BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
◆
ガルパも無事に終わって、大成功と言えるくらいの結果を残せたと知ると、出演者全員が大喜びでその場で舞い上がる。さあ打ち上げだ、というときに、ヒビキはその場にいなかった。
それに気づいた友希那は彼を探し出す。喫煙所に案の定いて、しゃがみ込みながらタバコを吸っていた。どこかぽけーっとしていて上の空、もう見慣れてしまったタバコのパッケージではなく、クリーム色のソフトパック――ピースを口に加えて、足を伸ばして。
一体彼に何があったのか。ステージ上にいたときはあんなにイキイキしていたのに。気にならないわけがなく、友希那はそっと彼の隣に近寄って腰を下ろした。ん、とヒビキが彼女に気づき灰皿に手を伸ばすが、友希那は気を遣わなくていいですと答えた。
「むしろ、お疲れの中で邪魔してごめんなさい」
「そんなことないよ。ちょっと思い出に耽ってただけだし」
「それは、アメリカに行ったときの?」
「うん。それと、ユキちゃんにまた会った時とかね」
まだまだ吸い始めたばかりのタバコを口から離した。見慣れぬ首元のペンダント、青いピック。これは誰かから貰ったのだろう。少し粗めに作ってあるところからそう感じる。そして、それはとても大切な人から貰ったものだということも、空気でわかった。
友希那にまた会ったとき。それは、ただガムシャラに突っ走っていた時だ。Roseliaを結成したての頃、それがとても耳障りに聞こえていた時期があって、ヒビキと衝突しかけた時さえあった。思えばそんな自分でも今はこうやって受け入れてくれる人がいて、しかもそれがヒビキだということに感慨深さを覚える。
色んなことがあったね、とヒビキは呟けば、友希那はほのかな笑みを浮かべこくんと頷いた。
◇
「あれ?友希那ちゃん」
「あなたは……」
「久しぶりじゃん」
あの時は、ヒビキがアマチュアバンドのサポートとして活動していたときの事だった。勿論すでにパスパレの講師にもなっていたが、あくまでもプレイヤーの彼はギグがメインであった。とあるバンドにサポートとして呼ばれて、小ぢんまりとしたライブハウスで二人は再会した。
すでに父親のバンドが解散していて、友希那はその中で一際目立つヒビキを覚えていた。解散前にも顔を出していて、その時ヒビキはまだ高校2年生であった。小学生の友希那とリサと遊んでやり、その五人でセッションしたりした。解散したあとも時々呼ばれたりなどはしていたのだが、いつも友希那が悲しそうな顔をしていたのを覚えている。あのバンドの解散の原因はヒビキにあるのだというゴシップが出回っていた時期、友希那はヒビキに申し訳無さを感じていたらしい。
「そっか、ユキちゃんも音楽活動してるのか」
「はい。六角さんは……またやりだされたんですね」
「ヒビキでいいよ。あれからまだずっとやってるけど、なかなか話題には上がらなくてねぇ」
「大変ですね……」
「ま、そんなこともあるよ。人生何が起こるかわからないもんだから」
ふふふ、とヒビキは微笑んだ。すでにライブは開演していて、トップバッターのバンドが懸命に音楽を奏でているところを見ながら。友希那は難しい顔を仕出した。水色の髪をしたあの少女以外、全く魅力がない。あの正確無比なギター、技術力を求めている友希那には片腕としてぜひほしい人材であった。
対するヒビキは、どうもこのバンドは歯車が噛み合っていないと感じた。楽しもうとする四人、しかし機械のように音楽を奏でようとするギター。確かに技術は大事だが、楽しめなければ音楽とは言えない。他人から見たら彼のその考えは矛盾しているように思えるが、しかし下手な時期のヒビキでも精一杯に音楽を楽しんでいた。
「惜しいなぁ……。スピリットが伝わってこない」
「スピリット……?技術は……」
「確かに、音楽を演奏する技術はナカナカ。だけど、"スピリット"を表現する技術が全くない。正確無比なのがスピリットなら、曲に意味を持たせる意味がなくなる」
「ヒビキさんは、そっちのほうが重要なんですか?」
「当然」
意外だとは思わない。その心が友希那の父親を惚れさせたのだから。確かに技術力はピカイチだが、ヒビキはまず感情からぶつけてきている。しかし理解と納得はできない。技術力がなければ、聞き手にメッセージや感情を伝えることは難しいのでは、と。それはあとから付くのであって、スキルを磨くことは間違いではないと友希那は思っている。勿論、ヒビキもそれには否定を示してはいない。
あのギタリストを見に行ってみよう。彼女のステージが終わったあとに楽屋に行けば、その中では喧嘩があったのだろうか、しかし注目の人物は仏頂面でギグケースを下げて出てきた。
「あら、あなたは?」
「湊友希那。さっき、あなたのステージを見たわ。素晴らしい技術ね」
