BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「それで、こんな色にねぇ」

「ブリーチしてから入れたのよ。結構これも綺麗じゃない?」

「似合う似合う、尚更女の子感が出てるし」

 

 CiRClEでピンク色の髪をお披露目したとき、まりなや客からはかなりの好印象をもらっていた。映画の撮影があるから、と一旦シフトの長期離脱も許されたし、そこで宣伝もするということでまりなは即決してくれたのだった。在庫チェックと新人のバイト研修をこなしている最中にハロハピが来て、こころが一番この髪色を気に入ってくれていた。

 

 指先で髪を弄んでは、前髪を少し前に垂らして表情を柔らかくする。そうして前屈みでいわゆる"寄せて上げる"ポーズをしてみた途端に男性諸君が前屈み。その現象を知らないハロハピは首を傾げるが、まりなは大爆笑していた。皆が反応してるのは男だとわかっても、まりな以上に可愛いと言われたので少しだけ彼女は拗ねてしまう。そんなことないよ、とヒビキがフォローを入れて機嫌を取ると、チョコラテで手を打とうと提案するとパシリのように外のカフェテリアで買ってよこした。

 

「ヒビキが映画の主演?素敵じゃない!見る人を笑顔にするのね!」

「うーん、笑顔になるかはわからないけど……女の子向けかな?」

「恋愛モノ?それで……ヒビキさんが女の子?キャスティングが謎……」

「でも、私ずっとヒビキさんが女の子だって思い込んでましたから……。あの音楽祭のときは特に」

「あー、あの裸エプロンの時ね。あのときはごめんなぁ、かのちゃん。目の前で脱いじゃって」

「いえ、眼の保養になりました……し?」

「花音ちゃん、おっさんくさいぞ?」

 

 あの時のヒビキの姿が脳裏に蘇る。胸をパッドで作り、水着を着てエプロンで前を覆う。女の子の特徴を捉えた身体作りは流石コスプレイヤーというべきか。練習のためのリハスタ入りは、前のバンドの後片付け待ちだ。その間に薫がヒビキに昨日の教則本について質問しだすと、まりなはその文才に尚更うっとりとし、私にも頂戴と催促した。理系のくせに文系の私より文章が美しいとはどういうことか、と彼女が賞賛すればヒビキは読書量と数学と現代文で培った論理回路の質の差だといった。そうだ、彼は勉強が得意だった。履歴書の方にもとんでもない経歴が書いてあったことを思い出した。

 

「高校がL高だもんねぇ……。そのままストレートで東大理三だし」

「ヒビキさん、そんなに勉強できるんですか!?」

「まぐれまぐれ。俺なんてその中でも底底の底よ、美咲ちゃん」

「あー、なんか変人の理由がわかる気がしてきた……」

 

 変人なのは自覚している。進振りで理学部選択のところから既に頭がおかしいと言われていたのだ。センター試験の時にハイヒールの網タイツを、二次試験のときに猫耳メイド服を着て受験しては受かってしまう。その時の蘭いわく「京都行ったほうがいいんじゃないの」と。

 

 

 後ほど来たRoseliaもヒビキの髪色について驚いていた。斯々然々(かくかくしかじか)、コトの経緯を話してなるほどと理解を得られ、彼の忠実さに尊敬の念を抱く。彼の髪を触って手櫛ですうっと梳く友希那は、このさらさらな髪をいつまでも触っていたくなる。いつもの黒髪の毛先染めも素敵だが、こちらも悪くはない。リサも髪色を変えるヒビキは尚更個性が出ていて好きだと言ってスタジオに消えていく。

 

 シフトを終えて、最近買った500ccのバイクに跨って街中を走る。ショッピングモールに寄れば雑貨屋にひまりと巴がいて、ほとんど同じ反応をされた。

 

「ピンク!ヒビキさん、どうしたんですか?」

「ひまりんとラブラブしたいからしたの」

「嘘つくなよ、ヒビ兄。映画の主演なんだろ?」

「映画!?主演!?」

「蘭からか。アイツ速えなぁ」

 

 呆れたようにヒビキは言った。腰に手をやり、はぁと溜め息を突く。この格好で三人並ぶとやはりひまりの小ささが一番目立つ。すっぴんで女顔のヒビキが化粧をすれば、本当に女の子に間違われてしまうのはわかっていた。背中まで伸びている彼の髪の毛を、ひまりが選んだ飴玉のゴムで一つ縛りにすれば、可愛らしいポニーテールが出来上がった。そこに偶然やってきたのは沙綾とりみ、二人共ヒビキを見ては誰かと見間違えたが、ヒビ兄だよと巴が言うと納得する。ゆらゆら揺れるポニーテールを後ろで沙綾が見ながら、シュシュも似合うかもと思い、一つ選んでレジに通した。

 

 こんなに髪飾りはいらないよ、と嬉しがりながらもヒビキは言った。いつも付けているマリファナのペンダントも最近はくすんでいる。黒のチノパンにはスタッズが打ち込まれていて、敢えて長すぎる袖のジャケットを来ていたヒビキには、髪色がピンクでなければそのアクセサリーが似合っていたという。ならこれにするか、とヒビキはハートのネックレスをアクセショップで買ってはすぐに首につけた。女の子の声音をしてみれば、格好が男でも騙されてしまうらしい。明るい照明の下では肌の綺麗さが目立ち、髭も生えない体質であるから尚更それっぽく見える。

 

 ブーツの足音を静かにしながら5人で話し歩けば、意外にもナンパの手に絡められる。5人の中で特に人気があったのはヒビキで、ひまりは少し羨んでりみはくすくす笑いだした。

 

