提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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019 The Embodiment of Scarlet Devil

「前に出ます! 腹括ってください!」

「任せて!」

「わかった!」

「おうよ!」

 

 早苗、咲夜が被弾したのを見ながら、青葉は第六戦隊を率いて水際へと距離を詰めていた。

 鳳翔の助言によれば、彼女は基地型の深海棲艦。夜であるために、航空機を飛ばしてこないことが唯一の幸いだろうか。

 

 チラリと、後ろについてくる古鷹を見る。その視線に気付いたのか、古鷹は表情を引き締めて一つ頷いた。

 過去の記憶。自身が最も省みるべき歴史は、ようやく清算された。ここに至るまでに、どれほど嘆き悔み、悲痛に暮れ、絶望したことだろうか。届くことのない謝罪を、何度虚空へ向けて発しただろう。

 

 手を伸ばした先には、もう誰もいなかったというのに。

 

(司令官……ありがとう)

 

 これでようやく、前へ進める。時を経て、世界を跨いでもう一度出会えたこと。古鷹に、加古に、衣笠に、そして青年に出会えたことは、この身にとって運命だったのだろう。

 

「水雷戦隊の皆さんは少しだけ距離をとってください!」

 

 話を聞く限りでは、自分以外の艦は青年と記憶を共有しているという。だが、自身にそのような覚えはなく、青年の記憶も知るわけがない。

 何かが頭の中で浮かびそうではあるが、金髪の少女の面影と、思考を遮る暗闇がそれを阻む。が、今必要なのは戦うことだ。それ以外を考えてミスをするなど許されない。

 

「目標、敵陸上基地! 方位20、弾種三式、一発! 撃ちー方始め!」

 

 だから今は、戦いに集中する。話したいことは沢山ある。第六戦隊の面々にも、青年にも。ならば、この戦いは一刻も早く終わらせなければならないだろう。

 

 拡散して焼夷弾をばらまく三式弾。本来は対空戦に用いる砲弾の一つであるが、過去に基地攻撃にも使用されたことがあり、大きな戦果を上げた弾種。

 

「レミリアお前、何したかわかってるのか! 咲夜を攻撃するなんて!」

 

 早苗を抱えたままの魔理沙が深海棲艦へ弾幕を放った。そして同時に、拡散した三式弾が命中する。混乱した状態の深海棲艦はうめき声を上げながら、上空の魔理沙を睨みつけた。

 三式弾を選択した理由は明快である。艦娘の徹甲弾による砲撃より、早苗たちの放つ弾幕の方がより効果を上げていたこと。そして、三式弾が弾幕と類似した攻撃手段であること。

 

 弾幕を三式弾の対地射撃と見るならば、この考えにたどり着いたのは偶然ではない。そして実績がある故に、三式弾は基地型の深海棲艦に対して有効な手段であることが今判明した。

 

「弾種そのまま! 主砲撃ち続けてください!」

 

 主砲から感じる反動。硝煙の匂いに塗れながら、青葉はひたすらに撃ち込んでいた。まるで花火が弾けるかのように、深海棲艦の真上で炸裂する。

 それは一発だけではなく、第六戦隊の4人全員が放ったもの。容赦などなく、敵へと攻撃を浴びせる艦隊の様は、さながら獲物に飛びかかる肉食獣のように。

 

 魔理沙でさえ顔をしかめるような怒涛の攻撃。深海棲艦を面制圧するかのごとく攻撃したために、その背後の門は粉々に粉砕されていた。

 

「撃ちー方やめ! 煙に紛れて接近します!」

 

 黒煙に紛れ、第六戦隊を率いて上陸し、紅魔館に接近する。

 もう二度と同じ過ちは犯さない。古鷹と和解したのは、同じことを繰り返さないという、己への戒めなのだから。

 

 湖上の水雷戦隊には少しだけ距離を取らせ、黒煙の中には深海棲艦と第六戦隊のみ。現れた影に対応すればいいのだから、間違えようもない。

 と、安心していたのも束の間であった。煙の中に影が見えたような気がして、自身の手の合図で射撃体勢をとらせた。

 

