明けて10月23日、ビアンカによって開けられた水門からリュカたちを乗せた船は西の大陸の中央を流れる、グレートフォール山の滝につながる川を流れに逆らって北上し、一路グレートフォール山を目指した。途中の戦闘においてビアンカは、先日温泉で豪語していた通りに強くなっており、さらに魔物たちとの息もピッタリで大活躍し、スムーズに船は進み続けた。そして10月29日、一行はグレートフォール山の麓に船をつけた。
「これは壮観だな〜。」
ヘンリーが目の前の、通称グレートフォールの大滝を見上げて呟く。
グレートフォール山の南側に流れ落ちる(というより叩きつけると言った方が正しいか)大滝は、幅30メートル、落差500メートルに及び、滝壺の深さは数十メートルに及ぶという。その巨大な滝には常に細かな水滴が作った虹がかかっており、心なしか清涼感のある空間であった。
一行は滝の水が水面に叩きつけられて跳ね上がる水滴でずぶ濡れになりながら滝の裏側へ回った。すると、そこには大きな洞窟が口を開けて一行を待ち構えていた。一行はそこへ入る前に濡れた服を乾かし、暖をとりながら作戦会議を行った。
「魔物の気配はあんまり強くないんやけど、ここエグ広いよな。めっちゃ時間かかりそうやから手分けして探した方がええと思うんやけど。」
カリンが洞窟に入った途端に広がった巨大な空間を見上げながら意見具申する。
「そうだな。水の洞窟ってこともあって足場が悪い所がいくつかあるし、馬車を持って行くには不便だ。」
ヨシュアが補足意見を述べる。
「じゃあ馬車に残る組は死の火山で頑張ってくれたメッキーとドラッチとJPで。ウチと一緒にこの右っ側から探しに行くのがリュカとモモとビアンカ。んでヘンリーとヨシュアさんとスラリンとブラウンとピエールで左っ側頼むわ。」
「オッケー。レヌール城に関わったメンバーとそれ以外っていう分け方だね。」
リュカが納得して頷く。
「そうね。なんか懐かしくてワクワクするわ!」
ビアンカが内心でリュカといれることにガッツポーズをしながら返答する。そのビアンカの内心を正確に読み取ったカリンとモモがお互いを見合って肩をすくませた。
「でもいいの?新婚の夫婦が一緒じゃなくて。」
リュカがカリンとヘンリーに向かって問いかける。
「まあたまにはこういうのもいいだろ。それに、俺の知らない話で俺を置いてけぼりにして盛り上がられるのも気まずいしな。」
「それに、地味に大人になってからヘンリーと離れ離れなんが初めてやねんな。お互いがおらん状況っていうのも経験しとかんと、何かあったときに困る。ウチついついヘンリーのこと当てにしがちやからな。」
"さらっとのろけとんちゃうぞ。"
モモがジト目でカリンと魔物使いのリュカにしか聞こえない声(テレパシーと言うべきか)で突っ込む。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
服が乾き、その間に仮眠をとって疲れを癒した一行は、あらかじめ決めたグループに分かれて、この広大な洞窟の中に眠る水のリングの探索を開始した。もちろん魔物も待ち構えており、川を遡る時に戦った魔物たちや、ランスアーミー、まものつかい、踊る宝石、マドルーパー、ベロゴン、ホイミスライムの色違いでホイミの代わりにベホマを用いるベホマスライム、プクプクの色違いの上位互換種・プチイール、ブヨブヨと太った肉体に溜め込まれた毒や焼けつく息を腹に直結している管から吐き出す水色の魔物・ガスダンゴ、二足歩行の槍を持ったイノシシ・オークなどの魔物が襲いかかってきたが、それらを撃退しながら探索を進めていく。
ヘンリー、ヨシュア、スラリン、ブラウン、ピエールのグループは順調に探索を進めて、ヘンリーたちがとったルートにおける、洞窟の最深部に到達した。
「ちっ、ここで行き止まりか。」
「どうやらハズレだったようですな。」
「結局手に入れたのは魔物ぶっ倒してかき集めたゴールドと宝箱で見つけたエルフの飲み薬と1200ゴールドだけか。」
ヘンリーとピエールは思った以上の歯ごたえのなさと戦利品の少なさに少しガッカリしているようだ。
「まあそう落ち込むこともあるまい。とにかく、引き返すこととしよう。長居は無用だ。」
「そうだな。」
ヨシュアに促されてヘンリーたちは来た道を逆戻りし始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方のリュカたちも洞窟の最深部に到着していた。そのフロアの中心には井戸があった。
「いかにもあん中にありまーすって感じやな。」
「そうだね。あそこから飛びっきり濃い魔物の気配を感じるってことを除けばね。」
「こっちが近づくのを待ってるって感じよね。」
"私がちょっかい出してこようか?"
