提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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026 変わる者、変わらない者、変わり者

 鎮守府近海の制海権を確保したその日、艦娘に何かしらのご褒美を用意したほうがいいだろうかと思い悩んでいた青年。

 ふと、咲夜の来訪により、その内容が決定する。

 

「異変が終わった後は宴会と相場が決まっているのよ。みんなで紅魔館にいらっしゃい」

 

 

 

 

 

 赤い館を照らす夜の月。その館の中は、人によっては趣味が悪いと言われかねないほどに赤色が散りばめられていた。赤い絨毯に赤い壁紙、赤い調度品。真っ赤なシャンデリアなどを見たときは、流石の青年も頬を引きつらせる。

 赤は情熱の色によく例えられる。だが、諏訪子によって新設されたこの紅魔館、余りにもパッションに満ち溢れすぎではないだろうか。血の気が多いどころの話ではない。どうやら諏訪子は、建築する際にレミリアの要望を取り入れたとのことであったが。

 

 

「ようこそ私の館へ。歓迎しましょう、盛大にね」

 

 

 突き抜けるような広さを持つエントランスホールから、正面へと続く絨毯。その先の左右に別れる階段の踊り場で、レミリアが不敵に微笑んでいた。

 

「いい趣味をされてますね」

「…………? ごめんなさい、聞こえなかったわ」

「あ、いえ。この度はお招きに預かり光栄です」

「構わないわ、新築祝いよ。ちゃんと全員連れてきたかしら?」

「海も鎮守府も留守にするわけにはいかないので、最低限の人数は残しています。彼女たちには後で、僕からまた別に」

 

 鎮守府に残っているのは、長門、鳳翔、鳥海、暁、響、雷、電の七名。長門は会を断り、鳳翔は航空戦力として、鳥海は重巡一人ぐらいはいた方がいいと断った。クジで残留の決まった駆逐隊はそれぞれ非常に残念そうな顔をしていたが、こればかりは仕方なく、青年としてもちゃんと彼女たちを気遣うつもりである。

 

「すぐに始めるわよ。さあ、いらっしゃい」

 

 そうして、レミリアの案内で青年と艦娘たちは、会場となる紅魔館の広間へ通されたのである。

 

 

 

 

 

「あー、えー、きょ、今日はお足元の悪い中、お、お集まり頂き……」

「びっくりするぐらい晴れてたわよ」

 

 突然宴会が始まる前に、レミリアが青年に一言挨拶しろと自分の役割を押し付けてきた。見知らぬ人たちもいる中、青年は緊張しながらも渋々と話を始めたのである。

 

「あ、改めまして、艦娘たちの指揮官、今は名ばかりではありますが、提督を務める茅野守連です」

 

 と、語ったとき、わずかながらに会場がざわついたが、青年はそれに気づくこともなく、ただただ緊張しながらしどろもどろに喋っていただけであった。何で今自分は喋ってるんだろう、などと思いながら。

 青年が挨拶を終えた途端、レミリアが間髪入れずに参加者に向けて叫ぶ。

 

「カミツレは紅魔館のモノだから、何かしようものなら私が黙ってないわよ」

 

 かくして、宴会は大々的に始まったのである。

 

 

 

 

 

 先程の発言を早苗と二柱にこっ酷く叱られ、「うー」と口にして涙目になるレミリアに苦笑しつつ、青年は会場を見渡す。知らない顔も多々あり、どう動いたものかと青年は呆けていた。艦娘たちもどうすればいいかわからないらしく、鎮守府組は足を動かせず。

 そんな時、である。

 

 

「おー、お前、カンムスって言うんだろ?」

 

「チ、チルノちゃん、さんを付けないとデコ助野郎って言われちゃうよ!」

 

 

