

「深海棲艦には……水上艦しかいないの?」

 

 

 瞬間――朧が、漣が、潮が、顔を青ざめさせる。

 誰よりも早く動いたのは、朧であった。

 

「――ッ! 全艦に引き上げるように打電! 駆逐艦は対潜哨戒! 司令官は!?」

「い、今潜水して魚とか獲ってた気がするかも。やばいよ、下手に爆雷使えないじゃん!」

 

 かつて、姉妹艦である漣も含めて、曙の目の前で様々な艦を沈めた艦――潜水艦。

 大戦中に何度も痛い目を見た自身たちにとって、深海棲艦に潜水艦がいないという思い込みと、それを青年に伝えていないことは、酷く迂闊すぎたのである。

 

 

 

 

 

(魚、本当に沢山いるんだな。水の透明度も高いし、塩分濃度も知る限りじゃ普通。これじゃ、本当にただの綺麗な海としか言いようがないや)

 

 視界一面に広がる透き通った水色と、その中を気持ちよさそうに泳ぐ魚たち。青年はその中を一緒になって泳ぎ、いつしか魚を仕留めることすら忘れていた。

 

(気持ちいい……。ずっと泳いでいたいけど、そろそろ戻らないとな)

 

 全身に自然を感じるのは青年としても非常に心安らぐのだが、残念ながら時間は限られている。これから青年もやるべきことがあるのだから。

 と、海面に浮かぼうとしたところで、何やら見慣れぬ物体を海中の遠くに見かける。

 

(ん、クラゲ? タコ? いや、白いからイカ? 人より大きいみたいだけど)

 

 触手のようなよくわからないものがウネウネしているのはわかるのだが、いかんせん見慣れない生物である。もしかしたら幻想郷にのみ存在する新種なのかとも思い、青年はその生物にゆっくりと近づいていく。

 

(……気味が悪いなあ。深海生物っぽい形だけど……深海生物? 幻想郷に特有の深海生物って……)

 

 あと2mもすれば触れられる距離に近づいたとき、その生物はおもむろに口と思われる部位を開く。それは、生物がエサを捕食する体勢と酷似していて――

 

 

(うわああああああぁッ!)

 

 

 心の中で叫び、無我夢中ににとり製のモリをその生物に突き刺した。

 

 瞬間――青年は目の前に広がる謎の爆発と同時に、気を失ったのである。

 

 

 

 

 

「あれ、ここにもない。こっちにもない」

「あら、にとり。どうしたの?」

「あ、夕張。いやあ、ここに置いておいた指向性爆薬の試作品がなくなってるみたいで」

「指向性の? それなら、私があの変な形の魚雷に組み込んでおいたわよ」

「変な形の魚雷? あっ……」

「な、何、どうしたのよ」

「あれはいろんな機能を集約させたモリなんだ……光学迷彩とか」

「海中で使うモリにどうして光学迷彩……。モリなのね、道理で推進装置が見当たらないと思ったわ」

「ち、ちなみに爆薬の向きは……」

「ちゃんと相手側に向けてあるわよ。そこに置いておいてはずだけど」

「盟友がモリを欲しがってたから渡したんだ」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 意識が戻ると同時に青年を襲ったのは耳鳴りであった。爆発による衝撃は不思議とそれほどなかったが、身がすくむほどの爆音が耳に届いたのはよく覚えている。

 どうやら砂浜に寝かされているようだが、なにやら周りが騒がしい。

 

「起きなさいよ……起きてよぉ、ねえ……」

「対潜哨戒終了――。『全艦帰投セヨ』っと」

「なんでまた私の目の前で潜水艦なんか……。起きてったら……提督……クソてーとく……」

「む、叢雲さん! カミツレさんは無事なんですか!」

「怪我はないわ。気を失ってるだけよ」

 

 周りの声も聞き取りづらくはあったが、徐々に聴力も戻りつつある。目を開けた青年はその場で上体を起こし、ゆっくりと周囲を見渡した。

 

「カミツレさん、大丈夫ですか!?」

「……あー、うん。多分平気っぽい」

 

 立ち上がって身体を動かすも、特に異常はない。身体をブラブラと動かしている様子を見てか、早苗はホッと胸をなで下ろしていた。

 

「叢雲、何があったの?」

「アンタが一番よくわかってるんじゃないの?」

「……確か、海中で変な生物を見かけて、襲われそうだったからモリで突いたら何故かモリが爆発して……後でにとりさん問い詰めないと」

「その生物、間違いなく潜水艦の深海棲艦よ。アンタが倒したの以外にもいたみたいだわ」

「潜水艦、そういうのもあるのか……!」

「曙が気づかなかったら艦隊が危なかったわ。近海はこれで本当に安全よ」

 

