私は今、特別棟にあるという部室の教室に向かっていた。
今日は休みだったので、雪乃が住んでいるマンションにお邪魔して、生活が乱れていないか確認しに行くと机の上に小説が置いてあり、読んでみると私が出ていた。
雪乃が帰って来てから聞いてみようと思ったけど、居ても経っても居られなくなり雪乃の高校まで来てしまった。
※ママのんは「ゆきのんの妊娠」を読みました。
雪乃が書いたとは思えない。あの子は確かに私を苦手としているけど、家のことを悪く書くとは思えないから。
もし雪乃が部長を務めているという部活内での活動であれば、書いた子が居るのでしょう。
私はそんなことを考えながら、階段を上っていたので誤って階段を踏み外してしまい、身体のバランスを崩していた。
「キャっ!!」
私が階段で足を縺れさせ落下しだしたとき、誰かに身体を包み込むように抱き締められていた。..あ//凄く良い匂い//
「大丈夫ですか」
私は男性に抱きしめられていた。顔は彼の胸板に押し付けるようにしていたので、凄く良い匂いがしている//少し汗の匂いもしていたけど、それは不快ではなく私には甘美な匂いだった。
階段の途中だったので、中々体勢を整えられず、暫くは彼に身体を預けたままとなっていた。
「..は、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
私がそう言って顔を上げると、そこには何度かお会いしたことがある男性が私のことを抱きしめてくれていた。
「ま、ママのん!?」
「...貴方にそのような呼び方をされるのは心外ですが、助けていただいたのですから聞かなかったことにします」
「す、すみません!!」
彼はそう言い私が立ったのを確認すると、抱きしめていた手を放し逃げるように走っていった。
「あ!?ちょ、ちょっと」
彼は私が声を掛けても聞こえなかったのか、そのまま走っていった。私は部室の場所を聞きたかったけど、しょうがないわね。
比企谷さんの匂いだったのね//私は今、鼓動が激しい。男性に抱きしめられたのは、いつ以来かしら。
私は早足に彼を追いかけていた。比企谷さんが教室に入っていくのが見える。あの教室ね、今日は洋服で来て良かったわ、着物ではこんなに早く動けないから。
ラノベを仕舞え!!
比企谷さんがラノベ?を仕舞えと言っている。私が来たことを知って仕舞わせているのね。私は比企谷さんが開けたままにしていた扉から入って行き後ろ手で扉を閉めながら声をかけていた。
「お邪魔します」
「か、母さん!?」
周りを見ると部屋に居る皆が私の方を見ている。雪乃の隣には由比ヶ浜さんが居て、比企谷さんは私の横で立っている。恰幅のいい生徒が手に雪乃の部屋に有った小説のようなものを鞄に仕舞おうとしていたけど、手を止めているのが分かった。
「雪乃、私にも小説を読ませてもらいます」
「母さん、これは部活の一環よ。関係者でない人には見せれないわ」
「貴方が書いたのですね、それに雪ノ下家は出てませんか」
「..で、出てましゅ」
「では私も関係者のようね」
私が恰幅の良い生徒に名前を伺っていると、扉がノックされ雪乃が返事をすると私服を来た女性が入ってきた。
「ひゃっはろー。ラノベ読みに来たよ」
「陽乃、何ですかその挨拶は」
「お、お母さん!?な、なんでお母さんがここに」
「私も小説を読ませてもらいに来ました。雪乃の部屋にお邪魔したら置いてあって興味が湧きましたから。では一緒に読まさせて頂きますよ」
「母さん、マンションに入ったの」
「ええ、あなたの生活が乱れていないか確認しに行ったのよ。何か不味かったの」
「別に良いわ、ただラノベ..小説を勝手に見るのはどうかと思うのだけれど」
小説の事をラノベと言うのね、では陽乃が読みにきたと言っていたということは陽乃も知っているのね。