 駆逐艦たちの前に、二人組の妖精が現れた。どこかで見覚えがある、と思ったが、紅魔館の異変の時に深海棲艦になっていた妖精たちであるようだ。

 緑色の髪の妖精は青年に気づいたらしく、小さく可愛らしいお辞儀をする。一方で、青い髪の妖精は気づかないのか、そのまま駆逐艦たちに話しかけていた。

 

「アタイはチルノっていうんだ。オマエは?」

「ふ、吹雪です!」

「そっかー、吹雪っていうのか。よし、ジコショーカイしたから、アタイたちこれでトモダチだな!」

「え?」

「え、ア、アタイとトモダチになってくれないのか……?」

「と、友達です! 私たち友達ですから!」

 

 そうして、駆逐艦たちは半ばチルノの勢いに流されてゾロゾロと妖精二人についていき、会場に消えていった。

 他にも、

 

「むきゅ?」

「あ、あの、何の本読んでいるんですか?」

「エイボンの書」

 

 会場の隅で本を読んでいたパチュリーに朧が話しかけたり、

 

「ねえ、あなた」

「ぽい?」

「折角のパーティなのよ? ふてくされてないで、もっと楽しみましょうよ」

「ぽい! 素敵なパーティにするっぽい!」

 

 戦闘であまり活躍できなかった、と唇を尖らせていた夕立にフランが話しかけたりと、思ったより艦娘と幻想郷の面々は打ち解けるのが早いらしい。

 艦娘の幻想郷との交流も少なからず目的としていたのだが、心配はなさそうである。

 

(……あ、ここでもぼっちになってしまう)

 

 だが、社交性に優れるとは言えない青年。このままでは幻想郷に来た意味がまるでないではないか、とも思っていた。

 しかし――

 

「やあ、少しぶりだな」

「あ、慧音さん。こんばんは」

「カミツレこんばんは。相変わらず辛気臭い顔してるねえ」

「てゐさんも。毎日高速修復材を届けてもらって、本当に感謝しています」

 

 一宿の恩がある慧音に、永遠亭との橋渡し役となってくれているてゐ。この二人が話しかけてくれたことにより、青年は会場の喧騒に音を足すことができたのであった。

 ただ毎日を一人で過ごしていたわけではない。今は周りに、多くの人が集まるようになってしまった。

 これからもこの人の輪は広がっていくのだろう、と青年は確かな実感を噛み締めたのである。

 

 もう一つ、青年の気になったことがある。それは早苗が、魔理沙、咲夜、鈴仙らと非常に楽しそうに話をしていること。

 早苗の境遇も、青年と大して変わらない。学校に通う頃はその能力から気味悪がられていたと、本人の口から聞いている。

 

 ところが、今はどうだろうか。少女たちと同じ空間にいて同じものを食べ、同じ顔で笑い、同じ時を過ごす。

 青年にとって、友人であり妹のような存在であった早苗が、幻想郷に来て得た友人。彼女は彼女なりに、自分に話してくれたように前に進んでいる。

 変わらないものはない。自分も早苗も、そして艦娘も。

 されど、今ひとたび得られたこの幸福だけは、変わらずそのままであって欲しいと願うことぐらい、許されてもいいだろう。

 

 

 

 

 

 宴会は時とともに進み、会場の雰囲気もヒートアップする。室温は高くないのだが、体は熱い。

 その原因というのも――

 

「ほらほら、そんなもんじゃないだろう?」

「……ぅぷ、萃香さん。僕、酒はあんまり……」

「なんだなんだ、私の酒が呑めないのか?」

 

 酒豪の萃香に、酒を付き合わされていたからだ。

 会場に出されていた料理の中に酒があり、それをガブ呑みする萃香を見かけ、付き合い程度に一杯だけ、と青年も酒を飲んだ。少しの間は他愛もない話に興じていたのだが、あまりに萃香が呑むために少しばかり恐怖を感じ、コップを空けてその場を去ろうとした。

 だが、それがいけなかった。一気に飲み干したために萃香に目をつけられ、それ以来一時間ほど萃香の酒に付き合わされていた。

 

