提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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014 暗闇より出でし暗闇

闘符『水雷戦隊』

――軽巡『夕張』

   駆逐『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』

 

軽符『第十六戦隊』

――軽巡『天龍』『龍田』

 

 

 守矢神社の近くにある湖より、霧の湖と呼ばれる場所へ流れる川。その川の上空で、青年は早苗に抱えられて空を飛んでいた。

 時は夕刻。清流のせせらぎと、茜色に染まりつつある夕空が気分によっては絵画の如き印象を与える景色だが、残念ながら取り巻く問題が青年にそれを許しはしなかった。

 遠くから響く爆発のような音。心に不安という矢を突き刺すには、十分すぎるものである。

 

『我ガ艦隊、河川ノ流レト共ニ急行中。提督ノ判断ヲ乞ウ』

「ん? あ、夕張からだ。ええっと、『ソノママ霧ノ湖ニ進撃シテ下サイ。敵艦ヲ発見シタラ戦ッテネ』、と。こんなんでいいのかな?」

 

 カチューシャ型の電信機から読み上げられる夕張の意見。そのまったりとしたボイスだけは如何ともしがたいのだが、やはりこうして直接連絡を取ることが出来るのは青年としても諸手を挙げて喜びたいところである。

 下を見れば、艦娘達から手を振られていた。ちゃんと見守っていることを伝えるためにも、ぎこちない微笑みを浮かべつつも小さく手を振る。

 

「ちょ、ちょっと待ってぇ、置いてかないでよぉ!」

 

 夕張だけ遅れているのは気のせいなのだろうか。一応二個艦隊の旗艦を任せているはずなのだが。

 

(本当に大丈夫かな……)

 

 夕張型軽巡洋艦一番艦、夕張。コンパクトなボディに重武装が特徴であるが、その分重量、排水量と機関に問題を抱えており、速度は一般的な軽巡洋艦より僅かに劣る。

 

「み、みんなごめんね」

 

 そのため、艦隊運動の際に旗艦を務めると、僚艦が彼女の速度に合わせなければならなくなる。

 艦娘ごとの特徴を把握していなかった自分の責任だな、とも思い、青年は心の中で小さく夕張に謝った。

 

 この異変。神奈子の案としては、神奈子が周辺捜索を行い、原因かそれに準ずるものを調査し、青年たちは守矢神社の湖から霧の湖へつながる川を利用して紅魔館に向かうというものである。

 よって、青年と早苗、艦娘に与えられた目的は、移動中に守矢神社の湖へ向かおうとする深海棲艦がいればそれを撃退しつつ、先行しているであろう魔理沙や咲夜と合流することである。

 

「さなちゃん、紅魔館っていうところについて何か知ってる?」

「はい。射命丸さんとの話し合いの時に、幻想郷のことについて色々聞かせてもらいました」

 

 「結界を壊したことは許せませんけどね」とぷりぷり怒りながら、早苗は思い出すように続ける。

 

「妖怪の山の麓にある洋館で、吸血鬼の少女が主人を務めているそうですよ。吸血鬼は姉妹で、使用人としてメイド、門番、それから大きな図書館も内蔵しているとのことです」

「……吸血鬼、ねえ」

「フフフ、この体勢。私もカミツレさんの首筋を狙えるんですよ?」

「そういうのはちゃんと相手を選びなさい」

 

 と、青年が苦笑してそのからかいを制したのだが、返す早苗の反応は唇を尖らせる、といったものであった。理由は不明だが拗ねさせてしまったらしい。

 吸血鬼、と聞いてすぐに思いつくのはやはり吸血鬼ドラキュラ。ヴラド・ツェペシュをモデルとした吸血鬼の小説である。

 外の世界において様々な超常現象に遭遇した青年でも、流石に吸血鬼と出会ったことはない。ただ、その噂はよく知っている。曰く、心臓に杭を打たれると死ぬ。銀の弾丸を受けると死ぬ。日光を浴びると死ぬ。十字架が嫌い。流水が嫌い。ニンニクが嫌い。香草が嫌い等々……後半は子供かよ、と思う部分もあるのだがそれはさておき。

