BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「ごめんね、楽しい所に水差しちゃって」

「いいえ。私のことわかってくれてるんだなって、嬉しかったですよ」

 

 商店街のやまぶきベーカリーまで自転車で沙綾を送り届けて、その店の前で彼女と話をする。出迎えてくれた弟と妹がヒビキの方にも抱きついてきて、彼は頭を撫でてやった。

 

 弟の純と妹の沙南はヒビキを変身するお兄ちゃんと呼んで慕っている。ヒビキに兄弟はいない。しかし、親戚の従兄弟が皆小学生か未就学児なので、小さな子供の扱いには慣れている。よしよしとあやしながら、お姉ちゃんとお母さんの力になるんだぞ、と言葉を掛けた。付け加えて、悪いことしたら友達の鬼を呼んで来てお仕置きだぞ、とまで。

 

「すっかり二人も懐いちゃって」

「二人共良い子だし、人当たりがいいからかね。なんかまた困った時があったら、俺でもうちの親父でもお袋でもいいから頼ってくれな」

「本当に、いつもありがとうございます。お礼って言っちゃあアレなんですけど、試作品のチョココロネ。貰ってください」

 

 7個ほどか、チョココロネの入った紙袋を受け取ると、それじゃ、と言って自宅に戻る。駐輪所に戻りドアを開けると、小さな音でのセッションが聞こえた。リビングに行けば、楽しそうな4人がおかえりなさいと挨拶してくれる。そういえば、香澄の問題点を告げていなかった。リズム感、音程感覚。それはもちろんあげたが、更に付け加えることがあった。

 

 

 ピッキング。そして、ミュート。ノイズがあまりにも多いのだ。その訓練に関しては、ヒビキから直接のレクチャーが始まった。たえも許可を得て、バレイアーツのストラトを借り、有咲はそれに興味があって退屈しなさそうにしていた。

 

「俺のやり方な。ピックは常に、ボディに垂直。なぜかっつーと、斜めにすると弦とピックの擦れる時間が長くなって、それがノイズになって出力される」

 

 歪ませるとわかる。プレーン弦でも、斜めでわざと弾いてみれば、ジャリっとかキュイっとかそんな音が聞こえた。アクセントとして付けるなら全く問題ないが、本来伝えるべき音の邪魔になる。大音量でライブをやるなら、それが観客の耳障りにすらなるのだ。へえ〜、と感心するたえも、ピック弾きでの参考としていた。

 

 そして、肘から先の回転でピッキングするという技術。ハミングバードまでやらなくてもいいが、と付け足しをし、その用語すらも説明する。はじめからていねいに、こんなタイトルの教則本すら出せる親切さだ。

 

 試しにそれでピッキングをしてみれば、伝えたい音が前に飛び出してきた。それを少しスピードを上げて弾くたえは、香澄に少しだけ尊敬と羨望の眼差しで見られる。

 

「ミューティングは別に右手で切ってもいいんだぜ?」

 

 続いての講義。左手で届かないようなミューティングは絶対にしない。しかし、ミュートは端的に鳴らさない弦に触れておけばいいのだ。音を増幅し出力するのは

ピックアップ。そのピックアップの近くでピッキングするのだから、実に合理的で単純なのだろう。

 

 ね、簡単でしょう?と言わんばかりに、たえを遥かに上回るスピードでピッキングする。弾いている曲はTumeni Notesといって、多弦のアルペジオも全てオルタネイトピッキングで、しかも完全なミュートで弾き倒している。この変態技術、なんとかして盗みたい。それはたえや香澄だけではない、紗夜も同じだった。蘭だけそういう超絶技巧には興味がなく、見習ったのは3音近く変化させる豪腕ヴィブラートだけだ。しかし実際にそれを目の前で聞くと、皆ぽかんとしてしまう。何度聞いたかわからないたえでもだ。

 

「ピッチベンド使っても、そこまでできねーよ!」

「え?滑らかさは無くなるけどできるでしょ。隣の鍵盤をグリスで往復すれば」

 

