BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「コスプレ音楽祭に出るんだって?」

「ああ。誰から聞いた?」

「沙綾から」

 

 蘭と幼馴染とで組んでいるバンド、Afterglow。そのドラマーであこの姉である宇田川巴が、エントランスでヒビキと話していた。丸い机で練習パッドを借りてシングルストロークでの速打を練習しながらであった。蘭はもはや当然だと言わんばかりの顔をしていることから、なんでこんな趣味をしているのか、と都度思う。

 

 でも似合うからいいよね、とはベーシストの上原ひまりの談。昔、蘭に誘われてヒビキの高校の文化祭に行った時、チャイナドレスを身に纏いバッチリ化粧をしてベースを弾き倒していたのを思い出した。それ以来彼女はヒビキを"女らしさ"の具現化として見ている。

 

 どうしてこう変人がこの町には多いのか。キーボードの羽沢つぐみは思った。オーケストラの譜面も書けて、キーボードなんて自分より遥かにうまく、おまけにその他様々な楽器も出来る。引き出しはほぼ無限大な彼だから、底が知れない。リードギターの青葉モカは、板張りの床に立って、ヒビキのウクレレを弾く姿を見ながら自分もやろうかなと思っているだけ。ここにも中々の変人がいた。

 

 そろそろ夏本番になる。天井のファンで冷房の風を拡散し、それを浴びながらハワイアンな、そして時々エスニックなスケールを弾く。練習が終わってのんびりしている他のバンドを和ませ、これからスタジオ入りするバンドにはリラックスを与えていた。

 

 それで、当日は何をやるんだ?と巴が聞いた。裸エプロンでギターでも弾くか、と答えれば、うぇっと彼女が引いた。自分から聞いといて失礼な奴だな。ヒビキは笑いながらそう言った。そしてヒビキの私物貸出品であるDragonflyのSottileを取り出して、こいつを弾き倒そうと、と提案した。モカがそれを借りると、うわっと声を漏らした。

 

「弦太過ぎないですか〜?2音半下げだからかな」

「トップ012だからね。んで6弦を更に1音下げてるからドロップAだな」

「ヘヴィ過ぎませんか?しかも6弦、ベースのやつだし」

「そこは〜、ご愛嬌だね〜」

 

 モカの真似をしながらひまりに答えた。モカは試しにスタジオで弾いてみることにして、時間通りにスタジオに入った。

 

 早速アンプにプラグインする。今回のアンプはヒビキイチオシのDiezel Herbert。ウルトラハイゲインからスーパークリーンまで出せる万能機。メーカー特有のミッドレンジがこんもりのそれに、自分のエフェクターを通し、ループに空間系を入れるセオリー通りのセッティングをして、歪ませてピッキングしてみた。

 

 ぐぉうんと地面が割れるかのような轟音。これはジェントか?と思わせるような音の鋭さ。中にバッファを入れているようで、音の劣化がほぼなく、ピッキングハーモニクスを6弦で鳴らしそこでビブラートをしてみたら、中々面白い音が出せる。やっぱりヒビキってこういうの好きだよな、と蘭が呟いた。

 

「うーん、Slipknotっぽいね〜」

「モカ、スリップ知ってるんだ?」

「時々聞いてるよ〜。歌詞は中々酷いんだけど」

「それって、もしや」

「ツグの思うように、メタルだね」

「やっぱりか〜。難しいんだよなぁメタルって」

 

 単なるスラッシュメタルならそこまででもない、というのが蘭の見解だ。試しに、愛機の赤いレスポールでメタリカのMaster Of Puppetsを弾いてみた。オールダウンでそこそこ速いBPMのリフを弾きこなすことは確かに辛い。そして、変拍子が絡んでくる。しかし、単純であるし、オルタネイトピッキングならそこまで辛くはない。

 

 ヒビキに仕込まれたわけではなく、自分でリフの歯切れの良さと重さを両立させて考えついたのがダウンピッキングだ。力の抜き方とアタックの際のノイズのコントロールはプロ並で、涼しい顔をして弾く彼女に、モカがぱちぱちと拍手を送った。

 