 他には、男の吸血鬼は処女の血を好むとか。仮に異性の血を好むということであれば、その吸血鬼の少女が好むのは――。

 と、そこまで考えたところで思考を捨てる。考えたところで埓が明かないし、それ以前に深海棲艦化しているのだ。まずはそこからどうするかを考えることが必要だろう。

 

「メイドっていうのはあの咲夜さんって人?」

「はい、おそらくは」

「昼食を作りに戻った時は何もなかったみたいだから、その間に何かあったって考えるのが妥当なのかな」

 

 日頃の哨戒は紫や藍が行っている。そのため、何かあれば知らせに来るのは間違いない。

 考えられるのは、深海棲艦が新たな方法で攻め込みに来たということ。目的も何も不明な彼らだが、明確に攻撃の意思を示しているために応戦せざるを得ない。

 深海棲艦と化した人々も、襲って来るのだろうか。その場合、戦えばどうなってしまうのだろうか。

 考えうる最悪は生命の損失、すなわち――死。

 

 

 だが、そこに現れた恐怖は、苦悩をあざ笑うかのごとし。

 

 

『艦隊旗艦夕張。我、敵艦ヲ発見セリ』

「なん……ですかあれは……」

 

 誰もが、その姿を目で追った。釘付けにされ、離すことなどできなかった。

遥か遠く、夕日に重なるようにして、仁王立ちするかの如く顕在する深海棲艦。

 

 一瞬、少女が見えたかのように空目した。しかし、そこに存在したのは単独、たった1体の駆逐艦級――“駆逐イ級”であった。しかし、どうにも様子がおかしい。

 

(遠くに居るからわかりにくいけど……目が赤い?)

 

 その瞳。憤怒に呑まれたかのような赤みを帯び、ゆらゆらと川の流れに揺れるごとに、体の周りに纏う陽炎の如き深紅が揺れる。

 その威圧感たるや、青年がかつて幻想郷に来た日に目前にした深海棲艦とはまるで違う。研ぎ澄まされた、もっと洗練されたかのような怨恨。

 

「カミツレさん、マズいですよ」

「あんなの相手にしたくないんだけどなあ……」

 

 目蓋を震わせる早苗。返事こそしたものの、青年も内心穏やかではない。

 おそらくあれは、深海棲艦と化した幻想郷の住民だろう。だが、果たして本当に戦ってもいいものだろうか。

 などと未だに悩む青年を取り残して、深海棲艦はその主砲をためらいなく発射した。

 

 

 

 

 

『回避運動。急イデ距離ヲ取ッテ』

 

 悩む暇は与えてくれないらしい。やらなければやられるという、明確な事実。

 艦隊が深海棲艦から十分な距離を置いて、自身らも十分な高度を維持した。ある程度安全な位置まで移動した時に、夕張から電文が入る。

 

『提督ノ判断ヲ乞ウ』

『皆ハドウ思ッテルノ』

『正体不明ニツキ懸念アリ。命令アラバ戦闘ニ移行ス』

 

 不安があるなどと言われてしまっては、青年も命令が出しにくくなってしまう。実際どうなのだろうか、と思って川を航行中の艦隊を見れば、確かに警戒している様子が見られた。

 艦娘の士気が低下しているのはよろしくない。このまま仮に戦闘を命令すれば、思わぬ被害が出るだろう。

 なら、何をしてあげれば、艦娘の皆はやる気を出してくれるのだろう。

 

 

『提督ヨリ達ス』

 

 

 艦娘は命を賭している。それは彼女たち自身が掛金になることと同じ。

 

 

『今回、全テノ戦闘終了後』

 

 

 自分の命令で、彼女たちはそうして戦っているのだ。

 

 

『最モ活躍シタ子ヲMVPトシテ選ビ』

 

 

 ならば、自身もそれに全力で応えよう。代え難い貢献には、代え難い感謝を以て報いねばなるまい。

 

 

『僕ガソノ子ノ願イヲ一ツ、出来ル限リノ範囲デ叶エマス』

 

 

 電文を打った後、下方の川から大きな音が聞こえる。騒ぎ立てるような声が耳に届いたため、どうしたのだろうと思って下を見れば、艦隊は既に単縦陣を敷いて敵艦に向かい始めていた。

 

(まだ命令してないんだけど……)

 

 やんややんやと騒ぎながら敵艦へ向かっていく艦娘たち。先程までとは違い、旺盛な士気に満ち溢れているようだ。満ち溢れさせた原因がそれでいいのだろうかとも思うが。

 