 瞬間――

 

 

「本気デ殺スワヨ」

 

 

紅符『スカーレットマイスタ』

 

 

 鳥肌が全身を襲った時には、もう遅かった。

 体がボロボロになり、損害状態にある深海棲艦がその眼を開き、弾幕を放つ。大中小と大きさの異なる弾幕は、全方位に向けて大量に放出された。

 黒煙を切り裂いて、紅色の弾幕が視界いっぱいに広がる。それを回避するには、第六戦隊は深海棲艦に近づきすぎていた。

 

「こっの、変態ヤローが!」

「あぁっ! 直撃ー……?」

 

 小さな弾幕は装甲で弾くことができた。しかし、避けようとしていた大きな弾幕を回避することはできず、加古と衣笠が被弾し、中破。

 さらに――

 

「あ、危ない!」

「……えっ?」

 

 二人が被弾したことに気を取られ、視界を一瞬離してしまう。だがその際に大きな弾幕が目前に迫っていたらしく、それに気づいた古鷹が身を呈して自身を庇った。

 装甲は容易に貫通し、古鷹は被弾する。痛みを堪えるように顔をしかめながらも、中破していながら自身の前に依然として立ち塞ぐ。

 

「まだ……沈まないよ!」

 

 呆然と――古鷹を見つめた。こみ上げる吐き気、襲い来る動悸、過呼吸に陥りそうなほどに胸が苦しく、膝が笑うことをやめない。

 

「アラ、アナタノ運命。繰リ返スミタイネ! アハ――アハハハハハハッ!」

 

 深海棲艦が高笑いし、弾幕が止まった。その一瞬で古鷹の胸ぐらに掴みかかってしまい、歯噛みしながら怒鳴り散らす。

 

「何をしているんですか大馬鹿! 沈んじゃったらどうするんですか!」

「私は沈まないよ。沈むほどの攻撃じゃないでしょ?」

「なら助けないでください! もう二度と目の前で沈まないでください!」

「嫌! もう傷ついて欲しくない!」

 

 目を伏せ胸に手をあてる古鷹の表情は、怒っていながらも寂しそうである。その表情にさせたのは自分であり、わざと傷つけるような言い方をしてしまったのも自分。

 胸ぐらを掴んでいた手に気づき、慌ててそれを離す。

 

「……第六戦隊のみんなと一緒に帰りたいんです!」

「だったら、一緒じゃないとダメだよ……」

「心配されるほど腑抜けていません!」

「傷ついていい理由にはならないよ!」

 

 目尻に涙を浮かべた古鷹が、搾り出すように声を上げた。それを受け、ハッと気づいてしまう。

 

 古鷹に面と向かって怒られたのはいつ以来だろうか。心配性で優しい古鷹が怒るときは、いつだって理由があった。

 第六戦隊を、古鷹を守りたい。しかし古鷹は、自身が傷つくのはダメだという。古鷹にとって、自分はまだまだ頼りないのだろう。

 

(……そういう、ことですか。……もう大丈夫、大丈夫なんですよ、古鷹)

 

 加古を失い古鷹を失い衣笠を失い、一人になっても戦った。倒れ行く仲間の死を悼む暇もなく、時には擬装すら施し、どれだけ傷を負おうとも戦いに身を投じていれば、やがて戦争は終わった。

 古鷹に守られた心の弱さはもうどこにもない。寂しさの結晶は、いつしか強さへと昇華した。

 守られるだけの自分ではない。かつての自分のような甘えは失われた。

 

 古鷹が心配するなら、その心配の種を取り除いてやればいい。

 今度は自分が古鷹を守るのだと、守られるだけの弱さはなくなったのだと示すために。

 

「古鷹――心配してくれてありがとうございます。なら、ますます頑張らないといけませんねぇ、ふふんっ」

「え……何を……?」

「事後の指揮権は衣笠に移譲します。中破した各艦は流れ弾に注意しながら、撤退してください。これより単独行動をとります」

 

