むー   作:溶けた氷砂糖

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Q&A

 南から段々と太陽が沈み始めた頃、夕焼けの水平線を背に戻ってくる二人の姿を見て、旭は心の底から神に感謝した。腰が抜けて、その場に座り込んでしまいそうだった。もう一人、知らない影の存在を知らなければ実際そうしていたことだろう。軍人としての体面が辛うじて彼女を踏みとどまらせる。

 二人ともボロボロだ。主要武装は何処かに投げ捨ててしまって、身軽になっているからこそ、その痛々しさがよく分かる。衣服の部分は完全に破壊されてしまったらしく、基地から頂戴してきたアメリカ軍服を着ているが、艤装の恩恵を受けないためにびしょびしょに濡れてしまっている。それでも、二人とも自分の力で立って戻ってきた。それが何よりも誇らしい。

 

「二人ともよく無事に帰ってきてくれた。まあ、そのなんだ。お前らの顔を見てほっとした」

 

 いつになく優しい笑顔だった。旭のことを知らないビスマルクは、この司令官は心根の優しい人間なのだろうと思ってしまう程に。

 普段の乱暴で粗雑な彼女を知っている残りの二人は顔を見合わせる。

 

「長門さん、これってもしかしてかなりレアなのでは?」

「そうだな。ここにカメラが無いことが悔やまれるばかりだ」

「おーし、てめえらぶん投げられたいみたいだな」

 

 たまには素直に労ってやったのにこの仕打ちか。茶化されたのが気に入らず、目尻に少し涙を浮かべている。二人が帰って来た安堵もあるのだろうが、意外と打たれ弱いのだ。

 

「こんな状態で投げられたら陸で沈んでしまうな」

「ああそうだな。だったらさっさと入渠してこい!」

 

 感傷にひたるのはここまで。旭は提督として厳しい口調で二人、いや三人に指示を出す。

 

「長風呂してもいいがバケツは使えよ。それとビスマルクとやらも一緒に入ってこい。細かい話は後で聞いてやるから」

「あら、私は別に被弾してないわよ」

「それでもだ。こっちも色々都合があんだよ。全部終わらせてからゆっくり話してもらう」

「私も参加しようか?」

 

 旭とビスマルクの二人だけでは心配だ。長門がそう提案すると、旭はじろりと彼女を睨む。

 

「疲れ切ってんだろうが。お前はさっさと休め。二人目は御免だぞ」

「……ああ、悪かった。素直に休ませてもらうよ」

 

 三人が入渠ドックに向かっていくのを確かめて、旭は、執務室へと向かう。歩きながらポケットから携帯端末を取り出してコールボタンを押した。相手は言うまでもない。

 

 数回のコール音の後に相手が出る。

 

「よう、弥勒」

「やあ……ロトの当選番号が出たみたいだね。どうだった?」

「予想以上のジャックポットだ」

 

 声の明るさから、すぐに察しはついたのだろう。笑いながらの冗談じみた問い掛けに、旭も冗談で返す。

 

「大本営発表じゃないだろうね」

「アタシがそんなふざけた真似するかよ。馬鹿にすんな」

 

 ちょっと不満そうに鼻を鳴らした。弥勒は謝りながら、報告の続きを促す。

 

「とりあえずは犠牲無しで南方棲鬼を、最後は三段階目まで進化したらしいから、そうだな、南方棲戦姫を撃破。深海棲艦の動向と、あとオーストラリアへのコンタクトはまだ取れちゃいねえが、親玉を討ち取ったと考えれば時間の問題だろ」

 

 何より、と旭が言葉を溜めた。ドアを開ける音がする。旭は執務室の定位置に腰掛けた。

 

「嬉しいことにドロップ艦まで見つかった」

「……へえ、詳しく聞かせてもらおうか」

「ただ教えちゃ面白くないからな。推理してみろよ」

 

 旭がこうやってからかうのは、機嫌が良い証拠だと知っている。本当に成功したんだな、と弥勒は胸を撫で下ろしながら、彼女からの無理難題に苦笑いを浮かべた。

 