 見れば、曙はいつものツンツンとした表情ではなく、どこか何かに怯えているような顔であった。服をギュッと握り締め、目尻に大粒の涙を浮かべている。

 青年は曙と目線を合わせるようにしゃがみ、できるだけ優しく微笑みかけた。それは、提督と艦娘という上下関係など関係なく、小さな子を慰める大人のように。

 

「曙?」

「――っ、な、何よっ」

「ありがとう。曙が皆を守ったんだ。本当にありがとう」

 

 目線を合わせないようにしていた曙が、驚いた顔で青年を見る。

 

「潜水艦が現れたのは初めてだ。でも、曙が潜水艦を見つけてくれたから、今みんなは無事でいられるんだろう? 曙のおかげだ。“曙が艦隊にいてくれて”、本当に良かったよ」

 

 

 

 

 

 その言葉は曙にとって、酷く心を揺るがす。ただ当たり前のことを言われただけなのに。ただ自分がするべきことをしただけだというのに。

 どうしてこんなにも、涙が止まらないのか。

 

「う、うあ、うっ……」

「あ、曙!? ど、どこか怪我してる!?」

 

 自分の方が重症のくせに人の心配をするなど、やはりこの提督はどこかおかしいのだろう。だがそのおかしささえも、今の曙にとって薬にはならない。

 

(ああ――そっか)

 

 本当に望んだもの。心の隅で願ったこと。

 

 それは――認められることだったのかもしれない。

 よくやったな、と、褒めてもらうことだったのかもしれない。

 

 が、涙が止まらない。青年に返事をしたいのに言葉も出てこない。

 今更素直になるのが恥ずかしくて。素直になったらなったでからかわれるのも嫌で。

 

「私に十分感謝しなさい」

 

 目元の涙を拭いながら、すぐに喉元に出てきた憎まれ口を叩く。

 素直になれるかも知れないこの幻想郷で、少なくとももうしばらくは、自分のわがままに青年を付き合わせることとしよう。

 

 僅かばかり微笑んで、

 

「このクソ提督!」

 

 少しばかりの親しみを込めながら。

 

 

 

 

 

 青年は早苗と艦娘とを伴って人里に来ていた。にとりの用意した大型の保冷箱は優秀なようで、太陽がジリジリと照らす中で運んでも、中の魚は傷んでいない。

 獲れた魚の半分は鎮守府と守矢神社へ運んだ。そして、もう半分はというと、

 

「みなさーん! 守矢神社、守矢神社からお魚を届けに来ましたよー!」

 

 人里にて、魚の配布を行うことになったのである。

 

 

 

『カミツレ、一つ相談があるんだが』

『はい、なんでしょう神奈子さん?』

『私と諏訪子が神であることはお前も知っていると思うが、我々は信仰によって生かされている。幻想郷へ来たのは、外の世界で信仰を得られなくなったからだ』

『あ、以前話してましたね』

『今現在信仰を得ているのは、妖怪の山の一部の妖怪からのみ。紅魔館や鎮守府で私たちの力は見たと思うが、正直な所このままでは信仰が足りずに消えてしまう』

『消え……えっ?』

『そこで、だ。一つカミツレにも協力してもらいたい。艦娘たちに私たちを崇めろとは言わん。私たちが信仰を得るための手段を、お前なりに考えて欲しい』

 

 

 

 ある日の神奈子との一幕。そう言われては、守矢神社にお世話になりっぱなしの青年としては断ることはできない。そもそも断るつもりもなかったが。

 ただ、

 

 

 

『ううーん、もう飲めない』

『ちょっと神奈子、重たい。私も頭痛いんだけど』

『いいだろ諏訪子―。抱き枕の早苗が今出かけてるんだから、代わりにお前を抱く』

『はあー。……ま、たまにはいいかもね』

『何、本当か? クンカクンカスーハーペロペロペロ……幼女はいい匂いがするな』

『キモ。やめてよ、加齢臭が感染るじゃん』

『お前も大して年は変わらんだろうに。あと加齢臭なんてしない、酒臭さだ』

『くっさ。もう、さっさと寝るよ。二日酔い直さないと』

『ああ、そうだな。こんなとこ誰にも見せられ……』

『…………』

『…………』

『カ、カミツレ君、いつからいたの?』

 

