「だああああもおおおおお!」
機関を回す。ひた走る。深海棲艦の砲撃を掻い潜り、編隊の隙間をこじ開けて、ただひたすらに走る。
「出来る限り戦うなというのも面倒なことだな!」
「やっぱ倒しながらの方が良いですって!」
『うるせー! 一々倒して戻って繰り返してたら燃料幾ら有っても足りんわ!』
轟音に負けぬ罵声と悲鳴とタービンの音。彼女達を追いかける深海棲艦の数は、いつも相手にする数の優に三倍を超えている。そして、今もなお増え続けているのだ。最後にはどれだけの数になるのか想像もつかない。
インカム越しの旭の采配も水音にかき消される。とはいえ、そんなことはたいした問題ではない。元々、第一段階での作戦はたった一つでしかないのだから。
「もう! もう爆殺していいですよね!?」
「まだだ! もう少し我慢しろぉ!」
喉が焼ききれそうなほどに声を張り上げて、クロスボウを構えそうになる大鳳をなだめる。長門の腰に主要武装は装着されておらず、代わりにドラム缶が幾つも繋げられているだけだ。鎖が擦れてじゃらじゃらと音を立てる。
「ああクソッ! 重いんだよこれ!」
『砲弾当たったらドカンだぞ!? 意地でも避けろ!』
「分かっている!」
ドラム缶の中身は燃料や弾薬。引火でもすれば長門の命が危うい。そんな状況でも敵を倒さず逃げ続けろという馬鹿げた命令に長門は従わなければならない。もちろんいざとなれば手放すことになるのだが、放り投げれば始めからやり直しだ。
『
長門達の目的地はグアム島。観光地として日本人にも馴染みの深い島だ。しかし、本来は日本や大陸へ向かう拠点としてのアメリカ軍の重要な軍事拠点であり、太平洋戦争時には日本軍が占領していたこともある。故に、軍事拠点としての立地は十分。旭はこの島を簡易的な拠点として位置付けるつもりだった。
日本側の記録では、既にアメリカ軍は既に撤退していた。第六泊地の艦娘が確認したのだからまず間違いない。今でも基地が再建されているという見込みはないだろう。あんな小さな島に居座ることができるのなら日本へのパイプラインはとっくに開かれている。そして、それは旭達にとっては都合が良い。
深海棲艦は陸地を襲いはすれども住み着いたりはしない。『真昼の悪夢』という例外はあれど、海軍の見解は概ねそれで一致していた。だからこそ、たった二人という人手不足でも中継地点を作るという発想が出てくる。
長門がドラム缶を手繰り寄せた。鎖が擦れて嫌な音がする。直前まであった場所に砲弾が落ちた。学習能力の低い駆逐型の深海棲艦でも、本体より後生抱えた荷物を狙った方が良いと理解し始めたのだ。危険度が段違いに跳ね上がる。
そう何度もやり過ごせはしないだろうと長門が唇を噛んだ。やはり作戦が無謀すぎたのではないかと弱音を飲み込んだ。今はそんなことをしている場合ではない。
「あーもうっ無理!」
我慢の限界に達した大鳳が喚き散らしながらクロスボウを構える。旭が何か罵る声が聞こえるがそれを完全に無視して引き金を引いた。
数刹那の間、爆弾の雨が敵に降り注ぐ。飛ばした艦載機は62型僅か三機のみ。積んでいる爆薬の量も有象無象全てを蹴散らすには足りない。しかし、その全てを撃沈させる必要など無いのだ。
駆逐艦が互いに衝突し、玉突き事故のように絡まり合って速度を落としていく。編隊も何も無くただ群れているだけの相手ならば、先頭を転ばせるだけで簡単に勢いを削ぐことができた。
「たった三機なら構わないでしょ」
『はいはい分かったよ。ガス欠にならない程度に蹴散らしてくれ!』
「言われなくても!」
呆れたような旭の声に威勢良く返し、大鳳はもう一度クロスボウを構える。先程のはあくまで時間稼ぎ。これからするのも時間稼ぎだ。帰りを考えたならばここで無理をするのは得策ではない。
射出音がする度に群れが遠ざかっていく。敵の弾道もまばらになり、引火する危険性は大幅に下がっていった。
しっかりと燃料と弾薬を抱えながら、心の中で長門は舌を巻いていた。強者の雰囲気を纏い始めているとは思っていたが、こんな短時間の間にここまで成長していたとは。第一泊地での教育がよほど良かったのか。違う、間違いではないかもしれないが、もっと大きな理由がそこにはある。
