明けて11月13日、一人別荘で暇を持て余していたカリンのもとへ意外な客人が姿を見せた。
「急にどうしたんですか?………デボラさん。」
「そういやあんたと二人きりで話したことなかったわね。」
「まあそうですね。」
「その………本当にあんた達の旅について行ってもいいの?」
「何を気ぃ遣ってるんか知りませんけど、お宅が戦力になろうがなかろうが、あんたはウチらの仲間のリュカの嫁ですやん。何も問題ありませんよ。」
「………そう。」
「まあ一応、来る者拒まず去る者追わずがモットーやし。それにしても、なんでヘンリーすっ飛ばしてウチのとこ来たんですか?」
「さっき会ったから聞いたけど、あんたのとこ行けって。」
「………ちっ、賭けに負けたからって面倒ごと押し付けやがって。」
「あら、何か賭けてたの?」
「リュカがビアンカとあんたとどっち選ぶか。」
それを聞いてデボラは顔を真っ赤にする。
「バッ………、あんたら何考えてんのよ!」
「いや〜、なかなかスリルある賭けでしたよ。それにしてもデボラさんはリュカのどこに惚れたんですか?なんだかんだで聞いてないんですけど。」
「何でそんなこと言わなきゃなんないのよ。」
「個人的な興味。って言っても、ほかの奴らも知りたがってたなら、誰かと会うたんびに質問攻めされますよ?それか今言うとくんとどっちがええですか?」
「わかったわよ………最初は一目惚れよ。正直タイプだったわ。」
「せやなあ。あいつ何だかんだ整った顔立ちしてますしねぇ。目はクリクリしてるし、それに細身やけどめっちゃ筋肉質なええ体してるし。」
「それに、途轍もなく困難な旅をしてるのに、全然気負わずに堂々としてるところがカッコいいとか思っちゃったし、他人が困ってたら手を差し伸べるあたり優しいし………。」
「うわぁ、ちゃんとベタ惚れやないですか。"小魚みたいな顔"とかいうてる割に。」
「………………。」
「まあええんとちゃいます?まあウチとして言えることは、あいつ結構ええ性格しとるけど、信用に足る男です。まあでも、あんまり弱み見せたがらへんとかあるから、その時は力になったってください。ウチらやから打ち明けられへんってこともあるやろうし。」
「………わかったわ。それと1つだけ聞いていいかしら?」
「何なりと。」
「"ツンデレ"って何?」
その質問を聞いてカリンは盛大に吹き出した。
「何がおかしいのよ!」
「いや、リュカも言うてましたやん!あんたのことですよ!他ならぬあんたの!」
「だからどういう意味よ!」
「普段ツンケンしてるくせにたまに彼氏に甘えちゃったりするような、それこそデボラさんのようなピュアな恋する乙女のことですよ。」
思い当たる節が多すぎるデボラは瞬時に顔を赤らめた。何も言い返す言葉が思いつかず、口をパクパクさせている。その様子を見てカリンは堪えきれずにゲラゲラと声をあげて笑った。
「ヒ〜〜、横隔膜攣るかと思たわ。いや〜、デボラさん、あなたも相当におもろい人ですね。これはイジり甲斐があるわ〜。」
「もう、何なのよ!」
「まあウチらの仲間になるっちゃうことは日々こういうイジり合いの中に身を投じるっていうことです。このノリについて行けるなら、何も心配はありません。」
そしてカリンは一呼吸おいてゆっくり改めてデボラの方に向き直った。
「ようこそ、"リュカと愉快な仲間たち"へ。」
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そして来たる11月15日、晴れてアンディとフローラの結婚式が、雲ひとつない青空の下で行われた。前日にカリンとヘンリーの元に届いた招待状には、サラボナから内海に出るための港に来るように書かれていたため、訝りながらもそこを訪れてみると、目の前には驚愕の光景が繰り広げられていた。
「なんか………なんかスケールちゃうなあ。」
「ああ、なんか俺らの時よりもこう………ド派手?」
「ド派手やな〜。掛けた金はどっちが多いかわからんけど、こう………な?」
「うん、お前の言いたいことはスゲーよくわかる。」
カリン・ヘンリー夫妻が目を見開いて、半ば呆れながら目の前の建造物を眺めた。そこにあったのは、あちらこちらに花飾りがつけられ、側面に結婚式の開催を知らせるどデカイ横断幕があしらわれた…………豪華客船だった。
