少女は岸辺に放置することとなった。早苗曰く、「ある程度力のある妖怪なので放っておいても大丈夫です」とのこと。妖怪のとはいえ少女を一人放置していくことに後ろ髪引かれたものの、それはそれで早苗のお気に召さなかったらしい。
艦隊の隊列を組み直して川を下り、早苗は上空へと向かう。もちろん、青年は早苗に抱えられていた。
『我夕張、敵艦見ユ』
「カミツレさん、敵です!」
やがて来たる次の敵。目で追わずとも、その威圧感だけは肌で感じられる。
川の彼方には、2体の深海棲艦が厳然として存在していた。
赤い駆逐ロ級が1体と、赤い駆逐ハ級が1体。やはり少女のような姿が見えた気もしたが、先ほどの戦いで攻撃をされている以上、最早迷いなど持ちようがない。
「さなちゃん、僕のことは気にせずに遠慮なく」
「弾幕を引き付ければいいんですね? わかりました」
『艦隊ヘ。弾幕ハ気ニセズ攻撃セヨ』
『夕張、了解シマシタ』
瞬間、視界がブレた。そして、耳に聞こえる風を切る音の中に、早苗の吐息の音が添えられる。
「先ほどのようにはいきませんよ!」
視界が安定したかと思えば、今度はほぼ真っ逆さまに落ちる。否、若干角度はついているものの、滑空しているかのように空を駆る。
耳元で聞こえた早苗の叫び声。それをうるさいと思う暇はなく、目の前に突然2体の赤い駆逐艦が現れていたことに青年はしばし硬直。
視線と視線が交わされる。時が止まったようにすら感じた。
「あ……ど、どうもぉ――ぉッ!」
そして時は動き出す。すぐさま上空へと舞い上がり、早苗は上空へと退避。
下方で響き渡る爆音。そこには、赤い駆逐ハ級がすでにボロボロの状態で大破している様が見て取れた。
『夕張ヨリ提督ヘ。早苗ノ急降下爆撃ノ効果絶大。第二次攻撃ヲ求ム』
「急降下爆撃……? だってさなちゃん」
「わたしがですか?」
「ちなみにさっき、何したの?」
「急いで接近して、そのまま弾幕を近距離で放って逃げたんですよ?」
その説明を聞く限りでは、確かに急降下爆撃のようだ、と納得する。距離による弾幕の威力の減衰や拡散を考慮して突発的に行動したというのであれば、そのセンスはすさまじいとすら言えるだろう。
同時に、藍の弾幕がいかに規格外であったかも思い知ることになったが。
「もう一度行きますよ。舌を噛まないようにしてください!」
『夕張ヘ。第二次攻撃ノ用意アリ』
『了解。全艦、近接戦闘用意』
と、夕張の返事を聞く頃には、既に早苗は弾丸のように飛び出していた。
二度も同じ手は受けないとでも言いたいのだろうか、無傷の駆逐ロ級が早苗に対して向き直る。
――その瞬間、身体が文字通り凍り付くような恐怖を脳で感じた。
雪符『ダイアモンドブリザード』
突如、赤いロ級の周りから視界を覆い尽くすほどの弾幕が展開される。いや、弾幕というよりは氷の結晶のようなもの。
その弾幕に周期性はほとんどなく、無造作にばら撒くように展開される。それはさながら、雪国における冷徹で容赦のない猛吹雪のように。
「さなちゃん!」
「う、く――なんのぉっ!」
早苗は弾幕を右肩に受けてしまった。巫女服が破れ、赤くなった肌が露出する。
だが、突貫する勢いが弱まることはない。先程同様、上空より急角度にて接近した早苗は、赤いロ級に最接近した瞬間に弾幕を張り、振り子のごとく上空へ舞い上がる。
大破した駆逐ハ級と、今しがた中破した駆逐ロ級。そこへ向けて、軽巡3人による砲撃が行われる。
鼻につく硝煙の匂いと、耳に残る砲撃音。
『我天龍、敵艦ヲ撃破セリ』
下を見れば、すでに砲撃により駆逐ハ級は倒されていた。その場には緑の髪の少女が浮かんでいるのを確認した後、残るロ級へと砲が向けられる。
駆逐艦たちは更に接近する。その中でも、吹雪は艦隊運動を外れて突出していた。
「吹雪ちゃん戻って! 一人じゃ危ない!」
だが夕張の話を聞いていないのか、吹雪は更に前へ進む。
吹雪は主砲を放ちつつ、赤いロ級へ向けて速度を上げた。ロ級の口から放たれる砲撃を巧みに回避しながら、吹雪は魚雷を発射する体勢に入る。
が、赤いロ級が氷の如き弾幕を放つと、吹雪は2発を被弾してしまう。魚雷発射管を破損したらしく、負傷によりその速度も落ちてしまった。
(まずい、吹雪が――)
接近したというのに、魚雷を発射することができない。主砲は稼働するものの、赤い駆逐ロ級に対して有効的なダメージを与えること叶わず。
孤立した吹雪。駆逐ロ級の方が向けられ、そして――
(――ッぃ!? な、何の音!?)