「机の上に出してあったから読んでみたのよ、では私にも読ませて頂けるかしら」
材木座さんは渋々私にも一部、小説を渡してくれていた。さて何が書いてあるのでしょうか。
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(ここから材木座の小説)
「陽乃、そっちの出来はどうだ」
「うん。大きく育ってるよ、そろそろ出荷できそうだね」
私と八幡君は二人で農業をするために田舎に引っ越していた。両親が私達の結婚に反対し別れさせようとしたため、Iターンを支援している村に引っ越し、専業農家として一緒に田畑を耕している。
「天気が良くて、出来が良いな」
「うん、お日様に感謝しないとね」
こっちに引っ越してきた一年目は私達が不慣れなのもあって作物は思っていたほど実らなかった。でも近所の人達が助けてくれて、私達は生活に困るようなことはなかったけど。
でも今年は去年の失敗を繰り返さないように田畑の勉強をし、今では農作物がたくさん実ってくれている。
今の私の格好を見たら、昔を知っている人たちは何て言うだろう。泥で汚れたジャージを着て、化粧もせず日焼け止めだけを塗っている。こっちに来る前の私には考えられない生活だった。
毎朝5時すぎに起き、早くから畑に出て収穫、水撒きをして畑の世話をしている。八幡君も朝は苦手だったけど、今ではすっかり慣れてしまったようで、朝も日の出前から二人で畑に出て土で汚れる生活をしていた。でも流石に夜は疲れてしまい、二人で21時には布団に入る生活をしている。
昔からは考えられないけど、私はそんな生活が好きだった。
「陽乃、そろそろ休憩しようか」
「うん!!」
私達は朝の仕事がひと段落すると、ようやく朝ごはんを食べていた。それでも7時ぐらいだから健康的な生活なんだろう。
近所のおじいちゃん、おばあちゃんも私達の世話を焼いてくれて、食費は我儘を言わなければ、ほとんど掛からないぐらいだ。たまに町に出てラーメンを食べに行くのが私達の贅沢となっていた。
八幡君は昔のように痩せていなくて、今では筋肉がしっかり付いてて、色々な意味で逞しくなっていた。
ここに来たときは家に虫が出ただけで、二人で大騒ぎしていたのが懐かしいな。
「どうしたんだ、急に笑い出して」
「ふふ。ううん、ここに来たときは虫が出ただけで大騒ぎだったのにね」
「陽乃も一緒だろ、蜘蛛が部屋の中に居るからって俺の布団に入ってきてたからな」
「うん、..今日も布団に入っていくからね//」
「あ、ああ//じゃあもう少し頑張ろうか」
私はこの生活が好き。好きな人と仕事も家でも何時でも一緒に居られる。大学の時は家の仕事に振り回されて、やりたくない事も一杯させられていた。でも今は自分から進んで田畑の面倒を見ていて、それも凄く楽しくて好きだった。
昔見たいに着飾ったり化粧をすることはなく、ほとんどをすっぴんで過ごしていたけど、八幡君はそんな私でも綺麗だって言ってくれている。
私と八幡君が縁側でお昼ご飯のおにぎりを食べていると、タクシーが走ってきて家の前に止まっていた。何だか嫌な予感がするんだけど...
私達が見ているとタクシーの後部座席から黒髪を長く伸ばした女性が降りてきた。運転手がトランクからバッグを出すとその女性は受け取り、こちらに歩いて来ていた。
2年ぶりの再会になるのかな、でもなんでここに雪乃ちゃんが...
「久しぶりね、姉さん。八幡」
「久しぶりだな」
「...久しぶり雪乃ちゃん。今日はどうやってここに」
私と八幡君はここに移り住んだことを誰にも言っていなかった。住所は移したけれど役場にお願いしてDV認定して貰い、調べられても漏らさないようにお願いしていたのに...
