BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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2年ぶりの初投稿です


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 テキサスのホテルについて、ヒビキはまずシャワーを浴びた。慣れないスーツからカーゴパンツとタンクトップに着替えれば、翌日のミニライブのタイムテーブルにざっと目を通す。そして、3日後のGravity Master――今回のメインイベントの存在を改めて認識する。

 

 野外での超巨大なライブ。ヘッドライナーがヒビキになっていて、主催者からも絶大な期待を寄せられている。その腕は世界に轟いているのだから当然なのだろう。テレビカメラでさえもヒビキをすっぱ抜くことくらい予想はできたが、ヒビキは意識すらしていない。ユイの弔いなのだ、このイベントは。ヒビキにとってはその意思しかなかった。

 

 突如、スマートフォンに電話が掛かってくる。ヒビキはそれを取り、もしもし、と答えた。

 

『ヒビ兄?アタシ』

「リサちー?どうしたの」

『ん、ヒビ兄の声が聞きたくて。アタシは友希那と違ってそんなに強くないからさ』

「そっかそっか。俺がリサちーの心の拠り所かー」

『そういうこと。ね、明日からステージなんでしょ?緊張しないの?』

 

 この前一緒に演って、それで緊張とは無縁な人間だとわかっているはずだ。しかし小さな箱で演るものとは規模が桁違いである。ドームだったり武道館だったりでも経験があるだろうから多少は馴れがあるものの、本人はどうなのだろう。リサだったら、ガチガチに固まってしまい、いつものように演奏が出来ないのは目に見えている。

 

 ふふっ、とヒビキが優しげに笑った。その声音にリサの胸がキュンと高鳴る。大丈夫だよ、と言われ、その後の言葉をヒビキは続けた。

 

「リサが応援してくれてるからね。それに、俺の大事な人の為にも、ね」

『大事な人……?ヒビ兄、それ、彼女?』

「違うよ。俺の昔の――ファンの小さな女の子」

『なにかあったっけ…?』

「言ってなかったっけ。ユイ。ユイ・スカーレット。今年で4年だったかなぁ……」

『ロリコン?』

 

 違うわ、とヒビキは笑いながら言った。事の全てを知らない彼女に語るのはよそう、そのうちわかることなのだから。今はキマイラという新しい相棒を手に、ステージを楽しむことを考えよう。

 

 空は既に黒く、陽は落ちている。リサの話を存分に聞いてやりながら、ヒビキはベッドに横になった。今日は食事はどうするのとか、ロゼリアは今日こうだった、とか。彼女の話は尽きない。こういう風に喋ってくれる彼女がとても好きだ。ヒビキは嫌がらず、うんうんと聞いてやった。

 

 

「ふふふ、ヒビ兄楽しそう……」

 

 早朝での電話だった。リサは想い人の話を聞いて、そしてゆっくりとロゼリアの練習の支度をし始める。友希那を起こし、一緒にリハスタへ向かえばいつもの仲間が待っている。貰ったスペクターを握り、大音量でのジャムを楽しみながらヒビキに想いを馳せていると、友希那が音の違いに気づく。イヤープラグをしていてもすぐにわかるのは流石というべきで、鋭くエッジの尖ったベースのトーンが何があったかを感づかせる。

 

 友希那だって、ヒビキと話したい。しかし彼の邪魔になるのは嫌だから、会えて電話などはしていない。あの人は今、アメリカでどんなことをしているんだろう?妄想が膨らみ、ニヤける顔を隠さずにいれば、他の三人もそれに気付いた。紗夜からすれば何も崩れていないから口出しすることはないのだから。

 

 恋とは三人にはよくわからなかった。相手に心がときめくことか?別の「好き」を抱くことか?これを紐解くべき理論は?コード進行のようにアナリーゼすることがまったく難解である。だからこそ恋なのかも知れない。

 

