「材木座君、珍しいね。君から私に連絡してくれるなんて」
「ら、ラノベが書けたので連絡させてもらいました」
「私が頼んでないのに書いてくれたんだ。...ふーん、まあ良いけどね」
材木座君が姉さんを呼ぶなんて考えられないわね、何か考えがあるのかしら。後は一色さんと三浦さん、海老名さん、相模さん、川崎さんが部室に集まったのだけれど、彼女たちも材木座君に呼ばれたのかしら。
「今日は姫菜のラノベもあるんだよね」
「はい、海老名殿のラノベも用意していますので」
「うちは海老名さんに呼ばれたけど、どうして?」
「私も海老名に呼ばれたけど」
「うん。相模さん、サキサキ。後でね」
やはり何かあるのね、でもラノベを読まないと分からないわ。
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(ここから材木座の小説)
あ、またこの夢だ。私はたまに見る夢に悩んでいた。それは私が八幡君に出会わなかったら訪れていたかもしれない未来...
私は親が見つけてきた見合い相手と結婚していた。そのまま妊娠し子育てしながら夫を支えている。夫は国会議員の二世のため、私もよくパーティに出ていたけど、仮面をつけていつも過ごしていた。私は子育て中もずっと仮面をつけていて、一人の時も素顔をだすことなく過ごしていた。
凄くつまらなさそうにしていて、子育ても小学生に上がるころには塾や習い事ばかりしていて、子供との会話もほとんどない。
う、うーん
「陽乃、大丈夫か」
「...八幡君!!」
私は起き上がると八幡君に抱きついていた。私の目からは涙が溢れていて八幡が拭ってくれていた。
「おはよう...またあの夢か」
「うん..ごめんね。私が望んでいるわけでもないのにあんな夢を見るなんて」
「..もしかしたらパラレルワールドの自分を見ているのかもな」
「IFの世界ってこと?」
「ああ、俺たちが結婚しないで陽乃が親の言うことを聞いていたら。とか」
そう、私達は親の反対を押し切り結婚していた。八幡君は就職したけど、雪ノ下家が手を回して良いところには就職できなかったので、余り裕福な生活は出来ていなかった。
私にも手が回っていて、パートしか出来ない。私はスーパーの片隅でお好み焼きを焼いていた。でもお金がなくても私は幸せだった。仮面をつけることがなく、ちょっとしたことでも一喜一憂できるようになっていたから。
「ごめんね、八幡君。私の家のせいで貧しい生活になっちゃって」
「陽乃は悪くないだろ、俺に抗える力がないだけなんだから。俺は好きな陽乃と一緒に生活できて嬉しいんだよ」
「そういってくれて、ありがとう」
「陽乃//」
「八幡君//」
私達は2DKの古いアパート暮らしだったけど私は幸せだった。でも八幡君にも苦労を掛けているのが分かる。もし、私と結婚しなかったらもっと幸せになっていたかもしれないから。私で良かったのだろうか。最近、そういうことを考えてしまうので、あの夢を見るのかもしれない。
八幡君は私を愛してくれ何時も抱いてくれる。私はその時間が好きだった。全てを忘れて行為に没頭できるから。
あの夢の夫は私を抱くことはなく、浮気をしていて私はそれについて何も言わなかった。その反動か私は高い車を買い、買い物も高いものばかり買っていた。でも夫はそれを咎めることもなく会話もなかった。
暫くして、私は体調がおかしいため、病院に行くと妊娠が分かった。でも今の経済力で生活できるのだろうか。不安だったけど、お腹に宿った子供を私は育てたくて、八幡君に相談していた。
「八幡君。私妊娠したようなの...産んで良いかな」
「当たり前だろ、ありがとう陽乃。俺の子を身ごもってくれて...陽乃。俺の為...いや俺達の為に産んでくれ」
「はい。ありがとう、あなた」
私は涙が溢れてきたけど、八幡君は優しく抱きしめてくれて私は満たされていた。
私が妊娠してお腹が大きくなってくると、私はパートに出れなくなったので生活は苦しかったけど、八幡君が支えてくれて私は本当に幸せだった。
私達は元気な男の子を授かった。凄く元気な子で八幡君と私は病院でまた抱き合っていた。
「陽乃、ありがとう。俺達の子を産んでくれて」
「あなた、私は幸せよ。あなたとこの子、他には何もいらないの」
「ありがとうな、そう言ってくれて」
「ううん、私はこれ以上のものは望まない。こんなに幸せな気分になれるなんて昔の私なら思いもしなかったから」
「陽乃//」チュッ
八幡君は私に優しくキスをしてくれた。本当にこれ以上の幸せなんてあるのだろうか。
私はいつの間にか仮面をつけることが無くなり、付け方も分からなくなっていた。でも今ではつける必要はない、私は八幡君とこの子の前では何時も素顔で接していたいから。
子供の名前は私達二人で考えて
