3年に上がった始業式の日、我は3Cのクラスで机に項垂れていた。この総武高校は生徒数が多く、余りクラス替えを行わないのだが、我は2年時の担任より今後は3Fへの配置転換が言い渡された。
3Fは旧2Fの生徒がほとんどの為、我がラノベを執筆した
配置転換を言い渡された後、始業式に出るため我ら旧2Cが体育館に入っていき座っていると、我に強烈な殺気を放つ輩が体育館に入ってきたのを感じ取っていた。
後に入ってきた旧2Fの生徒から殺気を放つ相手を確認すると、そこには由比ヶ浜殿が我の方に殺気を放っている。席は我より後ろの方の為、背中に突き刺すような視線を向けられ、我は冷や汗が溢れていた。
何とか殺気を耐えていると、今度は旧2Jが体育館に入ってきた。我の周りは一気に氷点下まで下がったかのような感覚に陥り、こちらに向けられる鋭い眼光に我は目を向けることが出来なかった。
今まで感じたことがない殺気を放つ二人に我は冷や汗が止まらなくなっていた。
マズイ!!ヤバイ!!激おこぷんぷん丸ではないか!!やはりやりすぎであったか。我は自らの行為に恐怖した。
だが我には秘策がある。それまでは何としても耐え切らなくては。
始業式が始まり生徒会長殿が壇上に上がると、今度は正面から我に殺気が放たれている。壇上の上から我に向かって放たれる視線と後ろから感じる雪ノ下殿、由比ヶ浜殿の視線で我は気を失いそうになっていた。
生徒会長殿は定型の挨拶をすませ、色々語っているようだが、我にこの時間は地獄でしかない。
「みなさん、高校生活は私達のこれからの人生にとっても大切な思い出になります。ですので以前、失敗してしまった方もいらっしゃるでしょう。今からでも遅くありません。残りの高校生活に悔いが残らぬようやり遂げましょう。...でも私達に失礼なことをした方は許しませんけどね」
な、なんてことを言う女子だ。我を見下ろしながら不適な笑みを浮かべて生徒会長として、あるまじき言動を言っておるぞ。教師も指導すべきではないのか、我は今後どうなってしまうのだ。これで始業式が終わったのだが、我は3Cに戻った後、3Fに移籍しないといけない。我の秘策はあのお三方に通じるのだろうか。
我は鞄を持って、3Fの後ろの扉から誰にもバレない様に入っていったのだが、席に着くといきなり話しかけられた。
「材木座君じゃん。うちと一緒のクラスになったんだ。これからもよろしく!!」
「材木座、よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
我が席に着くと相模殿と川崎殿が話しかけてきた。名前順に並んでいるので我と席が近くすぐにバレてしまったようだが、我に話しかけてくれる女子など2Cにはいなかったので、少し嬉しいのだが//
我の顔が緩んでいると、いきなり後ろから肩を捕まれていた。あ、これ駄目な御仁だ...
