「へへ〜。ちょーっとキツすぎたかな?」
そう言いながらカリンはススっぽくなった顔を手拭いで拭いた。カリンがフロアの入り口を包囲しようとしていた魔物たちに向かって投げつけた爆弾は凄まじい轟音と共におよそ30匹の魔物を吹き飛ばした。周りの魔物たちはその威力に恐れおののき、物陰に隠れて近づいて来ない。しかし、少し火薬の量が多すぎたのか、爆風が思いっきりフロアの中に流れ込み、リュカたちの顔をススで薄黒くしていた。
「さーて、後門の狼は黙らせた訳やし、さっさと前門の虎料理しよか。」
「なんかこうやって強敵と戦ってると、レヌール城で親分ゴーストと戦った時のことを思い出すわね。」
「そうだね。ビアンカと2人で親分ゴーストが仕掛けた落とし穴におっこちたんだっけ。」
「せやな〜。あの時に味方の飛び蹴りのせいで死にかけたな〜。」
「「あれは気づかなかったカリンが悪い。」」
リュカとビアンカが息を揃えてツッコミという名の言い訳をぶちこむ。
「は?あの状況でどうやって避けろっちゅうねん。」
そう反論すると同時にカリンはノールックで矢をこちらの様子を伺って近づいて来たベホマスライムを仕留める。それを見た入り口の魔物たちはさらにおののき、もはやフロアからはその姿を確認できなかった。さらに前方の怪物もこれには驚きを隠せず、一瞬無防備になった。
「今だ!!」
リュカがその隙をついてリュカはパパスの剣を怪物の左目に突き立てた。怪物はけたたましい呻き声を上げる。左目からは緑色の体液が飛び散り、怪物は左目を抑えて蹲る。さらに怪物の背後からモモが飛びかかり、無防備になった怪物の後頭部に思いっきり頭突きを食らわせた。怪物は怯んだ。
「ビアンカ!僕がバギマ撃つから上手いこと合わせてベギラマ撃って!」
「お!ウチらが妖精の村行った時に使うたやつやな!」
「そういうこと!バギマ!!」
「ベギラマ!!」
リュカのバギマによる巨大な竜巻にビアンカのベギラマが組み合わさり、炎の竜巻となって怪物に襲いかかった。強靭な防御力を誇った怪物の皮膚があちこちで焼けただれた。
「よっしゃ、ナイス!!」
しかし、この一連の苛烈な攻撃にも怪物はその生命活動を停止させる気配を見せない。それどころか、逆に視力が残っている右目に憎悪を炎を滾らせてこちらを睨みつけている。
「おーっと、怒らせちゃったみたいだね。」
「ヘンリーたちが助けに来るまでは凌ぎきらんとな。」
「まあでもさっきより防御力は削れたわ。なんとか隙を見つけて、カウンターっぽい攻撃を当てれると良いんだけど。」
「それが出来たら誰も苦労せん、っちゅうことやな。」
怪物は一旦井戸の中に潜ると、おそらく井戸の底から大量の石つぶてを持ち出してきた。それを見たカリンが2人と1匹の前に立ちふさがって呪文を唱える。
「スクルト!」
怪物が放った石つぶてが前に立ちはだかって標的となったカリンに大量に襲いかかった。カリンは全身にそのつぶてを受け、スクルトを掛けていたことによって多少はダメージが少ないが、あちらこちらから血を流して倒れ込んだ。
「「"カリン!!"」」
倒れ込んだカリンに残りの面々が駆け寄る。
"大丈夫!?"
