提督が幻想郷に着任しました   作:水無月シルシ

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011 製塩業者を護衛せよ!

 砂浜に到着し、青年は潮風を全身に感じた。爽やかな風と少しだけツンと香る潮の香り。しかしそれが海の魅力であり、青年の好きな海である。

 生まれて初めて海を見た日のことは忘れない。湖より広く、どこまでも続いていく群青に、文字通り魅せられたのだ。

 

「いつ見ても、海とは素晴らしいものですね」

「藍さんもそう思いますか?」

「はい。外の世界では幾度か見たことはありますが、やはりこうして幻想郷の海となるとまた違った、格別な気持ちになります。もちろん、いい意味で」

「それは良かったです」

 

 自分のことでもないのに、どこか穏やかな気持ちになる。何ということはない、自分が好きなものを同じように好きという者がいたら、誰だって嬉しいだろう。最も、その気持ちを共有する相手さえ、青年には数える程もいないのだが。

 するとそこへ、不精ヒゲを生やしたみすぼらしい格好の男たちが、青年に声をかけてきた。

 

「ほんじゃ、カミツレさんとか言ったかいの。わしらは塩作るけえ、よろしくお願いしもす」

「あ、はい。任せてください」

「しっがし、海なんて初めて見だわな。でっけえ水たまりと思っとったが、おっだまげたわ」

「海の中には色々な生物が生きているんですよ。陸の上と何も変わりません」

「そうけえ。ほったら旨いもんもいっぺえあるってことか。こりゃ頑張らんとな」

 

 藍が話していた、塩の製造技術を学んだという人間の里からやってきた人間たちである。格好こそ質素なものであるが、その腕には仕事人としてのたくましい筋肉が覗く。

 比較的運動はしていた自身の体と比べても、身長は低いのにも関わらずとても大きく、たくましく感じられた。

 

 ふと、天龍が眠たそうにあくびをして水平線の向こうを見つめる。

 艦娘の中には上下関係を重視する者もいれば、重視しない者もいる。天龍はその中でも、上官がいようと自分を隠さないタイプであった。自分自身に威厳も何もないと自覚している青年からすれば、その方がどちらかといえば話しやすいのだが。

 

「なあ提督。昨日は敵も来てねえけど、本当に来るのか?」

「わからない。ただ、海の上から攻撃された場合、幻想郷の中で余裕を持って対処できるのは君たちだけなんだ」

「けどよ、戦艦でもない限りは、幻想郷にいる奴の方がぶっちゃけ強いぜ?」

「海の上で空が飛べなくなるらしいからね。君たちと違って、海を移動するなら泳がないといけないし、船を浮かべようにも造る技術がないらしいし」

「まあ、オレたちの方があいつらとの戦い方もわかってるしな」

 

 初日に青年が見た、紫や早苗の戦闘。あれがもしこの幻想郷において普通のことであるならば、艦娘たちより戦闘力が高いことは素人の青年から見ても間違いない。

 しかし、幻想郷の常識も海では通用しない。海上で人が空を飛ぶことはできないし、音速以上の速度で迫ってくる攻撃を回避し続けることなど困難だろう。

 装甲という名の障壁によって、ある程度ダメージを受けることを前提とする艦娘に対して、避けることを前提とする幻想郷の戦い方では、怪物と相対する場合に不利な面があるのは事実。

 適材適所とはこのことだろう。単純に幻想郷の戦い方と艦娘の戦い方ならば、幻想郷側に軍配は上がれども、怪物との戦いにおいては艦娘の方が有利なのだ。

 紫はおそらく初日でこれを予見、看破したのだろう。今回の塩の件も含めて、紫が何をどこまで考えているのかなど、青年には予測のつきようもないが。

 

「藍さん。紫さんは僕と艦娘の子達に何を求めてるんでしょう?」

「それを――私がお答えすると思いますか?」

「うっぐ……できれば教えていただきたいです」

 

 青年の質問に、一瞬で目つきを鋭くする藍。その声音も先程までとは打って変わって、底冷えするような雰囲気をまとっていた。垂れていた尻尾は立ち、警戒心を隠すようなことをしない。

 しかし、青年にとっては自身と艦娘たちに関わること。何も知らないまま利用されるというのはまっぴら御免なのである。特に、艦娘たちは実際に海で戦っているのだから。

 紫の目的は塩だけなのだろうか。それ以外――何か目的があって、自分や艦娘を幻想郷に留めたのは間違いないだろう。善意だけで引き止めてくれるほど、あの紫が優しい人物であるようには思えない。

 

「紫さん、僕に色々と話はしてくれますけど、核心は避けるので、重要なことがわからないんですよ。誤魔化されるだけでは、正直言ってこちらのリスクが大きすぎます」

「紫様には紫様の考えがあってのこと。そして私は紫様の式神であり、その意思に基づいて動いている。勝手に話すわけにはいかないのです」

 

(勝手に話せない……つまり、“何か”は知ってるってことか。藍さんなりに教えてくれたんだろうけど、まだ足りない)

 

 例えば、紫は自分の考えというものを教えてはくれない。幻想郷での青年の生活を手助けしてくれた人物であるとはいえ、疑問に思う部分は間違いなくあった。

 他人を信用しきれない自分が愚かしい。だが、そういう生き方しかして来なかったのだ。これぐらいは勘弁してもらえないだろうか。

 