 紗夜がブースターをオンにした。それに伴い燐子とあこもボリュームを上げる。二人の惚気を聞かぬふりをするよう、他の面子は尚更演奏に没頭しだす。そこには、何かしら照れもあるわけで、自分がもしリサや友希那の立場だったら、という想像が捗ってしまうからだ。しかしながらも、二人の音圧と勢いには勝てないとわかった途端に、他の面子は察して、やれやれという感じで演奏しだした。

 

 

 ヒビキが目覚めたのは昼前であった。ライブは夕暮れからで、会場に向かうバスは既に手配されている。適当に食べ物を買い、会場に到着してから、ヒビキはまっさきにタバコを吸い出した。

 

 SNSに、タバコを吸っている自分の写真をアップする。すぐさま反応をつけたのはリサと香澄、それに遅れてひまり。嫌煙・禁煙の風潮が強いこのご時世、それすらを気にせずに反応してくれるのは、優しさだからか、それとも、ロックスターだからなのであろうか?惚れられている、という事は知っていても、今一それはよくわからない。

 

 すでに会場には、ヒビキの機材が到着していた。バスから降りて、衣装に手早く着替える。メイクをし、紅いスニーカーを履き直して、ステージに立った。開演前のリハで、本日の機材チェックをじっくりとする。キマイラを片手に、ループに入れたG-SYSTEMの、ディレイタイムの調整を施す。アンプはいつも通りのFryetteだ。

 

 ワウ、ブースター、オーバードライブ、ボリュームペダル、そしてG-SYSTEM。足元はかなりスッキリしている。歪みの音色を確かめ、鋭い音がキャビからつんざくのを確かめた。

 

「よし、一曲だけ通してみよっか」

 

 他のメンツに合図。ボーカルは他の人間がとる。イヤモニの調整はバッチリだ。左手に感じる、昨日替えた弦の強めの張りを確かめつつ、獰猛な魔獣の咆哮を外へ轟かす。天が避けるほどの鋭さ、大地を揺るがすような音圧。そこから一曲、ヒビキがオープニングナンバーとして好む疾走曲を弾き倒し始めた。

 

 サポートのメンバーは、昨日顔合わせはしたものの、スタジオやリハでも音が変わらないことに感銘を受ける。ドラムなんかギターでリズムを取ってしまっている。ベースはそのコード進行に合わせ、正確にベースラインを組み立て、キーボードのメロディラインはギターのスケールに合わせていく。ギターソロの速弾きを、他の誰もが際立てようとしていた。

 

 流麗華麗、リハだというのにこのクオリティ。ギグだろうがライブだろうが、ヒビキには関係がないのだ。ギターを弾く、ただそれだけ。楽しんで、楽しませる。本番とて、金は二の次三の次だ。音"楽"なのだから、楽しめなければ意味はない。心が震える、とは蘭の言葉。楽しいとはそういうことだ。

 

 

「でも、それは」

 

 ユイが入院していた理由。それは、所謂ターミナルケアの一環であった。まだ若いヒビキには、割り切らなければいけないとわかっていても、沸々と悲しくなってきていた。心を心配してもらっていたのに、本人が一番重い病気であったとは。

 

 白血病、所謂血液のガン。幼いユイだからこそ、処置が間に合わない。ガン細胞は若年性であれば、増殖速度は早いのだ。ユイの母から聞かされた残酷な事実。あれから仲良くなって、暇があればアコースティックギターを持って弾いて楽しんでいたのに。

 

 しかし、それはまた、彼女を勇気付けるものであったのだろう。ユイの母親は力なさそうなヒビキにこう語った。

 

「あの子は元気一杯、でもどこか笑顔に霞がかっていたの。そんな時にヒビキ。貴方が現れて、ユイと遊んでくれた。貴方のギターが、あの子を晴れにしてくれた」

 

 ーー自分のギターが?

 

 すっかり忘れていた。音楽は音を楽しむもの。そして人を楽しませるもの。例え先の無い命でも、こうして人を楽しませ、喜ばせたり出来たのか。

 

 ユイにはまた救われた。そしてまた、ヒビキもユイを救えた。それは、彼女が亡くなってから一年後の事だった。


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