「いえ、まだまだです。コードチェンジにモタつきましたし」
「それは後でまた改善できるでしょう。その正確無比な腕を見込んでお願いしたいの。私と組んでほしい」
「……まだあなたのことを知らないのですけれど」
「次のステージに立つから。そこで私と組むかどうか、見極めてほしい」
そんな事を初めて言われた気がする。よほど自分に自身があるのだろう、そしてやはり技術力を高めておくということはある種正解なのだろうとその女の子は実感した。そう、誌面の奥にいる、六角ヒビキという伝説的なギタリストのように。
◇
――この声、この歌……。
言われた通り、次のステージを氷川紗夜は見ていた。声域が広く、声量ははるかに多く、そして伸びのある声。拍手喝采、羨望の眼差しが多数向けられている。なるほど、このような実力者に誘われたという事を嬉しく思うべきか。紗夜はそう感じ、心に決めた。友希那と組む、と。
その一方、感情は投げかけているのだが、イマイチ悲しみしか伝わらないとヒビキは評を下した。悲しいかな、やはり父親の件もあり、それが何かの足枷になっているのだろう。何か彼女に、音楽を楽しむ気持ちというものを取り戻してもらいたい。昔の無邪気に歌っていた友希那のほうがヒビキは好きだった。そう、リサがベースを弾いて、友希那の父親がギターを奏で、自分はロールピアノで演奏していたときの事だ。
ふーむ、と唸って喫煙所に向かおうとした。その時、友希那に声をかけようとした紗夜がヒビキを見つけると、思わず彼女は彼に声をかける。
「六角ヒビキさん……?」
「あ、さっきのオープニングの子か。確か……紗夜ちゃん?」
「はい!名前を覚えていただけるなんて、光栄です」
「そんな畏まらなくても。で、どう?ユキちゃんと組むの?」
内容をわかっている、ということは友希那と知り合いであるということ。ヒビキの力量を見誤ったのか、彼を誘わないのは少しばかり疑問符が付く。それとも、ギタリストとしてまだその実力を見ていないのだろう。どちらにせよ、ヒビキはこの場にいるバンドの全パートでテクニックはトップにあるだろう。
はい、と紗夜は答えた。そっか、と笑顔を振りまいて、ヒビキは続ける。彼が音楽をやるときにこだわること。バンドの方針にもよるであろうが、だが第一に自分たちが楽しめなければ、バンドは成り立たない。テクニック重視でも良い、まずは自分が楽しめるか。
「馴れ合いとか嫌いそうだよね、君」
「はい?」
「そのままの意味。別に馴れ合えって言ってるわけじゃないけど、やるなら必ず楽しんでほしいなって。曲を演奏する楽しさ、バンドで助け合って演奏する楽しさ……。それをお客さんに伝えること。音楽は競技じゃない。だからこそ、その気持ちを忘れずにやってほしいなって。忘れていいよ、この言葉」
「は、はぁ……」
哲学的、心理的な事を説いたつもり。これが紗夜だけでなく、友希那にも伝わればいいが。その言葉を残して、ヒビキはタバコを吸いに消える。
そういえば、出演者の顔合わせでヒビキを見た覚えがある。サポートというのも聞いていたし、その中でもバンド自体がかなり和気藹々としていた。リハの様子を全く見ていなかったが、全身全霊を持って皆で楽しむという気概があのバンドに表れていた気がする。
自分のステージが終わり、友希那は次のバンドが演奏している中で紗夜に声をかけた。どうだったかしら、と紗夜に聞けば、二つ返事で組もうという声が返ってくる。しかし、と紗夜は少しだけ言葉を濁す。
「自分で良かったのですか?今日は世界クラスの人がいるというのに」
「誰かしら?」
「六角ヒビキ。数年前にゴシップで叩かれまくりながらも、世界中のアーティストが注目するギタリストです」
◇
――異次元だ。
ヒビキの出演が始まった途端に客入りは途端に増えた。狭い箱にギュウギュウ詰めの人だかり、こんな大人数で自分は普通にプレイができるのか。紗夜も友希那もそこは否定した。
紫色の髪をした、ツインテールの女の子がサイリウムを握る。一番前で、おどおどした黒髪の少女を引き連れ、ヒビ兄、と騒ぎ出した。それに負けぬヒビキのギターの音。大音量でありながら、そのサウンドは耳に心地よい。そこに被される他のパートは大した技術でもない。しかしヒビキのプレイは他人を引っ張っている。
足りない所を補い合って、一つの一体感が絶えず存在し続けている。これをグルーヴ感というのだが、それが今までのバンドで一番感じられた。一曲一曲を丁寧に観衆に聴かせる、そしてプレイヤー自体が聴いて楽しめていて、表情や仕草にもそれは出ている。しかし、技術的に余裕があるからできることなのだろう、と友希那は判断した。それは真理であるし、ヒビキだってそれを認めていた。しかし、ある程度のラインまで技術力があれば、というニュアンスで彼は言ったのだろう。
ステージが終わっても拍手喝采。ヒビキはお辞儀を深々と、観客だけでなくバンドの方にもしながらそこを後にした。彼の言っている本質も解らぬまま。
