BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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 昼食は巴がラーメンがいいと言ったので、皆で近くのラーメン屋に乗り込んだ。夏休みの平日昼、人はヒビキ達以外はおらず、カウンターに一列に並んでも全く文句を言われない解放感、その中で巴は人一倍ワクワクしていた。豚骨醤油を真っ先にチョイスする彼女、自腹を切って頼むつもりで、他の女の子はヒビキ曰くバイト代として彼が払った。この前のスネアをタダで貰ったこともあるし、あまりわがままを言う性格ではないのもあるのだろう。丼に入った美しい琥珀色のそれを目の当たりにした巴からストッパーが吹き飛んでいて、割り箸を突っ込んで麺を勢い良くすすった。

 

「トモちん、幸せそう」

「大好物だからね。でも、こんな暑いのにラーメンかぁ」

「冷やし中華食べてるじゃん、蘭」

 

 ひまりのツッコミは蘭に諸にきた。つぐみは勿論フォローをするが、暑い日こそラーメン、とヒビキと巴は声を揃えて言うのだ。さっぱりとした冷塩ラーメンを頼むのはその二人、モカはヒビキに賛同したのかごつもりの野菜マシマシ醤油を頼んでいた。その量に恐れ慄くたえとりみには、蘭と同じく冷やし中華。そしてヒビキは味玉牛骨味噌。学割が効くこの店、8人で食べても3000円ほどで済むリーズナブル価格。なるほど、それで連れてきたわけか。その値段以上の味に舌鼓は打ち止まず、食指がどんどん進んでいく。胃袋と幸せが満ちた所で、会計を任せてライブハウスに戻り、少し休んだ所で掃除に取り掛かった。

 

 汚れても良い服装で来て、と言われたので、事務所の更衣室で用意されていたTシャツとジャージのズボンに着替える。そして分担を決め、楽屋には蘭とつぐみが、ロビーはモカとひまり、ステージをたえと巴とりみで取り掛かる。蘭がヒビキから教わった掃除の極意、まずは天井から。柄の長い箒とコロコロでそこを万遍なく清掃していく。ステージから観客席の方までの高いところは巴に任せてしまい、壁はたえとりみで雑巾がけをする。余程掃除が行き届いていたのであろうか、あまり布地が汚れない。しかし、スポットライトなど電装系を拭いてみればホコリがたくさん落ちてきた。これは箒よりも掃除機だな、と巴は漏らした。

 

 ヒビキが戻ってきて、ロビーの方はほとんど終わっていた、というか掃除のするところが元からほとんどないという状況で、ドリンクサーバーもヒビキが朝から手入れをしていたから、床のワックスがけでもするか、という話になったらしい。壁は綺麗に拭かれているし、壁紙の破れている箇所には後で何かを貼ったりして隠しておけば良い。機材の置かれた倉庫の奥からワックスとバケツを取ってきて、モップを濯いで使い回す。その後は二人に任せた。

 

 次に見て回るはハコの方だ。こちらはまだまだ終わらなさそうで、脚立を使ってライトを雑巾で拭くヒビキ、そしてその他三人は備品の掃除に取り掛かる。ついでだ、と電球をLEDに変えてみれば、輝度が全く違う。眩し過ぎるほどの光源、カラフルな演出も出来る、とそれもやってみせる。

 

「ヒビ兄、あとは?」

「床をポリッシャーかけちゃって。その後モップとワックスがけ」

「わかりました!終わったら?」

「どうすっかね」

 

 そのまま帰ってもらっても問題はない。続いて楽屋から袖道までの様子を見ると、ある程度は片付いているし、綺麗でもある。ソファを退かして掃除機でホコリを取る蘭と、鏡をピカピカに仕上げるつぐみ。やることはないか、と言ってみたがアンタも箒で掃きなよと言われ、さささっとゴミを纏めてみせる。その手際の良さは流石一人暮らしというもの以上、家政婦並みの仕事のクオリティを見せつけ、つぐみの女子力よりも遥かに高い。料理も掃除もなんでもできる彼、きっと結婚相手には困るまい。