 

 

 神社に魚を届けた際に見た、あの柱のだらしない姿は、人々教えるわけにはいかないだろう。信者が減るどころか幻滅しかねない。

 

「海の幸だが!? ありがてえありがてえ……」

「ええ。今後共、守矢神社をよろしくお願いします」

「海の魚ってのは美味いんでや? 捌き方なんで知らねど?」

「捌き方は今から――ほら、彼女が教えてくれますよ」

 

 と、人里の中の人だかりにて、用意されたステージに登るのは鳳翔。

 

「鳳翔と申します。僭越ながら、今から魚の捌き方をお見せ致しますね」

 

 ニッコリとした笑みを浮かべる鳳翔に、人だかりの中で頬を染める男が数名。そしてわかりやすい説明とともに、鳳翔は丁寧に魚を捌いていった。

 

「カミツレさん、どうですか?」

「まあ、かなり満足のいく結果になったんじゃないかな? 感触はいいと思う」

 

 その言葉に早苗は「良かったです」と息をつく。青年としても、これで守矢神社に少しでも恩が返せるならこれからも続けるつもりである。

 加えて、

 

「守矢神社の人だっぺ? 魚もらって嬉しんだげども、オラ今は金なんがねっぺ?」

「ああいえ、今回はお代は結構です。元々僕らのことを知ってもらうためのものですし」

「んだげども……んだ、じゃあこれもらってぐれ」

 

 魚の代わりに、野菜やら米やらをこれまた沢山もらったのである。魚から得られる利益としては十分ではないだろうか。

 

 本来ならば人里の者に漁を任せる予定だったのだが、船の技術がないならば仕方ない。今後の艦娘の任務には、漁と魚の輸送は欠かせなくなりそうだ。

 

「おや、カミツレ。これは何の祭りかな?」

「あ、慧音さん。いえ、艦娘の皆と漁をしまして、人里の方に守矢神社や鎮守府のことを知ってもらうのとついでに、魚を配っているところです」

「ほう、魚か。確かに、海の魚は食べたことがないなあ」

「慧音さんにもお世話になりましたから、遠慮せずにもらってください」

 

 他にも、

 

「おや、カミツレ。高速修復材を届けに来たんだけど、何の騒ぎだい?」

「あ、てゐさん。ちょうど良かったです。永遠亭の方々の分の魚をお渡ししますね」

 

「あ、どうもこんにちは。この前の宴会では、幽々子様共々お見苦しいところをお見せしました」

「これはこれは。こちらこそ、うちの赤城がご迷惑をおかけしたようで……」

 

「ゆかりんは渡さん! しかし魚は渡してもらう!」

「は、はあ。どうぞどうぞ」

 

 一通り配り終えたが、人里において、守矢神社と艦娘の名前は十分に知れ渡ったはずである。次回からは人里に魚の販売所を設ける予定のため、販売前の知名度向上としても十分だろう。

 紅魔館には艦娘が届けた。残るは人里の郊外であるが、これは直接出向くしかない。

 

「さなちゃんは……」

「守矢神社、守矢神社でございます! ありがとうございます!」

「忙しそうだから……えっと、白露と時雨、ついてきてくれるかな?」

 

 近くを通りがかった二人を呼び止める。丁度手が空いていたらしく、青年は人を伴って人里の郊外へと向かった。

 

 

 

 

 

「それで提督。早苗とはどうなのさ」

「あはは、いやーそれはちょっと、ね」

「とかなんとか言っちゃって、本当は好きなんでしょ? でも、提督が一番好きなのは白露だよね!」

「こやつめ、ははは」

 

 他愛もない話をしつつ、郊外にある民家にも魚を配り歩いていく。比較的好印象を持たれているようであり、青年としては満足のいく結果となった。

 ところが、しばらく歩いていると、

 

「提督、森が見えてきたけど……」

「森、か。危ないから入らないようにしよう。とりあえず、一旦引き返して……」

 

 特に情報を持たない状態で森に入るのは危険であると判断し、青年は一度人里に引き返そうとしたところで、森の入口近くに民家のような家屋を発見する。

 あの家で最後かな、と思いつつ近寄れば、建物には『香霖堂』の文字が。見当違いでないならば、どうやらここは何かのお店であるらしい。

 

 

 

 

 

「おや、初めて見る顔だね」

 

 店内は少し煩雑に物が置かれていた。売り物とみられるが、その種類もモノもてんでバラバラである。

 そして、人を迎えてくれたのは銀髪の男性。金色の瞳にメガネをかけ、大柄な身体に黒と青の和服を身に纏っている。

 