「まだ発見されてない艦娘がどれだけ居ると思ってるんだい。これじゃあ当てずっぽうだ」

「じゃあヒント、戦艦だ」

「戦艦って……あとめぼしいのは信濃くらいしか、とはいえ、まさかそんな訳はないだろう?」

 

 誰にでもすぐに想像がつくような艦だったなら、わざわざクイズにはしないだろう。

 

 弥勒は考える。おそらくは国外の戦艦。有名さで言えばアメリカのアイオワ級や、イギリスのフッド、クイーンエリザベス級なども有り得るだろうが、現在発見されているのは主に大戦時の軍艦だ。だとするならば、敵国であった連合国側よりは同盟国の方が可能性は高いのではないだろうか。

 

「……シャルンホルストとか?」

「惜しい。ドイツまでは合ってたんだがな。ビスマルクだよ」

「ビスマルク、かあ。太平洋戦争直前に沈んだのだったかな」

 

 それにしても、と弥勒は困ったように言った。

 

「まさか海外艦まで出てくるとはね。そりゃ、日本だけってのもおかしな話だけれど」

「まったくだ」

 

 今まで旧日本海軍の軍艦しか発見されて来なかった。響や雪風など、海外を思わせる艦船が無かったわけでもないが、知らず知らずのうちに艦娘は日本だけと思い込んでいてしまったのだ。

 

「そうなると、上の方はてんやわんやだな」

 

 艦娘は日本のものだけではない。それは日本以外の国でも艦娘が利用されているかもしれない、そんな可能性を強めるものだ。もしかしたらアメリカがお得意の生産力を持って太平洋を渡ってくるかもしれない。ヨーロッパの国々が、大英帝国やナチス・ドイツの艦船を以て抵抗しているかもしれない。

 それは日本にとってけして無視できないことだ。少なくとも、軍事力を大きく削られた現在では。

 

「トップの一人が何言ってやがる」

「だって常識が覆された訳だからねえ、海外とのパイプライン復活の望みもあって、しばらくは迂闊に動けないだろう」

「動かさせない、の間違いだろ?」

 

 二人が話しているのは、太平洋沖に攻め込む大本営の作戦のことだろう。弥勒もその作戦には懐疑的だったようだ。

 

「しっかし、アタシの博打も大本営のアホンダラとそう変わらないものだったろうに、よくオーケー出したな」

「前門の虎と後門の狼を比べただけさ。どうせ食われるなら前を向いた方が良い」

 

 まさか、虎児を得る結果になるとは思わなかったけどね。

 

 通話越しにも分かるくらい、弥勒は深く座り直した。平静を装ってはいるが、彼も今回の結末に驚いているのだろう。いつもと比べて少しだけ落ち着きが無い。

 

「こんな言葉を使うのは君達に失礼だろうけど、俺には奇跡にしか思えない」

「安心しろ。アタシもだ」

 

 何度でも口にしよう。今回のことは幸運と狂気と度胸と、その上で何かが絡まり合って起こった例外中の例外なのだと。何度も奇跡は起こらないのだと。

 

「ホントによ、手のひらで転がされている気分だ」

「だからといって盤上から降りることは出来ないだろう」

「嫌になるねえ」

 

 旭は大きな溜め息を吐いた。自分達の命運が、何か得体の知れないものに握られているような感覚が気持ち悪かった。しかし、絶望するには彼女の抱えているものは大きくなり過ぎた。それは士官学校からの古い友人のことであり、今なお目を覚まさない親友のことであり、独りきりになった自分を支えてくれた相棒のことでもある。最近では生意気な装甲空母も増えたし、気の強そうな金髪もその一員に加わるかもしれない。

 

 窓から外を覗くと、もう一日の最後の瞬きは終わりを迎えて、夜の帳が姿を見せていた。

 

「じゃあ詳しいことはまた、後で。めんどくさいことは全部任せるからな」

「やれやれ。胃が痛くなるようなことをするのも、上の仕事か」

 