「何を隠しているんですか? それとも、教えられないようなことを僕たちにさせようとしているのでしょうか」

「……そうですね。もしかしたら、最悪の場合は命にも関わってくることになりかねないかもしれません」

「それは……僕らがしなければいけないことですか?」

「ほう、勇ましいですね。私のような者を相手に引きませんか」

 

 藍の目つきは険しいままである。我関せず、といった態度とはまた違う、配慮こそすれど教えるつもりはないと表情が語っている。

 どうしたものか、と青年は考える。こうした正面切っての説得は青年も得意ではない。そもそも大した頭もないというのに説得などしようがないのだ。

 

 だから青年は道をずらす。さも狐が化かすかのように。

 

 

「藍さん、あとで油揚げ差し上げますね」

 

「何でもお答えしましょう」

 

 

 一転して、藍の表情は爛々と輝いた。尻尾がフリフリと揺れ、目をパッチリと開いて口角を上げる。

 

「と言いたいところではありますが、いかに私でも、油揚げの誘惑に負けるわけにはいきません。どうか諦めてください」

「ダメですかあ……」

「まあ、油揚げを頂けるというなら、一つだけ申し上げておきましょう。紫様はあなた方を害するつもりは一切なく、敵ではありません。何かあれば、必ずあなた方の助けになるでしょう。私から言えるのはここまでです」

 

 引き下がる部分はここしかないだろう、と青年はその言葉を信じて深呼吸をする。これ以上追求してもおそらく何も情報は出ないし、藍にも藍の立場があるのだから。

 話がついたと判断したのか、藍も眉尻を下げて安心したような表情をする。九本の狐の尾も垂れ、ホッとしているようである。

 息抜きに、隣に立つ天龍を見た。諏訪子になんだかんだ頭が上がらないらしい天龍だが、腕を組み堂々と立つその姿が、今はやけに頼もしい威圧感を感じさせてくれる。

 

「頼りにしてるよ、天龍」

「お? お、おう! この天龍様に任せとけって!」

「……笑うと可愛いんだ。喋らなければ格好いいんだけどなあ」

 

 駆逐艦たちより目立つその胸を張り、自信満々の笑みでドンと叩く天龍。しかしその様子を見れば、青年も期待せざるを得ない。

 えいやほいやと塩の製造を行う屈強な男たち。しばらくその様子を眺めていたのだが、やがて天龍が顔を上げて目を凝らせた。

 

「敵艦隊発見! 軽巡洋艦1、駆逐艦2!」

「私の方でも見えます。化物が3体ですね」

 

 このまま怪物が現れなければいいと思っていたのだが、どうやらそうもいかないらしい。青年はポケットの中からカードを取り出しつつ、頭を切り替えた。

 今回するべきことは怪物の上陸阻止。上陸できるのかそもそも知らないが、なるべく陸に近づけないことが求められる。陸には艦娘より強いと思われる藍もいるが、できるだけ沖で戦闘をすることが望ましい。

 カードを重ねて、艦娘の少女たちをその場に実体化させる。 軽巡洋艦の天龍を旗艦とするその艦隊を呼び出せば、頭の中で声が響いた。

 

 

フフ符『天龍幼稚園』

――軽巡『天龍』

  駆逐『吹雪』『叢雲』『漣』『電』『五月雨』

 

 

「なんだよその艦隊名!」

「僕だって知らないよ!」

「もっとカッコイイ名前に変えろよ! 恐怖の艦隊とかさ!」

「天龍さん、早く行くよー」

「あ、ちょ、オ、オレは認めないぞ!」

 

 小馬鹿にした顔の漣に急かされて、天龍は文句を言いながら沖合へと向かっていった。

 

(やっぱり引率の先生に見えるよなあ)

 

 身長の低い駆逐艦の少女たちを引き連れて、先頭に立って一列で進むその姿。まさしく立派な幼稚園の先生である。

 遠のいていく天龍たちの姿を見て、藍がわずかに眉尻を下げる。

 

「羨ましいですね。海の上を自由自在に」

「僕も戦えればいいんですが……口惜しいです」

「おや、無理に力を得る必要はないのですよ? 直接的に戦えないならば、他の方法で彼女たちを助けてあげれば良いではありませんか」

「他の方法、ですか。それは一体……」

「カミツレ殿ご自身で見つけることです。やり方などいくらでもありましょう」

 

 そう言って、藍は塩を製造している男達に声をかけた。

 

「皆様。何か手伝えることがあれば、こちらのカミツレ殿に。何でも手伝ってくださいますよ」

「ん? 今何でもって言うたか?」

「えっ? ……えっ?」

 

 何だか尻がむず痒く感じたのは気のせいだろう。

 藍は主同様のシニカルな笑みを浮かべて、青年の手を取った。

 

「彼女たちが気負う必要がなくなるように、早く終わらせましょう。今の仕事はこのぐらいでしょう」

「……じゃあ、その代わりにちゃんと怪我しないか見ていてくださいよ?」

 

 青年は恥ずかしさからその手を振りほどきながらも、眉を歪めて苦笑した。どの道艦娘の出撃後は手出しできず、見えもしない戦闘の景色を見ているだけなのだ。

 ならば、確かに藍の言うとおりである。艦娘たちが少しでも気持ちを楽にできるように、塩の製造を早く終わらせた方がいい。

 青年は頬を叩くと、作業中の男たちの元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 旗艦の天龍を戦闘とした縦一列の単縦陣。その3番目に位置する叢雲は、岸にいる青年の姿を繰り返し振り返りながら考え事をしていた。

