ついに9月23日に一行は地獄の砂漠地帯を抜けることに成功した。そこから蒸し暑いジャングルの中を進み、数多くの魔物と渡り合う事5日、9月28日夕方に、サラボナへの旅の中継地点である行商人用の宿屋に辿り着いた。過酷な環境下での長旅にさすがの一行も疲れ果て、宿で出された食事の味も噛み締めないままとにかく胃に流し込み、そのまま布団に潜り込んで眠ってしまった。
翌29日、皆が眠りこけているのをよそに、カリンはサラボナについて詳しいであろう宿の主人にサラボナの事を聞いていた。60歳を過ぎている。嗄れた声が印象的な中肉中背の初老の男である。
「サラボナってどんな感じ?」
「どんな感じって?まあ大豪商ルドマンが築き上げた街でな。街の西の方にはルドマンのそりゃまたどデカイ豪邸があってだな。その南っ側には別荘までついてやがる。」
「ルドマンの家と別荘とどれくらい離れてんの?」
「歩いて5分かからねぇんじゃねえかなあ。」
「………金持ちのする事は分からんなぁ。」
「別荘とは言っとるが、実際は娘が結婚した時の新居にするみたいだな。」
「へえ〜〜〜。」
「おや?何だお前さん知らないのか?」
「知らないって何を?」
「ルドマンの2人の娘の妹の方が、今結婚相手を探しとる。」
「それでこの宿にやたら筋肉質の若い男が多いんか。その娘は筋肉フェチかなんかか?」
「フェチ?」
「要するに男の逞しい筋肉を見てうっとりするような娘のことや。」
「実はな、その結婚には条件があんだよ。」
「条件?」
「わしもよう知らんが、なかなか厳しいらしくてな。募集が始まってから二週間ほど経つが、一向に相手が決まらんらしい。」
「まあルドマンの娘と結婚するっていうことは、ルドマンの遺産総取り出来るってことやからな。候補者も多いやろうし、ホンマにルドマンの商売継がして大丈夫かとかも見なあかんやろうしな。んでや、おっちゃん。風の噂でルドマンが天空の勇者の伝説の中の、導かれし者たちの末裔で、天空の武具を受け継いでるって聞いてんけど。」
「あー、その話ならこの界隈じゃ結構有名な話だな。わしも直接見たわけじゃないんだが、ルドマンの邸宅には確か盾だったかな?が飾られてるそうだ。それにしても、そんなこと聞いてどうすんだい?」
「ま、興味本位で。ところで、娘2人おるって言うてたけど、もう片っぽは?」
「うーん、わしも良くは知らんのだが、幾分性格がキツイらしい。ルドマンが設けた見合いの話を悉く蹴っとるそうだ。妹の方はお淑やかで優しい娘なんだがな。あまりにもやんちゃすぎて、花嫁修行のために入れられた修道院も手を焼いたんだそうだ。」
「娘2人の名前は?」
「姉の方がデボラちゃん、結婚相手を募集しとる妹の方がフローラちゃんだ。」
「ん。ありがとうな、おっちゃん。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
サラボナについてのカリンの情報を共有した一行は、もう一日体を休めて10月1日に宿屋を出発した。南に3日ほどすすむと、大きな山脈にぶち当たった。ただ、山越えをする必要はなく、ルドマンが10年前に開通させた、山脈の裏側へ通じるトンネルを通れば半日でこれを越えることができる。しかし………
「魔物多いなあ。」
カリンが大きくぼやく。10月4日夕方、トンネルの手前までやって来た一行は、リュカとカリンとヘンリーを先遣隊として洞窟の中を偵察した。どうせトンネルをくぐるのは翌日になるからだ。
「魔物も馬鹿じゃないってことだ。ここを人間が通るのは自明の理だからな。」
「襲うのは簡単って訳だね。」
ヘンリーとリュカがそう論評する。その時の事だった。
「うぐっ!!!」
突然ヘンリーが首の後ろを抑えて苦しみだした。
「ヘンリー!どうした!」
「どうした!」
リュカとカリンが駆け寄る。カリンがヘンリーの手を退かせると、そこには、体長5センチほどのとサソリが取り付いていた。カリンはサソリに刺されないように尾を抑えてからヘンリーの首元から引き離し、メラで焼却した。ヘンリーの刺された傷口は既に大きく腫れ上がり、紫色に変色していた。
「キアリー!!」
カリンが毒消しの呪文を唱えるが、なぜかヘンリーの苦しんだ様子は解消されず、傷口の腫れも引かない。
「なっ!?どういうことや!?」
「ヘンリー!しっかりしろ!」
「うっ………」