「なあ、この世界では船で結婚式すんのがデフォルトなん?」
「いや、俺らの結婚式思い出してみろよ。王家の結婚式ですら教会に見立てた中庭だぜ。」
「………大商人の考えることは我らパンピーには想像つかんってことなんかな?」
「カリン、お前一応王族だからな?」
「あっ、そっか。ヘンリーって見た目そうでもないしこんなにチャラチャラしてるけど、曲がりなりにも王様のお兄様やったっけ。」
「本当に一言も二言も多いよな、お前って。」
「お世辞ありがとう。………それに、100歩譲って船の上は認めよう。洋上の結婚式ってのもなかなか華があってええやん。でもこれ………。」
「そう、カジノ船なんだよな………。」
「あれ一隻作んのいくらや?」
「下手したら1億Gくらい行ってんじゃねーの?」
「しかもどうせあれやろ、内装も内容もコッテコテで金かけてんねやろ。笑い止まらんで、ほんまに。」
「………ま、こんなとこでぼーっと突っ立ってんのもあれだし、そろそろ行こうぜ。」
「せやな。」
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カリンの予想を裏切らず、式典は盛大を極めた。各地の大商人や国家から祝電が届き、中にはデールのものもしれっと混じっていた。しかし主役の花嫁と花婿の衣装はあまり華美でゴテゴテなものではなく、豪華ではあるがシンプルにまとめられたものであった。
「うちのパパもなかなかやるわね。意外と良いセンスしてるわ。フローラのこと溺愛してるだけあって、あの子の引き立たせ方をよく心得てるわ。」
自分の父親をデボラはそう褒めた。どうやらアンディのタキシードを仕立てたのが妻の方で、ルドマンがフローラのドレスのデザインを指定したという。
式次第通りにことは進み、気づけば披露宴が始まっていた。
「いや〜良かったやんか。結局2人とも想い人同士で結ばれて。」
通り一遍の来賓の挨拶が終わった後は、カリンたちがテーブルに就く新郎新婦を取り囲んで冷やかしていた。
「アンディ、フローラを不幸にした暁にはこの私がぶっ殺しに行くからね。」
「あらあらお姉さま、嫁入り前の娘が彼氏を目の前にしてそんな乱暴なこと言っても良いんですか?」
デボラの冷やかしに意外にもフローラがやり返す。
「良いんですよ、フローラさん。そういうところも含めて好きになったんですから。」
「バッ…………!なんであんたはそんな歯の浮くようなセリフをさらっと言えるわけ!?」
「そうやって照れ隠しに怒っちゃう可愛いデボラさんを見るためですよ。」
「…………。」
リュカの見事なまでのまぜっ返しにデボラは顔を伏せてしまう。どうやらリュカは早々にこのツンデレ彼女の操縦法を心得たらしかった。
「ところでお姉さまの晴れ姿はいつ頃見られるのかしら?」
「そうですね〜。ウチらがゆっくりえっちらおっちらサンタローズに帰り着いてからやし、年は跨ぐやろうな〜。順調にことが運べば冬の終わりから春先ぐらいちゃいますか?ウチとしてもあんまりお腹大っきくならんうちに済ませたいし。」
「まあそれまでに次期新郎新婦の2人には仲睦まじさを増しておいてもらうって魂胆だな。」
間にヘンリーが入って茶々を入れた。
「まあ、楽しみにしてますわ。ところで出発はいつになさるおつもりで?」
「あんまり長居するのも悪いし、明後日には出て行くよ。幸いカリンの悪阻も今は落ち着いてるし。」
「そうですか。もう少しゆっくりしてもらいたかったんですが…………。まだ死の火山で助けてもらった恩も返せた訳ではないですし。」
早めの出発ということを聞いてアンディが名残惜しそうにするが、カリンはそれを笑ってはねのけた。
「アンディはルドマンの跡継ぐんやろ?ならあんたもさっさと商人のイロハでも覚え込んどいて。あんたがルドマンに匹敵する大商人なったら有力なパトロンとして金とか色々出してもらうから。」
「てめぇ集る気満々じゃねーか!!」
慣れた様子でヘンリーがすかさずツッコミを入れた。
「アホ。これこそが"情けは人の為ならず"ってやつやろ?売った恩はちゃーんとウチらのところに帰ってくんねんって。」
「わかりました。ご期待に添えるように頑張ります!」
一連のやりとりに、リュカ一行と新郎新婦、さらに新郎新婦親族の席から大きな笑い声が起きたのだった。