BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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お久しぶりです。
センター試験やらなにやらで全然書けませんでした。

2018年もこの作品をよろしくお願いいたします。


2

 

 

 ウィスキーのボトルを一本開けた日の翌日、シャワーを浴びてからまたスタジオに入って、3曲レコーディングをしているうちにまたキマイラの音に惚れ込む。他のギターも勿論使うのだが、なぜかこのキマイラだけは突出して音が聞こえていた。

 

 レスポールカスタムでのバッキングの音はキマイラには出せない。ストラトの音だって同じ音は出せない。個々に良さがあって、好きなところがある。それをすべてひっくるめキマイラは万能なのだ。キマイラ特有の音の太さやピックアップをタップした時の音の細さなど、それらすべてが好みなのだから。

 

 白のレスポールカスタムでバッキングを録り終わったあと、休憩としてヒビキは外に出た。灰皿を置き、ピースを咥えて火を着ける。今日は金曜、16時ごろである。日本だと8時頃か、ちょうど朝方で登校中ぐらいだろう。すーっと紫煙が立ち上る外は少しだけ冷えてきて、電子タバコを吸いにエンジニアもホットコーヒーを持って出てきた。

 

「まだ紙巻き吸ってるのか?日本って、結構電子タバコが普及してるかと思ったけど」

「全然反対よ。紙巻きの地位はまだ強いさ」

「へえー。あれ、ヒビキはゴロワーズとかジタンとか吸ってなかったか?」

「あー。色んなの吸うよ。これは日本のピースってやつだ。吸ってみる?」

「お、じゃあ一本だけもらう」

 

 かなりタールのキツいタバコだ。バニラの香りが際立ち、喫味の方も甘めだが、慣れていないと蒸せるだろう。案の定、おすそ分けされたエンジニアもゴホゴホと咳き込みだした。ふふふと微笑んでからスタジオに戻り、今日のノルマを終わらせて、ホテルへ戻る。

 

 あと一日でレコーディングは終わる。その後ライブ会場へと乗り込む。その前にヒビキは寄っておきたい所があった。ヒビキにとって、今の彼が存在する理由となった人の元へ。

 

 明後日がその人の特別な日だ。忘れてはいない。ニューギアを手にして浮かれているのも束の間、その為にアメリカに飛んだといってもいいくらいの場所だ。

 

 

 予定通りレコーディングを終えて、マスタリングやミックスはエンジニアに任せて、ヒビキはテキサスへと向かった。機材を乗せたトラックとは別に、ヒビキは飛行機に乗る。目的地についた途端に喫煙所でタバコを吸い、そして白いユリの花束を買って、タクシーで墓地まで移動した。

 

 木洩れ日が優しく降り注ぎ、花が美しく咲き乱れる。緑の絶えないこの墓地、彼の胸のピックがおとなしく揺れる。風は止まっていて、彼は十字架の淹れられた墓石の前に立った。

 

 そっと花束を置く。黒いスーツに、黒いネクタイを身に着けていたのは、お墓参りをするためだったのだ。そして眼を閉じ、黙祷をし始めた。木々に止まる小鳥も鳴かず、そのままじっと黙っている。墓石に彫られた"Yui Scarlet(ユイ・スカーレット)"の名前を見つめ続けて。

 

 五分ほど経っただろうか。ヒビキは眼を開けた。胸のピックを触り、空を見上げる。快晴の下、今日はこんなにも優しい日なんだ、とつぶやいて。

 

「ユイ、久しぶりだね。良い子にしてたかい?俺は……相変わらず、暴れん坊だ」

 

 ユイ。このピックをくれた女の子。幼いながらも、ヒビキを好きといってくれた女の子。その音に、その曲に、全てが好きだといってくれた、心優しい少女。その生命と想いは、未だにヒビキの胸にある。

 

 

 

 4年前。ヒビキは高校を卒業したばかりで、アメリカでのとある歌手と仕事をするためにテキサスに来ていた。日本にはこんな凄いギタリストがいるぞ、という噂を聞いたのであろう。ギターにおいても技術や楽しむ心は生きていたが、しかしどうしても自分に満足出来ない日々が続いていた。

 

 ギターに対しても、生き方に対しても。何回ギグを熟そうと、どれだけ練習を積もうとも、何かが欠けている。心がすっかり痩せ細っていたともいうべきであろうか、とにかく覇気が消えていたのも事実だ。何が足りないのか、それを探し求め、その日その日を生き続けていたのだった。

 

「貴方がロッカク・ヒビキね?」

「ああ、はい。よろしくお願いします」

 