 ニッコリと笑みを浮かべ、加古と衣笠に視線を送る。二人は頷いて、古鷹の両腕を左右からそれぞれ抱え、引きずるように後退を始めた。

 

「絶対勝ってよ!」

「負けたら加古スペシャルを食らわせるからな!」

 

 笑みを浮かべる衣笠と、親指を立てる加古。古鷹は引きずられながら自身の名を叫び、必死に手を伸ばしていた。

 自身のポニーテールを解き、それを結っていた髪留めを、その伸ばされた手にそっと預ける。髪は重力に従って、肩をなぞるように下ろされた。

 

 三人へ敬礼を送る自分は今、どんな顔をしているのだろう。だが、悪いものではないはずだ。

 この人型は、どうやらしっかり笑えるらしい。表情も感情も思いのままなのだから。

 

 

「お先に失礼!」

 

 

 三人に背を向け、背中に叫び声を浴びながら、深海棲艦へ向けて走り出した。主砲を携え、表情を引き締める。

 

 その双眸――さながら狼の如く。

 

「来ルカ、面白イ!」

「さあ、手荒い取材に付き合ってくださいね!」

 

 三式弾を装填した主砲を一発だけ放ち、視界を奪って急接近する。同時に、近くで待機していた水雷戦隊も次々に上陸して突入を始めた。

 

「面白イ、本当ニ面白イ運命ダワ」

「何が運命、何が天罰ですか、下らない。いつだって私たちが目にするのは現実しかありません」

「運命ニハ抗エナイノヨ? ツイサッキ彼女ガアナタヲ庇ッタヨウニネ」

「それで古鷹が沈みましたか? 運命さんは随分お仕事が雑ですね!」

 

 三式弾をひたすらに撃ち続ける。その一発一発に顔を歪ませる深海棲艦。水雷戦隊と合流して、砲撃を艦隊として敢行した。

 動かず、そのまま被弾し続ける深海棲艦。だが、実際に攻撃が通っているのは、自身の三式弾による砲撃のみであった。

 

「ソノ程度? ナラ、運命ヲ変エルコトナンテ不可能ヨ!」

 

 深海棲艦の眼光が輝き、弾幕が放たれる。その紅い弾幕は、まるで狙いすましたかのように吹雪と叢雲へ向かった。

 だが、吹雪と叢雲の前に立ち、その弾幕を自身の装甲でもって受ける。いくつか装甲を貫徹したものの、耐えられない痛みではない。

 

「あ、あの……」

「アンタ――」

「許してください……とは言いません! でも、もっと二人と仲良くなりたいんです!」

 

 球磨に視線を送ると、彼女は頷いた。球磨は水雷戦隊を率いて徐々に後退を始める。同様に単独行動していた天龍も、渋々ながらそれについて行った。

 

「さあ、沈む運命は変わりました。あとは根比べといきましょう」

「無駄ヨ。運命ハ巡リ、結果ハ不変トナル。逃ガレラレルモノカ!」

「では、この戦いにおける貴女の運命はもう決まっています」

「……世迷言ヲ」

 

 駆け出した。既に水平射撃が当たる位置にまで距離を詰めており、反動を堪えながらも三式弾を撃ち続ける。

 

「喰ライナサイ!」

 

 粒状の弾幕がすぐ目の前で展開される。しかし、まるで弾幕が自ら避けていくように、自身には当たらない。

 

「奇ッ怪ナ!」

 

 再び放たれたのは、大小混合の弾幕。装甲を貫通し、大きな弾幕が直撃するも、まるでダメージなどなかったように再び駆け出した。

 

 再び弾幕が直撃する。しかし突き進む。大きな弾幕が直撃する。まだ走り続ける。

 不死身とも呼べるような進撃ぶりに、深海棲艦は戸惑いの表情を隠しきれていない。

 

「ドウシテ、何故進メルノ!」

「昔から運だけは良かったんですよ。中々沈まなかったり、ギリギリで攻撃を避けたり。一人ぼっちになったのは伊達ではありません」

「来ルナ! ワカラナイ! オ前ノ運命――ドウシテ!?」

「生き延びたいわけではありませんでした。かと言って沈みたいわけでもありませんでした。それでも――それでも戦った!」

 