「ま………何とかな。でも鳩尾にええの一発もろたし、しばらくは動けんわ。」
その時だった。
「おーーーい!カリーーーン!!」
入り口から慌ててヘンリーとヨシュアとピエールが駆けつけてきた。
「ヘンリー!取り敢えずその辺の物陰に隠れてる魔物何とかして!!」
リュカがヘンリーに指示を飛ばす。
「カリンは無事なのか!?」
「怪我はしてるけど命に別状はないよ!!」
「よし!」
ヘンリーは最愛の妻の命が無事であることを聞き遂げると、物陰に隠れている魔物の掃滅を開始した。その隙にリュカたちは怪物と大きく距離をとった。どうやらこの怪物は必要以上に近づかれない限りは攻撃してこないらしい。そこでフロアの隅でカリンに応急処置を施す。
傷口に入り込んだつぶてのカケラを取り除き、しっかりと消毒をした上で回復呪文をかけて、痛み止めの薬草を染み込ませた包帯を巻いていく。特に左脇腹の傷がひどくて出血も多かった。そして応急処置を終えてその場にカリンを寝かしつけた。
「カリン、ちゃんと休んでるんだよ。」
「あいつは私たちに任せなさい。」
「頼むで。」
そしてリュカとビアンカとモモは怪物に向き直る。そこへ魔物を掃滅したヘンリーたちも駆けつけてきた。
「あれはいどまねきだな。」
魔物を一瞥したピエールが怪物について説明する。
「井戸の中に潜んで近づいてきた人間を喰らう怪物だ。今ではほとんどお目にかからなくなったが、導かれし勇者たちの伝説には幾度か登場している。私も実物を見るのはこれが初めてだ。怪力とカリン殿に喰らわせた石つぶてが最大の武器で、防御にも優れていて、呪文もあまり効かん。しかし、ここまで弱っていれば、活路はあるだろう。」
「で、どうすれば勝てそう?」
リュカがピエールに問いただす。
「カウンター攻撃に警戒しつつ、火傷で脆くなった肌に攻撃を食らわせ続ける。これが一番手っ取り早いだろう。」
「もう一発バギマとベギラマの合わせ技を喰らわせるのは?」
「無しではないが、黙って撃たせてくれるか、というところだな。」
ビアンカの問いにピエールは消極的反対の意見を述べた。
「取り敢えず、やってしまおう。」
ヨシュアの呼びかけに頷いた面々は、それぞれの武器を手にいどまねきに踊りかかった。しかし、いどまねきの方もこちらの狙いに気づいており、火傷した箇所をうまく庇いながらカウンター攻撃を仕掛けて来る。どちらも決定打を欠き、戦線は膠着した。
「ちっ、なかなか上手いこといかねーな。」
「隙を見てバギマとベギラマの合わせ技もやろうと思ってビアンカとも相談したんだけどね。撃とうとするたびに石つぶてだよ。」
「しかし、やるしかないのが事実だ。」
ピエールの残酷な宣言に、ヘンリーもリュカも肩を落としてため息を吐く。そして、気を取り直して再びいどまねきに挑んでいった。ヘンリーがいどまねきの太い右腕にしがみつき、そこに剣を突き立てる。あまり深くは刺さらなかったが、ヘンリーはその剣を支えにして、腕を振るってヘンリーを振り落そうとするいどまねきから離れない。
ヘンリーに夢中になったいどまねきの脇腹に、今度はリュカが一撃をくらわせた。そして、ずっと顔を覆っていたいどまねきの左腕が下がった。その隙にヘンリーがいどまねきの右腕を駆け上がり、右目に剣を突き立てようとした。しかし、いどまねきは顔を振ってその剣先を躱す。空を切ったその剣先を見てヘンリーは舌打ちをした。その時だった。
「ヘンリー、動くな!!!」
その鋭い聞き慣れた声と同時に、ヘンリーの鼓膜に矢が飛んでくる音が聞こえた。そして、その音が途切れたかと思うと、次にいどまねきの大きな悲鳴が聞こえた。見ると、いどまねきの右目に矢が刺さっていた。矢の放たれた方角を見ると、カリンが膝を立てて弓を持っていた。
「カリンのバカ!無茶して!でも………バギマ!!」
「ほんと、あの無茶でお節介焼きな性格は死んでも治らなさそうね。ベギラマ!」
再び炎の竜巻がいどまねきに襲いかかった。いどまねきが耳をつんざくような悲鳴を上げて苦しみもがく。そして、そこへヘンリーとピエールがいどまねきの顔面めがけて踊りかかった。
「「イオラ!!」」
2人は大爆発を起こす呪文をいどまねきの口腔から体内へぶち込んだ。数瞬ののち、いどまねきの胸部が大きく膨らみ、強烈な閃光と地面を揺るがす振動、そして鼓膜を破壊するような轟音と共にいどまねきの巨体といどまねきを収容していた井戸は四方八方に弾け飛んだ。
「や、やった………」
ヨシュアが感慨深く呟く。そして、井戸のあった場所には、青く輝く美しい指輪が転がっていた。
「これが水のリングね。」
ビアンカがそれを拾い上げてリュカに手渡す。
「さて、水のリングも回収したし、帰ろっか。」
リュカが呼びかける。
「もう一回温泉に浸かってから帰ろうぜ。」
「それいいわね!」
「私も賛成。」
「今度はこのピエールも入浴したいな。」
"私も〜"
一行は出口へ向かって歩き始めた。無鉄砲なお節介焼きを残して。
「お前らわざとやろっ……いてててて!!」
その情けない声を聞いて一同は爆笑する。そして、カリンはヘンリーがおぶって全員で出口を目指した。
滝の洞窟での激戦は、ここに幕を下ろした。