赤城超えは出来なかったという言葉は、もしかしたら冗談でも何でもなく、恥ずべき事実として彼女の心にあったのではないだろうか。本気で上を目指して、背中も見えなかった相手を抜き去ることに全身全霊を傾ける。そう簡単には真似出来ないような大鳳自身の強さをそこに見た。
前方に深海棲艦の群れが見えた。仲間が泳がされているのに気付いて、回り込んできたのだろう。すり抜けるには隙間が無く、温存しながら蹴散らすには時間が無い。一々丁寧に戦っていては後続に追いつかれてしまう。
「長門さん、一気に駆け抜けますよ!」
「了解した!」
大鳳が一際多くクロスボウを引いた。前方に魚雷の白線が幾つも走っていく。当然深海棲艦達は回避しようと脇に逸れるのだが、そうやって出来た隙間に二人は体をねじ込んだ。戦闘機が的確な狙いで牽制し、一発の砲も撃たせないまま横を抜けて一気に突き放す。一歩間違えれば蜂の巣に遭うような危険な動き。しかし、安全を犠牲に速さは保証されていた。
『もうちっとだ辛抱しろ!』
旭が叫ぶ。おう、と二人は力強く答えを返し、タービンをより一層速く回した。全速前進、遠目に見えてきた島へと一直線に駆ける。背後で水しぶきが上がろうが振り返ることはなく、反対に目くらましにして大鳳が爆撃する。
『残りのプロペラはどんくらいだ』
「まだまだ三分の二は残ってます」
『んじゃ半分くらい使ってハエを沈めろ。出来るだけ安全に接岸したい』
「了解しました!」
温存していた戦力を一部開放すれば、一所に集まった低練度の深海棲艦など一網打尽だ。長門の足枷がなくなれば、大鳳がガス欠に陥っても帰還できるという目算だろう。
艦載機が空を飛び交い、それまでよりも容赦無く、今度は沈めるつもりで爆撃や雷撃を行う。逃げようにも味方の姿が邪魔になり、それはまるで一つの巨大生命体が息絶えたかのように海へと沈んでいった。
「一応敵影は見えなくなりました。今のうちに上陸しましょう」
艤装の設定を変更し、タービンを止めて陸に登る。南国の砂浜を楽しむ余裕は今は無い。他の深海棲艦に目撃されれば海上から一方的に蜂の巣にされるかもしれないのだ。一刻も早く内陸へと走る。
森の中へと入って、ようやく二人が一息着いた。ノンストップの戦闘の合間、気を休められる僅かな時間だ。
『おおし、積荷は無事だな』
「なんとかな……しかし、戦艦がドラム缶抱えて走ることになるとはな」
「焦る必要もありませんし、ちょっとだけ休みましょう」
『ああ、許可する』
島の中までは深海棲艦も乗り込んで来ない。もし迫ってきたとしても、脚のない体躯では地面を擦る音ですぐに分かるだろう。空からも、鬱蒼と生い茂る葉に隠れて彼女達を見つけられはしないだろう。旭はしばらく考えた後に許可を出した。
大木に背中を預け、長門は腰に巻いていた鎖を外した。普段はこれに勝るとも劣らない重量を抱えているはずだが、やはり慣れていないということも大きいのだろう。肩を回して、首を鳴らす。鉄人かと思う程の飄々さは今は無く、素直に疲れを見せている。それだけ大鳳を信頼しているという証なのかもしれない。
「大発動艇でも使えればもう少し楽なんだがなあ」
『戦艦サマが何言ってんだ。ありゃちびっ子なんかが少しでもたくさん抱え込むためのもんだろうが』
「いやいや、元からたくさん持てる戦艦なら効果もよりあるだろうと思ってな」
『だったら美沙子にでも今度は頼んどいてやるよ。ついでに速度の向上も』
「期待しないで待とう」
そう言って長門は目を閉じた。少ない時間で少しでも体力を回復するためだ。実際、疲労で言うならば大鳳よりも長門の方が明らかに強い。肉体的な疲れはもとより、ずっと危険物を抱え続けていることが想定以上に精神をすり減らしたのだろう。
呼吸で長門が休息に入ったことを理解した旭は、今度は大鳳に話しかける。
『大鳳はどうだ、艦載機はまだ飛ばせそうか?』
「作戦よりも消費は激しいですね」
敵があれだけ居れば、こちら側の損害も皆無とは言えない。本人自身に被弾は無いにせよ、航空機は何機も撃墜されたり、帰投に失敗したりしている。大鳳は飛行甲板を確認しながら、損害をそのまま報告する。
「まあ、一旦そっちに戻ると考えれば十分持ちますね。せっかく運んだ資源に手を付ける必要は無さそうです」
『そいつは重畳、設営完了次第、戻って来い』