 三式弾を放つ。その一撃は深海棲艦にとって大きな損傷となったらしく、既に壊滅状態。だが、尚も接近する。

 

「来ナイデッテ、言ッテルノ!」

「運命は一つに帰結しないと教えてあげます!」

「沈ンデ!」

「沈む場所はただ一つ、古鷹の傍だけです!」

 

 砲撃は止まない。接近も止まらない。今この身を動かす原動力となっているのは、古鷹を傷つけられたからとか、青年に従うためなどではない。

 

 過去の自分に別れを告げ、幻想の如き望んだ未来を生きるため――。

 

 

「あなたの姿、よく見えますねえ!」

 

「ナ、何ナの! オ前ハ一体、何だトイうのよ!」

 

 

 

「我――青葉ァ!」

 

 

 

 深海棲艦の額に主砲を突きつけ、その引き金を引く。

 耳をつんざく轟音と共に、深海棲艦はようやく地に倒れ伏したのであった。

 

 その様子を見て、荒れ狂う鼓動と暴れる呼吸を整える。

 

 弾幕を避けたのも、貫通した弾幕から大したダメージを受けなかったのもただの運。だが、ここまでたどり着けるという確かな自信があった。そしてそれは、この戦いにおける運命だったのかもしれない。

 

 

「勝ッタ、ト思ッタカシラ?」

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 

『紅色の幻想郷』

 

 

 

 至近距離にて、大小の弾幕が目の前で放たれる。咄嗟に距離を取るも、時既に遅し。

 どれだけ戦いを生き延びようと、どれだけ運が良くとも。

 

 “大破着底”という確定した歴史からは逃れられないらしい。

 

 大きな弾幕を被弾し、中破してしまう。しかしいくら避けようとも、縦横無尽に敷かれた大小の弾幕が、自身を逃すまいとひしめいていた。

 

 更に――

 

 

「不死身ハオ前ダケデハナイ!」

 

 

 みるみる内に、目の前で深海棲艦の傷が治っていく。ボロボロだった肌は元の陶器のような透き通った白色に戻り、損傷も復活していく。

 こんな話は聞いていない、と思うと同時に、儚くも死を覚悟した。

 

(昔から詰めが甘かったんですよね。古鷹、加古、衣笠、皆……司令官、ごめんなさい)

 

 

 

「レミリア、そろそろお終いにしよう」

 

 

 

恋符『マスタースパーク』

 

 

 

 自身に気を取られていた深海棲艦は、上空から迫る脅威に気づくことはなかった。

 目前に、天から光の柱が堕ちてくる。轟音と共に、大地を抉り取るように、その空間にあらゆる存在を許さないような極大の光線。

 

 光線が止むと、その場に倒れていたのは一人の少女と一枚のカード。

 

 しかし近づく気力すら湧かず、自身はその場に座り込んだ。脱力し、ただ地面を見つめる。

 生きているという実感と、運命に抗ったという実感。

 それを胸に抱きつつ、両手で顔を覆い、静かに嗚咽を漏らし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙から放たれた極大の光線が終わり、その場に少女が倒れているのを見て、青年は心を落ち着ける。赤い霧は、徐々に霧散し始めていた。

 紅魔館から少し離れた位置で、青年は何もできずに戦いの行方を見守っていた。怪我をした早苗と咲夜も傍に控えており、鳳翔が応急手当を行っている。大破した漣と龍田は、既にカード化して青年のポケットの中である。

 

 いつしか、青葉の記憶にかかる暗闇は消えていた。青葉の記憶、青葉の意思。それを確かに受け取った青年は、静かに目をつむる。

 批判もあった。孤独に耐え難い夜もあった。それでも戦い抜いた彼女は、涙を流しながら古鷹山を背に戦いを終える。

 抗い、決意し、この戦いに勝利した彼女。青年は言葉もなく、ただ目を伏して呼吸を整える。

 

 だが、いつまでも感傷に浸っている場合ではない。戦った艦娘を、戦い抜いた彼女を迎えるのは、提督たる自身の役目なのだから。

 と思い、青葉の方へ足を向けたとき――

 

