春が近づきつつありながらも、かなり冷えたある日の午前中、サンタローズの村には追いかけっこに興じる2人の子供の姿があった。
「待てこら〜〜!!」
「カリン、こっちだよ〜〜!あははは!」
村全体をフィールドにしてカリンとリュカが追いかけっこに興じている。そんな2人の様子をパパスが感慨深げに見つめていた。
パパスがサンタローズの宿屋に居ついて1週間になる。村人たちは皆おおらかでパパス一行を歓迎し、既に彼らを村人の一員とみなしているようであった。特に14歳のシスター、ルカには随分懐かれ、毎日のように宿屋に押しかけては村のことを事細かに教えてくれた。
多くの村人と会話したパパスだが、最も印象深く感じたのはカリンであった。少し口調が他の村人と異なっているし、何よりも5歳とは思えないほど冷静で大人の話も理解し、的確に返してくる。村人たちが口を揃えてカリンを褒めちぎるのも頷ける話だった。
そしてこの日、パパスはカリンの自宅に向かっていた。カリンの母親は名をユリーナといい、昔はかなりのお転婆娘だったらしく、今は隣町に嫁いだダイアナという女性とやんちゃの限りを尽くしたそうだが、やがて商人と恋に落ち、カリンを授かったが夫はカリンの生誕を見届けた後に魔物に襲われて亡くなったという。
その後は女手一つでカリンを育ててきたが、昨年に病にかかり、医者の話ではもう永くないとのことだった。そして、パパスがサンタローズに来てからまだ会っていない村人の、最後の一人でもあった。
今まではユリーナの体調が思わしくなかったのだが、この日、ようやく話ができる状態になったということで、ユリーナに呼び出されたのだ。
カリンの家は村の北東の端に位置する二階建ての大きな家である。今は2人しか住んでいないが、ユリーナは3人兄弟だったらしく、その頃はとても賑やかな家だったという。パパスは件の家に到着し、ノックをした後で家の中に入った。
「失礼する。」
「お待ちしていました。」
ユリーナは家の奥にあるベッドから体を起こしてパパスの訪問を歓迎した。髪はカリンと同じ薄い紅茶色で、顔立ちは非常に整っており、とても美しい女性といえた。しかし病気のせいか肌は健康的でない白色をしており、やややつれているようにも見えたが、目には強い光をたぎらせていた。
「挨拶が遅れてしまった申し訳ありません。もっと体の調子が良ければ、来た日にでも歓迎会を行いましたのに。」
「いえいえ、何よりもお身体が大事ですからな。」
「それより、カリンはどうしていますか?」
「外でリュカと追いかけっこをして遊んでおりましたぞ。非常に活発で利発な良い娘さんをお持ちですな。」
「優しい方なのですね。ただの筋肉バカではないようで安心しました。」
「筋肉バカ………」
ユリーナは柔和な笑みを浮かべて楽しそうに言葉を紡ぐ。
「冗談ですからお気になさらず。ところで、あなたをここに呼びつけたのにはわけがありましてね。」
「何でしょうか?」
「実はあなたにお願い事が2つあるのですが、聞いていただけますでしょうか?」
「何なりと。あなたのような美しい女性の頼みとあらば、このパパス、何でもいたしましょう。」
「そういう台詞は奥様に向けられた方がよろしくて?」
「……………」
パパスは苦い表情をして俯いた。
「………失礼なことをお聞きしたようですね。」
「いえ、お気になさらず。とにかく、お聞きしましょう。」
「1つ目ですが、隣町の宿屋に嫁いだ私の友人のダイアナという女性を連れて来ていただきたいのです。長らく会ってませんから。」
「村人たちから聞いております。非常に仲がよろしかったと。」
「とにかくやんちゃしまくりましたからね。お聞きになります?私たちの武勇伝。」
パパスは村人から笑い混じりに様々な武勇伝を聞いていた。曰く、爆弾を自作して広間で爆発させた、魔物の住み着く洞窟で魔物を倒しまくって大金を手に入れて帰って来た、教会の前に落とし穴を掘って神父を落とした……など、被害は与えないもののスケールのデカいイタズラの数々を繰り返して来たのだ。
「……遠慮させていただきましょう。」