念のために改めて次の目標を説明しておく。
『いいか、目的地はアンダーセン空軍基地だ。軍港と間違えるなよ』
「分かってますって」
普通、艦娘が拠点を作るのならば港に、と考えるだろう。旭もそれは一度考えた。しかし、一度捨てられた軍港が息を吹き返せば目立つ。目立つ港は狙われる。
戦闘を行うのに十分な資源を持ち込むには、長門の主要武装を置いていかなければならなかったため、帰投している間に狙われかねない港は廃案にしたのである。代わりに目を付けたのが空軍基地であった。海に程近く、しかし森に遮られて外からは見えづらい。さらにはアメリカ軍の置いていった軍事物資が手に入る可能性すらある。
「火事場泥棒は性に合わないんだがな」
『廃棄物の有効活用と言え』
愚痴る長門に口を尖らせる。
『どうせほっときゃ役立たずなんだ。アタシらでこっそりお借りして、いつか奴さんが忘れたときに返せばいいさ』
「その時は貸しにするんだろう?」
『そんな怖いこと言わねえよ。沈黙は金だぜ?』
つまりは借りになったことも言わないということである。
「まったく……飯沼元帥殿にも負けず劣らずの狸だな」
『アタシが狸なら弥勒は
「あのぉ……だったら篠塚提督は?」
大鳳の質問に二人が、旭はその場に居ないというのに、顔を見合わせるように目を見開いた。
狐七化け狸は八化け、ということわざがある。地方によってはさらにその上。貂九化けや狢九化けといった続きがあり、旭の台詞はそれを踏襲したものなのだが、大鳳はそこまで知らなかったようだ。
頓珍漢な疑問に、旭は笑いをこらえながら答えた。
『そりゃあ、恭介は犬だろ』
「ぶっ」
「犬……ああ、確かに」
その答えに大鳳はあっさりと納得し、休んでいたはずの長門も吹き出した。
感情を隠そうともしない、素直で少し頭の足りない感じもする。とてもではないが人を化かすなんて出来なさそうな柴犬のイメージ。そのくせやけに
「夕立も犬みたいな奴だった気がするな」
「なんか妖精が髪の毛犬みたいに跳ねさせてましたけど、何なんでしょうね」
「私に聞くな。ルーティンみたいなものだろう」
休んでいる間の無駄話。そろそろ旭が怒るかと思えば意外にも乗ってくる。
『アタシが聞いた話じゃ完全に妖精のイタズラだって聞いたけどな』
「意味ってないんですかね」
『妖精の頭の中なんざアタシに分かるか』
それもそうだと大鳳は思い直した。妖精の思考回路は複雑にして怪奇だ。ヌシのような、艦載機に搭乗する妖精なんかはまだ何を考えているのか分かりやすいものだが、他の装備の妖精は意思疎通が取りにくい。長門がもっぱら肉弾戦を好むのも、この辺りに理由があったりする。射角の調整をある程度妖精に任せなければならない砲撃より、真っ直ぐ行って右ストレートでぶっ飛ばした方が楽だ。
そんな脳内お花畑に思えるような妖精の中でも、生命維持艤装を造る工廠の妖精に至っては、何を考えているのか全く理解出来ない。戦艦を作れと言えば重巡洋艦を作り、重巡洋艦を作れと言えば軽巡洋艦を造る。逆もまた然り。思い通りに動いてくれることもあるが、ほとんど運任せ。宝くじを買っているようなものだ。人間側にできることと言えば、渡す資源の量を調整してどうにか艦種を絞ることくらい。
彼らの考えていることは同族であるはずの他の妖精にも分からないらしく、妖精を通じたコミュニケーションも失敗した。そんなものであるから、夕立の髪という謎も、妖精だから、で済ませるしかないのである。
『ぽけーっとした忠犬にお転婆な狂犬。ブリーダーも大変だな』
「鳳翔さんは絶対楽しんでると思いますけどね」
まるで第二泊地の代表が鳳翔であるかのような言い草である。しかし、二人だけとは言え旗艦を務め、鎮守府内の家事を一手に引き受け、その上で更に秘書艦としての仕事もこなしている。過労で倒れないか心配になるほどの働きぶりは第二泊地の母親と読んでも的外れではないだろう。
『お艦だの良妻軽母だの言われてっからなあ。手のかかる子供みたいなもんだろ』
「誰ですかそんなあだ名付けたの」
『お艦はアタシ。良妻軽母は誰だったかな。アタシ以外の誰かだ』