 それから、二、三軽口を交わして通話を切る。静かになった執務室で、旭は改めて、仲間の無事を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 第六泊地の入渠ドックはいわゆる大風呂のような作りになっている。檜で作られた枠組みに、絶えず流れるお湯が水蒸気となって部屋一帯を覆っている。

 着任してから今日に至るまで、第六泊地で被弾したことのない(第二泊地では一度被弾したが)大鳳は、傷を癒やす目的で入るのは初めてだ。とはいえ、普段の湯浴みでも使われるし、生命維持艤装の仕組みから一日一度は入ることを義務付けられているため、勝手を知らないということはない。

 

「おお……! これがJapanのFreibad(露天風呂)ね!」

「露天風呂とはまた違うんだがな」

 

 代わりに目を輝かせているのはビスマルクだ。ヨーロッパでは入浴という概念が一般的でないために、物珍しく映るのだろう。ドイツは日本にも引けを取らない温泉国と言われることもあるが、そもそも西洋における温泉とはプールのようなもの。こうやって大人数が共に入る風呂というものはほとんど無いらしい。

 

「体を洗って、お湯に浸かるのはそれから……」

 

 今すぐにでも湯船に飛び込みそうなビスマルクを制しようとした大鳳の言葉が止まる。

 

「どうしたの、えーと、タイホウ?」

「いや、改めて見ると、差が……」

 

 大鳳の視線はバスタオルの上からでも存在を主張するビスマルクの主砲二つに向いていた。ついでに言うと長門の方も若干怨めしそうに横目に見ている。

 

 一昔前ならばボンキュッボンとでも形容したくなるような、長門のスタイルの良さ。身長は男と比較しても遜色の無い高さ、女であることを示す大きな胸、腹筋で引き締まったウエスト。何処からどう取っても美女と呼ぶに相応しい。

 ビスマルクも負けてはいない。長門よりも白い肌は人形のように美しく、金色の艷やかな髪、宝石のような碧眼と、如何にも西洋美人といった風体だ。

 

 それに引き換え大鳳は、元々肉体年齢としても二人より幼い。長門やビスマルクが二十歳前後と推定すると、彼女は十五、六歳くらいだろう。スレンダーな体はモデルのようで、けして悪くはないのだが、残念なことに身長と胸はどうも足りない。

 なお、これは完全な余談ではあるが、旭ですら大鳳よりはバストがある。

 

「あー、その。未来があるわ。頑張って」

 

 大鳳のどす黒い負の感情を感じ取ったビスマルクが若干引きながら、目を逸らしてフォローを入れる。

 

「艦娘は成長しないがな」

「なんで夢を壊すの」

 

 ビスマルクのフォローを無駄にする、長門の情け容赦の無い一言であった。大鳳の目からハイライトが消えたように見えたのは見間違いではないだろう。

 

 それはさておき、体を洗い終えた三人は湯船に浸かる。傷だらけの体を文字通り癒やしてくれる温もりは、三人の喉から緊張を空気とともに吐き出させた。

 

「さっさとこいつも使ってしまおう」

 

 用意されていた三つのバケツをひっくり返して中身を湯船に注ぎ込む。泡にも似た白い液体が彼女達の体に、より正確に言えば身体に取り付けられた生命維持艤装にへばりついていく。

 

「きゃっ」

 

 泡の何とも言えない感触にビスマルクが悲鳴を上げる。長門も少しむず痒そうに体を揺らした。傷口に入り込んで沁みる。そして、時が巻き戻ったかのようにすうっ、と消えていく。

 

「これは何?」

「修復剤の一種だ。体に悪い成分なんて入ってないさ」

 

 言われてみれば体が軽くなったような気がする。少なくとも、不快に感じるものではない。

 

 隣を見れば、大鳳はすっかりリラックスしていた。目を瞑って、そのまま眠ってしまいそうだ。長門も、肩をほぐしながら、ゆったりと浸かっている。

 

 二人とも泳いだりはしないのかしら。

 