「いや、ウチがやるわ。」
カリンが弓を持って井戸から距離を取る。そして、慎重に狙いを定めて斜め上に矢を放つ。矢は美しい放物線を描いて井戸の中に吸い込まれていった。待つこと数秒、激しい地鳴りとともに井戸の中からどうやって井戸に入っていたのか疑問になる程の大きさを誇る、体表の青い怪物が現れた。その頭頂部にはカリンが放った矢が刺さっている。
「井戸の直径は1メートル半ってところやったけど、こいつ明らかに5メートルくらいあるよな。どうやって入ってたんやろ。」
「さあね。とにかく、こいつを倒さないことにはどうにもならなさそうだね。」
リュカが論評を加えたその時、怪物が攻撃を開始した。巨木の幹程ある太い腕を振り回してパンチを喰らわせようとしてくる。リュカはそれを華麗に躱して返す刀でパパスの剣による斬撃を伸びて来た腕に向かって放つが、まるでサッカーボールを棒で叩いたような感触と共に弾かれてしまう。
「こいつ、なかなか硬いよ。それにブヨブヨ感をプラスした感じ。」
「メラミ!!」
ビアンカがハンドボール大の火球を3つ発生させてメラミを放つ。直撃を受けた怪物は少しの間その熱で苦しんだが、すぐさま態勢を立て直してその辺に落ちている石をまとめて掴んでリュカたちに向かって投げつけた。ビアンカのメラミで一時的に怯んだ怪物に追い打ちをかけようと、怪物に向かって飛びかかっていたカリンとリュカが後退を余儀なくされる。しかし、あらかじめ距離を取っていたモモが身軽な動作で石を躱し、怪物の右側背に回り込んで奇襲をかけた。モモは怪物の喉笛に噛み付こうとしたが、それに気づいた怪物に右腕で払われてしまう。態勢を立て直したモモも一旦後退した。
「これはちょっと骨が折れるなあ。一旦退いてヘンリーたちと合流するか?」
「結局私のメラミもちょっと怯ませた程度だったしね。」
「まあそう簡単にも行かせてくれそうにもないね。」
リュカが指差す方を振り返ると、リュカたちがいるフロアの入り口を塞ぐように100匹以上の魔物たちが集結しつつあった。
"なるほど、この怪物がここの洞窟の主だったってことね。でもこのまま戦っても魔力切れたらジリ貧だしね〜。"
「まさに前門の虎、後門の狼っていう感じね。」
「まあこういう事態を考えてなかったわけちゃうからな。ちょっとこの強さは想定外やけど。」
カリンはそう言うと黒いソフトボール大の球体に紐がついたものをいつも提げているポーチから取り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そうか、まだ戻ってないのか。」
洞窟内探索開始から6時間が経ち、ヘンリーたちが洞窟の入り口に置いてある馬車に帰還した。そこでJPからカリンたちがまだ戻っていないこととそれまで漂っていた魔物の気配が奥に向かって移動しつつあるとの報告を受けた。
「そういえば先程から魔物をほとんど見かけていないな。楽に帰ってこれて良かったという程度にしか考えていなかったが。」
「どうにも気になりますな。あっちで何かあったのだろうか。」
ヨシュアとピエールが懸念を表明する。ヘンリーは即座に決断した。
「奥で何かあったのかもしれない。俺とヨシュアさんとピエールで後を追う。何かあったら伝令にはスラリンを使ってくれ。それから………」
その時だった。リュカたちが進んだ方の洞窟の奥から微かな爆発音と振動が伝わったのは。
「!?今のは!」
ヨシュアが声を上げる。
「ああ。間違いない。カリンが作った爆弾の爆発音だ。」
「では迷っている余裕はありませんな。」
「よし、ヨシュアさん、ピエール、行くぞ!」
「「よし!!」」
ヘンリーとヨシュアとピエールはそれぞれ武器を抜いて洞窟の奥へ向かって駆け出して行った。滝の洞窟での戦いの第二幕が上がろうとしていた。