我のゆっくり振り向くと、にこやかな顔をしているのだが、目のハイライトが消えている由比ヶ浜殿が我の肩を掴んでいた。ほかにも三浦殿や海老名殿もいたのだが、我は由比ヶ浜殿の視線から逃れることが出来なかった。
「材木、一緒のクラスなんだ。これから仲良くするっしょ」
「材木座君。私もよろしくね」
「わ、我もお願いしましゅ..」
「...中二、放課後、部室」
由比ヶ浜殿は頬を引き攣らせながら、我に片言の言葉を掛けてきたが、肩が痛い!!爪が食い込んでいる!!かなり怒られておる。我は生き延びられるのだろうか。
由比ヶ浜殿は我の肩を離してくれたのだが、由比ヶ浜殿から溢れる負のオーラは消えることはなかった。
担任が来るまで我は気を紛らわせるため、八幡と戸塚殿の所に赴き挨拶をし他愛ない話をしていた。
「材木座君。これからもよろしくね」
「材木座、あまり俺のそばに来るな」
「な、なにを言うのだ。八幡」
「八幡、酷いよ。材木座君、八幡の照れ隠しだからね」
「いや、お前が居ると俺にまで殺気が届くんだが」
八幡は我と話しているのに、視線は我の後ろに向けていた。振り向くとそこには由比ヶ浜殿が我らの方を見ていた。
「は、八幡、今日は部室に赴かないのか」
「今日は結衣に部活無しって言われたから帰るぞ」
「そ、そうなのか。...我は呼ばれているのだが」
「..あぁ、まあなんだ。自分が蒔いた種だ、諦めろ」
3Fの担任が来たことにより、八幡たちと別れ席に着いたのだが、由比ヶ浜殿が放つ負の感情は我の精神を蝕み、教師が話している最中も身体の震えが止まることなくホームルームは終了していった。
我は重い足を運び奉仕部に向けて歩いてゆく。まさしく死地に赴く気分だな、だが我には秘策があるのだ。なんとか我が身体に言い聞かせ部室の扉をノックしていた。
「来たようね、材木座君。そちらに座って貰えるかしら」
「中二、座って」
「お待ちしてましたよ、早く座ってください」
お三方は既に部室に来ており、指さす方は何時も正座させられるところであったが、そこに座るわけにはいかぬ。今日は我には秘策があるのだ。我に土下座させようとしても無駄なことだな。
「ちょ、ちょっと待ってくだしゃい。お三方にお土産が」
「そんなのいりませんよ。早く座ってください」
滅茶苦茶緊張してしまっているが、ここが勝負なのだ。我は机の上に鞄を置き荷物を取り出した。お土産は鞄の一番下に入れてあり、我は上にあった『ねんどろいど』をまねて作ったフィギュアを三つ机の上に並べて行き、お菓子を取り出した。
「ど、どうじょ。お土産にお菓子を持ってきました。白い恋人でしゅ」
我がそう言ってお菓子を差し出したのだが、お三方の目は我が並べたフィギュアに釘付けになっているようだな。
勝機!!我が渾身の作から目が離せないようだ!!
我はお菓子を差し出した後、取り出したフィギュアを鞄にしまおうとしたところ、生徒会長殿に手首を握られていた。
「ちょ、ちょっとまってください。木材先輩。そのお人形さんって」
「我のゲーセン仲間へのお土産だぞ」
「中二。でもそれって」
「材木座君。良く見せてもらえないかしら」
「壊さぬよう扱ってもらえれば」
お三方はそれぞれビニール袋に入っているフィギュアを見つめておるわ。ハハッ、恋する乙女とは怖いものよ。先ほどの殺気は消えうせ今は頬を染めておる。
「..中二、これってヒッキーだよね」
「左様。北海道の従兄の家に行っておったのだが、我が従兄の兄者は趣味でプラモやフィギュアの造形を行っていてな。我も教えてもらいながら創作してみたのだ」
「でも、これってなんで先輩が大きく...//」
「北海道のキャラクターで『まりもっこり』は知っておろう。それを真似て『ねんどろいど』と言われるフィギュアを元に使って作成してみたのだ。名付けて「はちもっこり」と言ったところか」
「「「はちもっこり///」」」
このフィギュアは『ねんどろいど』と『まりもっこり』を元に八幡を真似て創作したものだ。兄者にお願いして八幡の写真から型を作ってもらい、制服バージョンで3体作成して貰ったのだ。今はアホ毛は折れてしまわぬよう抜いてあるが、刺せるようになっておるし。