「あ、ど、どうも初めまして。茅野守連といいます」

「ん? これはご丁寧に。『香霖堂』の店主、森近霖之助だ」

「あれ、カミツレじゃんか」

「魔理沙、お知り合いかい?」

 

 と、そこで聞き覚えのある声。霖之助から視線を移すと、店内に腰掛けていたのはボサボサの金髪を煌めかせる魔理沙であった。

 

「どうしたんだぜ。こんな埃っぽくてジメジメしたところに」

「え、あ、うん。実は…………」

「ははーん、なるほどな。こーりん、魚貰っとこうぜ」

「僕までもらっていいのかい?」

「はい、知ってもらうことが目的ですから」

 

 魚を渡したところで椅子を勧められたので、少しばかり世間話をする五人。霖之助がお茶を持ってきてからは、本格的に話が盛り上がり始めた。

 

「ここはなんのお店なんです?」

「香霖堂と言って、しがない古道具屋だよ。幻想郷に流れ着いたものを主に取り扱っている」

「……見れば確かに、ブラウン管テレビやら電子レンジやら、色々ありますね」

「あれは僕のお気に入りでね、残念ながら売り物じゃないんだ。まあ使えないんだけど」

「物好きですねえ」

「ああ。ところで、その口ぶりからするに、君は外の世界からやってきたのかな?」

「あ、はい。実は――」

 

 キラリと、そのメガネが光ったような気がした。何を望んでいるのかは知らないが、隠すようなことでもないため青年は幻想入りした経緯を説明する。

 

「…………と、いうわけです。幻想郷で暮らしていくことを決めたのは、守矢神社と艦娘の皆、それから紫さんの後押しがあったからなんですよ」

「ほう、八雲紫の手引きで幻想郷にね。それで提督と」

「ええ、でもあの人は正直苦手です。何を考えてるのか全くわかりません」

「気が合うね、僕も同じ考えさ。よし、友人になろう」

「勿論歓迎ですが……そんな理由でいいんですか?」

 

 聞けばこの霖之助という男性。言われなければ気付かなかったが、実は人間ではなく、妖怪とのハーフであるらしい。以前魔理沙の実家の道具店で修行をしていたらしく、そのためか魔理沙が幼い頃からの付き合いであるという。

 

 湯呑に口をつけたところで、次は魔理沙が話しかけてきた。

 

「そういやお前、早苗とはどうなんだぜ?」

「どう、とは?」

「ん? お前たち恋人同士じゃないのか?」

「ブッ――!」

「うわ、きたねっ!」

 

(どこで何を勘違いしたんだろう……)

 

 覚えている限りでは、魔理沙が早苗と仲良くなりだしたのは、紅魔館での宴会でのお喋りからぐらいなものだが、そこで早苗は何を話したのだろうか。

 

「いや、間違っても僕ら恋人じゃないから……」

「えー、嘘だぜ! 早苗、いっつもお前の事しか話さないんだぜ?」

「そ、そう? それは魔理沙ちゃんがその話しか覚えてないだけじゃなくて?」

「なんだとテメエ! で……ちょっと男心ってものを聞かせてくれよ、な?」

 

 と、魔理沙は最後だけ青年にだけ聞き取れるかのような声で話す。

 よく見れば魔理沙が霖之助の方をチラチラと見ているのは目に見えて分かり、頬すら染めてもいるのだが、残念ながら早苗が魔理沙たちに話した内容というのが気になって、青年がそれに気づくことはない。

 

「あ、聞き取れなかった。今なんて?」

「もういいぜ!」

 

 気づいたときには、理由が分からず魔理沙が怒っているだけであった。

 

 と、そこで更に、霖之助が足を組みながら口を開く。

 

「そういえば、最近気になる人ができてね」

「え、な、なんだってこーりん!?」

「この人なんだが……」

 

 魔理沙が頬を染めて慌てているのを尻目に、霖之助は懐から何かを取り出した。が、今度は逆に、青年が目を見開くことになる。

 白を基調とした巫女服のような服装。身にまとう大きな装備はその威圧感を物語るが、長門よりは凛々しさが抜け、どこか幼ささえ感じさせる女性――が描かれたカード。

 

「この子たちなんだけど」

「ちょっ、ま、ええっ!?」

「提督、あれ!」

「こーりん! 二次元に恋したのかよ! ……ってあれ?」

 

