名探偵の恋   作:竜星

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File2:とある休日1

「おきなさい」

 

 覚醒しきっていない意識の(すみ)で、コナンは哀の声を聞いたような気がした。そんなわけないなと思い、意識を再び眠りに向けていく。だが、コナンの体が揺らされる。

 おかしいと思って意識をゆっくりと覚醒させて目を開けると、ベッドの脇に哀が座っていた。それに驚いたコナンは、勢いよく飛び起きる。しばらくしてからゆっくりとコナンは口を開く。

 

「あの、灰原さん。どうして俺の部屋に?」

「どうせ昨日も遅くまで推理小説でも読んで夜更かししてるだろうと思ったから、おこしにきてあげたの。感謝しなさい」

「それはどうも」

「早く着替えて下にきなさい。朝食作ってあるから」

 

 自室に置いているデジタル時計を見ると、時間は十一時を過ぎていた。これは朝食ではなく昼食だなと思いながら、コナンはタンスから服を出して着替えをはじめる。

 哀はと言うと、コナンが着替えをタンスから出している間に、ダイニングキッチンに向かっていった。

 コナンは自室に置いてある姿見鏡(すがたみ)に目をやる。

 小学生一年生のコナンの時が懐かしくなるほどに、今の自分はかつての高校二年生だった工藤新一に向かって成長している。

 同じ人間であるのだから当然ではあるが、やはり変な気分になってしまう。

 

「着替えたことだし、さっさと下にいくか」

 

 コナンはダイニングキッチンに向かうなりテーブルにつき、新聞を広げる。すぐさま哀がコーヒーを出してくれた。

 

「それでも飲んで目を覚ましなさい」

 

 どうやらコナンは、いまだに眠たそうな顔をしているようだった。

 

「サンキューな」

「別に」

 

 端的に答えた哀はそのままキッチンに向かうと、コナンの朝食を運んできた。

 レタスとツナのサンドが三つに、目玉焼きとサラダ。これが哀の作ったコナンの今日の朝食。

 開いていた新聞を閉じて横の椅子に置くと、合掌して言う。

 

「いただきます」

 

 レタスとツナのサンドを一つ手に取ると、一口食べる。

 

「どう?」

「何が?」

「味に決まってるじゃない」

「珍しいな。おめえがそんなこと聞いてくるなんて」

「いいから。さっさと答えなさい」

「うまい。先に言っとくけど、お世辞じゃねえからな」

 

 コナンには哀の表情がどこか嬉しそうに見えた。昔の哀からでは想像できない。随分と変わったものだと内心でコナンは思っていた。

 

「それにしても灰原。どうして俺の家に。用事か?」

「言ったでしょ。おこしにきてあげたんだって」

「なんで? 蘭みたいなことするやつだな。昔のおめえだったら、絶対にしないと思うんだけどな」

「無駄口叩いてないでさっさと食べちゃいなさい」

「はいよ」

 

 言われるままに手を動かして、コナンは哀の作った朝食を平らげる。量は多くはなかったものの、寝起きだった腹に満腹感を与えるには十分だった。

 後片付けを哀に任せると、コナンはコーヒーを飲み干した後に書斎(しょさい)へと向かう。事件の資料や推理小説にアルバムなどの数々が並ぶ本棚。

 アルバムは新一の頃のものもあれば、コナンになってから作られたものもある。本棚を見て回ったコナンはアルバムの一つを手に取った。それはコナンになってからのアルバム。

 

「何を見てるの?」

「ああ。小学校の頃のアルバムだよ。新一時代じゃなく、コナンになってからのな」

「そう」

 

 座ってアルバムを眺めていたコナンの横から、哀が覗き込んでくる。

 

「そういえば。この頃はキャンプばかりいってたわね」

「だな。今でこそ数は減ったが、あの頃は月一以上でいってたんじゃねえか」

「冬にいったこともあったわね」

 

 二人がアルバムを見ながらそんな話をしていると、工藤邸のチャイムが鳴った。来訪の予定がないこともあって、二人は顔を見合わせる。

 そのすぐ後にコナンは哀を伴って玄関へと向かった。玄関のドアを開けると、門の前には元太たち三人組の姿がある。

 

「おめえら、どうしたんだ?」

「博士の家にいっても誰もいねえからよ。コナンも灰原もこっちにいるんじゃねえかと思ってきたんだよ」

「そっか。それより灰原。博士いねえのか?」

「ええ。知り合いと会うからって、今日の朝早くに出ていったわよ」

「だからおめえ。朝から俺の家にきてたんだな」

「そういうことになるかしらね」

「コナン君。入ってもいい?」

「おう。入れ入れ」

「それじゃお邪魔しますよ」

 

 光彦が言うと、元太が勢いよく門を開けて入ってくる。それに続くように光彦と歩美が入ってきた。

 コナンは元太たちを書斎に案内する。

 

「広いですね」

「それにすっげー本の数だな」

「そうだね。ねえコナン君。どれくらいの数の本があるの?」

「さあな。俺も数えたことねえからな。千冊はあるんじゃねえか」

 

 コナンは歩美の質問に適当に答える。数を把握していない以上、正確な冊数を答えることはできない。

 

「そういえばおめえら。ここにくるのはじめてだったか?」

「ええ、まあ。リビングの方にはお邪魔したことはありますけど」

「そっか」

「それであなたたち。どうしてここに?」

 

 コナンも思っていた疑問を哀が元太たちに投げかける。

 

「コナン君。哀ちゃん。皆で映画見にいかない? チケットが五枚手に入ったんだけど、どうかな?」

「俺は構わねえけど」

「いいわよ。断る理由もないしね」

「やった」

 

 歩美はガッツポーズをして喜びを表現している。このあたりは昔から変わっていない。

 

「それじゃいこうぜ」

「おう」

 

 元太たちはそそくさと玄関に向かって歩いていく。哀がコナンと並ぶ位置で足を止める。が、すぐにコナンと並んで歩きだした。

 

「休日にあの子たちを交えて出かけるのも悪くないわね」

 

 哀の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「随分と楽しそうじゃねえか、おめえ」

「どうしてかしらね。でも楽しみで仕方ないのよ。今までにも何度か映画をみんなで観にいったことはあるはずなのにね」

 

 どうして楽しいと思っているのか哀自身にもわかっていないようだった。

 コナンは楽しいよりも、退屈しないという感情の方が強い。江戸川コナンとなってからというもの、退屈だと思ったことは限りなく少なかった。

 

「あの子たちのせいかしらね」

 

 哀は玄関で靴を履きながら、門の前で二人を待つ元太たちを見る。

 

「どうしてか。あなたやあの子たちと一緒にいると楽しいのよ。昔はそうでもないこともあったのに、今じゃ楽しいと思うことがほとんどになってるわ」

「いいじゃねえか。それだけただのガキになれてるってことなんじゃねえか」

 

 コナンのその言葉に対する返しはなかった。靴を履き終えた哀はゆっくりと立ち上がって玄関を出る。

 

「コナン君。哀ちゃん。早く早く」

 

 歩美の呼ぶ声が二人に届く。

 哀は歩美たちと合流するなり、何かを話しているようだった。最後に工藤邸を出たコナンは、その様子歩きながら見ていた。そして小さく呟く。

 

(はた)から見れば、ただの中学生にしか見えねえんだろうな。アイツだけじゃなく、俺もなんだろうけど」

 

 コナンも合流したことで、五人は工藤邸を後にして米花町にある映画館へと向かっていった。


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