「ほら、次はコイツだ。じゃんじゃん飲めよ」

「うぐ……こ、この鬼! 悪魔! ちびっ子!」

「酔っぱらいの妄言なんざ屁でもないね。飲めないなら他の奴に相手してもらうしかないな」

 

 と言って、青年が酔い潰れそうになっていると、萃香はつまらなさそうに辺りを見回した。すると、そこへ丁度目に付いたらしいのは――

 

「なあそこの、ちょっと付き合ってくれないか?」

「え、あたし? いいよ。じゃあ衣笠、ちょっと行ってくる」

 

 ああ、犠牲者が増えてしまう。それより加古は酒を飲んでも大丈夫な年なのか……、などと回らない頭で考えるが、時既に遅し。

 加古は萃香から酒の入ったコップを受け取ると――それを一気に飲み干した。

 

「ぷっはぁ! コレいけるねぇ!」

「お、なかなかいい飲みっぷりじゃないか。飲めるやつは嫌いじゃないぞ」

 

 と、全く怖じない加古と酒を勧める萃香が酒盛りするのを傍目に、青年は衣笠の肩を借りてその場から離脱していた。

 

「き、衣笠ぁ……ご、ごめ……おぇ」

「加古はかなり強いから心配しなくてもいいよ! それより提督大丈夫!? お酒強く……はなさそうだね」

「恥ずかしながら……」

「いいのいいの! 無理して飲むことないよ! そこ、一回座ろ?」

 

 世界がユラユラと回る。だがそれでも、肩を支えてくれている衣笠の顔はよく見える。

 気配りの出来る子だなあ、などと思いつつ、導かれるままに青年は椅子に腰を下ろした。

 

 

 

 

 

「お水いる? 袋持ってきた方がいい?」

「いや……大……丈夫」

 

 自分の鼓動が非常に大きく感じられる。胃がグルグルと唸り声を上げている。

 そんな状況でも、青年は会場を見渡し、艦娘たちを目で追う。ちゃんと仲良く出来ているかをこの目で確認するために。

 

「この詩の本、面白いですね。初めて読みました」

「……良かったら、持って帰っていいわよ。でもちゃんと返してね?」

「はい、ありがとうございます!」

 

 まず、最も仲が良さそうにしていたのはパチュリーと朧。二人揃って椅子に座って本を読み、時折立ち上がって料理を取りに行っては、また戻って本を読む。会話こそあまりないものの、この二人の間には非常に和やかな雰囲気が流れていた。

 

「きゅっとするっぽーい!」

「これがギソウ? って、随分と重たいわね」

 

 フランと夕立は、お互いの戦いについて熱く語っていた。今は夕立がフランの能力を真似してリンゴを素手で握り潰したり、フランは夕立の艤装を装備したりと、遠巻きに見ると恐ろしい。リンゴは夕立が美味しく頂いていた。

 

「な、なにが一番だよぉ! 白露なんか九番ぐらいがお似合いだもんね!」

「違う、白露は一番なの! 一番!」

 

 駆逐艦組はちょっとした喧嘩こそ生まれていたものの、仲はそれほど悪くないらしい。お互いにムッとした表情になることもあるものの、ちょっとしたことですぐ仲直りもする。

 

 更に――

 

「ねえねえレミリアさん、どうなんですかあ? 詳しく聞かせてくださいよ!」

「ちょ、文みたいねコイツ! 私に勝ったからって調子に乗ってるつもり?」

「そんなつもりはないですけど……青葉、運命を操るというレミリアさんに是非とも取材をと思いまして! 今ならなんと、司令官のあんな秘密やこんな秘密を――」

「へーぇ? 詳しく聞かせなさい。こら、引っ付かないで!」

 

 青葉は早速、にとりにもらったというカメラを利用しつつ取材をしていた。紅魔館という一大勢力、それを率いるレミリアに取材というのはなかなかいい着眼点だとは思うのだが、いかんせんその取材方法には苦笑させられる。