 慌てていた魔理沙も冷静になったのか、人は揃って霖之助の持つ“4枚”のカードに目を向ける。

 

「特にこの比叡さんという子、なかなか活発そうな子で、好みといえば好みだ」

「そ、そうか、活発な子が好みか……へへへ」

 

 再び話から逸れだした魔理沙は置いておき、青年は霖之助に向き合う。

 

「霖之助さん、その子達、僕の仲間です!」

「あ、やっぱりそうなのかい? 軍艦であることと、過去に何があったかはわかったけど、それ以上どうしようもなくてね」

「……過去がわかった?」

「ん? ああ、僕の能力は言わば、『道具の名前と用途が判る程度の能力』。道具自身が持つ記憶を読み取ることができるんだが……そちらの彼女達と同様にこの子達も“艦娘”であるというなら、道具呼ばわりは少々頂けないか」

「ええ、そうしてもらえると助かります。霖之助さん、お願いです。その子達を渡して頂けませんか?」

「唐突だね。うーん……」

 

 霖之助が取り出したカードは、いずれも“戦艦”。長門が一人来ただけで、鎮守府近海を制圧できるほどの優位性を得られたのだ。

 みすみすその力を、そして旧き仲間たちに会わせる機会を、見逃すわけにはいかない。

 霖之助は少々考えた後、その語り口は淡々と、答える。

 

「これは売り物じゃない。僕も気に入っているからね」

「――っ、そこを、なんとか!」

「わざわざ無縁塚まで行って拾ってきたんだ。それ相応の苦労もあって大切なわけで」

「……ダメ、なんですか? 僕に出来ることなら何でも――」

「――売り物じゃない大切なものだから、“友人”である君に差し上げることにしよう」

 

 その時の霖之助の顔は忘れられない。年上の余裕たっぷりそうな微笑みに、少しだけ意地の悪そうな表情。差し出されたカードは、輝いて見えた。

 

 思わず青年は霖之助の手をとり、半ば感動で泣きそうになりながら霖之助を見上げた。

 

「霖之助さん、ありがとうございます! ありがとうございます!」

「おいおい、大げさだよ。落ち着きなさい」

「うわあ……こーりんもカミツレもそんな趣味があったなんてな。……道理でこーりんが私になびかないわけだぜ」

「ん? 何か言ったかい魔理沙?」

「んにゃ、立派なおホモだちって言っただけだ」

 

 心静まったところで、改めて青年は霖之助からカードを受け取る。霖之助が早く比叡という少女を見たいと言っていたために、青年はその場で戦艦の少女人を同時に具現化させた。

 

 

「テートク! 会える日を楽しみにしていましタ!」

 

 

 それは、至高の柔らかさであった。最初はぷにょんとした布が顔に当たったかと思えば、次の瞬間には顔全体が押しつぶされる。怪我をする? と思い顔を庇おうと一瞬思ったのだが、押しつぶしてきたその物体は、今度は顔を包むようにその形を変えたのである。

 さらに襲い来るのは温かさ、人のぬくもり。目の前は真っ暗になったが、その温かささえあればいい。これが自分にやすらぎを与えてくれるのだから、と。

 それが、この艦娘。金剛型戦艦一番艦、金剛に対する第一印象であった。

 すなわち、やわらかくてあったかい。

 

 その身を顕現させた瞬間に自身に飛びついてきた金剛は、随分とスキンシップの激しい艦娘であるらしい。

 

「これがテートクネー。会えて嬉しいデース! アレー、元気がないデスカ?」

「もご!? もごもご!」

「テートクも嬉しい? Oh! 相思相愛ネー!」

 

 両手両足を駆使して抱きつかれては、青年もひっぺがしようがない。突然のハグにも驚いているが、それよりも青年が慌てているのは、

 

(何これ窒息する! 苦しい! 助けて!?)

 

 柔らかなモノが顔に押し付けられ、呼吸が出来なくなっていることであった。

 

(ああ――長門は本当に真面目だったんだなあ。同じ戦艦でもこんなに違うなんて)

 

「お姉さま、抱きつくなら私にしてください! さあどうぞ!」

 

 と、その時、比叡が金剛を青年から引き剥がし、両手を広げてお迎えの体制をとる。とるのだが、

 

「むー、折角テートクに会えたというのに、比叡は分かってまセン」

「そ、そんな……、私、お姉様に嫌われましたか!?」

 

 拗ねる金剛と涙目になる比叡。傍らでは霖之助が「比叡さんは男に興味はないのか……」と、落ち込む様子が見られる。

 