 

(アイツ、少しはまともになったかしら)

 

 青年の元に“着任”した当初は、自身らに指示すること自体を忌避していたような彼。それどころか、自身らそのものを忌避していた。

 初めこそ、力を持ちながら戦わず、それどころか逃げるなど嘆かわしいと叢雲も思っていた。しかし自身の過去を振り返って、そして青年の過去の記憶を覗いて、考えを改める。

 日々の安寧すら得られなかった彼にしてみれば、それを求めることは至極当然のこと。そして、自分たちという力を面倒に感じることは責められない。

 

 それでも、青年は選んでくれた。自分の力で意思で幻想郷に残ることを選択し、自分たちと共にあることを望んだ。

 過去を知った艦娘たちは皆甘やかしている。吹雪などはいい例で、最初に青年の元へ着任したという理由からか、非常に親身になって接しているのが傍から見ていてもよくわかるのだ。

 叢雲も、どうしても突き放すことはできない。厳しく当たろうとしても、青年の記憶がそれを邪魔してしまう。

 

(それでも、誰かが叱る役をしないと)

 

 このままではダメな人間になってしまうだろう。本人もどうにかこの状況を抜け出そうと手を尽くしているようだが、周りがそうさせてはくれないのだ。それは艦娘然り、守矢神社の面々然りである。

 

 厳しくしたいわけではない。だが厳しくしなければならない。自分たちを従えるからには、立派な人物になって欲しいと願うこと。それは果たしておかしなことなのだろうか。

 胸を張って誇れる上官になってもらいたい。それは見栄とか意地とかではなく、本人のために願う叢雲なりの表現。

 いつかそれは、きっと青年のためにもなる。

 

「敵艦隊見ゆ、対水上戦闘用意! 目標は敵駆逐艦、方位40度! 主砲、撃ちー方――始め!」

 

 天龍から威勢のいい指示が飛ぶ。

 艦隊名こそ頼りないものの、軽巡洋艦1人と駆逐艦5人による、速度を活かした近距離での砲雷撃戦を目的とした水雷戦隊である。決して馬鹿にできる戦力ではない。

 

(それにしても幼稚園って……いいセンスだわ。ふふふっ)

 

 合図とともに、自身が持つ主砲を発砲する。排莢され、装備に宿る付喪神が次弾を装填する。火薬の匂いが鼻を抜け、体に染み渡った。

 艦隊から全員の主砲が発砲された後、敵からも砲撃が行われる。両艦隊の間で放物線を描いて砲弾が飛び交い、やがて着弾する。

 今自身にできることは戦うこと。そして、その結果として青年を守ること。軍艦の魂である自分には、それぐらいしかできないのだから。

 周りが甘やかすなら、せめて自分だけは厳しく。そしてそれが青年のためにもなると信じ。

 

「沈みなさい!」

 

 叢雲は今日も、怪物たちと戦う。

 

 

 

 

 

「どうやら、終わったようですね」

「ふっ、はっ――え、何か言いました?」

「あ、ええ、思ったより作業姿が馴染んでいるようで」

 

 一心不乱に作業に没頭する青年は、藍から声をかけられてようやく我に返る。体力にもまだ余裕があり、地味に楽しくなってきたとはとても言えない。のだが、心なしか藍の自分を見る目が少し引き気味である。

 

「えっと、終わったん……ですか?」

「はい、彼女たちの完勝ですね。怪我一つ負っていません」

「良かったです……」

「どうやら、塩の方も何とか最終工程に入ったようですね」

「ええ、後は僕がいなくても大丈夫でしょう」

 

 男連中に背中をバシバシと叩かれる青年。口々に「よう頑張ってくれた」「うちの娘の婿に来ねえか」などと言われ、青年も照れながら頬をかく。

 

「幻想郷はいいところですね。僕でもこんな扱いをされるなんて」

「幽霊が見える、なんてものは些細なことなんですよ。私や紫様なんて妖怪ですし。幻想郷の人間にとっては今更問題にすることではありません。私個人の意見としても、あなたは幻想郷に残るべきだったのだろうと思いますから」

「あ、藍さんは尻尾があるからともかくとして、紫さんもやっぱり妖怪なんですか?」

「紫様は妖怪の賢者とも呼ばれていますからね。スキマを操るお方で非常に長命でありまして、確か今年で御歳――いえ、何でもありません」

 

 藍は一瞬だけ顔を青ざめさせたかと思うと、次の瞬間には冷や汗を垂らしながら澄ました顔に戻っていた。その瞬きの間に何が起きたのかなど、青年の知るところではない。

 

「と、ともかく、カミツレ殿は幻想郷において、艦娘の皆様を従えていること以外は、至って普通の人間なのですよ」

「普通、ですか」

「ええ、普通です。紫様から聞いていますが、人里でも十分暮らせるかと」

 

 少しばかり目を伏せていた青年だが、ゆっくりと瞼を開く。わずかに微笑むと、「それはよかったです」とこぼすように呟いた。

 が、次の瞬間、藍は顔を起こして海の彼方に目をやる。目つきは動物のように鋭くなっており、尻尾はわずかに逆立っていた。

 