『司令官トノデートヲ希望シマス』

「あれ、これ誰だろ? 吹雪?」

『好キナダケ機械弄リシタイデス』

「夕張? お堅い文章以外も打てるんだ……」

『チクマ大明神』

「誰だ今の」

 

 油断だけはしないようにと追加で電文を打つと、「はーい」と大きな声が川から響いてきた。

 

(や、やる気が出たならいいけど)

 

 青年も半ば頬を引きつらせながら手を振り返した。無事を祈るばかりである。

 攻撃された以上、倒す他ない。それが艦娘のためであり、早苗のためともなる。同時に、完全に正しい、全てを手に入れようとする選択肢などないのだと、青年はようやく理解したのだ。

 ふと、早苗に満面の笑みで見つめられていることに気づく。誰が見ても、それは何かを企んでいると思しき顔に見えることは間違いない。

 

「カミツレさん。活躍した子には何でもするって言いましたよね?」

「え……いや、その……」

「“艦娘の子達が”、とは言っていませんよねー?」

「え、あの、さなちゃ――」

 

 その瞬間、世界がブレる。

 青年が幻想郷に来た日にも味わった、立体的な高速機動。それは、先日博麗神社に連れて行かれた時の比ではない。

 

 赤い駆逐イ級が早苗に気づき、その口から砲撃を行うも、早苗は回避。その上空に達した時、早苗は豊かに実った懐から一枚の札を取り出した。瞬間、その札は輝き出す。

 

 

秘術『グレイソーマタージ』

 

 

 早苗が使用したスペルカード。弾幕で形作られた赤と青の星が重なり、周囲へ拡散したと思えば更に星が形作られ、放射状に放たれる。

 最初の弾幕が向かっていくのを確認した時に、早苗は既に二度目の星を形成していた。そして、三度目の星が広がり、赤いイ級へと着弾する。

 

 大きな音の連なりと水柱。上空にいる青年と早苗のところにまでその飛沫が舞い上がるが、そんなものを気にしている余裕はない。

 弾幕は針の穴を通すような精密攻撃ではない。幻想郷におけるスペルカードルールとは、あくまでもお遊びとしてのルール。避けられる隙間を適度に作り、かつ広範囲にばら撒くものである。

 早苗の弾幕も、水面に吸い込まれていくものがほとんどであった。しかし、面制圧という形で押さえ込まれたイ級は、少なくとも大破程度にまで追い込まれているだろう。

 

 水柱が収まり、その中から赤い駆逐イ級が姿を現した。だが、先程まで抱いていた期待は水泡と化す。

 

「小破止まり……」

 

 多少甲殻が剥がれた程度。早苗もまた、驚きを隠しきれていないようだ。

 

 いかに機動力に優れる駆逐艦とはいえ、すべての弾幕を避けたわけではないだろう。考えられるのは、装甲によるダメージ緩和。

 しかし、昨日藍の弾幕が駆逐艦級の装甲を貫き、それこそ大破にまで追い込んでいたことは、青年だけではなく戦っていた艦娘も知っている。

 当たり所が悪い、では説明がつかない。早苗のスペルカードは少なくとも三度に渡って広範囲高密度の弾幕を放っているのだ。

 

 と、そうやって悩んでいれば、赤い駆逐イ級が動き始めた。

 動きこそ、早苗の空中機動力をもってすれば速いとは言えない。口からの砲撃が行われるも、高速飛翔中の早苗に当てるなどまず難しい。

 

 対空砲でもあれば話は別だっただろうな、と青年は胸を撫で下ろす。

 

 艦娘の記憶から得た知識の限りではあるが、対空砲や対空機銃でハリネズミのような敵艦だったならば、いかに空を飛んでいようとも脅威となる。

 だが、いくら装甲が多少厚いとは言えイ級はイ級。十分な対空性能を備えていないことは幾度にも渡る戦いの中で知っている。

 

 

 ――が、青年はとある可能性に行き着いた。

 

 

「さなちゃん、一旦離れて」

「え、そ、そんなぁ……。急に言われても今は降ろせませんよ?」

「違う、あのイ級から距離を――」

 

 

 

 

夜符『ナイトバード』

 

 

 

 