「姉さん、そう警戒しないで。私は連れ戻しに来たわけではないわ。親にもこの場所のことは言わずに来たのよ」
「でもなんでこの場所を知ったの」
「八幡、あなた材木座君に相談したでしょ」
「..ああ、ただ場所は知らないはずだぞ」
「材木座君のパソコンを使っていたのね、とんだ盲点だったわ。彼が貴方の検索履歴を残しておいてくれたのよ。そしてこの村を何回も見ていたのが分かったので来てみたの」
「そうだったのか、すまん陽乃」
「ううん、雪乃ちゃん。この場所のことは黙っておいて」
「もちろんよ、履歴も全て消させたわ。だから知っているのは私だけよ...それで姉さん、相談があるのだけれど」
私達は雪乃ちゃんを家に入って貰って暫く待ってくれるように言い、途中までだった農作業を終え家に帰っていった。
「それで雪乃ちゃん。相談って何?」
「私もここで住まわせてほしいの」
「「え!?」」
「...母さんが家の為だって言って、40過ぎのおじさんと結婚させられそうなのよ」
「..私が逃げたからだよね」
「姉さんが居なくなったのもあるけれど、居ても一緒だったでしょうね。私達に自由何てないのだから」
「うん、そうだったね。でも雪乃ちゃん、私達は結婚しているのよ」
「分かっているわ、でも...私は八幡のことが好きよ。この気持ちを伝えず高校を卒業し大学も離れてしまったのだけれど、今では凄く後悔しているわ」
「雪乃の気持ちは嬉しい。..だからと言って受け入れることは出来ない。俺は陽乃を選んだんだ」
雪乃ちゃんは悔しそうな顔をしているけど諦められないんだろう、焦燥しているようにも見える。
このままお引き取り願っても良いんだけど、雪乃ちゃんは帰ってしまえば、好きでもない相手と結婚させられてしまうのだろう。私が逃げたせいとばかりは言えないけれど、両親は雪乃ちゃんにかなり無理をさせているんじゃないだろうか。
「...八幡君。とりあえず雪乃ちゃんを泊めても良いかな」
「..陽乃が良いんなら。俺も雪乃の事は蔑ろにはしたくないからな」
「ありがとう。八幡君」
「姉さん、八幡。ありがとう」
この日から雪乃ちゃんを交えた生活が始まっていた。雪乃ちゃんは体力がないため農業の手伝いが余り出来なかったけど、仕分けとかあまり体力の必要としない作業をやってくれている。
私達が田畑に出ているときは掃除洗濯、食事の用意なんかもしてくれていたので私達は凄く助かっていた。
でも雪乃ちゃんは猫を何処からか拾ってきて今では家に住まわせていた。千葉に帰るときどうするつもりなんだろう。
「ね、姉さん。お風呂に一緒に入ってほしいのだけれど」
「一人で入ってよ、雪乃ちゃん」
「だ、だってこの間もゴキブリが出て怖かったのよ」
「雪乃ちゃんが拾ってきた、みーちゃんと入れば良いでしょ」
「駄目よ!!みーちゃんが咥えたらどうするの。...では八幡、一緒に入ってもらえないかしら」
「な、何言ってんだよ//」
「だ、駄目だよ。雪乃ちゃん!!」
そう、雪乃ちゃんは何かあるたびに八幡君と二人っきりになろうと模索しているようだった。
逆に私が八幡君と二人きりになる時間がめっきり減ってしまって、私も八幡君も欲求不満になっていた。
「雪乃は寝たようだな。陽乃、良いだろ。もう我慢出来ないんだ」
「うん、雪乃ちゃんが来てからずっと出来なかったからね。八幡君。今日は一杯愛してね」
別室には雪乃ちゃんがいるけど私達は我慢できなくて抱き合っていた。私達が愛し合っていると、いきなり襖が開けられそこには下着姿の雪乃ちゃんが立っていた。
「私も抱いてほしいわ」
「ゆ、雪乃//」
「..初めては貴方が良いのよ」
「待ってよ、雪乃ちゃん!!私の八幡君に手を出さないでよ!!」
「姉さん、せめて初めては好きな人に抱かれたいわ」
雪乃ちゃんはそう言いながら私にお尻を向けて、お腹の上に跨り動けなくしてきた。雪乃ちゃんは私を動けなくした後、八幡君に抱きついて行ってキスしだしていた。
八幡君は私を抱いている時、理性が崩壊しただのケダモノになるから、そのまま雪乃ちゃんを受け入れちゃっている。うぅ、こんなんじゃ八幡君を取られちゃう!!
