ひとまずこなすべき行程を終え、歓談の時間となった。カリンとヘンリーがリュカとこれからの事について話していると、デールがマリアを伴ってその輪に近づいて来た。
「兄さん、この度はおめでとうございます。」
「お前もな。で、何か用か?」
「西の大陸のルドマンという豪商をご存知ですか?」
「ああ、色々と噂は聞いているが。」
「実は私も兄上が旅をしている間に色々と調べていたのですが、そのルドマン氏が天空の盾を持っているという情報を得ました。」
「何だと?」
「どうやらルドマン氏は伝説の導かれし者たちの末裔だそうで、勇者から譲り受けた天空の盾を受け継いでいるそうです。」
ヘンリーは頷いてリュカに向き直る。
「目的地は決まったな。」
「うん。ありがとうございます、デール陛下。」
「俺からも礼を言うぜ。」
「私も皆さんの無事を祈っています。」
そしてデールはリュカ達の輪から離れていった。
夕方になって式は終了しようとしていた。後はブーケトスを残すのみである。誓いのキスとは逆に先にマリアがブーケを投げた。そのブーケはそれをもぎ取ろうと躍起になっている未婚女性の人垣を大きく越えて、その様子を遠巻きに見ていたヨシュアの足元にポトリと落ちた。当然の如くヨシュアはそれを拾い上げて照れ笑いをする。マリアは全く予期しても狙ってもいなかったが、兄の幸福を願う彼女にとって最良の形となった。ラインハット未婚女性の敵意を一身に集めて。
その後はカリンのブーケトスである。本来ならマリアのように適当に投げれば済むのだが、何故かカリンは精神統一を始めた。
「カリン、ブーケトスに何緊張してんだ?」
「うるさい!気が散る!」
ふとカリンの意図を察したヘンリーがカリンに耳打ちする。
「リュカならヨシュアさんの2メートルくらい右だ。投げる距離もそんなに変わんねえ。」
「お、流石旦那やわ。これでわざわざリュカの気配を察して投げる手間が省けた。」
「お前本気で気配でリュカの位置探すつもりだったのか?てかさっきからリュカ動いてねーぞ。見てただろ。」
「いや、逆に動いてたらヤバいやん。どっちにしろ最後はあんたに聞くつもりやったけど。…………よし!」
カリンが投げたブーケは見事な放物線を描き、狙い通りにリュカの腕の中に入った。振り向いてその成果を確認したカリンはガッツポーズをする。
「リュカーー!次はあんたの番やでーー!!」
「早く良い女性見つけろよな!」
リュカは驚いたような表情で壇上の2人を見る。そして、他ならぬ親友2人が自分の幸福を願っていることを知り、その表情はくしゃっと綻んだ。この瞬間、リュカはカリンに対する未練を断ち切る事に成功した。
式はお開きとなり、一般の応募で招待された市民は盛大かつ大いに祝福すべき結婚式の名残を惜しみながら帰途に就いていった。城の中庭にはサンタローズ関係者、ラインハットの重臣達といった、二組の夫婦に近しい人々だけが残り、盛大な晩餐会が催された。
「最近にしては珍しく飲んでへんやん、リュカ。」
ワインではなくブドウジュースを飲んでいたリュカに新婦のカリンが近寄ってきた。紫色のドレスが非常に似合っている。新郎のヘンリーはどうやらデールと2人でワイワイやっているようだ。
「そうだね。弱いのに深酒する理由も無くなったし。そういうカリンは旦那さんと一緒じゃなくていいの?」
「ん?まあええやろ。ウチとはこの先も何回も一緒に飲む機会があるやろうけど、デールとは数が限られてくるからな。偶には兄弟孝行を黙って見とくのも必要やろ。ま、そもそもウチはそんなに嫉妬深ないし。」
「そっか。カリンは優しいんだね。」
「なんや今日はえらい素直やな。」
「そうかな?」
「………ひょっとして悩み事でもあった?」
「まあね。」
「水臭いなあ、相談しいや。ウチとあんたの仲やろ。」
「逆にカリンだから相談出来なかったんだけどな〜。」
「え、逆に気になる〜。」
「結構重い話だよ。」
「俄然聴きたくなった。」
「……………僕、カリンのことが好きだったんだ。」
「…………マジ?」
「うん。だからね、式が始まるまで物凄く内心複雑だったんだよ。そりゃヘンリーの方がカリンにお似合いだって分かってるし、お互いが好き同士だから引き剝がしようもない事も分かってる。でも、やっぱりヘンリーにちょっと嫉妬してたんだよね。それに、2人だけで僕を放ったらかして別の所に行っちゃうんじゃないかっていう不安もあったね。」