 傍で見守っている古鷹も、申し訳なさそうな顔でレミリアに会釈していた。ついでに自身にも。いやそこは止めて欲しい。

 

「はつしもふもふ……いいですねえ。非常に可愛いです」

「もみじもみもみ……へっ、白狼天狗もなかなかの愛らしさじゃねえかオイ」

 

 文が初霜を、天龍が犬走椛を膝の上に乗せ、存分に愛でているのも目に入る。撫でている二人は非常に頬が緩んでいるものの、撫でられている方は少しばかり不満そうにしながらも頬を染めて恥ずかしがっていた。

 

 そして、最も青年が目を疑ったもの。

 

「モグモグ、ング。ハムハムハム――」

「モグモグモグモグ、ムシャ――」

「やりますね」

「うふふ、あなたこそ」

 

 着任したばかりの赤城と、知らない美しい女性が、テーブルの上の料理をひたすら食べ続けていたのである。可愛らしい量ではない、成人男性が束になってかかるような量を、二人して平らげているのだ。

 

「ううっ、幽々子様ぁ~、そのぐらいにしてくださいよぉ……」

 

 その二人の食事スピードに負けじと、これまた知らない可愛らしい少女と咲夜が、料理をテーブルに運んできている。

 

(聞いたことがある……。女の子の別腹は異次元に繋がってるって。そっかあ、別腹なら仕方ない。いやガッツリ肉とか食べてるけどあれは別腹だもんな、うん)

 

 いい感じに酔いが回っているとようやく自覚した青年は目を回し、襲い来る眠気に抗うこと叶わず、安堵とともにようやく意識を手放したのである。

 

 

 

 

 

 衣笠は身体を硬直させていた。その理由というのも、酔いから眠ってしまった青年が、自身の肩に頭を乗せるようにして寄りかかっていたためだ。

 小さな寝息が耳元をくすぐる。若干酒臭さが鼻につくものの、その寝顔はまるで少年のように幼く見え、起きている時の気を張りがちだった表情とは大違いである。

 

「て、ていとくー? 寝ちゃダメだってば」

 

 と、照れを隠しながらも青年の頬をツンツンと人差し指でつつく。その感触たるや、まるで出来たての餅のごとし。

 

(ウ、ウソ……、青葉より頬が柔らかいなんて……)

 

 しばらくの間、起きないのをいいことに頬をつつき続けていると、目を輝かせた早苗がやってきた。衣笠の隣、青年と挟むように隣に腰掛け、気分良さそうに笑っている。

 

「あははははっ、衣笠さんじゃないですか!」

「え、さ、早苗? なんだか……楽しそうだね?」

「お酒って気分が良くなりますねぇ~。気分がぽわぽわ~ってなって、すっごく楽しいんです!」

 

 見れば、彼女の手には酒が入っていると思しきコップ。顔を赤くしており、おそらくなかなかに酔いが回っているのだろう。

 彼女の住んでいた外の世界では、酒を飲める年齢も決まっていたような気がしたのだが、早苗はそんなことを考える時間も与えてくれないらしい。

 

「むむむ~、き、衣笠さん、そ、それってもしかして……」

「て、提督が寝てるんだけど……?」

「羨ましいですぅ! 肩を代わってくださいよぉ~」

 

 と、早苗に涙ながらに懇願されるのだが、今の酔っ払った早苗に青年を預けてもいいものか悩ましいため、首を横に振る。

 すると、早苗は文句タラタラでありながら、どこか嬉しそうな顔で青年の頬をつつき始めた。

 

「むぅ~、仕方ありません。カミツレさぁん? 起きていますか?」

「…………」

「あはは、ぐっすりです! 諏訪子様からカミツレさんの部屋には行くなと言われていましたから、実は今のカミツレさんの寝顔をじっくりと見るのは初めてなんですよね!」

「…………んっ」

「うふふっ――寝ている時は子供の頃に戻ったみたいです」

「そ……う?」

「返事!? 衣笠さん、返事しましたよ!」

「あ、うん」

 