「じ、じゃあ、私も一緒に入るから!!」
私達三人、この日は夜遅くまで愛し合っていた。でも次の日から雪乃ちゃんは私達の寝室で寝るようになり、何時も三人で愛し合うようになっていた。
「...ねえ雪乃ちゃん、帰るんじゃなかったの。というよりそろそろ帰ってほしいな。ここに来て2か月ぐらいたってるよ、もう十分愛して貰ったでしょ」
「姉さん、私のお腹に子供が出来たのよ」
「えぇ!?ど、どうして私より先に子供が出来てるのよ!!」
「毎日抱いて貰っていたから何時かはこうなるわよ、この子にはパパが必要だから帰らないわ。みーちゃんもここから離れたくないよね」
にゃあ
雪乃ちゃんは妊娠してしまい、この村に移住することに決めていた。Iターンを申し込んで来たので家や田畑を貰えるんだけど、家は断り私達と同棲して、畑は私達の畑と隣り合っているところを貰ったので三人で世話をしていた。
「雪乃ちゃん、今日から私だけ抱いて貰うから!!」
「仕方がないわね、安定期に入るまで姉さんに八幡の相手は任せるわ」
「うるさい!!なんでそんなに上から目線なのよ!!私も子供が欲しいから、出来るまで私だけ抱いて貰うんだから!!」
雪乃ちゃんは八幡君の妾となり過ごしていた。周りの人たちも最初は色々言ってたけど、今では雪乃ちゃんを受け入れてくれて、二人で子供を身籠り仲良くこの田舎に定住していた。
(ここまで材木座の小説)
**************************
「....」
やはり今回も雪ノ下家が悪者なのね、雪乃が家のことをどう言っているか知らないけど、皆さんにとっては雪ノ下家は子供に対して愛情のない家として見られているのでしょう。
「材木座さん、比企谷さん、貴方達には色々とお伺いしたいことが有るので、今日は私に時間を頂けるかしら」
「そ、それはあれがあれなので」
「....あれとは何ですか」
「..よ、予定はないです」
「良かったわ、材木座さんもよろしいですね。では行きましょうか」
私がそう言って立ち上がろうとしたとき、雪乃が私を静止してきた。
「待ちなさい、材木座君のラノベの批評をしていないわ。母さんは部活の邪魔をしないで貰えるかしら」
「雪乃?」
雪乃は私にそう言うと、材木座さんのラノベに付いて批評しだした。皆さんも私が居るので、遠慮しながらも批評を行っている。
なぜか雪乃が何時もと雰囲気が違う気がする。春休みに会ったときは感じなかったけど、この短期間に何かあったのかしら。
小説の批評が終わり、私達は車に乗り喫茶店に来ていた。
材木座さんに小説の話を聞き、雪ノ下家のことを聞いたけど、要領の得ない回答ばかりだった。ただ誰かが悪く言ったわけではなく、金持ちの家はこうではないかと、材木座さんが考えて書いたということだった。
小説やテレビの影響のようね。とりあえず材木座さんの連絡先を聞いて彼には帰って貰った。
「比企谷さん、雪乃の事を聞いて良いですか。何か...なんて言えば良いのか難しいのですが、雰囲気が変わってませんか」
「..はい、俺も気づいてましたが、雪乃お嬢さんが言ってくれるまでこちらからは聞かないことにしてます」
「そうなのね」
「本人が言いたくないのを無理やり聞くものではないと思ってます。言いたくなったら教えてくれるでしょうから」
やはり比企谷さんは皆のことを見ているのね、私は娘達のことをどう考えているか教えて貰いたくて、残って貰ったけど喫茶店に長居してしまったわね。一度、場所を変えましょうか。
私達から少し離れた席にはカップルが居て、彼女の方は彼に凄く甘えている。思わず私の口から言葉が漏れていた。
「..ハァ、ウラヤマシィ」
はっ!?私は何を口走っているの!?急いで比企谷さんの方を見たけれど、彼はコーヒーを飲んでいて何も反応がないようね、聞こえていなかったみたいだわ。良かった、こんなことを娘達に話されたら、何を言われるか分からないから。
「比企谷さん、場所を移動しましょう。私の家でもよろしいですか」
「..良いですよ」
彼は嫌がると思っていたのに、案外素直に受け入れてくれていた。
家に着いたけど、まだ誰も帰って来てないわね。今日は夫が出張で帰ってこないけど、そのうち陽乃は帰ってくるでしょう。
私達が応接室に入り、比企谷さんに座って貰おうと思って招くと、先程とは雰囲気が違う。そんな事を考えていると、いきなり私は抱きしめられていた。