 

 

「――オマタセ」

 

 

 

禁弾『過去を刻む時計』

 

 

 

 紅魔館の全周に人が立ち入ることを許さぬように、弾幕が展開された。いくつもの十字型の光線が回転し、球状の弾幕が全方位に向けて放たれる。

 その中央、弾幕を放った人物。紅魔館の屋根に腰掛ける、陶器のような白い肌とふんわりとした白い髪。レミリアと同型の深海棲艦でありながら、不気味な雰囲気はレミリアの比ではない。

 

「オ姉様ヲ倒シテイイ気ニナッテルノ? 死ヌワヨ?」

 

 放たれた弾幕は紅魔館の周囲にいた艦隊を蹂躙した。青葉の元へ近づいていた水雷戦隊、および天龍をことごとく屠り、容赦なくその身を傷つけていく。

 青葉はその弾幕の中でも被弾していなかった。だが、天龍が中破、吹雪、叢雲、電が大破、球磨に至っては駆逐艦を庇って最も弾幕が集中したため大破し、艦隊は最早戦闘が出来る状態にない。

 

 油断していた。吸血鬼は姉妹だと聞いていたにも関わらず、強大な敵を倒したということだけで完全に気が抜けていた。

 たった一度のスペルカードで。ただ一度の攻撃で艦隊が封殺された。この尋常ならざる事態に、青年は思わず駆け出す。

 

「提督、何処へ行くおつもりですか!」

「決まってる! 大破した子達を連れ戻すんだ!」

「無茶です! 提督は戦えないのですよ!」

「何もしないよりはいいよ!」

 

 鳳翔の忠告を無視し、青年は更に駆ける。同様に上陸して救援に向かっている古鷹、加古、衣笠を追い抜き、青年は紅魔館の門の前に到着した。

 呼吸を整えつつも、五月雨以外の大破してぐったりと倒れ伏している駆逐艦と球磨を、すぐさまカードへ変化させる。

 いつ弾幕が放たれてもおかしくない状況にて、前線に出てきたことを天龍と夕張に怒鳴り散らされ、緊張と不安に体を震わせながらも青年は青葉の前にしゃがみ込んだ。

 

「青葉、立てる!?」

「し、司令官!? どうしてこんなところに?」

「そんなことはどうでもいい! どっちだ!」

「ま、まだ戦えます! 青葉はしぶといんですから!」

 

 見る限り完全に脱力していた青葉だったが、青年の顔を見て驚嘆に染まる。だが、状況をすぐに理解したのか、主砲を持って立ち上がった。

 戦いに巻き込まないようにと、青年はレミリアを背負う。銀色のセミロングと、身体に似合わぬ大きな翼、レースが施された薄いピンク色のドレスを着た少女。あれほど驚異だったというのに、その体は驚く程軽い。

 そしてその場に落ちていたカードを拾う。悩んでいる暇などなく、その場に実体化させた。

 

「私が鳥海です、よろしくです」

 

 現れたのは重巡洋艦、鳥海。丈の短いセーラー服に成長した体躯。縁なしメガネと肩まで伸びるロングの、真面目そうな重巡。

 

「ごめん、戦ってくれ!」

「え、は、はい!」

 

 戸惑いを隠さない鳥海と、焦りを浮かべる青年。青年は既に、この状況をいかにして切り抜けるかということしか頭になかった。

 大破した艦は保護した。だが、現状の最大の戦力である第六戦隊で、レミリアを相手にあれだけ苦労したのだ。もう一人を相手にするには第六戦隊は傷つきすぎたし、残る戦力も少ない。

 

 駆逐4人、軽巡2人が大破。残ったのは駆逐1人、軽巡2人、重巡4人のいずれも中破している艦と万全の鳥海。鳳翔は夜は戦えない。

 だが、戦わなければならないのだ。異変に関わった者として。守矢神社を守るためにも、艦娘を守るためにも。

 