「カミツレ殿、新しい敵が現れたようです」 

「また……? 数はどれぐらいでしょうか」

 

 藍が目を凝らし、水平線を見つめる。

 

「数は5。そのうち2体が、他の3体より少し大きいですね」 

「5、ですか……。艦娘の皆はどうしてますか?」

「距離を取っているようです。お互いに攻撃できないようですね」

 

 5体のうち2体は、おそらく天龍のような軽巡洋艦クラスの怪物だろう。ともなれば、いかに数で上回っていようとも、被害が出る可能性は否めない。

 魚雷の射程まで近づくにしても、軽巡洋艦級の砲撃を被弾する可能性が高まるため、迂闊に近寄ることは避けたほうがいいだろう、などと吹雪たちからの聞きかじりの知識で考える。

 結局自分には何もできないのか、と青年は空を仰いで嘆いた。彼女らのために頭を回したとしても、手段を考えつくことすらできないのだから。

 

 せめて陸上だったなら、幻想郷の住人たちの力を借りることもできただろう。しかし海上では、空を飛べない場において戦力として活躍することを求めるのは、些か心苦しく無理がある。

 

 

 ――しかし、ふとそこで青年は思い出す。

 

 

 紫はどのように戦っていただろうか。加えて、幻想郷の住人の戦い方の何を青年は知っているのだろう。

 湧き出る疑問を解消すべく、藍に話しかける。

 

「藍さん。幻想郷での戦い方というのを教えてください」

「戦い方……ですか? 今はスペルカードによる“弾幕ごっこ”で揉め事を解決する手法がとられています。私ももちろん、紫様ほどではないですが腕に覚えはありますよ」

 

 突然どうしたのか、と戸惑うような表情で藍は答える。

 しかしその答えこそ、青年が求めていたものであった。

 

「藍さん。あの場所まで、その弾幕を飛ばしてもらうことはできますか?」

「……ほう。かつて大陸を恐怖に陥れたこの九尾狐を、ただの砲台同然に扱うとは、実に愉快ですよカミツレ殿」

 

 藍はニヤリと八重歯を剥き出しにした不敵な笑みを浮かべ、海岸線の上空へと舞い上がっていった。

 

 

 

 

 

 突然現れた増援の敵艦隊に対し、天龍は逸る気持ちを抑えながら距離を取るように指示を出した。旗艦の天龍を先頭とした単縦陣。天龍は艦隊を率いながら、その増援艦隊の様子を伺う。

 

(軽巡洋艦が1、駆逐艦が3、……それに重雷装巡洋艦が1、か)

 

 思考を巡らしながら、重雷装巡洋艦――雷巡を視野に捉える。より人に近くなった身体をしており、右腕の艤装が左腕に比べ大きい。顔ぐらい拝んでやろうかとも思ったが、残念ながら仮面により眼しか見えなかった。

 

 軽巡洋艦級と駆逐艦級だけならば、砲撃戦で駆逐艦級を倒しながら接近し、天龍が攻撃を引きつけている間に魚雷で倒すことはできただろう。それが最も被害が少なく、そして駆逐艦の魚雷数を活かせるのだから。

 が、魚雷攻撃に特化した軽巡洋艦、すなわち雷巡がいるともなれば話は別である。砲撃戦こそ恐るるに足らないものの、接近すれば魚雷により迎撃され、かといって砲撃戦では天龍だけで倒しきるのは難しい。

 

 後ろについてくる駆逐艦たちを見る。思い思いの表情を浮かべているようだが、やはり不安そうな顔の者が多い。

 責めることはできない。天龍自身にも有効的な打開策が見つからないのだから。

 雷巡がいる限り、接近することは難しい。大きな損傷が見込まれる魚雷をわざわざ受けに行くのは自殺行為に等しく、旗艦としてそのような選択をするわけにはいかない。

 夜になるのを待つのもあまり上策ではないだろう。早朝から作業を始めて数時間が経っただけでまだ昼時であり、夜まで長引かせるとなれば砲撃戦の距離でひたすら牽制をするしかない。

 しかし、他に思いつく手段はない。根気よく戦線を維持するしかないと判断した天龍は後ろにつく駆逐艦たちにそれを伝えようとする。

 

 その時、である。

 

「あのー天龍さん、上空から砲撃が来るの」

「はあ、上空? 敵の砲撃が届くわけないのに、何寝ぼけたことを――」 

 

 漣の声に、天龍は白昼夢でも見ているんじゃないかと疑い、漣の示す方向を見た。しかし、白昼夢かと疑ったのは自身の方。

 

 

支援射撃

――式神『仙狐思念』

 

 

 人間の子供ぐらいはありそうな大きさの紫色の球体が、上空を通り過ぎていく。それは一つだけではなく、合わせて九つ。

 そして、その球体は敵の上空にて突如弾け飛び、その下方へと緑色と黄色の砲弾のような物を無数に撒き散らす。もちろん、一つだけではなく、合わせて九つ。

 

 敵艦隊の海域だけ、まるでスコールでも降っているかのように緑と黄の砲弾に覆われる。そのスコールの中で怪物が動いているようにも見えるが、避けきることはできていないようだ。

 砲弾はその多くが怪物の外殻に弾かれているものの、幾つか貫通しているものも見受けられる。

 その圧倒的攻撃力ももちろんだが、天龍はむしろその攻撃が織り成す砲弾の乱舞から、絵画の如き芸術のような美しさを感じていた。

 

(三式弾の対艦射撃――? いや違う、これは……!) 