「どうして3体とも表情が異なるのかしら」
顔は照れている表情を3体に行ったが、手塗りのため微妙に表情が異なっておる。
「すべて我が作ったハンドメイドです。顔は書き込めないので、兄者に手伝って塗ってもらいましたが、手作業なので微妙に変化が出てしまって。では返してもらえますか、友人への土産なので」
「..中二。これほしい」
「わ、私も欲しいです」
「ざ、材木座君。私にも一つ貰えないかしら」
勝った!!だがここですんなり渡してしまうと、この後指導されるかもしれぬ。少しは焦らさないと我の努力が無駄になってしまうかやもしれぬし。
「いや、これはゲーセン仲間でこういった物が好きなやつがいるので、そのために作ったんです。お三方のお土産はお菓子なので。ではあちらに正座させて貰います」
我がそういうとお三方は慌てだした。
「い、良いんですよ、木材先輩。私、椅子を出します」
「中二、あたしが持ってきたお菓子食べて」
「材木座君。紅茶を出すから椅子に座っててくれるかしら」
「しかし我はお三方に失礼なラノベを書いたので指導を受けるのは当然かと」
我がそう言っているうちに、生徒会長殿が椅子をだしてくれ、由比ヶ浜殿は我の前にチョコや飴などのお菓子を並べてくれている。雪ノ下殿は我の為に紅茶を用意しだした。
「材木座君。あなた私達の指導を免れるためにこれを作ってきたのでしょう。....分かったわ、乗せられてあげるからこの人形、私達に頂けないかしら」
雪ノ下殿がそう言いながら我の前に紅茶を置いてくれたが、雪ノ下殿には我の考えなどお見通しだったようだ。
「そうだね、今度からあんなラノベ書かないってことなら良いよね」
「そうですね。私もそれでいいです」
本来ならもう少し引き延ばしてチヤホヤされたいのだが、ここで我も妥協した方が良いだろう。
「ではラノベの件は不問にして頂けると」
「ええ、ただし今後はああいった内容で書かないようにしてほしいわ」
「分かりました。ではフィギュアについては差し上げます」
「では有難く頂くわね。材木座君、ありがとう」
「中二、ありがと」
「木材先輩、ありがとうございます」
「でも中二、これって簡単に作れるの」
「いや、我には無理だぞ。実はお三方のフィギュアも作って、手を繋げれるようにと考えたのだが、我には無理だったのだ」
「それ良いですよね。私の小さいお人形さんが先輩と手を繋いでいるって」
「私も欲しいわね。材木座君、今からでも作れないのかしら」
「うん、あたしも欲しい。中二、作ってよ」
ぬかった、安心して余計なことを言ってしまったようだ。だが我には作れぬしどうしようもないのだが。
「済まぬ、我にはそのような技術はないのだ」
「では仕方ないわね。もし機会があったらお願いするわね」
「うん、さすがに北海道まで行けないし」
「今はこのお人形さんだけで満足です」
良かった。何とか作れと言われると思ったが、今はお三方でフィギュアを見比べどれを貰うのか相談して決めているようだな。
「では我は帰ってもよろしいですか」
「ええ、材木座君。お土産ありがとうね」
「中二、ありがと」
「木材先輩、ありがとうございました」
「フーッ」
我は奉仕部の扉を閉めると安堵のため息が出てきた。雪ノ下殿に我の浅はかな思考が読まれていたのには驚いたが、ここまで上手くいくとは思わなんだ。
勝った!!あのお三方を相手に我が勝利をもぎ取ったのだ、こんなに嬉しいことはない。
我はスキップしたい気分を抑え、下駄箱に向かっていくと平塚女史が廊下を歩いてくるのが見えた。
「居たか材木座。今から生徒指導室に来い」
「わ、我は何もやっていないですが」
「..終業式の日にな、雪ノ下がお前のラノベを持ってきてくれたんだ」
「あぁぁ、あ、あれはあれでして」
「ゆっくり話し合おうではないか、お前が私のことをどう思っているのか聞きたいのでな。話したくなければ肉体言語で聞くだけだが」
わ、忘れておった!!平塚女史なら奉仕部に来ることがほとんどないため、何も対策を考えておらなんだ。
平塚女史は我の襟首を掴み、そのまま生徒指導室に連行されてしまった。
この日、我は一番怒らせてはいけないのが誰なのか、脳に刻み込まれていた。