「戦えない者は自己申告してほしい! 無理に戦えとは言わない!」

「それで戦わないと言うほど、青葉たちは腑抜けた訓練を受けてはいません!」

「そうだな、俺たちを甘く見てもらっちゃ困るぜ?」

「中破したってまだ砲は撃てるし、機関も絶好調だよ!」

「……わかった!」

 

 戦力も限られている。士気も十分。ならば、選択は一つしかない。

 

「艦隊を再編成する! 旗艦鳥海!」

「はい!」

「命令は一つ、生きて帰ってくること! 絶対にだ!」

 

 

 

抜錨『三川艦隊』

――重巡『鳥海』『青葉』『衣笠』『古鷹』『加古』

    軽巡『天龍』『夕張』

      駆逐『五月雨』

 

 

 

 艦隊が編成され、鳥海率いる艦隊は上陸し、紅魔館の門の中へと進んでいく。

 

「単縦陣を敷きます! 重巡は弾種三式、天龍、夕張、五月雨は攻撃が来たら重巡の装甲に隠れてください!」

 

 重巡がそれぞれ主砲を構え、紅魔館の屋根の上の少女と相対した。

 咲夜曰く、少女の名前はフランドール・スカーレット、愛称はフラン。吸血鬼姉妹の妹であり、その能力は――

 

 

「アナタ達ハ壊レナイノ?」

 

 

 瞬間、艦隊前方の地面が爆発した。大量の土石が舞い上がるも、艦隊は怯むことなく駆けていく。

 

 “ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”。

 万が一人などに使用された場合は考えたくもないが、今まで人に対して使用されたことはないという。

 だが、深海棲艦と化している今の状況で、その言葉を信ずるべきかは悩ましい。

 

「目標、敵陸上基地! 重巡、各個に撃ちー方始め!」

 

 鳥海の指示で、艦隊から三式弾が一斉に放たれる。紅魔館の屋根に座すフランは三式弾の攻撃に顔を歪めつつ、牽制代わりのような弾幕を艦隊に向けて放った。

 前面に押し出ている重巡が、その装甲によって弾幕を弾く。後ろにぴったりとつく3人は、姿勢を低くして流れ弾に当たらない位置に着いた。

 

「フラン、レミリアは倒れたぞ! 姉の真似なんかするな!」

「魔理沙ァ、会イニ来テクレタンダ。私ネ、今トッテモ気持チイイノ……」

「おい、さっさと元の姿に戻って、咲夜に紅茶入れてもらおうぜ!」

 

 そしてそこへ、上空の魔理沙からも弾幕が放たれる。きらめく弾幕は夜空を流星のように駆け、フラン目がけて堕ちていく。が、フランは歯を見せて笑うばかりで、一向に動こうとしない。

 レミリアの時も同じであった。あの基地型の深海棲艦は、その場からほとんど動こうとしない。動かないのか、それとも動けないのか。

 

「砲撃を続けてください! 弾種そのまま、撃て!」

 

 更に砲撃を続ける艦隊。既に紅魔館の玄関口まで到達し、そしてそこは水雷戦隊にとっても有効な攻撃が可能な位置。

 

「天龍、夕張、五月雨も砲撃開始してください! 攻撃が来たら重巡を盾にして構いません!」

 

 艦隊の攻撃は止まない。その空間を抹消するかのような三式弾の嵐。精度を重視した軽巡と駆逐の砲撃。紅魔館の屋根は跡形もなく消し飛び、フランは紅魔館の内部へと落ちていった。

 

「やったか!?」

 

 加古と衣笠がハイタッチをして喜んでいた。青年も遠目に見ていたが、間違いなく大きなダメージを与えているだろう。

 例えるならば、外の世界におけるトラックが、何度も何度も激突しているかのような攻撃だ。それで無傷と言われた方がよほど怪しい。

 

「ねえ鳥海、どう思う?」

「私の計算では、少なくとも損害状態にまでは持ち込めたはずです」

 

 古鷹と鳥海の問答。鳥海はズレたメガネを押し上げ、紅魔館を真っ直ぐ睨んでいた。上空にいる魔理沙も、紅魔館から上がる煙で何も見えないらしく、漂ったままである。

 