 せっかく広い湯船なのだから遊んだって良さそうなものだが、二人ともその場に留まって動きそうにはない。そんな中で一人だけ泳ぎ出すのは躊躇われて、ビスマルクは代わりに体を目いっぱいに伸ばした。大鳳に薄目で睨まれたような気がしたが流石に思い込みだろう。

 

「ねえ、ナガト」

「なんだ?」

「カンムス? が歳を取らないってどういうこと?」

 

 じっとしているのは性に合わないのか、絶えず体を動かしながら長門に問い掛けた。

 

 ビスマルクには知識が無い。彼女の記憶は、最後にゴーテンハーフェンを出撃したものと、うっすらとモヤのかかった戦闘の記録。それからはもう、太平洋で目覚めてからの記憶だ。だから彼女は自分が戦艦ビスマルクであることは理解していても、自分が()()なのかを知らない。今が戦争から七十年以上経っていると聞いたときは耳と脳みそを疑ったものだ。

 

「ああ、ビスマルクはそもそも艦娘というものを知らなかったな」

「基地に戻れば教えてもらえると言われたのに、まだAdmiralともまともに会話してないわ」

「それもそうだな。のぼせる前までは私が教えよう」

 

 長門が大あくびをして、それから自分のこめかみの辺りを指差した。アンテナは外した後だが、小型の装置がくっついているのが分かる。

 

「私達の装備はだいたい二つに分かれている。一つは主砲とかその類い。もう一つは、自分で上手く外せない部分があっただろう」

「これね」

 

 ビスマルクは首に付けた錨型のネックレス(というには少々大きいが)を持って揺らした。

 

「ああ、それを生命維持艤装と呼ぶ。長ったらしくてちゃんと名前で呼ぶ奴は少ないがな」

「普通はなんて呼ぶの?」

「そもそも呼ばないんだよ。外さないから」

 

 正確に言えば外せない、という方が正しいのだが。

 

「こっちの仕事は海上に立つための靴の作成。重い大砲なんかを持ち上げる時のパワーアシスト。そして、()()()()()()()だ」

「時を止める?」

「ああ、詳しい原理は分かっていないんだがな」

 

 何しろ、生命維持艤装を発明したのは人間ではない。初めてのドロップ艦と思われる五人の艦娘が着けていたのを便宜上そう呼んだだけで、人間に理解できるものではない。これを精製出来るのは工廠の妖精だけだ。

 

「時を止めることで被害を一時的に消滅させる、という造りになっているらしい」

 

 時を止める、というよりも変化を拒むと表現した方が近いかもしれない。本来ならば腕が千切れる砲弾の一撃も、足を奪う魚雷も、無傷で済ませてしまう超兵器。艦娘が深海棲艦への切り札となり得る最も大きな理由だ。

 

「その影響で、生命維持艤装を着けている間は艦娘(わたしたち)は成長しない。消化活動はするし、体重の変化はあるらしいから、文字通りの時間停止という訳でもないんだろうが」

「ふーん」

 

 現実離れした説明にビスマルクは頷くしかない。誰も理解できていないものを理解しろというのも無理な話だ。

 

「でも、私達は沈むのよね」

「ああ、時を止めて被害を抑えると言っても限度があるからな」

 

 時を止めるという所業は常に艦娘に悪影響を与える──これを専門家は()()と呼ぶ──ために、適切な処置をしなければ容量をオーバーして限界を迎える。万全の状態と実態の差異が大きい程、歪みはより大きくなる。

 

 それを解消する一つの方法は、部分的に歪みを解放させることだ。いわゆる小破、中破、大破と呼ばれるシステムで、衣服や、主要武装などの比較的影響の少ない部分に集中して歪みを解放する。損傷を受けると服が脱げるのはこのシステムのせいである。

 これの優秀なところは、状況に応じて必要のない部分をパージ出来ること。そして歪みを可視化できることだ。普段は見えない歪みの限界点を分かりやすく示すことができる。

 

「で、そもそも溜まった歪みをどうするか、という疑問への答えがこれだ」

 

 長門が軽く湯面を叩いた。間の抜けた音がして波紋が広がっていく。つられてビスマルクが縁を目で追いかけていく。そうやって辺りを見渡すと、お湯が吸い込まれていく部分があるのが見えた。