「あ、貴方!!何をするn」
比企谷さんは私の口に指を当てて、私の言葉を遮っていた。
「綾乃は喫茶店に居たカップルが羨ましかったんだろ」
比企谷さんはそう言って、私の身体を抱きしめ直していた。
ど、どうして夫以外の男性に抱きしめられているの//でも私の心臓は鼓動を速め顔も真っ赤になりだしていた。
「あ、貴方に名前で呼ばれる筋合いも羨ましくもありません!!」
私がそう言うと、比企谷さんは私の頬に手を当てて来ていた。
「今日は良いから、俺に任せてくれ」
「あ、貴方は私に何をしたいのですか。私は夫のある身ですよ、私に良からぬことをすると言うのであれば、それ相応の対応をさせていただきます」
「綾乃、疲れているんだろ。今日はこのまま休めばいいから」
そう言って比企谷さんは私の頭を撫でて来ていた。..あぁ//凄く気持ちが良い。比企谷さんの匂いが鼻腔を擽ってくる。
でもそんなこと出来るわけがない。私は身体に力を入れ、比企谷さんから離れようとしたけど、彼が私のことを強く抱きしめてきたので、私は彼の身体から離れるどころか身体全体を比企谷さんに包まれ胸に顔を押しつけていた。
「綾乃、俺の前では意地を張らなくていいから」
比企谷さんは私の耳元に顔を近づけ、囁くように言ってきていた。あぁ、なんだかこのまま彼に身体を預けてしまいたくなる。彼が呼吸をするたびに私の耳をくすぐるように息が掛かってきていた。
「綾乃、何時も仕事ご苦労様」
「あ、貴方に何が分かるのですか」
「旦那が居て、年頃の娘が二人。仕事も経営者として従業員の生活を守るために走り回っている。
俺なんかには想像もつかないほど大変だということは分かる。
ただ俺と二人の時は意地を張らなくても良いだろ」
「あ、貴方には関係ないでしょ」
「ああ、関係ないからこそ強情になる必要もないし、綾乃が甘えても関係ないだろ」
そんなことは無い。比企谷さんに甘えてしまえば、それは浮気になる。でも彼はそんな私の考えを払いのけてきた。
「俺に甘えるだけで良いんだ。身体を重ねろと言っているわけじゃない。ただ俺には気兼ねなく綾乃のしたいように接してくれればいいんだ」
「...そんなこt」
私が反論しようとしたところで、彼の指がまた私の口を遮ってきている。そして彼の唇が私の耳を擽るように囁いてきた。
「綾乃、力を抜いて...今の表情、凄く可愛いな」
「えっ//」
わ、私が、かわいい!?そ、そんな事、言われたことがない//
幼い時は言われてたのかも知れないけど、私が小学生になると周りは綺麗としか言わなかった。
夫もそう。私のことを美しいと言ってくれたけど、可愛いなんて一言も言ってくれたことない。
「‥本当に?」
「ああ、もっと俺に綾乃の可愛い顔を見せてくれ」
そういって比企谷さんは私の顎を指で掴み顔を上げさせてきた。
何とか抵抗しないと。でも心の中ではこのまま甘えてしまいたいと思ってしまっている、駄目と分かっているのに私は比企谷さんに抗えなかった。
「本当に可愛いぞ。ほら俺の方を見てもっと綾乃のことを見せてくれ」
私は恥ずかしくて目が潤んできている。でも泳いでいた目を比企谷さんに向けると満面の笑みを浮かべてくれていた。先ほどまで比企谷さんの目は疲れた目をしていたけど、今は優しさを帯びていて私のことを見つめてくれている//
「嬉しいな、その目が潤んだ可愛い顔は誰にも見せてないだろ。いつもの凛々しい表情も綺麗で好きだが、綾乃の可愛い顔は俺だけのものだからな」
私が好き!?私が八幡さんだけのもの//いっ、いいえ。彼が言ったのは表情の事。でもこんな事、今まで誰も、あの人でさえ言ってくれなかった。
八幡さんは私の顎に当てていた指をゆっくり這わせ頬を撫でてくれている//
そして八幡さんは私の耳元を甘噛みしながら何度も何度も可愛いと言ってくれ名前を呼んでくれていた//
「く、くすぐったい//」
私は恥ずかしくなったので首をすぼめ、顔を背けると私の頬に何かが触れチュッっと音をた立てていた。
え!?今キスされているの!?は、恥ずかしいわ//
私の身体からは力が抜け、崩れ落ちそうになると八幡さんが私を抱き抱えてくれた。
「は、八幡さん//」
「じゃあソファーに座ろうか」
「な、なら自室では駄目?」
「ああ、このまま行こうか」
ここだと誰かが帰ってきたときに見られるかもしれない。