鼓膜が破れるのではないかとさえ思った、重巡洋艦の砲撃音。
青葉の放ったその攻撃により、赤い駆逐ロ級は一撃で沈黙した。
吹雪は、目前で倒れた深海棲艦が青い妖精に変化していくのを見ながら、一人呆然として立ち尽くしていた。
漣、五月雨が吹雪の元へ水上を滑り、腰が抜けかけている彼女の肩を左右から支えた。水上に浮かぶ緑色の妖精と青色の妖精を、叢雲と電が担いで岸辺へと送る。
青葉による砲撃。重巡洋艦の砲撃というものを初めて見たが、他の艦種の主砲とは全く異なる。その威力、その砲音、その迫力。駆逐艦の砲撃とは違い、発射時の衝撃波などは内蔵を掴んで揺さぶられているようである。
中破状態であったとはいえ、未解明な敵の装甲を貫徹し、一撃のもとに粉砕したその力。これが重巡洋艦か、と改めてその力に戦慄する。
戦力として頼もしいことこの上なく、どのような敵が現れても倒してくれるのではないか、と期待を抱かせるほどにその攻撃は衝撃的であった。
しかし、悩みが消えることはない。今回と言わず先程の戦闘でもそうだが、幻想郷の住人が深海棲艦化している状態、これが非常に厄介である。
その理由や原因は今のところ不明であるが、それはいい。青年が気にしているのはもっと別のところ、すなわち戦闘面。一発一発を精密に放つ艦娘や深海棲艦と、多量の弾幕を展開する幻想郷。これらが合わさった者と今戦っているのだ。
深海棲艦と化した幻想郷の住人は、深海棲艦の主砲だけではなく弾幕すら展開する。これは接近したときの緊急的な防御手段ともなるため、事実上魚雷を封じられたも同然である。
加えて、上空への攻撃にも適応している。弾幕によって三次元的な攻撃をすることにより、早苗の攻撃も阻害されてしまうのだ。
更に、強い個体が放つ赤い気配。あれが原因かは分からないが、装甲が一回り強化されている。現状、駆逐艦では手を出すことは困難であるかもしれない。
「あ、あの、カミツレ……さん」
「え、あ……」
「ごめんなさい、一度降りますね」
思考に没頭するあまり、早苗が弾幕を被弾していたことを忘れていた。しかも、早苗は肩に傷を負いながらも青年を抱えているのだ。
「あ、ご、ごめん、今――ってうわわわわぁッ!」
思わずその事実に慌ててしまい、降下中であるにも関わらず早苗に負担をかけまいとして腕から抜け出そうともがく。
だが、宙に浮いているという事実を忘れていた。青年は早苗の腕を離れて、水面からおよそ5メートルの高さから落下する。
「でっ――」
「痛っ!」
運悪く、龍田の頭上に落下した後に着水してしまった。青年は浮かび上がろうと立ち泳ぎに移行し、龍田に謝るべく顔を上げる。
「あ、えっと――あっ! あの、その……ごめんなさい」
「死にたい人はどこかしらぁ?」
顔を上げて見えたのは、翻るスカートとその中身。美しいラインを描く白い太ももと、それを飾る白の下着。その脚線美が織り成す女体の美しさはまさしく芸術品ではないか、と思いつつ青年は龍田に沈められた。
「ちょ、ぶ、わざとじゃ、あぶっ、助け――溺れるっ! 溺れるっ!」
「おイタが過ぎるわよぉ、提督?」
水面で浮き沈みを繰り返し、水を飲みかけたり呼吸に苦しんだりと、このままでは龍田に沈められてしまうと思った青年。
断末魔の一瞬、青年の精神内に潜む生命力が、とてつもない冒険を産んだ。
逆に、青年はなんとさらに――水中へもぐった。
川に潜水し、その場を離れてから水面へ顔を出す青年。岸辺へと上がり、髪についた水を払いつつ龍田をチラチラ見る。
龍田は何も言わず、ただ槍を鳴らしてニコニコと青年を見ていた。その笑顔にビクビクしながら、青年は降りてくる早苗を迎える。
ペコペコと謝る早苗だが、青年も抱えさせていたため何も言えない。