 

 後はここもポリッシャーでワックスをかけるくらいだ。ソファを店の裏に持ち出し、パパっとゴミ取りをして、その後艶出しクロスで拭った。そして、もうぼろぼろなこれは事務所の備品にしてしまおう。ロビーを終わらせたひまりとモカに手伝ってもらい、事務所に搬入している途中、ライブハウスの前にトラックがまた止まった。

 

「ヒビキー!お疲れ様!」

「こころちゃん。ありがとねー」

 

 そのトラックの後ろからは黒服の人を二人引き連れたこころがやってきた。トラックからは弦巻家で使っていたソファが持ち出される。見た目は全く新品同様であるものの、もう何年も前に使わなくなったらしく、それを無償で譲り受けたのだ。運送会社も持っているのか、トラックのコンテナにも弦巻の文字がペイントされている。1分も経たない内にそれを運び入れてもらい、その間にピカピカのハコにこころが足を踏み入れ、くるくると回ってみせた。

 

「いいわね、ここ!」

「でしょ?それで、他のメンバーは?」

「こころちゃーん!」

「ね、来てるでしょ?」

 

 ここにいるだけでもかなりの人数だ。ワックスも乾いているし、どんどん入ってきてもらって構わない。薫の意味不明ないつもの格言も聞いては、ヒビキがそのインテリぶりを見せつけてやる。

 

「美徳っちゅう漢字を分解してみ?美しいものは人の心を掴む。それは、外見だけでなく中身も美しいってこと。でも、ソトミをしっかりできねえやつは大抵中身も汚えんだよ」

「ほう?」

「アリストテレスもサンデルも目的論を重視した。それに加えてサンデルは現代に通ずる共同体論を加えている。ここの共同体、つまりコミュニティってなんだ?音楽でハートを揺るがす奴らの集まりや。音は、ココに響かせる」

 

 ヒビキは、自分の胸を親指で突いた。20年弱しか生きていない小童に説かれる小娘、そのソウルは誰しもが納得できるものだ。ハロハピなら、世界中を笑顔にするために活動しているのだ。その音をハートに響かせるソウル、そのソウルを幸せに、そして笑顔にさせる。目的意識がはっきりしているのなら、そこにひた走ればいい。そうだろ?とヒビキが言わずとも、それに感動している薫はどこまでいっても演者なのだろう。

 

 

 この一日を全て使って支度を終えた。皆顔は幸せに満ち溢れ、疲れが見える子もいるが、こころの差し入れのアイスがそれを吹き飛ばし、更には沙綾まで応援に来てくれたので夕方前にはほぼ片付いていた。

 

 皆にTシャツを配って、Gear of Genesisの仲間だという意識を植え付ける。デザインは皆気に入ってくれていて、それを着て帰る子も多い。後半、ほとんどヒビキがレッスンを受け持っていたので仕事というよりかは練習の意味合いが強かった。花音にはこの前の約束通り、リラックス重視のスティック捌きを丁寧に教えていて、沙綾も巴もやはりヒビキのレクチャーを聞き入っていた。まずは手首を柔らかく、と彼自身が手首を曲げれば、親指がべたりと腕に着いてしまっていて、ここまで行かなくてもこういうストレッチが効果的といえども花音は目を丸くしていた。これでスナップを効かせている理由がわかった。

 

「後はねぇ、スティックもこだわる方がいいよ。明るい音で軽めにするならメイプルかな。ハロハピはマーチングっぽいから、多分ピッタリ」

「あ、これです?……確かに、これしっくりきます」

「でっしゃろ?それあげるよ」

 

 タンタンと深胴スネアを鳴らしきらずに、しかし明瞭な音を叩き出す。おお、とパチパチ拍手を送られ、恥ずかしがる花音をヒビキはクスリと笑った。

 

