BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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 とても繊細なギターが鳴り出す。シルクのようなキメの細かさの音がヒビキのキャビから飛び出して、それを土台から支える紗夜のハイゲインな音とリサのどっしりとしたベース。骨まで作るのはドラムだ。ヒビキの叩くものよりもヘヴィでおどろおどろしいサウンドが会場をビビらせる。バスドラに設けたキックポートから空気が飛び出まくり、とんでもないアタック音がマイクを通じでスピーカーを貫いた。

 

 本物の迫力に負けじと、三人の少女はひたすらついていく。テンポはどんなに暴れてもずっと精緻にキープされ、聞き取りやすいのでとても演奏しやすいのは意外であった。偉大さに押し潰されそうかとも思いきやそんな事はなく、本来の音を楽しむ行為をやってのけそうなのにリサと紗夜はニコリとしてしまう。有咲は楽しそうなドラマーとヒビキを見て自分も幸せな気持ちになれていた。ヒビキが頭を振り、カラフルな毛先を波打たせながら音符の雨を撒き散らす。この前のクライブでの紗夜のギターソロは素晴らしかった。だが、こちらはもっとクラシカルでメロディアスな構成になっている。最早手グセとなっているスキッピングのAホールトーン、そこから展開してCディミニッシュをスウィープで、そしてGオルタードを構成音を3つずつ変形させてオルタネイトピッキングを完璧に決めた。隣で見ている紗夜の眼が、そしてモカとたえの眼が丸くなり鱗が落ちた。リサはイキイキとした彼のプレイを見て嬉しくなり、なお一層気張りだす。このあとは確かタッピングフレーズだった。なら、と極太のネックを彼女の小さな手でしっかりと握る。その決めフレーズは有咲も知っていた。待っていましたと言うような顔をして、彼を受け入れる。

 

 指板を余すところなく使うワイドなタッピング。紗夜の修練の成果が遺憾なく発揮されるそれは、手の平で軽くミュートしながらの8連符。ここでもヒビキは指板に眼を落とさない。は?と観客は予想もできない光景に口を半開きにした。言葉にできず、笑うしかない変態技術にユニゾンしていく他の楽器隊。細かなニュアンスの一つ一つすら共鳴させ、心でモニタリングしているかのような一体感を表す。それがアルフィーネまで続くのだから、頭のおかしさが余計に強調された。

 

「Gear of Genesis発"店長頑張れバンド"!」

「そのまんまやなビッキー。まあええわ」

「つーわけで、ベースのリサちーとギターの紗夜ちん、そんでキーボード有咲ちゃんとドラムMさんで今夜はパーリナイッ」

 

 MCは相変わらずうまい。面白さとキャッチーが売りだったと思い出す紗夜。紗夜ちん、と呼ばれる事には最初から抵抗はなく、あこがれのギタリストからこんなに親しく絡んでくれること自体がうれしかった。そこにリサがヒビキに絡みに行った。

 

「いやーきっついきっつい。ヒビ兄、容赦なく責め立ててくるんだもん」

「確かにしんどいケド、キモチいいですよ。ヘヴン感じそうになった」

「有咲ちゃんも!アタシもそう!激しすぎてほぼトンでた!」

「今井さんも市ヶ谷さんも、かなりはしたないですね……」

 

 女子が積極的にセクハラするバンドとして認識されてしまう。観衆の男はヒビキを羨ましくも思うが、しかしヒビキにときめきを感じる男しかおらず、新たな扉を開きかけている。その視線の性質を紗夜は感じ取っていて、ええ……と漏らしてしまった。それはマイクを通して流れてしまい、遅れて見に来た蘭と巴、つぐみがそのほんわかした雰囲気に思わず大爆笑してしまう。

 

 次何やろっか。セットリストは全く決めていないのであるが、ここで紗夜が笑いを取るつもりでおとぼけフレーズを弾き出す。ピックを薬指と小指の中に握り込むようにすれば、ギター側のボリュームを絞り、クリーントーンで早めのテンポのリパブリック讃歌を爪弾きだした。

 

「まぁるい緑の山手線♪」

「真ん中通るは中央線♪」

「ヨド○シ関係ねーだろ!」

「ダメですか……。じゃあこれは?」

「ろーっこうおーろーしにー」

 