「さなちゃん、怪我は?」
「思ったほど痛みはないので戦闘は続けられそうです……が、残念ながら、カミツレさんを抱えて飛行するのは厳しいですね」
先ほどの急降下時の被弾。早苗がそのまま墜ちてしまうのではないかと心配もしていたが、どうやら比較的軽傷で済んだらしい。もっとも、早苗が痛みで顔を歪める表情は、青年も見たくはなかった。
「そっか……いや、無理はさせたくない。僕は走って向かうから」
「走ってって――妖怪もいるんですよ?」
「……改めて思ったけど、僕は来ない方が良かったのかもね」
自身がお荷物となっている自覚を持ちながらも、役目は果たさねばならない。早苗への心配もそこそこに、青年は艦隊へと目を向ける。
「吹雪、ちょっとこっちへ」
「……はい」
漣と五月雨の肩を借りながら、吹雪が岸近くに来る。魚雷発射管は完全に破損しており、以降の戦闘で使用することはおそらく難しいだろう。
また、その腹部も大きく被弾していた。服が破れ、そこから見える肌は赤くなっている。
「……大丈夫とは言えないね」
「いえ、大丈夫です! まだ戦えます!」
とは言うものの、吹雪は腹部を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。これをみすみす見逃してしまうことはできない。
「まだ戦うつもりなの? その状態で……」
「このくらい、怪我のうちには入りません!」
「…………」
「司令官、このぐらいで情けをかけていては、守りたいものなんて守れませんよ?」
「その守りたいものの中に、君も入っているから心配しているんだ」
吹雪のその言葉に、青年は納得することはできない。
今青年が戦わせているのは自分のためではない。守矢神社のため、ひいては艦娘たちの立場を確立させるためだ。
だから、無理をさせるつもりは毛頭ない。怪我をすれば撤退させるし、その場合に立場が悪くなるとすれば、それは従わせている青年の責任であって艦娘の責任ではないのだから。
だが、真面目な吹雪が艦隊運動から外れるようなミスを起こすとは珍しい。そう感じた青年は、これまでの中で思い当たる理由と思しきものを小さく呟く。
「もしかして青葉……が原因?」
「……わかってて仰るのはずるいです」
「いや、理由がわからないけど青葉の記憶は見れなかった。だから何があったかはあんまり――いや」
そう言いつつ、青年は吹雪の記憶をもう一度思い返した。
吹雪と青葉の関係はサボ島沖海戦から読み取れる。そしてその中で、青葉のミスにより味方艦隊が大損害を受けてしまったという記憶に行き着く。
吹雪はその損害を受けた艦であり、その戦闘において艦歴を終えた。
吹雪と青葉が互いに気まずそうな雰囲気になっていた理由がようやくわかったようで、青年は一つ息をつく。
もしかしたら、吹雪はそれが原因で先程艦隊運動から外れてしまったのかもしれない。焦っていたのか、もしくは精神に昂ぶりがあったのか。
ミスを犯した人物と一緒に仕事などできない、といった感情だろうか。だが、一刻を争い命の危険まである現状、それを認めるわけにはいかない。
「記憶を知ることはできても、君たちの感情まで知ることはできない。未熟な僕を叱りつけるのはいくらでも受け入れるけど、今は協力して欲しい」
「……はい、申し訳ありませんでした」
「謝ることじゃない。戦いが終わったらさ、二人で好きなだけ喧嘩するといいよ。それを咎めたりはしない」
「別に……そういうことでは」
吹雪が眉尻を下げ、落ち込んだ表情で顔を俯かせる。
こればかりは艦娘間の問題だろう。青年が解決できることではなく、あくまで艦娘同士で処理する問題。だから青年は、提督として現状を整理するために、言葉を伝えるしかない。