「そういう反応をされると喋りたくなってしまうものですよ。」
「村人たちの言うとおりですな。とてもイタズラ好きでお調子者であると。とても楽しい方だ。」
「ありがとうございます。そして序でにアルカパにカリンも連れてお行きください。弓を使うのが上手い子です。邪魔にだけはならないでしょうし、あなたが疑われてもカリンを連れて行けばあなたの頼みを聞き入れるでしょう。それに、ダイアナの娘のビアンカちゃんにも会わせてあげたいですからね。」
「分かりました。して、もう1つというのは?」
ユリーナはそれまでの楽しむような表情から一転して、真剣な表情で話した。
「私が死んだら、あの子とこの家を引き取ってください。」
「何を仰いますか!弱気になってはいけません。病は気からとも申しますし……。」
「良いのです。自分の体のことは自分が一番良く知っています。私はもう永くありません。もう1週間も保たないでしょう。」
「…………。」
「あの子は5歳とは思えないほどしっかりしていますし、わたしの代わりに料理までしてしまいます。でも、この大きな家を管理するのは手が余りましょう。定住できる場所を探してこの村にいらしたのでしょう?丁度良いではありませんか。」
「…………1つ、お約束して頂きたいことがあります。」
「何でしょう?」
「最後まで生きることを諦めなさいますな。カリンのために、1日でも長く生きるために。」
「もちろんです。まだやり残したことがありますから。それに、あんまり死にたくはありませんから。」
「それは良い事だ。その心が生きる糧となりましょう。では。私はそろそろお暇させて頂きましょう。今から出れば日没までに向こうに着けそうだ。」
「カリンを頼みます。」
「もちろん。」
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パパスはカリンの家を出て、まだ追いかけっこに興じているカリンとリュカを呼び止める。
「カリン!リュカ!」
「はーい。」
「父さん、どうしたの?」
「今からアルカパに行くことになった。カリンのお母さんのお友達に会いに行くためだ。」
精神年齢29歳のカリンは経緯を大体察した。カリンはいつも優しくて冗談好きなこの世界の母のことを実の母のように愛していたため、涙が瞼を乗り越えそうになる。
「どうしたの?カリン。」
「何でもない。目にゴミ入っただけやから。」
そう言いながら語尾は震えていた。それを見ていたパパスはカリンの頭をくしゃっと撫でた。
「聡いのも考えものだな。」
「はい………。」
「とにかく、旅仕度をして来なさい。」
「何時頃に帰ってこれますか?」
「明日の夕方までには戻ろう。」
「分かりました。」
カリンは溢れる涙を拭いながら家の方へ去っていった。
「カリン、どうしちゃったのかな?父さん、何かした?」
リュカはジト目でパパスを見つめる。
「そんな目で見るな。私は何もしていないし、誰のせいでもないのだ。お前ももう少し大きくなればわかる。ほら、宿屋に戻るぞ。我々も旅仕度だ。」.
「はーい。」
宿屋ではサンチョが本を読んでいた。
「サンチョ、ユリーナ殿に頼まれて隣町のアルカパまで行ってくる。明日の夕方には戻る。」
「坊ちゃんも連れてお行きになりますか?」
「そうだ。」
「分かりました。」
数分後、パパスとリュカが村の入り口に着くと、カリンは既に旅仕度を整えて待っていた。ユリーナの言うとおり手には弓を持っている。
「カリン、もう大丈夫?」
「もう大丈夫。心配かけたね。」
「よし、では行くとしよう。」
スコットにアルカパに行く旨を告げて、3人は大草原を西に進み始めた。
カリンにとって初めての旅が始まった。
なんかあんまり序盤は楽しい雰囲気ではないですが、楽しんで続きを待って頂けると幸いです。ちなみに、今は6話まで予約投稿になってます。あと2週間は安心です。ヤバくなったら週一回にします。
<次回予告>ついにフィールドへ出たカリン。果たしてチートパパスがいるパーティーで彼女の初実戦の機会は訪れるのか?
次回 第3話「上を向いて歩こう」
賢者の歴史が、また1ページ。