 スタジオに先に来ていた女性の歌手は、気さくにヒビキにハグをしてくる。すぐにヒビキは仕事に取り掛かろうとFryetteとCaparison、そしてGibsonの準備をした。チューニングを合わせ、三曲ほど録り終わり、そして浮かない顔をして外に出る。

 

 車椅子に座った女の子がこちらを見ていた。近くに病院でもあるのだろうか。ヒビキが少し笑顔を作って手を振ってやれば、女の子はニコニコしながらこちらにやってきた。

 

「あなたも病気なの?」

「んー。ちょっとね。君は?俺は六角ヒビキ」

「ユイ!ユイ・スカーレットっていうの。あたし、そこの病院で暮らしてるの!」

 

 大きな病院を指差す少女。パイプには点滴のバッグがあり、そこからチューブが彼女の服の中に入っていた。どういう病気なのかは聞かないが、どうしてここに、しかも一人で出ているのか。散歩だとしても、看護婦もいないとはどういうことなのか。心配になったが、近くの木陰の下のベンチに二人は移って話し出した。

 

「ヒビキもあの病院に?」

「違うんだ。お仕事で日本から来てて、ギターを弾いてる」

「おかしいなぁ、病気って言ってたじゃない」

「俺は……ちょっとね。最近、どうも心が満足しないんだ」

 

 何かに飢えている。その何かがわからない。正体が掴めず、藻掻き苦しむ。こいつは自分でさえわからないのに、この娘にわかるわけがない。先程まで握っていた弦の感触だけが残った左手に視線を落とせば、ユイもその手を見つめた。

 

 長い時間を掛けてできた、指先のギタータコ。こんなものが出来ても、音楽で人を満足させている事にはならない。技術に不足はないはずだが、それだけでは、と心で呟く。ユイはニコニコとして口を開いた。

 

「すごーい!大きな手ね!それに、指の先っぽもカチカチ!」

「ん……?ふふふ。何年もギター弾いてきたからね」

 

 この勲章を誇ろうとする気は全くない。褒めてくれる人は少ないが、聞かれればそれなりに返答をする。無邪気な笑顔を浮かべるユイはヒビキの手を触る。温かい、と一言呟いて。

 

「お日様みたいな手!優しい人なのね!」

「そうなの?」

「うん!先生もお母さん達もみんな、優しくて手が暖かいんだよー!」

 

 幼いというのは、無邪気さと疑わない心を兼ね備えていることなのだろう。ヒビキはよしよしと褒められた手でユイを撫でれば、にっこり彼女はまた笑った。

 

 ここに長居をさせてしまっては、担当医も親も心配がるだろう。押してあげるよ、と車椅子を慎重に扱い、彼女が帰るべき病院へと向かっていった。

 

 

「あら、ユイ。おかえり。貴方は?」

「お母さん!この人はお友達のヒビキ!」

 

 どうも、と会釈をする。日本人の見知らぬ男は親切にも愛娘を送り届けてくれた。それにしては流暢な英語で、話し方にも知性が感じられる。

 

 そういえば、近くのログハウスからギターの音が聞こえていた。スタジオであったのだろう、かなり明るい曲にとても上品な六弦の音の調が耳から離れなかった。この少年が弾いていたということはユイの話からもすぐにわかる。

 

「ヒビキは心が良くないんだって。ここの先生にヒビキを治せる人はいるかな?」

「あら……。ヒビキ、そうなの?」

「ええ……。贅沢な悩みなのかもしれませんが」

「いいじゃないの。悩むことはいいことよ?人間は前に進みたいから悩むんですもの」

 

 ――前に進む、か。

 

 自分は果たしてそうなのだろうか。マンネリしているからこんな気持ちなのか。もしかしたら、自分のギターを弾く意味を探し求めているのかもわからない。

 

 聞く人を感動させる。それが自分の演奏する意味ではなかったのか。それは表向きなのかもしれない。自分に正直になっていない、綺麗に生きようとしている、そういうことではないのか。わからない。

 

「ヒビキ、また悲しそうな顔してる!ダメよ、幸せはそんな顔してたら逃げていっちゃうわ!」

「え……ははは、そうだね。笑ってないと、ね」

「うん!」

 

 無邪気な女の子はまた笑っている。自分が病気だということも気にせず、自分を気にかけている。本当なら、彼女自身を一番気にしなければいけないはずなのに。

 

 またね。ヒビキはそう言って病院を後にした。先程のスタジオに戻れば、待ちぼうけを食らっていた依頼主が少しだけ機嫌を悪そうにしている。ごめんなさい、と謝ってレスポールを手に取った。

 

 ――ちょっとだけ、今の俺が好きになれたかも。

 

 ビッグなサウンド、メロディアスな音選び。先程より磨きがかかったような感覚。それは誰よりもヒビキが驚いていた。


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