ううむと唸る声がする。思い出せそうで思い出せない、そんなもどかしさが感じられた。大鳳も考えようとしたが、旭が咄嗟に出てこないということは、自分の知らない相手の可能性が高いだろうと早々に諦めた。代わりに長門が口を挟む。
「赤城だろう」
『えー、あーそうか。ああ、そうだったそうだった!』
「意外と知った顔でしたね!?」
まさかここで赤城の名前が出るとは思わなかったので、つい大声が出てしまった。
『うるせーぞ。実にあの演習馬鹿っぽいネーミングセンスだろうが』
「いやあ、私の知らない顔かと思ってたので」
『うちらが特殊なだけで、本来鎮守府同士なんざ演習くらいでしか会わねえぞ。佐世保だって第三から第五まであんまり顔合わせたことなかったからな』
お偉いおっさん、って感じで性に合わなかったとは旭の談。佐世保鎮守府に居た残り三人の提督は皆海上自衛隊からの異動組であり、歳も旭達からは大きく離れていた。
何故、年長を差し置いて弥勒が第一泊地の提督になったのか。そんな疑問が頭を過ぎったが、旭は手を叩いて話を中断させた。
『さあ、そろそろ休憩はお終い。時間はあんまり残ってねえんだから、さっさと動いた動いた』
「人使いの荒いやつだな」
『部下の顔色窺うなんて、上司に媚び売るよりめんどくせえ』
「上司に媚売ったことないくせに」
長門が立ち上がって、鎖を手に取った。腰に繋げ直して、何度も揺らす、金属同士がぶつかる音に異変は無い。よし、と点検を終えてドラム缶を引きずり始めた。大鳳がその前に入って地図を片手に先導する。
「幾つか持ちましょうか?」
「いや、気にすることはない」
事実、長門はまったく苦にした様子がない。敵の砲口を気にしなくて済むだけでこんなにも軽く感じるとは。
「それより、飛行場は開けているからな。敵の艦載機に見つからないよう気を付けなければならない。頼りになるのはお前だぞ」
「分かってますって」
大鳳はまた艦載機を飛ばし、辺りの索敵を始める。こちら側からはネズミ一匹見逃さぬように、そして適からはけして見つからないように。広く、遮るものもない海では不可能だと言っていいだろう。
それならば、海に出なければ良い。発射された偵察機は森の枝を滑走路代わりにして着陸する。木々に紛れて身を隠し、空に浮かぶ雲と、海を走る異変を観察すれば良いだけだ。何より、燃料の消費が少なくて済む。
「余裕があったら港の方にも向かいましょうか」
「そうだな。空軍基地よりは役に立つものが有りそうだ」
火事場泥棒の算段をしながら、二人は決戦のための準備を開始した。
*
「最初の関門は無事突破、か」
マイクのスイッチを切りながら、旭は椅子に深く座り直した。いつもより硬い感じがして、ここは執務室ではないと思い出す。
長期に渡って艦娘が海に出る時のために設計されたこの通信司令室には、航海中の艦隊と連絡が取れるように妖精印の特殊な通信機器が設置されている。先の大海戦以降、使われていなかったが、問題無く作動したあたり、妖精のハイテクノロジーさがよく分かる。
タバコをくわえようとして、箱に指を入れた。無い。そういえばもう、吸ってしまったのだった。
箱を放り捨てて唇を噛んだ。気を抜けば弱音が漏れてしまいそうだった。
そもそもこんな作戦自体に無理があるのだ。爆弾を背負ったまま無抵抗でグアム島を目指すこともそうだが、内陸部に拠点を作れば襲われない、など希望的観測でしかない。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずとは言うけどね。大事なのは自分のことか、敵のことか」
無論、どちらも。彼我の戦力差など分からない。そもそも、南方棲鬼がソロモン諸島をまだ根城にしているかどうかさえ疑わしい。三年も前の記録に信憑性など涙一粒もない。かのレイテ島のように、明確な嘘でないだけマシだろう。
マイクがちゃんと切られているか確かめる。
「アタシは一人こんなとこ残って何やってんだろうなあ」
自分の命令で人を死地に追いやっておきながら、自分はこんな場所で座り呆けている。それが提督の仕事だと理解しているが、納得は出来ない。
「こんなのあいつらにゃ聞かせらんねえ」