◇
「結局、何が言いたいんですか!?」
「自分がのし上がる為だけなら、バンドなんていらないじゃん。ロゼリアの存在意義、バンドで活動する理由なんてないじゃん。やめちゃえよ」
その本質を噛み砕けないまま、Roseliaが結成されてから数ヶ月ほどが経った。偶然またヒビキがライブで鉢合わせした時、バンドのギクシャクした空気が目に見えて感じている。見せかけの技術なら確かに高いのかもしれない。しかし、バンド――音楽活動をする理由がヒビキには全く見えてこなかった。
友希那の父親が目指した"Future World Fes"、実力だけでは出られないことも友希那は知っていた。自分の父親の無念を晴らすため、との活動だが、今の彼女を見たら失望することであろう。傷を広げ、参ってしまうのだろうな、という光景が目に浮かぶ。
既にそのライブに出たこともあるヒビキだが、父の無念を晴らしたいがために活動することには何ら文句はない。しかし、自分が楽しめぬままやってもお客は誰一人喜ばないし、バンドという形態でやる以上は演奏を皆で楽しまなければ良い物は産まれないのだ。
個人主義を否定するつもりはない。ヒビキだっておひとりさまの時期がかなり長く続いている。バンドを組んだ以上はその意味をしっかり認識してほしい。
「顔に出てるよ。葛藤してるのはわかるけど、それ以前に歌を楽しめてないって」
「そんなことないです!私は――」
「そんなことあるから言ってるの。技術力だけに目が向けられていて、肝心のメッセージは何一つ伝わらない。お客さんを心の底から喜ばせるための演奏、俺は見たことないよ。そんなんじゃ、事務所に呼ばれたとしてもすぐに捨てられちゃうよ?」
「――それでも、Future World Fesに出られるなら」
「お父さんはそれで喜ぶかな?出て、お客さん全員が感動してくれれば話は別だよ。でも、本当に嬉しいのは、ユキちゃんがどんなライブでも真心込めて歌って、楽しんで演奏すること、それでお客さん皆を感情の渦に叩き込むことじゃないのかな」
優しく諭すようなお説教。薄暗い廊下で話していたことは、そこを通りかかったリサにも聞こえていた。久し振りに顔を合わせて、あっちはタバコを吸い出したくらいしか変わってない。だが、昔から思いやりがあって面倒見の良い所が印象的だった。その影響をリサも受けているし、そこが彼女がヒビキに想いを寄せる点でもあった。
友希那は返す言葉もなくなってしまった。どうすればいいのか、という考えだけが頭の中からすっぽ抜けてしまう。余計な事を言ったのかもしれない、しかしいつか誰かが言わなきゃ駄目だとヒビキは思ったから言ったのだろう。
リサがこちらに近付いてくる。戻りが遅いなと思って心配しに来た紗夜も来た。一連の話を聞かされてから、彼女たちは提案した。
「ヒビ兄、友希那と組んであげて。今の状態だと、それが特効薬になるから」
「リサちーの頼みだ、もちろんいいよ。音楽の楽しさ、それを伝える方法、全部教えちゃう」
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「思えば、尖ってましたね」
「そうだねぇ。でも今は更に良い子だし」
クスクスと二人は並んで笑った。ヒビキと一緒にユニットを組んだおかげで、幼い頃の音楽を楽しむ感覚を取り戻せたし、Roseliaだって更に良くなった。ずば抜けた技術力に想いを乗せることが、こんなにも難しいが素晴らしいことだなんて、当時の友希那には考えられなかったのだろう。
彼女の父親のバンドがそうだったのだ。幼いながらもその心をしっかりと感じて聞けていた。改めて聞き直して、ライブでも音源だけでも、想いはしっかりと伝えていた。最高の教材がここにあったのだと実感しては、父のものも、ヒビキのものも何百回も聞き直している。
こうやって笑顔が戻ってきた友希那を、二人を探しに来たリサが見ては嬉しく思って、ヒビキの隣にくっつくように彼女もまた座った。空は暗く、星がたくさん煌めいて泳いでいる。
「綺麗だね……。星もライブに満足してくれたみたい」
「じゃあ、この輝きはご褒美だ」
「そうですね。ふふふ、今のRoseliaも、あんな風に輝けているかしら」
「もちろん!ピカピカだよ。リサちーもユキちゃんも、皆が光り輝いてる。今日のステージだって、GoGのアクトだって、ずっと眩しかったから」
「ヒビ兄に言われると嬉しさ百倍だね!でも」
「ヒビキさんの眩しさは、私達よりも遥かに上でした。まだまだ、精進します」
「そんな、天狗になりそうなこと言わないでよ」
どこまででも謙虚で、ひたむきに自分の世界に向き合う。今の三人の世界観は、きっちりと一致していた。
一筋の流れ星がきらりと輝き、空に疾った。女の子はそれに願う。もっといいものになれますように、この男性ともっと親密になれるように、と。