 ドラマーまでボケだす始末、笑いの渦は拡大していく。有咲のツッコミはキーボードに負けずに上手くなって、しゃあねえなといえば彼女がストリングスサウンドに変えて特徴的なフレーズを弾き出す。それを聞いた途端、リサと紗夜は身構えた。ヒビキはニヤリとし、ドラムは有咲を大したお嬢ちゃんだと内心褒めた。

 

 全音符でなるコード。意識を研ぎ澄ませ。そう楽器隊は自分に言い聞かせる。蘭の眼つきが鋭くなり、香澄達が息を呑む。静寂が場を支配すれば、すっと背筋を伸ばし立つヒビキの、真上に向けた右手の人差し指と中指が勢い良く降ろされた。その瞬間に、マイクをオフにして、エッジボイスを轟かせる。

 

「Destiny,is calling you!!」

 

 ド迫力のギターとベース。シンフォニックに鳴り響く有咲のキーボード、そして爆音のドラム。それに負けない、生のヒビキの声量。会場のボルテージが、SPACE時代ですら見たことない程に一気に舞い上がった。

 

 ――恐ろしい……!

 

 蘭は改めて、幼馴染のずば抜けたポテンシャルを認識した。Afterglowは素晴らしいバンド、そうヒビキには評価をもらっている。しかし、まだまだ彼の背中には追いつけないでいる。自分がやっと辿り着いた階段は、すでにヒビキが飛び越えているのだ。激唱するボーカル、そして紗夜に負けないギター。その2つは売りにできる。しかし、最も蘭が注目したのはリサのベースであった。普段はピック弾きに徹しているのに、今は指弾き、しかも小指を使った4フィンガー。ひまりとりみはそれに気付いて、今時のギャルは超絶技巧を身に着けているものなのかと錯覚する。フレットレスベースを弾きこなすりみの音のセンスはヒビキでさえ舌を巻いていたが、とても初心者並みとは思えないこの技術力、しかしこの演奏は冷たくはない、むしろハートが伝わってアツい。

 

 初心者といえば、有咲もそうだ。ヒビキのレッスンを受けてから、Poppin'Partyの屋台骨として十分活躍している彼女は、こんなハイテクをモノにしていたとは。身体を揺らし、キーボードを揺らすその勇姿は、こころにさえも好評であった。楽しいことを、そして笑顔を。この曲――Destinyには人を笑顔にするテーマはないのかもしれない。しかし、みんな笑っている。それは、心から人を楽しませれば笑顔にできるという裏付けではなかろうか。感情が薄いと思っていた美咲でさえもニコニコと、そしてあの引っ込み思案な花音も千聖と一緒に拳を突き上げて身を揺らしている。

 

「Gone in the Steeeeeeel!!」

「オオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 一番の見せ場のギターソロ。ツインリードながら、ミステリアスなフレーズを一音一音ミスらず弾く有咲、そして無理のない弾き方でエキスパートらしく弾く紗夜とは対象的に、全音フルピッキングが心情であるヒビキはそれを徹頭徹尾に努めた。しかし、ここからきついのは全員。ハイテンポでかなりの数の音を全てユニゾンするのだ。果たして……という心配を持つ蘭だが、どうせこれが杞憂に終わることはうっすらと気づいていた。

 

 ギターだけでない、リサでさえも高速タッピングをノイズなく行う。テレフォンタッピングと呼ばれるそれは、指の分離がうまくなければ必ず失敗する。しかし、技術力が売りのRoseliaメンバーにはそんなことは基礎中の基礎だったようだ。有咲がグラグラとキーボードスタンドを揺らしながら、ドラムのフルスロットルに身体を震わせ、ニコニコとステージ際三人のバカテクを見守る。

 

「Those Starrrrrrrrrr!!」

 

 あっという間の7分ちょっと。シャウトが心を揺さぶる。モカと沙綾は少しずるいと想いながらも、そのアウトロに心を委ねた。フィニッシュラインがとてつもなく心地よい。クリアな歪は終始保たれ、もたることなくこのバンドがフィニッシュした。速弾きが前面に出てしまったものの、この力強さのほうが目立ってしまうので、全く問題ない。

 

 やりきった感の顔。観客も胸が震えてとまらない。興奮のあまり涙を流しだす者も現れた。それを見て、ヒビキはやり甲斐を感じる。リサ、紗夜、有咲にははじめての経験で、自分たちが奏でたモノが人を感動させられる力になっていると、そう自信をつけられた。


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