 そして、ベーシストから更なるレッスンを求められる。レンタルベースはあるものの、やるなら自宅でホワイトボードを使ってやったほうがいいとのことで、ならとおなじみのヒビキ城に、おまけでひっついてきたモカを含めて乗り込んでいった。

 

「うわぁ、ヒビキさんチひっろーい!」

「せや、モカ。ギターを」

「あ、そうだそうだ。ピックアップ交換。よろしくお願いしまーす」

 

 レッスンする前の一仕事。ダイナバイトをモカのスナッパーのリアに取り付ければ、後はサウンドチェックだ。それからのヒビキ音楽教室である。今日はベースのレッスン、15本ほどあるベースから各人好きなものを握りしめた。りみはこの前のCarvinを、ひまりはATELIER ZにはぐみがSugiと、作りが丁寧なものを選ぶ傾向にあるのは誰の影響なのだろうか。

 

 ホワイトボードを立てて、その中にモカも入れて、何が解らずどうしたいのか、どういうものを目指しているのか聞いてみる。すると、はぐみ以外からヒビキを目指しているという声が聞こえ、はぐみと当人は目を丸くした。

 

「そんなにヒビキさんはすごいの?」

「凄いなんてもんじゃない、プロの中でもトップクラスの腕前だよ!」

「私は、お姉ちゃんからヒビキさんのことは聞いていたんだけど、実際に見た時は身体が湧き上がっちゃって……」

「俺か。うーん……、俺かぁ……」

「リサさんもヒビキさんが目標だって言ってましたよ〜。モカちゃんも言わずもがな」

「俺が一番自分をよくわかってないからなぁ……」

 

 スタジオだけではない、ステージ上でのアクションと演奏技術は群を抜いて上手い。この前ヒビキがりみに代わって弾いたときめきエクスペリエンスは彼女の弾くそれよりもポップで、音作りもキャッチーなものであった。反対に、ひまりがヒビキの高校で聞いた彼のベースはバキバキの音作りでチョッパーのアタック音も指でのアタック音も全てキレキレのもので、タイム感という言葉を使うならばそれが耳に心地よいことを覚えている。知らないのははぐみだけだ、それは仕方ない。彼女から試しに弾いてと言われれば、この前データを貰ったハロハピの曲を弾いてみせた。

 

 流暢に聞こえる、太くて甘いベース音。マーチング調のこの曲をヒビキはとても気に入っていた。ウォーキングするようなノリで、しかしテンポは絶対に崩さない。心を弾ませるようなベースははぐみも弾いていたが、こちらのほうがより元気が出る気がする。その要因は何なのか、肉体派であるにも関わらずはぐみは探って見出した。

 

 ――プルピッキング?

 

 軽く指を引っ掛けてピッキングした弦を、その反動を利用してフレットに打ち立てている。これはチョッパーではあるが、そのチョッパーよりも金属音は少ない。それに加え、ギターのギャロッピングという技術を活かしているのだろう、ベースラインを親指で、そして他の指でコードノートを軽く引っ張ってはフレットに叩きつけていく。この芸当は恐らくはぐみにもできる。しかし、音の数と粒立ちはダンチだ。

 

 更にBメロに転調する時、タッピングを駆使しだす。リード楽器と化したベース、マーチングさはリズムに合わせたタッピングによって尚更増す。Tシャツの袖から見える、白くて長い腕には全く力が入っておらず、視覚的にも優雅に見える。コードアルペジオをタッピングで鳴らすというのは、ヒビキにとっては基本的な技術であった。

 

「すごいすごい!はぐみもヒビキさん目指す!」

「ええ……」

 

 その凄さははぐみにも伝わったようだ。華麗な奏法を勉強したい。その一つにひたむきになる、そのためにヒビキに弟子入りを決めた。思考時間は長くなかった。


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