旭は絶対に弱音を吐けない。正確に言えば、弱音を長門や大鳳に聞かせることは出来ない。自分で立てた作戦だ。どれだけ無謀であろうと、どれだけ不確実な根拠をもとにした楼閣であろうと、最高の作戦だと胸を張っていなければならない。作戦そのものが如何に馬鹿げているかは二人とも知っているだろうが、それでもなお、見栄というものは大事なのだ。
本当はもっと時間をかけて練ることができれば良かったのだが。あいにくとそんな時間は無かった。旭は通信機器の脇に広げられた書類に目を落とす。
「誰か考えたのか知らねえがばっかじゃねえの」
攻撃目標は先の大海戦とほぼ同じ。つまり、大敗によって信用を大きく失った大本営が、面子を保つために立てた作戦ということらしい。確かに、泊地棲鬼が沈められ深海棲艦達が統率を欠いている今の状況ならば太平洋を横断できるかもしれない。しかし、そこに残り僅かな資源をはたく価値は無い。アメリカと国交が回復したとして、太平洋をそう何度も渡るのは無理がある。
ただ、少数精鋭を率いて他国の情報を得るだけならばまだ作戦として成り立ったかもしれない。しかし参加要請にの欄に並べられているのは数えるのも面倒になる程の豪勢な艦船だ。いったい何と戦うつもりなのだろうか。
一番の問題は、その栄えある第一艦隊に長門の名前が載っていることだ。馬鹿馬鹿しいと旭は吐き捨てる。見も知らぬ他人の
だからこそ、この作戦を一刻も早く実行しなければならなかったのである。春先に始まりであろう作戦よりも早く結果を出さなければならなかったのである。たとえそれが自らの手で二人を殺す結果になったとしても。
「くっそ。全部あの馬鹿のせいだ」
『提督、聞こえますか』
大鳳から急に通信が入る。マイクは入ってない。今の言葉が聞こえているはずはなく、単にタイミングの問題なのだろう。跳ね上がった心拍数を落ち着かせ後ろ向きになっていた思考を引き締め直す。ヘッドホン越しに続けて呼びかける声がする。
「あ、あ」と声が震えていないか確かめてからマイクのスイッチを入れた。
「どうした、何かトラブルでも起きたか」
『あ、繋がった。いや、トラブルという程でも無いんですけど……』
通信を入れておきながら、大鳳は続きを口にするか若干迷っているようだった。トラブルではないが面倒な事態。旭には見当がつかない。
「さっさと言え」
『ああ、はい。先程設営を終わらせて、港の方に足を運んだのですが。どうも最近に使われたみたいなんです』
「使われた?」
『はい、連れてきた工廠の妖精が気付いたんですけど、何やら燃料を補給した後があるって』
「……ふむ」
旭は顎に手を当てて考える。捨てられていたはずの軍事基地が利用されていた理由。パッと思いつく限りでは、可能性は三つだ。
一つ目、まだアメリカ軍が駐留している可能性。しかしこれはおそらく無いだろう。もし仮に居たとしても、補給したのは逃げるための足に違いない。戦力としては絶対に頼りにならない。
「破壊されたような跡は」
『ありません』
二つ目、深海棲艦が根城にしている可能性。しかしそれなら不必要な基地は破壊しているはずだし、そもそも深海棲艦に補給が必要だ、など初耳だ。奴らには海水を動力源にする不思議な機構が内蔵されていると、解剖に携わった旭の友人は言っていた。それは再現が不可能だとも。
残された選択肢は三つ目のみ。これが一番可能性が高そうだったが、同時に甘い甘い毒であることも分かっていた。
「気になるかもしれないがとりあえず無視。作戦実行を最優先にしろ」
『でも……』
言い淀む大鳳。彼女も同じ結論に達していたのだろう。だからわざわざ連絡を寄越したのだ。旭は諭すように、そして叱るように大鳳に言い含める。
「いいか?
海洋で稀に発見されるドロップ艦と呼ばれる艦娘。何処で生まれたのかも分からず、人間としての記憶も持っていない。あるのは、かつての
見つけて仲間に引き入れられれば戦力にはなるかもしれないが、余りにもリスクが大きい。旭が言ったように、生きているのかも役に立つのかも分からないからだ。そんなもののために作戦を投げ出して危険な探索をするわけにはいかない。戦艦や空母であったならまだしも、仮に駆逐艦だったとしたら、彼女達の戦いには組み込みようがない。
「言っただろ。この作戦は
『……分かりました。帰投するときにもう一度連絡します』
「おう」
ぶつりと切れる音を聞きながら。旭は二人が早く帰ってくることを願っていた。