 酒の力とは恐ろしい。これほどテンションが高くなると、流石の衣笠もついていけない。とはいえ、早苗は元からこのようなテンションだった気もする。

 ひょっとすると笑い上戸なのだろうか。

 

「カミツレさんカミツレさん! どんな女の子がタイプですなんか!?」

「ちょ、早苗!?」

「……優しい」

「優しい子! どうなんでしょうか? 私はカミツレさんのタイプなんでしょうか!?」

「さなちゃん……は」

 

 少なくとも、眠っている青年に大きな声で話しかけることを優しいとは言わない。

 

「……立派、だよ?」

「……ふぇぁっ!?」

「頭……よくて。僕なんか……仲良く、してくれて。へんなとこある……けど、さなちゃん、かわいい、し……」

「え、か、可愛い……ですか?」

 

 早苗は戸惑うようにしながらも嬉しそうに、眠っている青年の寝言との会話に夢中になっているが、衣笠としては改めて青年の過去の記憶を振り返る。

 そして、如何に早苗が、青年にとって深いところに居座っているのかを、青年にとって心の拠り所になっていたのかを思い知らされることになる。

 

(でも、私たちもいつかは……ね?)

 

 青年にとっての、支えになれるのだろうか。心から信頼し合い、早苗のような存在になれるのだろうか。

 

「カ、カミツレさん、好きな女の子とかいるんですか!? できれば教えて欲しいなー、なんて!」

「うーん……、蛙の水炊き……美味すぎる……」

「ステキです!」

 

 と言って、早苗も酔いが回ったのか、衣笠にもたれ掛かるように眠ってしまった。

 

 

 

 

 

「いやあ、衣笠。ほんとにごめんね?」

「いいよ! 私も楽しませてもらったし!」

「へ? 寝てる間に何かあった?」

「う、ううん何も! ほんとに何も!」

 

 早苗を背負い、酔いの覚めた青年は夜の道を歩いていた。忙しいにも関わらず、鎮守府で待機している艦娘たちのために咲夜が料理を用意してくれたので、帰ったら皆喜ぶだろう。

 夜も更け、虫の鳴き声と少し冷たい空気とが青年を包む。雲に隠れた月の明かりで浮かびあがる砂利道に、ゆっくりと石が鳴いていた。

 

「うう、ん、カミツレ……さん」

「さなちゃん? 起きてる? 歩ける?」

「おん、ぶ……」

「フフ……はいはい」

 

 起きているのか寝ているのかわからない早苗を背負いながら、青年は自然と笑顔を浮かべる。普段はあれだけしっかりしている様子を見せているのに、寝ている今は子供のような寝顔である。

 

(さなちゃんの寝顔、この歳になってからは初めて見るや)

 

 おぶる際、あまりジロジロ見るものではないと思ったのだが、綺麗な顔立ちは今も昔も変わらないらしい。

 

「ねえ、提督」

「うん、どうしたの?」

「早苗とはさ、どうやって仲良くなったの?」

「そう、だね。僕の記憶からはわからないかな?」

「わかる……けど、提督の口から聞きたいもん」

 

 非常に興味深そうに、上目遣いで見上げる衣笠。どう答えたものかと思うも、青年は早苗を背負い直して思い出しながら語った。

 

 早苗と出会ったのは青年が小学四年生の夏、早苗が小学一年生だった頃である。早苗と出会うより前から神社への参拝は続けていたのだが、神社を訪れて同年代の子がいることなど滅多になかったために、特別青年の記憶に残ったのだ。

 

「最初はね、話しかけたりもしなかった。目立つし気になる子だったんだけど、僕自身もほら、変なものが見える体質があったから、どうせこの子も僕を嫌うんだろうなって思うと、どうしても話しかけられなくてね」