 ところが――

 

 

 

禁忌『レーヴァテイン』

 

 

 

 紅魔館の内部から、突如として現れた大きな光線状の弾幕と思しき紅い極大の光。レンガ造りの紅魔館の壁を容赦なく突き通し、そのまま艦隊をめがけて、壁ごと、横に薙ぎ払われる。

 

(えっ……あっ、みんなが――)

 

 装甲がまるで紙切れのようであった。巨大な火炎の剣のようなそれは、紅魔館の壁をことごとく破壊しつつ、艦隊を襲い、蹂躙した。

 辛うじて鳥海が中破に留まる。だが、他の艦は一瞬にして、瞬きをする間に大破してしまった。紅魔館の前で、鳥海以外の全員が地に倒れている。

 

 過呼吸に陥りそうになる青年。さらに――

 

 

「カミツレさん、霧の湖に新しい深海棲艦が――!」

 

 

 息を切らせながら、早苗が青年に連絡する。絶望に苛まれ、虚無感に襲われ、青年は堪らず膝をついてしまった。

 

(僕は何をしたら……。戦力は? 状態は? 敵の数は? 力は? さなちゃんと魔理沙ちゃんと咲夜さんと鳥海で、全員助けて全部倒して、それから――)

 

 だが、青年の心を折る出来事がもう一つ。

 

 

 

「アハハハハハハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 

 

禁忌『フォーオブアカインド』

 

 

 

『アハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』

 

 

 

 崩れかけの紅魔館から現れたフラン。その姿が――4人に。吸血鬼の不死性によるものか、これまでの攻撃もほとんど回復している。

 

「ねえ、さなちゃん」

「は……はい」

「短い間だったけど……守矢神社で過ごせて楽しかった」

 

 胸の中で何かが失われ行く感覚――。青年は紅魔館に向けて走る。何か聞こえただろうか、いや何も聞こえない。

 カード化させられるのは自分ただ1人。大破して命の危機が迫っているのは7人。最適解を導き出すのはなんて簡単なのだろう。

 ただ、突発的に動いたために、レミリアを背負ったまま走ってしまった。が、不死であるなら、最悪生きてはいられるだろうとそのまま走る。

 

 鳥海が三式弾で無勢ながらも応戦している横へ、青年は到着する。大破した艦娘を全員カード化させ、ポケットに入っていたカードを全てまとめ、鳥海と向き合った。

 

「提督としての命令。必ず、生きて皆を守矢神社に送り届けること。それだけ」

「えっ――でも、提督!」

「装甲があるから君は逃げられる!」

 

 無理矢理カードを鳥海の手に持たせ、背中を押して早苗の元へと走らせる。残った自身はフランと――8つの目と相対し、拳を握り締めた。

 

 自分が囮となれば、少なくとも鳥海に攻撃は向かわない。これは皆に、自分を慕ってくれた艦娘に対する恩返し。目も当てられない提督だっただろうが、青年なりの形容しがたい気持ちを行動で示した結果。

 故に、この選択に後悔はない。フランを倒す方法、艦娘が可能性の一つであるというなら、生かすことこそ正しい選択で間違いないだろう。

 

 覚悟を決め、大きく息をついて。

 震えが止まらない手を握り締める。

 

 ただ、願わくば。もしも許されるのであれば――

 

 

(もう少し、みんなと一緒に……いたかったな)

 

 

 フランの眼光が一斉に輝くのを見て、青年は目を瞑る。

 後戻りなどできない。そして、その選択肢さえも青年は持ち合わせていなかった。

 

 

「アナタの運命、本当に酷いものね」

 

 

 背中に背負っていたレミリアが、いつの間にか目を覚ましていたらしい。深海棲艦だった時の姿と性格しか知らない青年としては、急に話しかけられたことに驚いたものの、諦めにも似た境地で声を返す。

 

「そんなものですよ。僕が幻想郷に来る前後の運命は本当に恵まれていました。ハハハ、僕みたいなのが幸せを願っちゃったから、バチがあたったんでしょうね」

「ふうん、そうかしら? 貴方の運命は確かに醜くて面白い。……でもね、悪いことが起きるとは言ったけれど、良いことが起きないなんて一言も言ってないわよ」

 