 

「この湯には歪みを溶かす成分があるようでな。時間は掛かるが、これに浸かっているだけで生命維持装置艤装への負担を失くすことができる」

 

 ちなみに自然界のお湯である。第六泊地のような辺鄙な場所に鎮守府が建てられているのは、この影響が大きい。

 

「じゃあさっきの泡は?」

「あれは人間の知恵の結晶さ」

 

 製作したのは妖精だが。

 

「このお湯とはまた違うアプローチで歪みを取り除く。溶かすのに対して、吸着するとか言ってたかな」

「確かにそんな感じはしたわね」

 

 肌にへばりついてきたのはそういうことだったのかと妙に納得する。

 

「さて、そろそろ出ないとのぼせてしまうな」

 

 顔が赤らみ始めた長門が湯船から上がる。ビスマルクもそれに習って、二人で扉を開けようとした時、お互いに思い出した。

 

「ねえ、ナガト。そういえばタイホウは?」

「そういえば……」

 

 嫌な予感がして振り返る。すっかり寝息を立てている大鳳が体を滑らしてゆっくり沈んでいく所が見えた。

 

「大鳳ーッ!?」

 

 

 

 

 

 

「それで茹でダコになった馬鹿引き上げて来た訳か」

「仮にも自分の部下に酷い言いようね」

 

 上司にエルボーかます部下なんざ馬鹿に決まってる、と某雨天の大喧嘩のことを引き合いに出して罵る旭。本気で嫌ってる訳ではないので、どちらかと言えば、この場に居ない大鳳をおちょくるような調子だ。

 

 回収された大鳳は長門に担ぎ上げられて宿舎へと連れていかれた。今頃は二人共ぐっすり夢の中だろう。今、ここに居るのは旭とビスマルクの二人だけ。

 

「まあ冗談は置いといて。最初にしなきゃならねえ話をしておこう」

 

 執務室の椅子に座り、机の上に足を組んで乗せる。両の指を絡め、傲岸不遜な司令官を演出していた。

 

「戦艦ビスマルク。アンタにゃ完全にうちの指揮下に入ってもらう。ナチス・ドイツももうねえし、現在の欧州とは連絡も取れない。そうなればこっちで面倒を見るのは当たり前だな」

「受け入れましょう。以前みたいに流れ者になるのは御免だわ。ここなら多少設備もあるでしょうし」

「だな、アタシとしてはそれさえ聞ければ十分だ。ドロップ艦が金になる情報持ってるとも思えねえし」

 

 戦艦が味方になる。この事実だけで他の功績を補って余り有る、というのは冗談だが、場末とはいえ一つの泊地に戦艦二人、装甲空母一人という過剰な戦力が集中する事実は馬鹿にはならない。そもそも、戦力として数えられる戦艦が二隻も居る鎮守府など大本営のお膝元たる横須賀第一しかないのである。

 

「ねえ、その」

「なんだ? 細かいことなら自分で調べろって返すが」

「投げやりねえ……ドロップ艦って何かしら。ナガトもそんなことを言っていたけれど」

「あー、そりゃ本じゃ分からねえなあ」

 

 何かあったら図書館にでも叩き込もうと思っていた旭だが、艦娘に関する話は軍事機密のため一般の書籍には載っていない。何かしら書いてあったらでまかせか当てずっぽうだ。

 

 今度長門に聞け、と突っぱねるべきか迷ったが、彼女にばかり押し付けるとまた嫌味を言われそうなので、渋々答えることにする。

 

「艦娘には大きく分けて三種類居る。適当に名前付けるんなら、適応艦、建造艦、ドロップ艦ってとこだな」

 

 建造と呼ばれる行為によって作られるのは生命維持艤装のみである。従って、適応艦と建造艦は、艤装ではなく使用者によって分けられる。

 

「適応艦ってのは艤装に対応できる人間を探してきて艦娘として仕立てること。だから軍艦の記憶なんか持っちゃいないし、戦力としても本来パワーが無い。もっとも、今ではそうでもないがな」