「ん?どうかした?」

「うーん。ホモなのかな、俺男なんだけど」

「ヴェエ!?」

「ねーひまりーん。りみりーん」

 

 りみとひまりに近寄っては屈んで肩を組んだ。ぬふふ、と勝ち誇ったようにひまりはヒビキの手を取り、りみはニコニコを絶やさずに相手にごめんなさいという。男は何かに恐怖をなしたのかその場から足早に退散し、その尻尾を巻いた姿を見て巴と沙綾が爽快と言わんばかりに笑った。次からは同性愛者なんですといえば逃げられるのでは?とひまりが思いつくが、無自覚に男を誘う格好の彼女が言うとどうなのだろう。ヒビキはその言葉の威力に疑問符を抱いた。

 

 そして買ったのは、防犯ブザー。黄色の帽子と首から下げるそれを付けてやる。沙綾がそれを見た途端に家族の一員を二名ほど思い出した。そして、巴がぐさりと言葉を投げ掛ける。

 

「ランドセルは要らないのか?」

「ヒビキさん!絶対分かっててやったでしょ!」

「うん。いいよーひまりん、似合ってるよぉ」

「ランドセルとか、懐かしいなぁ。沙綾ちゃんは純くんと沙南ちゃんで見慣れてるんだよね?」

「うん。いつも元気に学校行ってるよ。"ヒビキのお兄ちゃんに会いたい"って時々言いながら」

「ヒビキさん、小学生からも人気なんだ〜。やっぱり面倒見たりするんです?」

「まあね、子供のお世話は馴れてるから。赤ちゃんのおむつ替えから老人の入浴介助までお手の物」

「ヒビ兄はホント、何を目指してるのかわからんよなぁ」

 

 ひまりの髪をよしよしと撫でながら話すヒビキ。ひまり自身は嬉しくもあるが、子供扱いされてなんだか不満げであった。隣に立って、ひまりと同じくそこで二つ結びにすると尚更姉妹に見える。帽子は取ってやり、手を繋いでやると、妹の面倒を見る姉だ。巴とあこよりも元気そうな姉妹もどきは、ひまりの方から指を絡めてくる。それにヒビキは悪乗りして軽く握った後に腕を組んでやった。そこで他の娘たちがふふふと笑い出す。もう一人くっついてもいいんだぜ、とヒビキが言うと、沙綾が進んでくっついてきた。

 

「お姉ちゃん、私アイス食べたいな~?」

「いいわよ、ひまり?あなたは何が欲しいかしら?」

「う~ん、お姉ちゃんのココロ!」

「おだまりひまり!それは自分で掴み取るものよ!」

「やっぱそうだよね……。たい焼き!」

「アタシはあんみつでいいよ、お姉ちゃん」

「チョココロネ~♡」

 

 

 翌日、収録初日となる日にヒビキは現地へと向かっている最中に色々と感づいた。――この道、この風景、この建物……。全てが見覚えがあるどころではない、大体三年間ずっと通ってきた道だ。目的地に着けば、そこはヒビキの出身高校。スタッフはすでにそこにいて、話を事前に聞いていた校長や担任などがヒビキと会えば軽く会話になる。セーラー服を貸し出されて、すぐ後に来た千聖には男子の制服が与えられる。ヒビキが高3の時に制服を変えていたのは覚えている。それまでは学ランだったのに、今はブレザーとなっている。女子制服は相変わらずであった。

 

 体育館に併設された更衣室に千聖を連れて行き、着替え終って互いを見比べるとやはりなにかちぐはぐしている。しかしながらヒビキのプロポーションは完璧だ。胸には詰め物をしているが、全く男性ということを感じさせない。美脚の8頭身、小顔で化粧もばっちり。逆に千聖は女の子として少しだけ悔しくなった。

 

 台本を見ながらスタッフのいる所に戻る。周りを全く見ずに台本だけを見ていてもついてしまうあたりは流石卒業生というべきか。階段の段数までもきっちり把握していて、気持ち悪ささえ感じてしまう。ヒビキの頭の中にはまだざっくりとしかストーリーを認識していないのに大丈夫なのだろうかということしかなかった。

 

「それじゃ、初日。よろしくお願いします!」

「よろしくです~」

 

 ぺこりと頭を下げるヒビキ。顔を上げれば、見学に来たのであろうか、パスパレのメンバーがいた。特に彩は真剣な面構えであった。まるで自分が演技をするかのような。ふわり、柔らかい風が吹くと同時にカメラが回る。

 

 ヒビキの役柄は、足の不自由な女の子。歌が得意であるが、その持病のせいであまり出張ることはない。彼の本性とは全くの正反対だ。車椅子を使っての撮影になるのであるが、それの扱いは最初から完璧であった。きゅらきゅらとゆっくりタイヤを漕いで、それを見た千聖が駆け寄って手を貸すというものである。

 

「大丈夫?ここ、坂だから大変だろ?」

「ええ、まぁ……」

「手伝うよ。後ろから押せばいいかい?」

「えっ?そんな……悪いですよ」

「悪くないって。君、いつもここを一人で上がってきてるんだから。今日くらい、俺に頼りなよ」

 

 か弱い声音を作れるのはヒビキの声帯コントロールのおかげだからか。それには監督も恐れ入って、しかも滑舌や抑揚も完璧であった。カット、と声が入れば、ヒビキは身体を傾けて重心を操り、片輪ターンを決めた。

 

 二人へのお褒めの言葉。そしてそのターンへの賞賛の拍手。窓から見ていた吹奏楽部の子たちがぱちぱちと拍手を送る。ほぼ女の子であり、ヒビキは手を振って応えてやる。この調子をキープしながら、その日の収録を完璧に終えてみせるのだった。

 


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