 

 紫色の球体が飛んできた方角を見れば、青年のいるはずの砂浜。そしてその上空には、藍と思しき女性が宙に浮いていた。

 

「各艦最大船速! 砲撃を行いつつ接近し、魚雷をばら撒いてこい!」 

 

 手に持っていた刀を振るい、前傾姿勢のまま水上を滑走する天龍。背中に背負う機関に外付けされた主砲が幾度となく火を噴いた。

 足の速い駆逐艦の5人の少女が、自身より右前方へ向かって移動する。

 それを見送った天龍は、駆逐艦たちの砲炎の煙に包まれながら歯を剥き出しにして戦意を昂らせた。

 

「硝煙の匂いが最高だなぁオイ!」

 

 藍のものと思われる攻撃は、駆逐艦の一体を撃破、2体を大破、雷巡と軽巡を中破させた。そして、天龍と駆逐艦の5人の砲撃により、更なる追撃が行われる。この機は逃せない。

 大破している駆逐艦級はもちろん、中破している重雷装艦級と軽巡洋艦級の魚雷発射管とみられる装備は破壊されている。

 

 こうなってしまえば、最早押し込むのが望ましい。

 吹雪たちが魚雷を発射し、戦線を離脱しながら砲撃を行う。

 敵まで辿りついた魚雷は、駆逐艦2体と雷巡を爆音と共に撃破。水柱が上がり、飛沫が降り注ぐ中を天龍は濡れることさえ厭わず猛進する。

 残る軽巡洋艦級が天龍に対し砲撃を行う。天龍は腰を低くし、刀を両手で構えたまま体重移動により砲弾をかわす。

 再び砲撃が行われる。天龍は機関部外付けの主砲をもぎ取り、投げつけることで砲弾の命中を防いだ。

 肉迫する天龍。その動きを軽巡洋艦の怪物は止めることかなわず。

 

 ――その体は、天龍の刀によって真っ二つに分断されたのである。

 

 距離を取り、天龍は額に垂れる汗か飛沫かわからない物を拭い取る。

 

「天龍さん、格好いいのです!」

「おう、お前らのおかげだ、助かったぜ!」

 

 駆逐艦の5人と合流し、天龍は電の賛辞に満面の笑みを浮かべた。近接戦闘は確かに強力ではあるが、それは駆逐艦の少女たちの働き合ってのもの。

 倒したのは自身であるが、彼女たちがいなければ近づくことすらできなかっただろう。

 駆逐艦は砲も弱い。しかし、その速度と魚雷による一撃離脱は決して侮ってはならない。特に、夜戦は駆逐艦がいてこそであるのだから。

 駆逐艦がいるからこそ、他の艦は安心して戦闘ができるといっても過言ではない。

 

「あの藍さんという方にもお礼を言わないといけませんね」

「ああそうだな。あいつがいなかったら、誰かしら怪我してただろうし」

「あの天龍さん、天龍さんの主砲壊れてますよ?」

「いや、これは、その、仕方なくだな……っ」

 

 吹雪に指摘され、照れながら言い訳を始める天龍。だがそれも虚しく、漣と電がからかうような笑みを浮かべて、

 

「硝煙の匂いが最高だなー」

「フフフ怖いかー、なのです」

「お、お前らぁ!」

 

 戦闘終了したばかりであるのにこの始末。やはりこの艦隊名は間違っている。

 こんな舐められた先生がいてたまるかと、天龍は喚くのであった。

 

 

 

 

 

「……お見事です」

「これぐらいならば朝飯前です。ただ、ここまで遠距離で弾幕を使用したのは初めてです。少しばかり計算に狂いがありました」

 

 戦闘が終了したらしく、青年は心の底から安堵した。上空から降りてきた藍を労ったのだが、どこか不満そうな顔をしていた。

 

「そうなんですか?」

「命中性に難有りです。それから、やはり小さな弾幕では装甲を貫通できないようですね。そう考えると、艦娘の方々の命中精度はすさまじい……」

「なるほど。それにしても、遠目からでも綺麗なスペルカードでした」

「それは……ありがたく受け取っておきましょう」

 

 その言葉でようやく、藍は小さな笑みをこぼす。更なる増援も見られないため、これにて今日の警備は終了と考えても問題はなさそうである。

 

(やっぱり、単純な戦闘力なら幻想郷の弾幕の方が強いのか……な?)