私と陽翔が病院から退院するとき、八幡君は軽自動車に乗ってきてくれた。少し前に私達が買った中古の軽自動車。でも私はこの車で十分だった。
私と陽翔が後部座席に乗ってアパートまで走っていると、後ろからベンツのSLRが凄い勢いで追い抜いて行った。あの車は私が夢の中で乗っていたものだったけど、別に欲しいとは思わない。私にはこの軽自動車で十分だった。
暫く走っていくと、先ほどのベンツが事故を起こしていたけど、運転席には人が乗ったままだった。八幡君は車を安全なところに停めて、私達に車内に居るようにいうと八幡君は駆け出して行った。
「大丈夫ですか!!ガソリンが漏れています。ド、ドアが開かない!?」
「良いのよ、私のことは放っておいて...あなた八幡君!?」
「..どうして俺のことを知っているんですか」
「...知らない方が良いわ、早く逃げなさい。火が付いたようね」
「駄目です、諦めないで」
「あなた、大事な奥さんと子供がいるでしょ。二人を悲しませては駄目よ」
「どうしてそれを」
「ありがとう、最後に会ってくれて」
私が軽自動車の中から見ていると、ベンツに火が回りだしていた。
「八幡君!!逃げて!!」
私が叫ぶと八幡君は車から離れたので火に巻き込まれることはなかった。でも運転席に乗っていた人は助けれなかったみたい...
「私は死ぬのね。でもありがとう、最後に夢に見ていた最愛の八幡君に会わせてくれて。不思議ね、私は今から死ぬのに凄く幸せな気分だわ。私の外せない仮面と頭から流れでた血で気づかなかったようだけれど、八幡君。もう一人の私を何時までも幸せにしてあげて....」
八幡君は車から離れた位置で立ち尽くしていた。もしかしら彼は助けれなかったことを責めるかもしれない。でもあれはどうしようもなかった。
この事故はなぜか知らないけれど、ニュースにも新聞にも載ることはなかった。八幡君も最初は自分を責めたのだけれど、私は慰めることしか出来なかった。
「陽乃、最近あの夢は見るのか」
「いいえ、あなた。今では全然見ることがないのよ」
「...そうか、それは良かった」
「うん..なにか知っているの?」
「いや、俺の思い過ごしだろう。じゃあ、陽翔を連れて散歩に行こうか」
「うん!!陽翔、公園で一杯走ろうね」
「あい!!」
陽翔は歩けるようになると、公園で駆け回るのが凄く好きだった。私達は歩いて公園まで行くと何時も陽翔と駆けっこをしていて、今は八幡君と陽翔が芝生の上を駆け回っている。私はベンチに座って微笑みながら二人の様子を眺めていたけど、ふと夢のことを思い出していた。
あのベンツに乗っていた人は夢の中の私ではなかったのか。八幡君が車に駆け寄った時、何か会話をしていたのだけれど、私には何も教えてくれなかった。でも、もしそうならなんて悲しい人生だったのだろう。誰にも愛して貰えず自分の本当の表情も見てもらえずに亡くなったのだから。
最後に彼女は微笑んでいるように見えていた。もしかしたら彼女には私のことを夢で見ていたのかもしれない。だから八幡君に最後に会えて微笑んでいた....
今更考えても既に亡くなっているのだから、確かめようがないんだけれど、私は彼女の分もこの幸せを手放すことが無いように三人で築き上げていくと心に決めていた。
(ここまで材木座の小説)
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「....」
「材木座、これは酷くないか。夢の方の陽乃が可哀想だろ」
「家の都合で結婚した場合、相手と分かり合えぬかもしれぬだろ」
「...姉さん。大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。確かに見合いとかで妥協したらこうなるかもね。現実の方って言えばいいのかな、そっちの私だったら家の影響が及ばない土地に行っているけど」
「お金も大事ですけど、好きな人と一緒になりたいですよね」
「材木、夢の方は年上っしょ。小学生になる子が居るんだから」
「っ...そ、そうです」
「もしかして気づいてなかったの」
「は、はい」
「事故を起こしたときはパラレルワールドに行っていたってことで良いのかな、報道がなかったってことは」
「左様、そうでなければ出会えないのでな」
「それなら行った時と帰ってきた時の異変を書いたらいいんじゃないかな」
「光に包まれるとかか、海老名殿であればどうするのだ」
「うん、何時もと景色が異なるところがあるとかも書いた方が良いんじゃないかな」
「もういいかな、材木座君。このラノベは私を呼んだ理由にはならないよね」
「は、はぃ」
確かに姉さんから依頼したわけではないのだから、わざわざ呼ぶ必要はなかったわね。来た時に読ませれば良いのだから。材木座君の本当の目的は海老名さんのラノベってことで良いのかしら。