「うん……それで?」

「結果的に、話しかけてきたのはさなちゃんが先だった。僕が神社の隅っこに座って宙に浮いてる人魂みたいなのを見てたら、『何か視えるんですか』だとさ。気持ち悪がるでもなく、本当にキラキラした瞳でね。今でこそ理由もわかるけど」

 

 あれは拍子抜けしたな、と苦笑しながらも青年は続ける。

 

「で、僕も恐る恐るだけどそこから少しずつ話すようになって、仲良くなりましたとさ」

「ちょ、それ適当すぎじゃん!」

「ま、まだ話す?」

「そのぐらいは記憶見ればわかるもん! じゃあ、一番印象に残ってるお話教えてよ!」

 

 青年も気恥ずかしさがあるために、あまり過去を語るような真似はしたくないのだが、艦娘には記憶を知られているので今更である。とはいえ、話に食らいついて興奮気味の衣笠はまだまだ許してくれそうにない。

 

「……出会って、二年ぐらい経った頃かな? 二人で遊んでると、さなちゃんが転んでケガをしたんだ。捻っちゃって、歩くのが痛かったみたい」

「ふんふん」

「それで、さなちゃんをおんぶして神社まで送ったんだよ。丁度今みたいに」

 

 あまりにも早苗が泣くものだから、仕方なく背負って帰ることになったのだ。背負った途端、早苗がすぐに泣き止んで笑顔に変わったのは今でも覚えている。

 

「神社とは別の場所で遊んでたもんだから、僕がさなちゃんを背負ったまま参拝道を登ることになってね」

「うわあ、それはキツそうだね」

「ううん、むしろ楽しかったんだ。確かにまだ身体も小さかったから体力的にツラい部分はあったけど、後ろから応援があったから」

「早苗から?」

「うん。さなちゃんの応援で神社にたどり着いた時、二人して大笑いしたんだ。不思議と笑いが止まらなくてね。それまで抑圧されてたものがお互い溢れたというか」

 

 感情までは記憶から知ることはできない。そのため、衣笠は理解しきれないのか小難しそうな顔で首を捻っていたが、青年は今でも鮮明に思い出せる。

 

 

 

『いけーカミツレさん! どんなみちもへっちゃらです!』

『わ、わ! さなちゃん、あばれないで!』

『カミツレさん! じんじゃについたら、わたしが“よしよし”してあげますね!』

『さっきからバタバタしてるさなちゃんの足はもう“よし”じゃないの……?』

『もうちょっとですよカミツレさん!』

『うん! がんばるよ!』

 

 

『とうちゃくです、えへへ! カミツレさんありがとう、だいすき!』

 

 

 

(大好き……。また神社に行くっていう約束も守らなかったし、言いつけも守らないし……僕って最低だな)

 

 思い出は美しいから、現実は霞んで見えてしまう。それでも、早苗と過ごした日々と、早苗と過ごす日々は、そのどちらも青年にとっては宝物だ。

 今は嫌われてはないのかもしれない。だが、この先嫌われないという保証はない。幸せがいつまでも続かないというのは、青年もよく知っている。

 

 だから、早苗は守ってみせる。

 それが、唯一の友人への親愛の証になると信じて。

 

(さなちゃんは……今はどうして僕に構ってくれてるんだろう)

 

 その口から拒絶の言葉が生まれるのが嫌いで。自分を否定され、思い出の中で心の支えとなっていた早苗に距離を置かれるのが怖くて。

 

 怖くて、怖いから。怖いなら――聞かなくていい。

 

 自分のことなど、いつも後回しにしてきたのだから。

 