 直後、駆逐イ級から三日月状の青色と緑色の弾幕が交互に放たれた。狙いは早苗であり、そして抱えられた自分。

 早苗は青年が言葉を紡ぐより先に体で理解したのか、目視の後に急いで距離を取り始めた。その速度の変化に、青年は内蔵を圧迫されるような感覚を覚える。冗談抜きで、イ級よりも早苗に殺されるのが先かもしれないな、などと考える暇がある分、まだまだ自分には余裕があるのだろう。

 

 気づいたのは本当に偶然である。赤い駆逐イ級を目撃したとき、一瞬だけ少女が見えたこと。そして、幻想郷の住人が深海棲艦と化していること。

 つまり深海棲艦は、深海棲艦化させた者の能力まで使う可能性があるのだろう。

 

「さなちゃん、牽制しながら回避! 絶対に攻撃を受けないで!」

「わかっています!」

『宛、夕張。敵イ級、装甲強化型ノ可能性アリ、軽巡ノ主砲デ貫徹ヲ試ミテ欲シイ。コチラハ弾幕ヲ上空ニ引キ付ケル』

『了解』

 

 早苗が星型の弾幕を放つ。その攻撃は赤いイ級に避けられてしまったものの、その注意を艦娘から逸らすことには成功したらしい。

 再び、駆逐イ級から弾幕が放たれる。それは野球のボールほどの大きさのものであったり、直進するレーザー状のものであったりと様々。それらを目の当たりにする、スレスレで早苗が回避するのだが、その規則性や輝きに、青年はどこか芸術に似たような物を感じていた。

 

 交戦距離に侵入した艦隊は、やる気に満ち溢れている天龍が最初に砲撃を始めた。続いて龍田、夕張が砲撃を行う。少し間を置いて、駆逐艦が砲撃を行った。

 軽巡3人による砲撃は1発、駆逐艦の砲撃は2発が着弾した。爆音とともによろめくその姿を見れば、ダメージを与えていることぐらいわかる。しかし、駆逐艦の砲は弾かれてしまったために、やはり軽巡が要となるらしい。

 

『夕張ヨリ提督ヘ。好キ勝手ヤッテ構イマセンカ』

『怪我シナイヨウニ』

 

 軽巡の砲撃が装甲を貫徹するならば、この場は彼女たちの砲撃に任せよう。自分たちに出来ることは、艦娘にイ級の弾幕が向かわないように引き付けることだ。

 

 だが、既に遅かった。軽巡洋艦の砲撃を一度受けた駆逐イ級は、破損した自身の魚雷発射管を投棄し、川の流れに逆らうように上り始める。

 

「さなちゃん!」

「わかっています!」

 

 早苗が再び、星型の弾幕を放つ。今度は命中したものの、イ級は止まらない。

 急に接近してきた赤いイ級に驚いてはいるものの、艦娘たちは慌てず、それぞれの仕事をこなしている。

 軽巡洋艦3人による連続砲撃、駆逐艦3人による近距離砲撃。そして、残る2人が魚雷を発射する位置に達した時――。

 

 

闇符『ディマーケイション』

 

 

 赤いイ級は、砲撃によってボロボロになりながらも弾幕を放った。

赤と緑の楕円形の弾幕が交差しながら波状に展開する。そしてそれは、魚雷を発射するために接近していた吹雪と叢雲を襲った。

 バリアのように装甲が起動し、弾幕をあらぬ方向へと弾く。しかし一発だけではない。

 何度も何度も、弾幕が襲うたびに、吹雪と叢雲は回避行動を取りながら装甲で弾幕を阻み、進んでいく。

 だが終わらない。その波状攻撃と共に、こぶし大ほどの青い弾幕がまるで魚の卵のように集まり、早苗を正確に狙って襲って来るのである。

 その攻撃に当たるまいとして、早苗は今までより速度を上げて縦横無尽に回避した。そして、その早苗に抱き抱えられている青年の様子は言わずもがな。

 

(あ、あれ? 僕ってこの戦闘についてくる意味あったのかな……?)