私は横向きに抱かれ、家の中を移動している。落とされないように彼の首に手を回していたけど、顔を上げることが出来ない。私は耳まで赤く熱くなっていた。
私が案内して自室に入っていくと、八幡さんは私をソファーに寝かせ膝枕してくれていた。
「今日も疲れたろ。ゆっくりしてくれればいいから」
比企谷さんはそう言って右手で私の頭を撫で、左手を私のお腹に当て擦ってくれている。まるで赤ちゃんに接するように優しくしてくれて私はいつの間にか彼に身体を預けていた。
私はあの人に甘えることも無かった。
このまま八幡さんに甘えていたい。‥今日だけは雪ノ下綾乃ではなく、ただの綾乃でいたい。陽乃や雪乃の事も会社やあの人の事も何もかも忘れ八幡さんに甘えていたい。
何時のまに忘れてしまったのだろう。毎日が忙しく人に甘えることが、こんなに安らぐなんて思ってもいなかった。
娘達にも甘えられたことなんて、小さい時のことしか記憶がない。二人が小学生にあがると雪ノ下家の女として誇れるように教育していたのだから。
二人は確かにどこに出しても恥ずかしくない程の教養を身に付けてくれた。
ただ陽乃には親友と呼べる友達が居ないはず。私が学校のことを聞いても交友関係の話で特定の人が出たことはないから。
雪乃も今では由比ヶ浜さんが親友になってくれたので良かったけど、それまでは一人で過ごしていた。
小学校の時には虐めが有っても気付けなかった。私達が知った時には雪乃は私達も見限っていた。
そのせいもあり家を苦手とし留学してしまい、留学から帰ってきても一人暮らしをしてしまった。
私が忙しさを言い訳にあの子達の事を見てあげれなかった。
私はとんでもない過ちを犯していたのではないの?そう考えていると私はいつの間にか涙が溢れ出していた。
謝りたい。二人が許してくれなくても、今更かも知れないけど二人には私が間違っていたことに気付いたことを打ち明けたい。
今、何も言わず八幡さんは優しい目で受け止めてくれている。私は身体の向きを変えて抱きついていた。
私は人前で涙を見せたことはなかった。あの人にも見せたことはない。
今まで千葉の女傑などと呼ばれ、私自身もそう呼ばれることに誇りを感じていた。
あの人を雪ノ下家の御輿として担ぎ、政界では良き妻として裏方に徹する一方で、会社ではあの人に代り時には非道と思われる判断もしたことがある。
その時、私の事は色々と言われていた。でも私は自分の判断に誤りはないと信じ行動していた。
結果的にはその判断は誤りで無かったと言えるけど、人目も憚らず涙を流したくなったこともある。でもその時は何とか堪えていた。
でも八幡さんの前ではもう取り繕えない。私は幼子のように八幡さんに抱きつき、声をあげ涙を流していた。
私が泣き止んでも八幡さんは私の頭を撫でてくれていて、背中を軽く叩いてくれている。落ち着いて暫くすると、私は話しかけていた。
「八幡さん、今日はありがとう//」
「い、いいえ//こちらこそ生意気なこと言って、しかも抱きしめてしまってすみませんでした、雪ノ下さん」
「こら敬語禁止ですよ。後これからも名前で呼んで下さい」
「わ、分かった」
「でも、こうやって人に甘えるのって何十年ぶりでしょうか。覚えがありません。
娘達にも甘えて貰ったのは小さい時だけです。
...私がもっと素直に接することが出来れば、陽乃の作った笑顔もする必要は無かったのではないでしょうか、雪乃も一人暮らしをしたいとは言わなかったと思います」
「たらればを議論するのは意味がない..ただ一度二人にも本心で話してみろ。二人なら分かるだろって思わずに綾乃が思っていることを言葉で伝えるんだ。今から過去を取り戻すことなんて出来ない、だがこれからを変えることは出来るだろ」
「...もしそれで泣きたくなったら、また甘えさせてもらえますか」
「ああ、何時でも連絡をくれ」
「はい//」
私は起き上がると、また八幡さんの胸に顔を埋めていた。あぁ、この八幡さんの匂いを嗅ぐと何も考えられなくなり、私の身体が火照ってきてるのが分かる。
抱いてほしい。それが身の破滅だと分かっていても、今はどうでもよかった。
「八幡さん、キスしてください//」
私が胸に顔を埋めながらそう言うと、八幡さんは私の顎に手を当て顔を上げさせ、唇に凄く近い位置でキスしてくれた。少し唇にも当たっている//でも本当は唇を奪ってそのまま抱いてほしかった...