「吹雪。強がりじゃなくて、本当にまだ戦える?」
「……魚雷発射管は破損してしまったので使えませんが、主砲なら」
「怪我は?」
「まだ大丈夫です。それに装甲がありますから、ある程度は耐えられます」
「…………」
「私は、司令官を守るために戦いたいんです」
そう語る吹雪の目から、戦意は欠片も失われていなかった。
「なら、お願いできるかな?」
「はい、頑張ります!」
そう言って、吹雪は艦隊を組むために水上を滑っていく。
不安を持ちながらその背中を見つめる。だが、吹雪自身が決め、自身も認めたこと。それを覆すことは、吹雪を貶すようにも思えるため、拳を握り締めるに留める。
(逃げるな。艦娘が、みんなが傷つくことの責任から……逃げるんじゃない)
深呼吸をし、精神を落ち着かせる。
ふと気づけば、青葉がいつの間にか隣に立っており、同様に吹雪の背中を眺めていることに気付く。
「どうしたの、青葉」
「……さっきの戦闘、慌てて砲撃してしまいました。吹雪さんが敵に向かっていく姿を見て、昔を思い出してしまって」
そう語る青葉の表情は、どこか緊張しているのか表情が固い。そして青年も、急いでいたとは言え、どうして青葉と吹雪の関係を戦闘前にもっと理解しておかなかったのだろうか、と後悔の念が渦を巻く。
「……でも、今回は守れたからそれでいいと思うよ?」
「え? あ、あの、なんで知って……」
「吹雪には言ったよ。戦いが全部終わってから、青葉と喧嘩でも何でもするといいって。青葉はどうかな?」
「青葉は……」と言って、遠く離れる吹雪の背中を見つめてから俯く。
すぐに答えを出す必要などないだろう。どう足掻いても青年には本人たちの気持ちなど分かりようもない。だから、背中を押すしかないのだ。
彼女たちが望む方向へ、彼女たちが取る針路へ向けて。
「怖かったかな?」
「はい。また吹雪さんが沈んでしまうのではないかと思って……気が気ではありませんでした」
「中破した吹雪をどうするかは迷ったよ。でも本人の希望もあるからそのまま戦わせる。2人の間でどんな想いが交わされてるのか僕にはわからない。でもね、」
沈む、という青葉の表現に青年は胸を刺すような違和感に苛まれるも、青葉の肩を叩き、優しい声音に言葉を乗せる。
「吹雪が危ないと思ったら、青葉が助けてあげてほしい」
「青葉に……できるでしょうか」
「青葉がそれを望むなら、ね」
この時見せた青葉の表情は、年相応の微笑みを浮かべる少女のそれであった。
そうしていると、叢雲と電が岸辺に少女たちを寝かせた後、青年の元へとやってきた。2人の手には、それぞれカードが握られている。
「ほら、艦隊に新しいメンバーが加わるわよ」
「2人とも、介抱ありがとう。怪我はない?」
「あの2人に怪我らしい怪我はないのです。無傷なのですよ」
「そうじゃなくて、君たちに」
「な、なによ! 心配なんてする暇があったら新しい子とおしゃべりでもしておきなさい!」
そう言って、叢雲は青年の手にカードを握らせ、去っていく。電はカードを差し出すように渡すと、ペコリと一礼して同様に去っていった。
(2人増えるのか)
渡されたカードを見る。そして実体化を行えば、目の前には少女とも大人ともつかない容姿の2人の少女が現れた。
「古鷹型重巡の2番艦、加古ってんだ、よっろしくぅー!」
「古鷹と言います。重巡洋艦のいい所、沢山知ってもらえると嬉しいです」
加古という少女。ボーイッシュな顔立ちにざっくりとまとめられた髪。前髪を髪留めで止めており、両肩にはゴツゴツとした艤装。露出の多めなセーラー服のスカートから覗く脚は非常に健康的に感じられる。
そして古鷹。サラッとした茶髪にどこか儚そうな表情。右肩に装備された艤装はなんとも重量感があり、その割には細い体躯。左目は何か異常でも抱えているのか、右目と色合いが少し異なる。