 

 雨あられと襲い来る弾幕の中、吹雪と叢雲が弾幕を回避しながら前進しているのが揺れる視界の中で見える。しかし、早苗の速度がさらに上がり、もう何も見えない。

 

 ――やがて、遠くで聞こえる爆音と瀑布のような音。鳴り止みゆく砲撃音。落ちていく早苗の飛行速度。

 頭を振って視界を安定させる。そして目の前に飛び込んできたのは、深海棲艦の姿が消え、艦娘たちが怪我もなく残心に浸る光景であった。

 

 

 

 

 

『味方ノ損害ハ軽微。継戦ハ可能』

『了解、オ疲レ様。各艦ヘ、今ノ戦闘区域ヲ探索シテ欲シイ。手ガカリニナル何カガ見ツカレバ嬉シイ』

『探索ヲ実行ス』

 

 結果として倒すことができたのは艦娘の安全には貢献しただろう。皆が無事であることは素直に嬉しいし、青年としても考えるべきことはそこが第一である。

 しかし、その結果として深海棲艦化したであろう何者かを、見捨ててしまったことには変わりない。

 その責任は艦娘のものではない。指示を出したのは自分であり、誹りを受けるとすれば自分であり、罵られるとすれば自分。罪は己のものだ。

 もし禍根が残る形で事が収まるようであれば、その非難は自身が受け止めるしかないだろう。

 

「カミツレさん。あなたは何も間違ったことはしていませんよ?」

「……うん、ありがとう」

 

 心を見透かすかのように、早苗に声をかけられた。まるで準備していたかのようなタイミングだが、その気遣いが本物であることなどは考えるまでもない。

 

『電ヨリ提督ヘ。我、人ノヨウナ者ヲ発見ス』

 

 人のようなもの、という言葉に青年は最悪の状況を考える。すなわち、攻撃を受けたことによる怪我、その結果としての“死”。

 

『詳細ヲ聞カセテ』

『怪我ラシイ怪我ハナイノデス! 生キテイルノデス!』

 

 その言葉に、青年は心から安堵する。思わず体の力が抜け、全身がずしりと重くなったように感じた。

 

『深海棲艦ジャナイノ?』

『夕張デス。面影ハ全クアリマセン。小サナ女ノ子デス』

 

 早苗にそれを伝えると、早苗も安心したようで徐々に高度が下がっていく。あまりにもフラフラと浮くために指摘すれば、すぐさま元の高度へと戻った。

 艦隊に囲まれている、その子供の姿を捉える。確かに、黒い洋服とロングスカートを着た、金色のボブカットの少女がそこにはいた。意識を失い、水に濡れてぐったりしている様は見ていて痛々しい。

 

「カミツレさん、あれは妖怪みたいですね」

「妖怪? ああ、紫さんや藍さんみたいな……」

「種族は違いますが、総じてなかなか死にませんよ。大丈夫です」

 

 全てを理解したわけではないが、早苗の言いたいことはある程度理解できる。だが、いくら死の概念がないとはいえ、それが遠慮なく攻撃していい理由になるとも思えない。

 だが――

 

(深海棲艦化した場合、倒せば元に戻るってことか?)

 

 早合点かとも思う。しかし、深海棲艦を倒した結果、深海棲艦化したと思われる者たちが、元の姿と思わしき姿を取り戻している。

 無論、例外もあるだろう。もしかしたら、今回がその例外かもしれない。

 ならば、ひとまずその少女の様子だけでも確認しに行こう。もしかしたら、謎の深海棲艦化について、手がかりを得られる可能性もある。

 

「さなちゃん、腕も疲れたよね? 一回降りよう」

「……えー。カミツレさんはケチです」

「確かに僕はケチだけど……え?」

 

 そう言って、早苗は少し不満そうな顔をしながら高度を落として。

 岸辺に寝かされた少女の元へ、青年と早苗は降り立った。

 

「吹雪、叢雲。接近していたけど怪我はない?」

「はい、装甲は貫通しなかったので大丈夫です!」

「怪我なんてしないわよ、あのぐらい」

「そっか……本当に良かった」

 

 一つ息をついて、青年は胸をなでおろした。

 振り返り、青年は黒いワンピースを着た少女の傍にしゃがむ。その顔を覗き込めば、衰弱しているのか、弱々しく気を失っている様が目に飛び込む。

 

「しばらく目を覚ましそうにありません」

「そっか、ちょっと残念だ」

「それから不思議なことに、さっきまでの戦闘の傷が、綺麗さっぱり残っていないんです」

「……ふうん?」

 