 近くに転がっていたピアノロールを広げて、実際にやってみた。機種を選びそうな奏法だ。あのローランドのシンセで出来るだろうか、有咲は心配になる。

 

 香澄やたえはヒビキより少し細い弦を張っている。トップが.009でボトムは.042だ。ヒビキは.010-.048をレギュラーに合わせたもので平気でそれをやる。今ヒビキのギターを使っているたえには1音半ですらキツい。

 

「ま、ぶっちゃけこんなヴィブラートできなくても大丈夫よ?」

「でしょうね!」

「おたえちゃん、汗すごいよ〜!大丈夫……?」

「ははは。ちょっと疲れただけだから大丈夫だよ、りみりん」

「あ、りみちゃん。チョココロネ食べる?」

 

 先程貰ったチョココロネ。テーブルに載っけたお皿に出せば、3つほどりみがパクついた。なるほど、チョココロネとりみは相思相愛とヒビキは覚えた。

 

 

 ようやくメイド服から着替え、今度は赤いドレスでリビングに行く。そこでたえが思い出したのは、これはライブの衣装で使っていたものだということだった。

 

 大きなテレビに動画サイトをキャストし、そこで映し出される今の姿。この時は黒のDean Razorbackを弾いている。周りは女の子ばかりでメタルのような音楽ではないのだが、メタル向きのギターでポッピーな音を出力していた。レガートが多めのプレイスタイル、それは嫌なスクラッチ音もなしに、しかもプリングの際のアタック音すら消えて、バイオリンのように美しく弾いている。

 

「ギャップがすごいな」

「有咲ちゃんもコスプレしようぜ!」

「やらないですよ!まあ……割烹着ぐらいなら」

「私、有咲のメイド服見たいな〜!」

「香澄ちゃんはミニスカポリスさんな!りみちゃんはアリスで、たえちゃんは」

「私、SHOW-YAみたいなのがいいな。あります?」

 

 てっきりコスプレ大会になりだした。香澄は乗り気。たえに至ってはモノマネですらある。リビングの近くのクローゼットを開ければ、相当数のコスプレ衣装があり、そこから服を選んでクローゼットの中で着替えた。

 

 10分後には勢揃いでその衣装をお披露目する。皆がお互いに写真を撮り合って、沙綾にそれを送っていた。

 

 

 ドレスのままベッドに寝そべっていたヒビキは、外の日差しでまぶたを持ち上げられて覚醒した。大量のペットボトルや空き缶、酒瓶。そして雑魚寝同然でリビングにいる昨日の衣装のままの女の子たち。昨日連絡は入れてあるから問題はなく、一人で片付けてゴミを出し、朝食の準備をした。

 

 ごま油の香ばしさは、加熱した途端に部屋一面に広がる。それが香澄の嗅覚を刺激し、更には目覚ましまで兼業してくれた。次第に他の子たちも起きて、きんぴら牛蒡が出来上がっている頃には着替えもバッチリ済んでいた。

 

 卵焼きにエビだし味噌汁、鯖の開きときんぴらゴボウ。いかにも和食であり、そして更に一昨日の残り物である筑前煮を温め、食卓に出した。

 

「凄い!ヒビキさんっていつでもお嫁さんに行けますね!」

「確かにドレスのままだと、女性にしか見えない…」

「女子力高すぎね?彼女楽だろうな〜」

「ヒビキさんに彼女いないよ、有咲」

「こういう趣味してるからいないね〜」

 

 コスプレ好きな変人には変人しか寄ってこない。たえがヒビキに懐いていることがその証拠だ。そして、香澄もヒビキを気に入っているし、有咲やりみも彼は信頼のおける歳上のお兄さんとして見れる。

 

 壁に戻した楽器達は、いつの間にか綺麗に拭き上げられている。ボディの光沢がリビングを写し、よだれを垂らしているかのようだ。朝食を終わらせ彼女達を帰してから、ヒビキも着替えて本日の仕事へ、財布やら何やらを身に着けてCiRCLEへと向かった。


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