もう駄目、八幡さんの事しか考えられない//
私は時間が許す限り八幡さんに甘えていた。
「今日は帰ってしまうのですか」
「ああ、妹が待ってるんでな」
「ごめんなさい、都築が居れば送れたのですが」
「いいんだ、じゃあお休み。綾乃」
「..お休みなさい、八幡さん」
私が挨拶を済ませると八幡さんは私を抱きしめ頭を撫でてくれた//
「そんなに悲しそうな顔しなくても何時でも会えるから」
「本当ですか」
「ああ、綾乃が呼んでくれれば何時でも来るから」
「はい//」
八幡さんはまた頬にキスしてくれ玄関を出て行ったけど、私は頬に手を当て立ち尽くしていた。
ラノベ脳のせいでぇ!!うあぁああぁぁ!!
私が玄関で名残惜しんでいると、男性の叫び声が聞こえてきた。
八幡さんは大丈夫かしら。気になって門構えを出ても誰もいないわね、私が通りを見ていると車がこちらに走ってきて家に入ってきた。
陽乃と雪乃が乗っているようね。
「ねえ母さん。八幡がすごい勢いで走っていったのだけれど」
「うん、私達が呼んでも気付かずに行っちゃったね」
「そう、急いでいたのかしら」
今日は雪乃も帰ってきたのね。二人には謝らないといけない。二人には『雪ノ下家の女だから』と言って、テストでいい点を取ってきても当たり前と思ってしまい、誉めることも出来なかったのだから。
でも先ずは話を聞きたい、食事の用意は私が出来るときは一人でしていたけど、二人は手伝ってくれるかしら。
「陽乃、雪乃。私と一緒にご飯を作りますか」
「‥お母さん、何かあったの?」
「私は良いわよ、母さん何を作るの」
「簡単なもので済ませましょう。今日は貴女達と色々話をしたいの」
陽乃は戸惑いながらも御飯の用意を手伝ってくれ、雪乃は陽乃にも私にも分け隔てなく接してくれている。何だか雪乃の方が姉に見えてしまう。今までは全くそんなことは無かったのに。
「「「頂きます」」」
私は食事中でも箸を休め、二人に話しかけていた。何時もであれば『食事中の会話ははしたない』と言っていたけど、今日はテレビでみる一家団欒と言うのをやって見たかった。
そして陽乃は戸惑いながらも、雪乃は普通に色々と話してくれた。
学校の事、お友達の事、ラノベのこと、二人の話は私には初めて聞くことばかりで、とても新鮮で、また今まで知らなかったことを私は心の中で恥じていた。
今は食事が終わり、ソファーで寛いでいて雪乃が用意してくれた紅茶を頂いている。
「二人とも時間を貰っても良いですか。話したいことが有るのですが」
「..お母さんが私達に話しなんて珍しいね」
「ええ、良いわよ」
私はソファーに二人を座らせ、前に座ると二人に頭を下げた。
「今まで二人に色々と無理強いをさせていたわ。仕事の事もだけど勉強に習い事、もしかしたら二人が遣りたくないことを『雪ノ下家の女として』と言って無理に遣らせていたと思うの。...もしそうなら本当にごめんなさい」
「...お、お母さん!?何よ、そんなこといきなり言われても..意味分からないよ!!」
「母さん良いのよ。私は分かっているわ」
陽乃は混乱しているようだけど、雪乃は物分かりが良い。もしかしたら私と話なんてしたくなくて、分かってくれた振りをしているだけなのかもしれない。
「いいえ、きちんと言わせてほしいの。私は二人に、陽乃には幼い時から仕事をさせて、貴女の自由を奪っていたわ」
「そんなこといきなり言われても...」
「雪乃にも陽乃と同様、もしかしたらやりたくない事でも色々とさせていたと思うの。虐めが有ったときも親として貴女を救えなかった」
「母さん、私は分かっているわ。確かに昔は恨んだことも有ったけれど、今は私からも母さんにお礼を言いたいわ」
「..雪乃?」
やはり雪乃は何かが違う、暫く会わなかっただけで、ここまで違うと戸惑ってしまう。
「母さん、今まで育ててくれてありがとうございます。ただまだ私は高校生です、これからもよろしくお願いします」
「雪乃ちゃん、良いの?」
「ええ、私は母さんにお礼の言葉しかないわ。確かに子供の時は恨んだ事も有ったけれど、今までの事は辛かった事も全て今の私を作ってくれたるために必要だったと思っているの。
..今の私があるのは母さんのおかげなのだから」
雪乃はそう言って手を握ってくれていた。
駄目、涙が溢れそう...