 少女の頬をペチペチと叩く。それでも反応がないため肩を揺すってみるも、やはり目を覚ます様子はない。

 どうしたものか、と青年は悩む。これでも急ぎで霧の湖へと向かっているため、少女を同行している暇はない。かといって、気絶した少女を自然の真ん中で放置するのも良心が咎める。

 腕を組んで唸り声を上げていると、漣がゆっくりと岸辺に近づいてきた。その手には、何かが握られている。

 

「ねえご主人様、新入りみたいよ」

「……これって」

 

 漣に渡されたその艦娘のカード。それは、表も裏も、否、表か裏かわからないほど真っ黒に染まっていた。何を示しているのだろうか。もしかしたらこのカードの艦娘には何か異常があるのだろうか、とも疑う。

 

(考えられるとしたら、艦娘自身に異常があるか……もしくはあの少女の能力か何かが関係してるのかな?)

 

 何せ、記憶を読み取ることができないのは初めてなのだ。読み取ろうにも、黒いもやがかかったようにその先へ手を伸ばすことができない。宵闇に紛れて身を隠すその記憶を知りたい、知っておきたい、受け入れたいというのに。

 

 現状の戦力は乏しい。軽巡洋艦3人と駆逐艦5人。物量で押せるうちはまだいいが、一人一人の装甲はそれほど強力ではない。

 早苗のサポートにも限界がある。今の状況からすれば、戦力が1人でも増えるというのなら疑心を抱いている場合ではない。

 

 

「ども、恐縮です、青葉ですぅ! 一言お願いします!」

 

 

 身構えていたにも関わらず、現れたのは快活な艦娘であった。少女と呼ぶには大人びているが、大人と呼ぶには幼さが残る顔立ち。銀色のようなセミロングの髪の毛を後ろで束ね、その瞳は爛々と輝いていた。

 艤装の規模を考えれば、軽巡よりも少し大型――いわゆる重巡洋艦であることが考えられる。

 軽巡よりも砲戦に重きを置いた重巡洋艦の着任。思っていたより、彼女は艦隊にとって大きな戦力となってくれそうである。

 

 と、思っていた。

 

「あ、青葉、さん……」

「青葉……」

「え? あ、吹雪さんと叢雲さん……」

 

 だが、そんな青年の考えは吹き飛ばされる。吹雪、叢雲、そして新たな青葉という艦娘との間で、青年の目の前で重く押し掛かられるような暗い雰囲気が流れていた。

 

「あの……。その……。青葉は――」

「……いえ。失礼します」

「あっ……」

 

 青葉は身振り手振りも交えて何か話をしようとしていたが、吹雪が言葉を飲み込むように首を振り、その場から離れていく。

 

「私は……あんたのことは別に気にしてない。ただ、私も助けられなかったけど、古鷹にはちゃんと謝った方がいいわ。ここにはいないけど」

「…………はい」

 

 そう言って、叢雲も去っていく。

何が起きているのかわからない青年は、目の前で起きる艦娘同士の初の諍いに呆然とするばかりであった。

 

「えっと……青葉?」

「は、はい! あっ、司令官ですか?」

「うん、僕が提督の茅野守連。青葉は……重巡洋艦だよね?」

「はい! 旧型の重巡ですが、十分に戦ってみせますよぉ?」

 

 軽巡洋艦より排水量が多く、より強力な主砲を搭載した艦が重巡洋艦である。速度こそ軽巡洋艦に劣るものの、全体的に非常にバランスの取れた艦種であり、戦艦や空母と呼ばれる艦種の次に主力とされた。

 

(……頼もしいけど、吹雪や叢雲とは過去に何があったんだろ)

 

 記憶を知らなければ何もできないのか、などと無力さを思い知るのに加え、現実が急を要していることに急かされる青年。

 

「急にごめん。この艦隊についてはまたゆっくり説明するよ。今は一人でも戦力がほしいから、戦ってくれる?」

「はい、青葉でよければ戦いましょう!」

 

 だからこの時は、青葉を知ることを後回しにするしかなかったのである。

 暗闇を見つめることを――ためらってしまって。

 

 

 

 

 

 




着任
青葉型重巡洋艦一番艦『青葉』

やっぱり、扶桑姉妹の水着グラを……最高やな!

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