カリンが涙ながらに傷口の毒を直接吸い出そうとするが、無情にもヘンリーの呼吸は浅くなっていった。リュカも諦めかけたその時だった。
「おい、そこの!サソリに刺されたのか?」
紫色のローブに身を包んだ、魔法使いの色違いの魔物がこちらに声をかけて来た。焦って魔物かどうかの確認もせずにカリンが鋭く声を飛ばす。
「そうや!」
「ならこの薬草を使うんじゃ!そいつには普通の毒消し草もキアリーも効かねーぞ!!」
魔物が袋に入った薬草を投げ渡した。カリンは受け取ると、それを絞ってヘンリーの傷口に塗り込んだ。すると、徐々に傷口の腫れが引き始め、ヘンリーの呼吸も安定し始めた。
「「ふぅー。」」
カリンもリュカも安堵の溜息を漏らした。
「どうじゃ。よう効いたじゃろう?」
「どこのどなたか知らんけど、ホンマにありがとう……ん?こいつの顔どっかで見たことあるぞ?」
「あれ?そういえば僕もどっかで?」
「その紫のターバンと背中の弓、どこかで………!あ!!お前たち!」
「ああ〜〜!レヌール城のあのジジィか!!」
そう、この魔物は10年前にリュカとカリンとビアンカがレヌール城で退治した親分ゴーストだった。
「こんなとこにいたんだ!」
「いや〜、お前さんたちも大きくなったな!」
「そういうジジィはちょっと老けたんちゃう?それに、また悪さしてたんちゃうやろな?」
「老けてなどおらん!口調が好々爺の方が稼ぎがいいからそうしただけのことだ!」
「今までどうしてたの?」
「まああれから各地を転々としてたんだがな。最近はこうやって魔法で改造したサソリを放ってそれに刺された奴にこの薬草を1回500ゴールドで売って何とか生計を……」
「お前それただの詐欺やんけ!」
「そうだよ!もう悪いことしないんじゃなかったの!?」
「くそっ!よりによってお前達にバレるとは!!」
ぐぎゅゆるるる〜〜〜〜
その時、親分ゴーストの腹が大きな音を立てて鳴った。
「………腹減ったんか?」
「くっ!5日くらい何も食ってないくらいでこの俺が腹など鳴らすものか!!」
「それより、引き連れてった魔物たちはどうしたの?」
「……………。」
「逃げられたんだ…………。」
「哀れやなあ。」
「………はあ。もう俺もおしまいだな。金も無いし。仲間も家族もいねぇし。自分を負かした相手に情けをかけられるし。」
「せやなあ。ここで一思いに死んどくか?あの頃より弓の腕は上がってるから一発で確実に仕留めたるで。」
カリンは親分ゴーストの首元に向かって矢をつがえた。
「ああ、こんな惨めな思いをしてまで生き延びたくはない。」
親分ゴーストは死を覚悟して首元をカリンが狙い易いように開ける。両人は気づいていなかったが、後ろでは何故かリュカがクツクツと笑いを堪えていた。
「ほーん。」
カリンは弓を下ろした。
「そうか、死にたいんか。それやったらお前の希望に沿うようで嫌やな。逆に無理にでも生きといてもらお。お前、ヒャド使えるか?」
「覚えている呪文はメラ、メラミ、ギラ、ベギラマ、ヒャド、ヒャダルコ、マヌーサ、ラリホーだが?」
「ちょうどヒャド系使える奴が足らんくて困っとったとこやねん。飯は食わしたるから付いて来い。」
「………ふっ、2度も助けられたこの命、どう使われようと文句は言わん。」
「殊勝な心がけやないか。とにかく、ここ潜んのは明日や。いっぺん出るで。リュカ、そこで笑っとらんとヘンリー担いで出るぞ。」
「なんだ、やっぱりバレてたのか。ちなみにヘンリーもとっくに気がついてるよ。まだふらふらな感じだけど。」
「………また……騒々しく………なるな………。」
「そりゃ良かった。ホンマに心臓止まるかぁ思ったわ。」
「憎まれ口の割に本心から安心してる顔してるよ。ホントにラブラブだね。流石新婚夫婦。」
「やかましい!」
「照れてるね〜。」
「おー、お前、結婚してたのか。」
「お前も冷やかさんでええから。あ、名前どうする?」
「好きにつけろ。」
「ん〜〜〜、じゃあJPな。」
「ジェイピー?」
「ジェルミー・パウエルの略や。おさるのジョージ・マッケンジーの略のジョージとの2択で迷ったけどな。」
「???」
「よろしくね、JP」
「JP、行くで。」
「……よろしくな、JP。」
「お、おう。」
(元近鉄ファンの親父に感謝やな。)
こうして、ジェルミー・パウエル、略してJPが、このパーティーの新たな一員として加わった。