そう思っていると雪乃は私の手を握りながらソファーから立ち上がると、テーブルを廻り私の方に歩いてきて抱きしめてきた。
私は二人の前で恥も外聞もなく、泣いていた。そんな私でも雪乃は抱きしめてくれていて、陽乃も戸惑いながらも雪乃と一緒に私を抱きしめてくれている。
雪乃は本当に変わったのね、それも八幡さんが近くに居るからでしょう。
陽乃も先ほど話をしたときは少なからず、影響を受けていた。八幡さんの話をしているとき、作り笑いでなく本当の素顔が覗いていたから。
私達三人、八幡さんに変えられてしまったのね、でも悪い気はしない。いいえ、このように変えて貰えるならいくらでも変えてほしい。
「..ありがとう」
「母さんとはこれから何でも話していきたいわ、私達は本物の家族なのだから」
「..雪乃」
「...ごめん、お母さん。私はまだ雪乃ちゃんほど気持ちの整理が付かない...」
「良いのよ、陽乃。でもこれからは何でも教えてほしいわ。もし仕事でしたくないことが有れば、それも教えてほしいの」
「..うん」
私が落ち着き、陽乃と雪乃は私の横に腰を下ろして手を握ってくれている。嬉しい、娘とこんな時間を過ごせるとは思ってもいなかった。今日、八幡さんと出会っただけでこんなにも世界が変わってしまうのね。八幡さんにはこれからも私達を変えて貰わないと。
私はもう一つ、気になる本題を聞いてみた。
「陽乃、貴女は八幡さんの事をどう思っているの?」
「お母さん、今八幡さんって...」
「私の質問に答えてないわ、貴女の気持ちを聞いているのよ」
「..か、可愛い後輩かな」
「そう、では恋愛感情は無いのね。雪乃はどうなの」
「私は八幡の事、好きよ」
「雪乃ちゃん!?」
「誤魔化してもしょうがないでしょ、私は八幡が好き、愛してる。この想いは絶対に誤魔化したくない」
「では雪乃。私の部屋で八幡さんの事、教えてほしいの」
「ええ、良いわよ」
「え!?ゑっ!?ち、ちょっと待って!?えっ!?ど、どういうこと!?」
「五月蠅いですよ陽乃、夜ですから騒いではいけません」
「そうね、騒がしい姉さんは放っておいて、母さんの部屋に行きましょ」
「まっ、待ってよ!!」
「陽乃、私は今から雪乃に八幡さんの事を教えて貰うのよ」
「そうね、姉さんには邪魔をしないで欲しいのだけれど」
「邪魔ってどういうこと!?」
「雪乃が八幡さんとお付き合いしたら私も甘えさせてください」
「ええ良いわよ。母さんも八幡が欲しいのね」
「ええ、でも早く手に入れなさい。マゴマゴしていると私が我慢できなくなって既成事実を作ってしまいそうだわ」
「き、既成事実!?な、何を言ってるの?無視しないで!!お母さん、お父さんは!?」
「雪乃、では行きましょうか」
私と雪乃が立ちあがるなか、陽乃はまだ騒いでいる。私は陽乃の方に振り返り言葉を発していた。
「そうね、あの人には雪ノ下家から消えて貰いましょうか」