「まあ理性と感情は必ずしも一致せえへんからな。ま、そこが人間のおもろいとこやけど。で、それはいつ吹っ切れたん?」
「ブーケ受け取った時だよ。他ならぬヘンリーとカリンの2人に"幸せになれ"って言われてさ。別に2人がくっ付いたからって僕との絆が断ち切れる事は無いんだって。2人とも親友として僕のことをちゃんと気遣ってくれて、今までみたいに馬鹿話しながら楽しく旅を続けられるんだって。」
「ウチがあんたを見捨てるわけないやん。こんな弄りがいのある奴おらんのに。」
「あれ、ヘンリーは?」
「1人やと飽きる。」
「あははは、カリンらしいや。」
「んで、ルラフェンで一目惚れしたって話はどうなん?」
「一目惚れ?」
「何か酒屋かどっかでケバい女に一目惚れしたってベネット爺さんが言っとったけど。」
「ああ〜、あの時か。いやあ、そんな風に受け取られてたんだなあ。確かに綺麗な人だと思ったし、鼻の下を伸ばした事は否定しないんだけど、あの人を何処かで見たことあった気がしてね。」
「一つええか?」
「なに?」
「鼻の下を伸ばした時点で一目惚れしたんとちゃうの?」
「うっ………そう言われればそうなんだけど………それよりどこかで見た覚えがあるんだよな〜、どこなんだろ?」
「ちぇっ、まだ"ひと目見ただけなのに忘れられない〜〜"的な惚れ方してへんのかい。で、リュカ的にどこがあかんかったん?」
「別にダメとかじゃ無いよ。ただ、もう少し話をしないと恋愛対象には入らないかな。やっぱり将来を誓い合う人なんだからさ。」
「そう………。しっかりしてんな〜。」
「ありがとう。」
「昼間も言うたけど、ええ人見つけや。」
「うん。」
その輪の中に先ほどまでイワンと酒を酌み交わしていたヨシュアがやって来た。
「少し話があるのだが。」
「何でしょう。」
「実は、私も旅に連れて行って欲しいのだ。」
「ふふ、妹を取られた哀れな兄貴の傷心旅行でっか?」
「違う!なぜカリンは私をそこまでシスコンにしたがるのだ!?」
「当たり前やん、そっちの方がおもろいからですよ。」
「…………まああれだ、ラインハットも平和になったし、マリアの巣立ちも見届けたし、私も少し手持ち無沙汰でな。それに、光の教団のこともあるし。」
「そうやな。ヨシュアさんが来てくれたらこっちも大分楽になるし、この際来てもらおか。」
「そうだね。」
「かたじけないな。」
「へぇ〜、ヨシュアさんも来るのか。」
いつの間にかヘンリーが会話の輪に加わっていた。
「今回は妹をデールに取られた傷心旅行………」
「お前らな〜〜!!」
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宴も終わり、皆が寝静まる頃、ラインハットの宿屋の一室寝室ちは、初夜を迎えるヘンリーとカリンがいた。2人はお互いの裸というものを初めて見た。
「「うわー」」
カリンの均整の取れたプロポーションに感嘆の声を漏らしたヘンリーとは対照的に、カリンはヘンリーの肌に奴隷時代に刻まれた無数の傷跡に声を上げていた。
「ほんまに地獄やったんやなあ。」
「あ、ああこれか。済まないな。汚い体で。リュカの方がもうちょっとマシなんだが。」
「汚くなんかないわ。」
カリンはその傷跡を指でなぞりながら言う。
「傷痕も全部込みのあんたが好きやねん。どーせその傷痕も半分ぐらいは他人の代わりに打たれたやつちゃうの?」
「ま、まあな………」
「その一本一本があんたの優しさの勲章や。」
「お、おう。」
「んであんたはさっきなんで"うわー"って言うたん?」
「そんなの、お前が綺麗だからに決まってんじゃねーか。」
「うわー、恥ずかし!よう言えるなー。」
「お前もよく"優しさの勲章"とか言えるな。」
2人は顔を見合わせて笑顔になる。そして、実はまだ3回目である口付けを交わした。そしてヘンリーはゆっくりと抱え落とすようにカリンをベッドに押し倒した。そのタイミングで唇は離れ、2人の間に唾液の橋が架かる。
「ついにウチも処女卒業か。なんか感慨深いな〜〜。」
「なあ。」
「ん?」
「………これからも、どうぞよろしく。」
「こちらこそ。」
2人は再び深い口付けをした。そして、2人の初めての運動会が始まった。