「じゃあ蘭、これ弾いてみる〜?」

「うん」

 

 ドロップAから全弦2音半下げに戻し、同じリフを弾くと、確かに重い音だ。ヒビキの好みはこんな音であったか、と思い出した。ウォームアップはもう十分にしたし、指も心も喉も暖まった。

 

 一曲やろう、と蘭が声をかけると、皆がうんと頷き賛同した。他のスタジオの掃除に通りかかったヒビキが微かにそれを聞いて、イキイキとしたプレイにニコリと嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 フロントに戻れば次はロゼリアの面々が居た。キーボードの白金燐子がペコリと軽くお辞儀をしてきたので、おっすと裏声で答える。勿論嬉しそうなのは友希那だ。ちょうどAfterglowと入れ替わりでのスタジオ利用なので、蘭とも顔を合わせることになる。

 

 こういう待ち時間の合間にもレッスンを頼まれることはよくあり、紗夜がその例としてギターの手ほどきを求めてきた。貸出品として戻ってきたアイバニーズのRGを手にして面と向かう。何を聞きたいのか、と思ったらタッピングについてだった。ボスハンズ(両手)でのタッピングフレーズでのミュートと、それのフォームチェックを確認したいそうだ。いつもそうなのだが、性格に似てフォームもカタい。そこが紗夜の弱点である。

 

 肩の力を抜き、深呼吸をして。紗夜の顔から眼を外さずに指板を叩き出す。柔らかくしなやかなその動きは、優雅に泳ぐ錦鯉を思わせる。クリーントーンで弾いていても十二分に聞こえる音量。指と弦との間隔をなるべく小さくしているから、初速や力が十分弦へと加わるのだ。

 

「あとは、右手の小指でのタップが思い通りに行かなくて」

「無理矢理左手で弾いてみるのもいいかもね。でも、小指使わなくていいんじゃない?右手で自在に動く指を素早く移動させることを考えればいいだけだし」

「エイトフィンガーだとそうはいかないですよね」

「え、Roseliaで8フィンガーやるの……?」

 

 その曲の譜面を見せてもらえば、ギターのド変態フレーズがこんもりとソロで入っていた。誰だよこれ作ったのは、と聞いてみたら書いたのは紗夜自身らしい。これはヒビキの影響だ、と彼女は責任をなすりつけた。

 

 試しにそれを弾いてみる。ホールトーンスケールを弦またぎで入れる。しかもダウンで弦をまたげとさえある。そしてタッピングで転回。ボスハンズから元のキーへ戻り、そして決めフレーズが8フィンガータッピングを5連発。指定されたテンポでノーミスで弾いてみると、いかにもプログレッシブな感じの曲になっている。

 

「しんどくね?」

「かなり。でも、これくらいやらないと締まらないですもの」

「うぇぇぇ」

 

 上がりのアフターグロウが、ヒビキのギターと共にフロントにやってきた。蘭と友希那はこんにちはと挨拶をした。そして、蘭がロゼリアの面子を見て、中々良いバンドだな、と感じた。個々のやる気が非常に高い。なるほど、頂点を取るバンド、と言っていたのが頷ける。生憎、蘭は頂点だとかフェスだとかは興味がない。自分たちが考えうるロックで人々を奮えさせたいだけだ。

 

 紗夜に断りを入れて、ヒビキの持っていた譜面を見せてもらう。音符の数とテクニカルリックに特化したそれは、ヒビキの影響もあるだろうが、どちらかというとマイケル・ロメオの方が強い気がした。

 

「氷川さんって、もしかしてネオクラとかメロスピ好き?」

「はい。ギターのハイセンスさとテクニックはお手本になりますので。プログレッシブメタルとかも聞きますね」

「その中でも、ロメオとかトルキ好きっぽそうですね?」

「よくわかりますね?それと、ピッキングのお手本ならやはりイングヴェイとマイケル・アンジェロでしょうか」

 

 ギターオタクのヒビキにしか、二人の会話の意味がわからない。メタルのギタリストの雄をほいほい出し合ってはなるほどと納得する。テクしかり、理論しかり、感覚然り。話が合う友達が出来てよかったじゃないか、と兄のように思った。


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