BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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「出ます!やりたいです!」
ヒビキは帰り際に出会ったポピパをファーストフード店に連れ込んだ。アポを取った結果、二つ返事で承諾してくれた。やはりな、そう言ってニヤリと笑うヒビキを沙綾は見逃さなかった。上手い具合に香澄を飼い慣らしているように見える。
たえと香澄以外は勿論テンパる。この実力でステージに立つのはどういうことか、まだわかっていない。練習不足、それ故のグルーヴ感の不足。2つが枷になっている。そのためには、まずは詩船に認められてからになる。あの肥えた眼は確かで、ヒビキもそれは信用していた。
Damnation of Phyrosophyーーヒビキがサポートでリードギターとして参加している、メタルバンドプロジェクト。こちらは皆、テクニックも情熱もプロ顔負け、というかプロなのだが、ヒビキは俺達が手本を見せたらいいのでは、と思った。それを言う前にたえがスマホを皆に向ける。
「この人達を参考にすると、上手く行くんじゃないかな?」
「なに?だむねいしょんおぶさいろそしー……?」
「フィロソフィ、ね。哲学って意味だよ、香澄ちゃん」
りみが即座にフォローに入る。YouTubeで違法アップロードされたものーーとはいってもヒビキたちは気にしていないどころか逆に宣伝になるので有難く思っているのだが、それを再生しだした途端、ツーバスの鋭いアタック音がスピーカーから張り出した。
すぐさまメロディアスなイントロ、ギターにパンが振られた瞬間、それがヒビキだとわかると、たえ以外が顔をこちらに向けた。明後日の方向を向きながら、高速のリフを動き回りつつ弾きまくっている。それでもリズムは崩れることなく、他のパートと調和している。
ボーカルパートはボーカルが少し出過ぎるくらいがいい。声量も十分にあるこのボーカルと楽器隊のとバランスがとてつもなく自然で、そこには生きたグルーヴがあった。アイコンタクトすら送らず、互いの手の内が全て分かっているかのような演奏。ニコニコとギターとボーカルが笑いながらユニゾンする。
「ジャンルは違うけれど、バンドが習得するべきものって、こういうところだよね。リズムもバランスも、これはいいお手本になるし」
「褒めるな褒めるな。天狗になるぞ」
「いや、これは天狗になってもいいと思いますけど」
有咲が目を丸くしていた。ちゃらけているように見せて、顔は笑いながらも真剣そのもの。情熱的なソロに入るとき、こぶしがかったベンドビブラートと超絶シュレッドが交錯する。ヘヴィメタルはただやかましいものかと思ったが、メロディ、ハーモニーが生きて、歌が人々の琴線に触れる。歌詞も歌メロも素晴らしい。
理論的には、変拍子やポリリズム、やたらと転調も使っているのだが、そういう高度な技術をとってしてもこのグルーヴは揺るがない。後半の方になるとブレイクダウンが連発されていくが、それすら心地よい。
しかし、一番気になったことがあった。香澄はそれを聞かずにはいられなかった。
「なんでこれ、裸にネクタイしてるんですか?」
上が半裸、細身であるが男らしい身体。そこにネクタイが下げられていた。イヤモニは後ろから繋がっていて、ピンマイクがネクタイにつけてある。
本来ならネクタイなしでやる予定だったのだろう。180後半の長身な彼は、その身体付きもあって、ステージ上を半裸で立たされることが多い。ユニコーンの描かれたレスポールカスタムをぶん回す映像と、その格好のギャップから、ポピパのメンツは笑うしかない。
自動再生で別の動画へと移った。これはヒビキがちゃんと服を来ている。刺繍の入ったベルボトムのパンツにタンクトップという姿。手にはT's Guitarのフルオーダーギター。
こちらも演奏はしっかりしている。ポップでキャッチーな曲でも、バンドとしてのまとまりは失われず、聞きやすい。ミドルテンポでクリーンなトーンのコードカッティングは歯切れがよく、タップしてあるフロントのディマジオがニュアンスを強調しアウトプットしてくれていた。
こういうものがポピパがやる曲に近いだろう。さっきのはどちらかといえばロゼリア向きか。いや、彼女達もやらないだろう。変拍子が面倒臭すぎて投げてしまうに違いない。
「香澄ちゃんのギターは聞いたことがないからわかんないけど、あのランダムスターはいいもんだよ。シャッキリクリアが出て、中高域が綺麗に出るからさ。カッティングとかフロントでやると映えるんじゃない?」
「かってぃんぐ?」
「これ」
コードを軽くピッキングし、ミュートしながらパーカッシブな音を出す。それがカッティングだ。鋭くキレのいいフレーズがスピーカーから飛び出てくる。コーラスを浅く掛けて更に爽やかな音色を演出しており、流れ星のようだと香澄が表現した。
この独特なセンスは褒めてやりたい。アーティスト気質なのであろうか、それともただの天然か。しかし8分の五拍子というトリッキーな変拍子で、3連符をミスなく正確にカッティングしていくこの能力、これは身につけるには修練が必要であろうことは香澄でさえもわかった。
「練習あるのみさね〜。個人練習も大事だけど、バンド練習ももちろんやりこまなきゃやな」
シェイクをずるずると飲み、当たり前のことを言うヒビキ。サポートなら誰でもいくらでもしてやる、と付け加えると、眼を光らせたのはたえだった。そのバカテクを教えてもらえるときが来た、と確信したのだろう。
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自宅に帰って昨日の続きをしだすヒビキに、一本の電話が掛かってきた。仕事の話だ。
「はいはい」
次の仕事ーーそれは、アイドルバンドの技術指導。月に何回かやっていて、一回やる度にそれなりに良い額のギャラをもらっている。ギターに関してはプレイヤーが天才的な能力を持つため教えるのが楽だが、他は一つ一つ教えないといけない。まあ、そのギタリストがRoseliaの紗夜の妹だから、というのもあるのだろう。
ささっと話を纏めてから作曲を再開する。革張りの椅子の背もたれに寄りかかることなく、明るい部屋の中で背筋をぴしっと伸ばした。モニタースピーカーから打ち出されるドラムとベースが微妙にずれているのだが、ポリリズムで表現しているから周期的に合ってくる。
コード進行は転調のないシンプルなもので、今日はレスポールカスタムでバッキングを録音する。ギブソンのこれは74年製だ。絨毯に置かれたギタースタンドから、日焼けした白色のそれを握りプラグインする。2ハムのパワフルで分厚い音はバッキングに最適だ。ヴィンテージのマーシャル1959をシミュレートしたモデリングアンプで弾けば、いかにもな音が出る。ザクザクと刻むリフが心地よく、この音だけでも金を取りたいとヒビキは思った。
「次はキーボードかー。音は何にするかね」
Midiのキーボードは常に繋げてある。ピアノの音色を使うことが多いが、今回は歪ませたハモンドオルガンにしてみよう。
凶悪なその音は70年代のブリティッシュハードロックを連想させる。中年ならばこの音が好きだろう、とヒビキは睨んだ。その他にも様々な音色を試してみる。
ストリングスを混ぜたシンフォニックなトーンに、イコライザーを使って周波数帯を調整する。それにのめり込んでいるうちにやがて夜は更けきり、住宅街の光すら窓から入らなくなっていた。気にせずやるおかげで椅子で寝ることにも慣れ、昨日とは違いPCをしっかりシャットダウンしてから、楽器まみれの部屋の中で寝息のソロを奏でているようになっていた。