「――でもさ、それってなんか、いいよね」

「うん?」

「お互いがお互い唯一の友達だったんでしょ? ずっと仲が良くて、再会して、新しい世界でまた友達になった。衣笠さん、そういうのロマンチックでいいと思う」

「……それでも。それでも、六年間。六年間離れている間に、薄れてしまうものはあると思う」

「酔ってる姿見せて、おんぶさせてるぐらい仲がいいのに?」

「……いやそれは――」

「思い出は薄れるかもしれないよ? でも、また新しく作っちゃえばいいと思うんだ」

 

 そう言って、衣笠は笑う。

 何も、自分たちに限った話ではない。衣笠をはじめとする艦娘たちにも言えることなのだろう。

 新しく何かを作ること。それは、早苗が幻想郷に来た理由そのものなのだから。

 

「うぅん……カミツレさぁん……」

 

 早苗を背負い直し、青年は暗い夜の道を見上げる。月を隠していた雲は何処かへ消え、ギラギラと輝く月が、青年を背後から照らすように浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 鎮守府へと帰った青年。衣笠は青年の護衛としてついてきたために、酔い潰れるであろう加古の介抱も兼ねて紅魔館へと戻っていった。

 本来ならば守矢神社で就寝するのだが、早苗もこの状態で二柱の神も紅魔館で酒盛りしている。早苗を連れて先に帰れと諏訪子に言われたものの、流石に早苗と二人きりになるのはダメだろうと思い、鎮守府へと連れてきたのである。

 

「これでよし、っと」

 

 執務室へと移動した青年は、万が一鎮守府で寝ることになってもいいようにと、備え付けられていた簡易ベッドに早苗を寝かせた。

 

「んふふ~、カミツレさぁん……」

 

 眠ったまま、小動物のような仕草で寝返りを打つ早苗。その可愛らしい寝顔は見ていて飽きないものであるが、青年も待機組にお土産を渡さなければならない。

 

 布団をそっとかけ、青年は静かに執務室を後にした。その際――

 

 

「あなたは……変わってくれますか?」

 

 

 呟く早苗の声は、青年に届かぬまま。

 

 

 

 

 

 訪れたのは食堂。紅魔館に行けないことを残念がっていた暁たちのことを、青年なりに心配していたのだが―

 

「ほら、どうだ! これがビッグセブンの実力だ!」

「長門、今“ウニ”と言わなかったね?」

「なっ、響それは! し、しまった!」

「やったわ! 雷様が一番乗りよ!」

「ウニ、なのです!」

「そんな、暁はレディなのに、まだこんなに手札があるなんて……」

「むむむ、皆さん強いですね。私の計算が通用しないなんて」

 

 どうやら、艦娘たちで盛り上がる方法を見つけていたらしく、杞憂であったらしい。

 

 厨房では、鳳翔が待機組のために料理を作っていた。青年はまず厨房へ向かい、紅魔館で受け取ったお土産を鳳翔へ渡す。

 

「あら、提督。お帰りなさい」

「ただいま、鳳翔さん。これ、紅魔館で出された料理だから皆で食べて」

「少し味見を……。ッ――幻想郷には、こんなに美味しい料理があるのですね」

 

 と、オードブルを少しつまんだ鳳翔が、拳を握り何かに燃えていた。

 その真面目な表情に気圧されつつも、青年は鳳翔の料理と共に、艦娘たちの元へとオードブルを運ぶ。

 

「皆、楽しそうだね」

「へっ!? て、提督!? 全員起立、敬礼!」

「いやいやいいよ。続けて、どうぞ。それより長門って、厳しそうなイメージしかなかったけど、そんな風に楽しんだりもするんだね」

「えっ、あっ、なっ、なっ、ななな何を――」

 

 長門はその言葉でどうにか取り繕おうと必死なのか、頬を赤くして手を振る。

 長門の普段の姿といえば、規律に厳しく、厳正な態度で、青年に対しても戦闘に対しても、非常に真面目な態度しか青年は見たことがない。

 普段見せる仕草の一つとってもキビキビしているあの長門が、まさか駆逐艦たちにデレデレとした顔を見せて一緒に遊ぶ姿を想像できただろうか。いやできない。

 