「これ以上僕を幸せにするんですか?」

 

「少なくとも、あなたはここで途切れる運命ではないようよ――咲夜!」

 

 

 瞬間、豪風が紅魔館一帯に巻き起こる。

 何が起きたのかと現状を把握するより前に、いつの間にか、自身とレミリアは紅魔館の門の外へ移動していた。

 

 そして上空。そこに君臨するのは見知った顔。

 

 注連縄を装備し、赤い服を纏った軍神が、不機嫌そうな顔で顕現していた。

 

 

 

「ウチの子たちが世話になったね」

 

 

 

支援射撃

――御柱『メテオリックオンバシラ』

 

 

 

 突如、空から巨大な木の柱のようなものが降ってきた。それはフランの1人を直撃して、一瞬にして原型を奪って地面へと叩きつけた。

 降ってきた、などど軽い表現ではない。雨あられと降り注いだのだ。

 

 爆音をかき鳴らしながら、フランめがけて柱が放たれる。外れたものは紅魔館へと突き刺さり、その内部を食い散らかすように破壊した。轟音を立てつつ、紅魔館は徐々にその姿を強制的に変貌させられる。

 終わらない。柱は降り注ぐことをやめない。

 フランを、紅魔館の全てを破壊し尽くすかのようなおびただしい数の柱が、まるで砂に木の枝を突き立てるが如く、雨あられと堕ちていく。

 

 

 ――やがて攻撃が終わる。後に残ったのは、最早形を残していない紅魔館の残骸と。

 その入口だった場所付近にて、柱の影でうつ伏せに倒れる一人の少女であった。

 

「……あっ、霧の湖の敵が――あれ……咲夜さん、いつの間、に?」

「妖怪の山から援軍が現れたみたいよ。白狼天狗が空から、河童が水中から攻撃して、もう戦闘は終わったわ」

「あ、そ、そう……なんだ」

 

 その場に、へたりと座り込む青年。座り込むなどではない、腰が抜けたのだ。

 上空では神奈子が魔理沙と何やら口論しており、背中から降りたレミリアは咲夜とため息をついている。鳥海は現状を把握しきれていないのか、カードを胸元に抱きしめて周辺をキョロキョロと警戒していた。

 

 そして、早苗。

 

 

「カミツレさんは……本当に馬鹿です」

 

 

 早苗は俯いたまま座り込んだ青年の正面に立ち、頬を叩く。

 ジンジンとした痛みが走るものの、その頬には早苗の優しい手が添えられた。

 

「馬鹿です……大馬鹿です。存在が奇跡みたいなお馬鹿さんです……」

「うん……ごめん」

「二度と……同じ真似をしないでください」

「……約束する」

「ばか……」

 

 顔をあげて、涙をこぼしそうな表情を見せる早苗。震え、絞り出すようなその声が聞こえたかと思うと、青年の胸元に顔を寄せる。

 声もなく、青年はその頭に優しく手を添えた。

 

 

 上空を天狗たちが飛び回る。その中には見かけたことのある白狼天狗の少女と、文という天狗の少女の姿もあった。目を覚ました紅魔館の面々は、崩れ果てた紅魔館に声も出ないようで唖然としている。

 

 今は何をするべきだっただろうか。艦娘をどうにか回復させて、艤装を修理して、にとりに砲弾の複製を頼んで。

 紅魔館の人に壊したことを謝って、神奈子にお礼を言って、天狗や河童たちにもお礼を言って。

 

 襲い来る眠気で考えがまとまらない。地面に倒れまいとした結果、青年は懐の早苗を無意識に抱きしめる。

 

 空が明るくなり始める。刻は既に、朝を迎えようとしていた。

 長い一日は、ようやく終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 




着任
高雄型重巡洋艦四番艦『鳥海』

これにて第一章は終了となります、ご愛読ありがとうございました。
第二章以降も引き続きお楽しみください!

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