 

 幻想郷の弾幕ごっこの攻撃はばら撒いて命中させるもの、艦娘の攻撃は弾道計算に基づいて貫徹するもの、とひとまず考える。

 怪物に対する場合、空を飛べない幻想郷の面々は不利だが、陸上からの攻撃ならば問題ない。しかし単純攻撃力に劣り、単発当たりの命中性は高いとも言えないだろう。陸から離れれば尚更である。

 逆に艦娘の場合は数こそ撃てないものの、弾道計算に慣れているのか命中性と徹甲弾の単発当たりの攻撃力はなかなか高い。しかし流石に空を飛ぶことはできない。

 

 量的攻撃と空中機動力に長ける幻想郷の住人と、質的攻撃と水上機動力に長ける艦娘。

 どうにかこれを活用することはできないだろうかと考えているうちに、艦娘たちが海岸にまで帰ってきていた。

 

「やっと作戦完了で、艦隊帰投かあ」

「ああ、みんなおかえり。それからありがとう」

 

 無事に戻ってきたことを、青年は何より誇りに思う。特に今回は天龍の主砲以外に被害らしい被害もなく、無事であったことが青年を安心させた。

 

「おうよ。そうだ提督、これやる。新参者の登場だってよ」

「また……カードか」

 

 天龍から手渡されたのは二枚のカード。いずれも軽巡洋艦であるらしく、青年は流れ込んでくる艦娘の記憶を読み取った後に、まずは一人その場へ実体化させた。

 

「初めまして、龍田だよ。天龍ちゃんがご迷惑かけてないかなぁ~」

 

 耳が蕩けそうな声。現れたのは、天龍と同じく駆逐艦より発達した体を持つ少女。長い槍を持っており、頭の上には天使のような輪が浮かんでいる。

 

「えっ、た、龍田!?」

「あら~、天龍ちゃん久しぶりねぇ」

 

 しかし、青年が口を開くより先に驚いていたのは天龍であった。

 

「知り合い? と、いや待って。ああ二番艦……そっか、姉妹なんだ?」

「ええ、そうよ。ふぅん……あなたが提督ね~、よろしくお願いします」

「うん、頼りない提督で悪いけどよろしく。あ、関係ないかもしれないけど、龍田といえば朝食に天龍が竜田揚げを作ってくれたんだ、よね……」

 

 その言葉を口にした瞬間、龍田が笑顔で天龍の方を向く。

 笑顔を浮かべているものの、青年は龍田の笑顔にどこか冷徹さが含まれている気がしてならないのだ。

 

「天龍ちゃん、どうして私が発祥の竜田揚げなんて作ったのかしら~?」

「い、いや、オレたち随分の間会ってなかっただろ? そ、それで……」

「私のことを思い出しながら作ってくれたのね~。天龍ちゃん、嬉しいわぁ」

 

 槍を砂浜に刺し、天龍に抱きつく龍田。天龍は引き剥がそうとしていたが、頬ずりをする龍田が離れようとしないために諦めたらしい。

 助けを求めている視線を天龍から送られるも、青年も龍田の機嫌を損ねることだけは回避しなくてはならない気がしたために、首をそっぽ向ける。

 天龍からの抗議の声を聞こえないふりをして、青年は改めてもう一枚のカードを持ち直した。

 

(さて、じゃあもう一人は、っと)

 

 カードからの記憶を読み取る。自分の記憶も流れ込んでいるのだと思うと少し気恥ずかしいが、もうどうにでもなれと半ば自棄になりつつ実体化を行った。

紺のセーラーにオレンジのネクタイ。緑色のリボンで髪を結っているその少女は、快活な声で挨拶をした。

 

「はーい、お待たせ? 兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました!」

 

 夕張というその軽巡洋艦は真っ直ぐとした瞳で青年を見つめていた。真面目そうな顔つきは非常に好感が持て、粗暴な言葉を使う天龍とはまた違った印象を受ける。

 今更だが、容姿と艦の種類には一定の法則でもあるのだろうか、と青年は不思議に感じた。

 

「えっと、夕張さん? 僕が提督です」

「夕張でいいわ。あなたが……提督。成程、よろしくお願いしますね!」

 

 元気に答える夕張。挨拶と共々笑顔が眩しく、見ていて清々しい。

 

「うん、よろしく。この艦隊のことについては、新しく着任した龍田と一緒に、同じ軽巡洋艦の天龍に聞いてほしい」

「え、天龍がいるんですか!」

 

 と、天龍の名前を出した途端、夕張は目を輝かせて青年の襟元を掴む勢いで迫る。驚いた青年は、たまらず天龍のいる方へ指をさした。

 

「あ、お前夕張じゃないか! 元気だったか!」

「懐かしいわね天龍、ソロモン以来かしら!」

 

 龍田に腕を取られていた天龍がようやく気づいたのか、夕張に助けを求めるかのように龍田の腕から抜け出して夕張のもとに駆け寄る。

 ところが、意図しない人物がもう一人、夕張の元へと近づいた。

 

「夕張さーん!」

「え、五月雨ちゃん! あなたも!?」

 

 五月雨が涙目になりながら夕張の元へと駆けていく。夕張のところまであと少しというところで転びそうになるも、夕張が慌てずに五月雨を受け止めた。

 

「夕張さん、ごめんなさい、私、私は――」

「気にしないで五月雨ちゃん、最後まで私を助けようとしてくれたじゃない。感謝こそすれ、恨んでなんかないわ」

 

 嗚咽とともに泣きじゃくる五月雨を、夕張は胸元で抱きしめてその頭を優しくなでる。

 青年が覗いた、夕張の最後の記憶。それは、沈みゆく体をどうすることもできないというのに、必死に引っ張りあげようとする五月雨の姿。離れるように忠告すれど、尚引っ張り涙を浮かべる五月雨の記憶。

 そして五月雨の記憶。潜水艦らしき姿を発見していたというのに甘さ故に見逃し、夕張が魚雷を受ける。自身の責任であったというのに助けようにも助けられなかった、悔やんでも悔やみきれないであろう記憶。

 