重巡洋艦。先ほどの青葉の攻撃を見ればわかるように、軽巡洋艦より強力な主砲を備えた艦種。それが2人も増えるとなれば、心強いことこの上ない。
だが、率直に言ってしまえば、今の時点でこの古鷹という少女が加入することを、青年は危惧していた。なぜなら――青葉と違って二人の過去の記憶は知ることができたから。
「あ、あの、古鷹……」
「青葉……」
特に古鷹の記憶。それによって、何があったかを青年はようやく知る。
兵装実験軽巡、夕張の拡大・改良型として誕生した古鷹型重巡洋艦の1番艦。第六戦隊、珊瑚海海戦、第八艦隊、第一次ソロモン海戦、そしてサボ島沖海戦……。
古鷹が沈んだのはサボ島沖海戦。沈むに至るまでの経緯としては、夜間航行中、旗艦を務めていた青葉が敵艦隊を味方の輸送艦隊と誤認。
照明弾によって艦隊は先制攻撃を受け、青葉は初弾で艦橋に被弾し、指揮系統が壊滅。集中砲火から青葉を庇うために古鷹は身を呈し……。
しばらくの間お互いに見つめ合っていた青葉と古鷹。お互いに口を開いて何かを言おうとするものの、気後れしているのか一歩引いてしまう。
古鷹の表情。見ている限りでは何かを憎々しく思っているということはなさそうである。その儚げな表情の中に迷いを浮かべているものの、何か一言を言い出せないでいる。
対する青葉。顔を青ざめさせ、肩をプルプルと震わせている。そのどこか怯えた表情は見るに堪えないが、そこに介入すべきかどうかは青年にも判断することができない。
やがて、古鷹が視線をわずかに落とし、顔を伏せる。そしてそのまま青葉に顔を合わせることなく、青年に対して敬礼してからその場を離れていった。
実体化した時の快活さはどこへやら。青葉はすっかり落ち込んでいた。
しかしそこへ、加古がニッコリとした笑みを浮かべて話しかける。
「青葉ぁー、久しぶりじゃん!」
「えっと、加古もお元気そうで何よりです」
「どうしたよー。お前が元気じゃないとみんな落ち込むぞー?」
「え、へへ、そうですよね……」
笑顔を浮かべながらバシバシと青葉の背中を叩く加古。それを受けて、青葉も少しだけ気力を取り戻したのか、俯かせていた顔を上げる。
青年はそれを見て、どうにか青葉も艦隊の中でやっていけそうだと判断する。加古が自身に向けて小さくウインクした様子を見れば、ひとまず青葉のことを任せてもいいのかもしれない。
青年のもとにいる艦娘の中で、サボ島沖海戦に参加したのは青葉、古鷹、吹雪の3名。加えて、叢雲が翌日に古鷹の救援に参加しているため4名。
艦隊がギクシャクすることはもちろん望ましくない。だがそれよりも、悩みを抱えたまま戦い、怪我をすることこそ青年は望まない。
前途多難な艦隊だな、と思いつつも、誰を嫌いになるということは全くない。それが彼女たちであり、彼女たちの歴史なのだ。
むしろ自分自身も、周囲からすればなかなか対応が面倒だっただろうという自覚もあるため、そのぐらいのことを受け入れる度量ぐらいはある。
過去にどんなことがあろうと、前に進むべきであると青年は誰よりも知っていると自負している。だからこそ艦娘たちの、戦いの記憶を持つ彼女たちの行く先を見守らなければならない。
自身が助けを得て乗り越えたように、今度は自身が彼女たちの助けとなる。それは、戦いという役目を生まれながらに持ち合わせる彼女たちに、戦うからこそ誰よりも熱望するであろう平和な時を過ごさせたいがため。
艦娘から与えられた幸せを、今度は艦娘に。それはおそらく、この時代この世界で、艦娘の記憶を知る青年に与えられた“運命”なのだろう。
着任
古鷹型重巡洋艦一番艦『古鷹』
古鷹型受巡洋艦二番艦『加古』