「お、お姉様たち落ち着いてください、ね?」

「そうですよ。提督の前なんですから、もう少し礼節をわきまえましょう」

 

 榛名と霧島が、その場を宥める。この二人はまだ常識的な考えを持っているのだろうか、と思ったが、これだけイロモノの姉二人を抱えているのだ。きっと何かしら驚くべき特徴があるに違いない。

 

(なんてことはさておき。金剛型戦艦の金剛、比叡、榛名、霧島ね。皆立派に戦った艦なんだな)

 

 ともかくこれで、戦艦が4人増えたわけである。戦力的な増強の度合いは、水雷戦隊がメインである現状からすれば計り知れないものとなるだろう。

 おまけに、金剛型姉妹は戦艦としては比較的速力が高速な部類に入る。何かしら、便利に運用していくこともできそうである。

 

 と、呑気にそんなことを考えていたその時。

 

『艦隊旗艦長門ヨリ提督ヘ。緊急事態発生』

「ん、長門? 『提督ヨリ長門ヘ。詳細ヲ求ム』」

 

『妖怪ノ山北西方面、及ビ近海北西方面ニ敵大規模艦隊ヲ発見。速ヤカナル指揮ヲ乞フ』

 

 

 

 

 

 青年の思考に緊張が走った。それにいち早く気づいた霖之助が、自身へと声をかけてくれる。

 

「どうしたのかな?」

「妖怪の山、それと鎮守府近海の北西に深海棲艦が現れたそうです。対処に向かわなければなりません」

 

 艦娘をカードに戻し、人里へ向かう策をひとまず青年は思いつく。人里の艦娘もカードに戻した後で、早苗に鎮守府まで空輸してもらえれば時間は短縮できるはずであるが――。

 

「妖怪の山の北西……三途の川? 閻魔が黙ってないはずだが……」

「霖之助さん、どうしました?」

「……近道を教えようと思うが、どうだろう?」

 

 提案する霖之助の目は真面目そのもの。なにやら心当たりがあるのだろう。改めて青年は考え直し、無線に手を当てる。

 

 

『提督ヨリ鳳翔ヘ。現在地送レ』

『我ノ現在地人里。長門ヨリ報告アリ。現在撤収作業中』

『人里ノ艦隊ヲ率イテ、河川ヲ伝イ近海ヘ全速転進。早苗ヲ守矢神社ヘ帰投サセ、二柱ヘノ伝令トセヨ』

『了解』

 

『提督ヨリ長門ヘ。鎮守府残留ノ艦隊ヲ送レ』

『赤城、夕張、第十八戦隊(天龍、龍田)、第七駆逐隊(朧、曙、漣、潮)ガ残留。現在ノ警戒航行ハ吹雪、及ビ叢雲』

『第十八戦隊ハ鎮守府ニ残留、残ル艦隊ハ近海北西方面ノ邀撃セヨ。人里カラノ援軍到着マデ持チ堪エルコト』

『心得テイル』

 

 一通りの指示を終え、青年は無線から手を離す。これが正しい指揮なのかはわからない。だが、長門の反対がなかった以上、ひとまず納得するしかない。

 カードに戻そうか悩んでいた人の艦娘を前にし、青年は口を開く。

 

「この六人で艦隊を組んでほしい。戦艦四人と護衛がニ人でね」

「ちょっと待つネ。敵の航空戦力がきた場合はどうするデス?」

「魔理沙ちゃん、一緒に来てくれるかな?」

「いい加減ちゃん付けやめろよな。いいぜ、私だけでも何とかしてやる」

「……ナルホド、わかりまシタ。安心できそうデス」

 

 ニカッと笑う魔理沙と青年とを見て、金剛は息をつく。記憶を見たのだろう、どうやら魔理沙の戦いぶりを楽しみにしているらしい。

 

「霖之助さん、近道を教えてください」

「北西……三途の川……無縁塚……。再思の道……あの死神がまたサボったのか?」

「霖之助さん?」

「……すまない、少し調べたいことがある。魔理沙、案内は頼めるかい?」

「おう、任せとけ!」

 

 顎に手を当てて何かを考えこんでいる霖之助。

 気にはなるものの、魔理沙の案内で、青年たちは突如現れた深海棲艦の元へ向かうこととなったのであった。

 

 

 

 

 

 




着任
金剛型戦艦一番艦『金剛』
金剛型戦艦二番艦『比叡』
金剛型戦艦三番艦『榛名』
金剛型戦艦四番艦『霧島』

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