 かつての歴史など知らない。しかし、今こうして自身の手元には歴史がある。

 もしこれからも艦娘が増えるのならば、それは歴史も増えていくということ。青年の知らない戦いの記憶が、艦娘の数だけ存在するということ。

 戦いを繰り広げた彼女らの、あるいは道半ばで倒れてしまった彼女らの、はたまた生き抜いた彼女らの、歴史を受け止めきることはできるのだろうか。

 

 ――時代を知ろうともしなかった自分に、受け止める資格などあるのだろうか。

 

「カミツレ殿。積もる話も有りましょうが、塩の製造に成功の目処が立ちました。紫様に報告もしなければなりませんから、ひとまず神社へ戻りましょう」

「はい、わかりました」

 

 ないならば、その資格を得るために少なからず努力は必要になる。

 それは、彼女たちの提督としての義務だろう。

 

 

 

 

 

 守矢神社の青年の自室。幻想郷でも使えると思った物や服などの持ち込んだ物が整理されており、布団も丁寧に畳まれていた。

 天龍は早速入渠している。龍田と夕張は寝所を確保するために、神奈子と共に余った部屋を探していた。

 守矢神社の方針としてはカードのまま過ごすのは流石に窮屈だろうという意見でまとまっているため、艦娘が増えてもこうして部屋が割り当てられる。際限なく増えるというならば、流石に何か手を考えなければならないが。

 

「というわけで、塩自体は週に一度作ることになるからその時はつきっきりで警備をお願いしたいの」

「わかりました。僕の方から皆に話しておきます」

「普通の警備も忘れないでね? 現れたら報告するからとりあえず倒して頂戴」

 

 部屋の中に八雲紫と藍。守矢神社に戻ってから1時間が経過したが、その間ずっと紫と今後のことについて相談していたのである。ちなみに、藍は守矢神社から出された油揚げに恍惚とした表情を浮かべていた。

 

「そういえば、天狗の文という方はどうしたんですか? 守矢神社との交渉というのは一体?」

「妖怪の山と守矢神社でお互い協力するということで和解したらしいわよ。怯えていたけど、心底安心した顔で帰っていったわ」

「何事もなかった……ようで何よりです?」

「……そう、あとは――」

 

 

「博麗神社だけね」

 

 

 耳慣れない言葉に、青年は眉を寄せる。藍がわずかに目を細めていたが、青年はそれに気づくこともなく口に出す。

 

「博麗神社……?」

「ああ、気にしなくていいわ、ただの寂れた神社よ。これは私の問題だから」

「そうなんですか?」

「ええ。少なくともこの件に関してカミツレさんが出る幕は全くないわ」

 

 語気を強める紫。念を押すかのように睨みつけられたが、青年としては睨まれることなど慣れている。

 だからこそ、そうまでして紫が隠そうとしている事実に興味が沸いた。

 

「僕はその件には必要ないんですね?」

「ええ、全く」

「わかりました。そういうことでしたら」

 

 紫はこわばった表情のまま、わずかに俯いて瞳を伏せる。

 揺れる長い睫毛が再び開いたとき、紫はいつもの人を小馬鹿にしたような不敵な笑みを浮かべていた。

 

「さあ、では私たちは帰りましょうか、藍」

「え、でも油揚げがまだ残っていますよ?」

「あなた、油揚げと主人どちらが大切なのよ……」

「む、むむむむむ……」

「あの、あまり悩まれると私も困るのよ?」

 

 あまりにも口惜しそうな顔をしていたために、油揚げを載せていた皿ごと藍をスキマの向こうに見送った。絶世の美女だというのに、油揚げに執着して主を困らせる。

 カフェでこぶ茶を頼んだ紫にせよ、どこか残念というべき部分を含んでいるのは主従共通なのだろうか。

 

(しかし、どうしたもんかな、これ)

 

 紫と藍が帰ったあと、青年は部屋の片隅に視線をやる。そこに座していたのは、天龍が背負っていた機関部である。

 天龍がもぎ取った主砲が被弾したこともあってか見事に壊れており、青年の目からも完全に修理は不可能のように見えた。

 これから天龍はどうやって戦うのだろうか、と考えていたそんな時である。

 

「やっほう、盟友。さっき頼まれてた件だけど――って、何それ! 新しいカラクリかい!? ちょっと見せておくれよ!」

 

 青年の部屋に、河童こと河城にとりが現れたのだ。

 

「ああいや、これは艦娘の装備……えっと、艤装っていうもので――」

「面白そう、面白そうだよ! あ、その前に、頼まれてたこれ、渡しとくね」

 

 新しいおもちゃを手に入れた子供のように喜ぶにとりだが、一度冷静になったようで青年に物を手渡した。

 それは、駆逐艦が使用する弾薬。主砲に装填される弾薬と、魚雷発射管に装填される魚雷――が2つずつ。

 

「艤装の付喪神に協力してもらって、完璧な複製に成功したよ。沢山必要かい?」

「……それは凄いな。まだ作れるなら、作れるだけ作って欲しい」

「いいよ。どうせ廃材を加工して作ってるから、材料に困ることはないし」

「少し大きなサイズのもあるけど、できるかな?」

「任せておくれよ。現物があるなら、何だって作ってやるさ」

 

 なんと頼もしい言葉だろうか、と青年は歓喜する。予め天龍から預かっておいた主砲弾をにとりに渡し、さらに言葉を続ける。

 