 

 適応艦という考え方は初期に廃れた。旭が説明したような欠陥があったことと、後述する建造艦の方がコストも性能も高かったからである。

 よって現在も生き残っている適応艦というのは、海に出れば死ぬような不遇の時代を抜け、先の大海戦でも生き残ったいわばエリート。その域まで達したならばスペックの差などたいした違いにはならない。

 

「次は建造艦。うちの長門や大鳳はこのタイプだ。これは艤装にぴったりフィットする人間を()()()()こと」

「創り出すって……まるで小説か何かね」

「実際そんなもんだよ。とてもじゃないが人の所業じゃない」

 

 禁忌とされていたクローン技術を妖精のサポートを借りて使用。さらに時間に関する妖精の技術を転用して急速に成長させ、艤装に適した年齢まで引き上げる。人を人とも思わないシステムだ。深海棲艦という分かりやすい敵が存在し、それでもなお戒厳令を敷かなければならない程の秘密。

 

「それでも日本全国目を真っ赤にして適応者探すよりもずっと人道的なもんでな。今ではこっちの方が主流だ」

 

 建造されたクローンには都合の良い記憶が刷り込まれる。それは艤装の動かし方であったり、脚色された艦船の記憶であったりと多岐に渡るが、その結果として彼女達は自分達を軍艦だと考える。それは弊害を引き起こすこともあるが、即戦力になりやすいという点で実に有効な手立てだ。

 

「で、この二つの基となってんのがドロップ艦。どんぶらこどんぶらこと海から流れてきた艦娘サマだ」

「知ってるわ。モモタローね」

「食いつくのはそこじゃねえよ」

 

 何故か目を輝かせるビスマルクと眉間にシワを寄せる旭。

 

「どっから生まれてるのかも分からないのに海で見つかるのがドロップ艦だ。艦娘を作ろうなんて考えが出て来たのもコレのせい」

 

 始まりの五人と呼ばれる艦娘達だ。現在では一隻も残っていない。

 

「ドロップ艦の特徴は、()()()()()()()こちらで観測していない船だけが見つかること。そして本来の船の記憶までを保持していること。そんなとこだな」

「今が二十一世紀だって聞いたときはびっくりしたわ」

「色々勝手は違うだろうがそこら辺は長門に聞け。以上」

 

 もう夜も遅い。旭も気を張り続けていたせいで何度も欠伸を噛み殺している。ビスマルクとてそろそろ眠気が襲い始めてきた頃だ。さっさと部屋から出るようにとジェスチャーされる。

 

「おやすみなさい。Admiral。偶然出会った人がドイツ語を理解できる相手で良かったわ」

「おうよ……ちょっと待て」

 

 何かとんでもない事を言われた気がして思わず呼び止める。ビスマルクは怪訝な顔をして振り返った。

 

「なによ?」

「アタシはドイツ語なんて話せねえぞ」

「えっ」

 

 困惑。それもその筈で、ずっとドイツ語で会話していたつもりなのだ。今更話せないなどと言われても理解が追い付かない。

 それは旭も同様であったが、彼女の方が経験豊か、というよりも不可解な現実には慣れていたためにすぐに状況を理解する。

 

「妖精がリアルタイムで翻訳してやがるな」

「妖精って、便利の代名詞か何かかしら」

「便利と理不尽と不可思議の権化だ。アタシらお互い母国語喋ってるつもりで勝手に都合良く変換されてんだよ」

 

 ドイツ語喋れる提督なんざアタシは一人しか知らねえ、と旭は吐き捨てる。

 それはそれで納得の行かないゲルマン艦娘。

 

「じゃあ時々日本語っぽいのが混ざるのは」

「妖精のイタズラだ」

「とりあえず妖精って言っておけば良いって思ってない?」

「それが事実だからな」

 

 こんな状況で大丈夫なのだろうかと、ビスマルクは不安に思わざるを得なかった。




この後エピローグ書いて閉じようかと思いましたが、ネタがまだあるので続けられるだけ続けます

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