「ちょっと長門、続きをするわよ! 次こそはレディの力を見せつけてやるんだから!」

「えっ、あっ、いや、しかしだな……」

「長門。早くしないと、君がいつもぬいぐるみを抱いて寝ていることを皆に教えるよ」

「響!? なぜそれを!」

 

 戦艦は厳粛なのだろう、という青年のイメージが、音を立てて崩れていく。初めて姿を見た時の威厳は、どこかへ消えてしまっていた。

 可愛いというよりカッコイイという言葉が似合う長門。それがまさか、子供のように見える駆逐艦たちにすらからかわれる状況を見て、青年は盛大に吹き出してしまう。

 その後更に慌てる長門の姿は、なかなか忘れられないだろう。

 

 

 

 

 

 翌朝。起きてストレッチ、鎮守府の周りのランニングとを済ませた青年は、門の入口に入る時、早くから門番として仕事をしている美鈴と出会う。

 

「おはようございます、美鈴さん」

「おはようございます、カミツレさん。毎朝頑張っていますね」

「まあ、日課のようなものです。美鈴さんこそ、時々武術の鍛錬を行っているのを見かけますが?」

「あはは、お恥ずかしいです。以前もお見せしたように、私もまだまだ未熟でして……」

「とんでもない。素人目に見ても綺麗でした。良ければ、時間のあるときにお手伝い程度でもいいので、艦娘の子達と演習をしてみて欲しいのですが」

「私がですか? それは全く構いませんよ。天龍さん龍田さんとも、もう一度お手合せしたいですからね」

 

 そうして、しばらく世間話をした後に、青年は執務室へと向かう。

 

 

 

 

 

「起きてさなちゃん、もう朝だよ。鳳翔さんが二人分朝ごはん追加で作ってくれるらしいから食堂に行くよ」

「うーん、あと五分……お酒はもう懲りごりです……」

「ほらほら、今日は海に行くんだから」

「海……海? 海ですか!?」

 

 執務室の簡易ベッドで眠っていた早苗は“海”という一言で飛び起き、食堂へ向けて青年の腕を引っ張りながら向かうことになった。

 

 

 

 

 

 食堂で艦娘たちと一緒に朝食をとる。昨夜宴会に参加していた者たちは寝不足なのか、少し隈が見られるも辛そうではない。加古の姿が見えないために衣笠に尋ねたが、どうやら二日酔いでダウンしているとのこと。

 朝食をとり終えたところで、青年は艦娘たちに対して声をかける。

 

「皆、ちょっと聞いてくれるかな?」

「全艦、傾注!」

「長門!」

「はっ! な、何か?」

「ぬいぐるみ、リラックス」

 

 と、待機組は昨夜のことを思い出したのか、少しだけ笑いを含む。長門は長門で恥ずかしそうにしていたのだが、丁度視線が集まったところで話を続けた。

 

「近海の制圧、本当にありがとう。でも、まだ幻想郷に面してる海岸線で、完全に制圧できてない海域もある。決して、慢心しないように」

「慢心……ええ、してなるものですか。一航戦赤城、今度こそこの誇りをお見せしますから」

「うん、期待してるよ。ともあれ、近海の制圧ができたことだけでも本当に喜ばしい。ただし――」

 

 青年は長門と赤城の前に置かれた、特大サイズの皿をチラッと見る。

 

「まだ比較的余裕はあるけど、艦隊の拡大に伴って、資源が足りなくなる危機があるのも事実。そこで、今日は皆で海に向かい――」

 

 目に見えて明るかった早苗の顔が、僅かながら疑問を抱いたものとなる。その爛々とした瞳は、まるで子供のように純粋であったのだが――

 

「皆でお魚獲りに行こう」

 

 次の瞬間には、ガックリと肩を落としていた。

 長門と赤城は、恥ずかしそうにお腹を鳴らしていた。

 

 

 

 

 

 


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