「全く同じものがあればいいんだよね?」

「ああ、何だって作るよ」

「なら、後でこの機関と同じものを見せるよ。丁度同型艦の子がいるんだ。だから、これを修理してくれないかな? 多分、同じ艦種の子は艤装が共通する部分もあるだろうし」

 

 今度はにとりが目をキラキラと光らせ、花のように微笑んだ。

 

「いいの!? 触れるだけでも嬉しいよ! ありがとう、盟友!」

 

 感極まったのか、にとりは両腕を開きに開いて青年に飛びついてきた。

 

「ちょっ――と」

 

 リュックを背負ったまま青年に飛びついたにとり。その重量を含めた体当たりにも近い抱きつきを受け止めきれるはずもなく、青年は畳に背中を投げ出すように転がってしまった。

 

「ねえ盟友! よかったらさ、色々見してもらえるお礼に私が君の艦娘たちの装備をメンテナンスしてあげてもいいんだけど、どうだろう!」

「え、ちょ、顔が近いって!」

 

 話を聞いていない青年。それどころではないのだ。人と触れ合うことすら未だ慣れていないというのに、顔が、唇が触れそうな距離で会話など出来ようもない。

 しかしにとりは気にした風もなく、むしろ顔を近づけるかのように青年に畳み掛ける。

 

「ねえねえどうなのさ盟友! 私としては珍しいものに触れるだけで嬉しいから、メンテナンスの他にもいっぱいサービスしてあげるよ!」

「そ、その前にそこをどいて!」

「私に頼んだことを考えても、他に頼む奴がいないんでしょ? 私がしてあげるからさ、ね!」

「わ、わかった、わかったから!」

「え、いいの? 私がシてもいいの!?」

「して欲しいです! お願いしますにとりさん! だから――」

「やったー! じゃ、じゃあ早速!」

 

 

「ひ、昼間から何の話をしているんですかあッ!」

 

 

 突如、障子を開けて乱入してきた早苗。そして、部屋の中で自身に乗る興奮した様子の肩で息をしているにとりを見て、さらに声を荒げる。

 

「こ、ここ、こ、ここ、ここは神社ですよ! ななな何を淫らなことを!」

「お、落ち着いてさなちゃん。多分勘違いしてるから――」

「どう勘違いしろと言うんですか! カミツレさん……カミツレさんの……」

 

 「スケコマシ!」と、顔を真っ赤にしながら廊下を大きな足音を鳴らして駆けていく早苗。

 入れ替わりに、諏訪子が姿を見せた。部屋の中を一望し、青年に視線を落ち着ける。何が起きたのかを察したのか、諏訪子はニヤリと笑う。

 しかし同時に、その笑い顔には恐怖すら感じられた。

 

「で? やるのかい?」

「やりません! 勘違いです!」

「別に構わないけどさあ。カミツレ君、私との約束忘れてないよね?」

「……は、はいもちろん」

「じゃあ、今度からやめようね? どういうつもりでもちゃんと話はつけること」

「えっと、すみませんでした?」

 

 なんで自分が怒られているんだろうか、と首をひねる。しかし、約束は約束である。早苗を悲しませれば自分は死ぬ。おそらく冗談抜きで。

 露知らず、青年の上で豪快に笑うにとり。それを見て、青年はますます頭が痛くなり、畳の上に体を投げ出した。

 油断していると、諏訪子が更に青年の腹の上に飛び乗ってきた。体重自体は別段気にならないものの、腹部への衝撃はなかなかに応える。

 

「ほらほら、可愛い美少女が上に乗っかってるよ。何も思わないのかな?」

「さっきと言ってる事が違うじゃないですか」

「これはただのスキンシップだって」

 

 楽しげに笑う諏訪子とにとり。上に乗られている青年としては重苦しくてかなわないのだが、抗議する気にもなれず、深い溜息をつく。

 その内、様子を見に来た早苗が青年の部屋に戻ってきたとき、諏訪子までもが青年の上に乗っかってるのを見て真似しようと部屋に入ってきた。

 流石に3人分の体重を乗せていては体が持たないと起き上がった青年は、3人を部屋の外へ追い出した。早苗は更に機嫌が悪くなっていたが、あとは諏訪子に丸投げするとしよう。

 

 改めて寝転がり、天井を見て物思いにふける。

 

 燃料はクリア、弾薬もクリア、入渠に関しても問題は見つからない。装備の修復も目処は立った。ひとまず艦娘が幻想郷で戦い続けることは可能である。

 幻想郷の住人の弾幕という援護が得られるならば、それは艦娘達にとって少なくない負担減となる。これは今後の課題となるだろう。

 

 今、青年自身が抱えている悩みとしてはもう一つ。戦っている艦娘たちがどのように戦っているのかわからないことである。

 せめて会話だけでもできれば違うだろうな、と思ったところで、青年は一つの可能性に行き着いた。部屋を出て、追い出した彼女の姿を探す。

 

 上官として。司令官として。提督として。戦えないなら戦えないなりに、サポートしなければならない。彼女たちが怪我をしないためにも。

 まだきっと何か出来ることがあるはずであると思い、思考を停止させることなく青年は動き出した。

 

 

 

 

 

 




着任
天龍型軽巡洋艦二番艦『龍田』
夕張型軽巡洋艦『夕張』

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