BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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意外や意外、着いたところは都内ではなく、千葉県であった。小さな駅にやたらと人が傾れ込む改札、高架式の駅の東口にはストリートミュージシャンがやたらといて、上手い下手がやけにわかる。家電量販店の脇のエスカレーターを降り、スクランブル交差点を抜け、少し歩いた先には大分歳のいった老人が大きめな店を構えていた。ようじいちゃん、とヒビキが声を掛ければ、ようとあちらから返してくる。学生やバンドマンがそこそこ立ち寄っては、店員に聞いて試し打ちなどを行っていた。
「お、ヒビキか。後ろの女の子達は?ははん、スネア探しに来たか」
「え、なんでわかるんですか?」
「わかるんだよ、俺にゃあな。店開いて63年やってりゃ、顔見れば何がほしいか、何を求めてるかわかる。そこのねーちゃんはスネアの太さだな」
ドンピシャリのアドバイス。ちょっと待ってな、と椅子からすっくと立ち上がった。とても老人には思えない背筋の伸びと身長。ヒビキに瓜二つで、髭モジャで渋い顔をしている。生え際も後退していない白いオールバックが高いところに置いてあるスネアを1つ、そしてバチとグローブ、チューニングキーを机の上に置き、ヒビキは勝手に店の奥からスタンドを持ち出してきた。
「あの、もしかして」
「ああ、俺はヒビキのジジイだよ。元々ドラマーでね、ジャズ叩いてたんだぜ?」
素早いチューニングをしてみせる。グローブはめてみな、とヒビキの祖父に云われ、巴はそれを着けてから年季の入ってそうなオークのスティックでスネアを叩いた。
ゴンッ、という音。スナッピーを張っていないが、この状態で少しだけ音の輪郭がはっきりしている。スナッピーをセッティングすれば、バンッと太く元気のいい音が出た。な?と得意げな顔をするヒビキの祖父。そこのちっちゃいのも叩いてみな、ともう一つグローブを出して叩かせれば、あこもその音が如何に格好いいかわかる気がした。
「LudwigのLB417。俺が昔使ってたやつなんだが、貰い手もいねえし、うるさすぎるくらいなんだよな。ロックやるならオススメだぜ?」
「417……!ブラックビューティーのヴィンテージもん!?」
「ヒビキがもう何年も前に使ってたやつだ。他の子にも叩かせたが、やっぱ実力不足なんだろうな。鳴らしきれねェから本来の音が出せねぇ。かといって、腕に自身のあるドラマーでも好みはLM402とかそっちのほうに行っちまう。可哀想なこいつを貰ってくれや、金いらねェから」
あこと巴が顔を見合わせた。タダでと言ったか?しかも、ヒビキのお下がりが?こんなレア物を貰っていいのか、と思った。恐らく鳴りまくるのはヴィンテージだから、その分素材がいい感じに変化していったのだろう。グローブは一つ3千円な、と言われ、それは流石に出した。そして、とあこにもスネアを選び出す。ジジイのその動きはジジイではない。素早く、そして的確に品物を取っては、スタンドとそれにあこに似合うスティックを選んでやった。どうせこっちには金はない、しかし叩かせて経験を積ませるのも一つ。こちらの方はPearlの14×6.5インチ、色はラメ入りブラック。廃盤になったモデルだそうで、ヒビキは4プライのバーチだな?と材質と構造を言えば大当たりと爺さんは言った。そして、スティックも黒。あこの手に合うように直径は12.4ミリと細め。そして、中にカーボンを入れたモノらしく、値段は3000円強となかなか高めだ。
このスネアの音質は巴のよりもほんのわずかに暗く硬い。ロゼリアは全体的に音が重いので、個人的には好みであるがもう少しダークな音が出ないか、とあこは尋ねる。その歳でわかるのは見込みがあるぞ、と爺さんが褒めれば、小耳に挟んだ店員がdwの14インチを持ってきた。dw自体、音のキャラクターは全体的に暗めで、メタル向きな印象を持つ。ヒビキのマイスネアもdwであり、これと同じ材質のバーチのものを持ってきたのだろう。うん、とあこが頷く間、ヒビキは先程のスネアのチューニングを緩めにしてみる。これと比べてみ、と言えば、確かに暗めの音は出るが、抜け切らない明るさもやはり出る。これがいいかな、というあこに対して、値段を提示する。ボロボロの床からスネアスタンドを離せば、ヒビキはまたもや勝手にお茶を汲んで飲み出した。
「3万2千円……」
「ヒビキ、財布出せ」
「俺が払うんか!?」
「たりめえだろ、お前今日は給料日って言ってただろ!それに俺知ってるんだぞ、この前もロト7で50万くらい当てたの!」
「……ま、いいか」
大人しく財布を取り出すヒビキ。巴が今日持ってきた軍資金で足りるな、と言い出すと、ほうと爺様がいう。そして、巴の今日の手持ちを全て出した。
「おねえちゃん、いいの?」
「ああ、遅くなったけど誕生日プレゼントだ」
「ヒビキ、誕生日プレゼントなら尚更お前が出しな」
「ああ、そうしとくか」
ヒビキもほいっとお金を出した。巴のお金が手元に戻ってきて、あこはヒビキにお礼を言う。こんなとんでもないダイヤの原石をほっぽっておくのは勿体無いという爺さんの心持ちには感謝したい。ヒビキもビビって足してたわけではないので、全く問題無い。ちゃんと返すから、とあこが言ってもプレゼントなんだから気にすんな、とヒビキが言った。そうやって会計をしている間に、ガラがめちゃくちゃ悪い男がニコニコ笑いながら5人ほど集まってくる。巴とあこの周りに来て、巴が少し身構えた。しかし、ヒビキはようと挨拶をかければ、お疲れっすとへりくだる。
「メチャメチャいい音がしたんで来てみれば、この子達が?」
「そうそ。お前これ鳴らしきれんかったんやろ?」
「そうなんスよ、LB417って難しくて難しくて。おやっさんの言うとおりCANOPUS選んだらドンズバで!」
「お姉ちゃん、名前聞いてもいい?」
「あ、宇田川巴です。こっちは妹のあこ」
なんだ、悪い人たちでは全くなさそうだ。そういうコンセプトのバンドでもしているのだろう。もっかい聞かせて、と言われれば、快く二人は引き受けた。
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「おー、力の抜けてる打ち方だなぁ。音もやっぱりバンッって力強い」
「ありがとうございます、そう言われるとうれしいです」
「あこちゃんもその歳でモーラー奏法してんのな!ヒビキさんに教わった?」
「はい!お姉ちゃんとヒビ兄から!」
なんだかんだメチャメチャ仲良くなって、携帯の連絡先まで皆で交換しては、スネアのハードケースまでオマケしてもらって、姉妹揃ってタイコを持って帰る。電車で少し遠い旅をした収穫は多かった。なるほど、ヒビキが言う前に価格破壊をあちらからするとは思っても見なかった。ありがとね、と二人にお礼を言われながら、駅で二人と別れた瞬間、待ち伏せされていたかのようにリサに会った。
「デート?」
「スネアを見に行ったの。ウチのジーさんのところまで」
「ふぅん。妬けるなぁ」
「そういうリサちーは?」
「リサって呼び捨てしてくれないと教えなーい」
どうせバイト帰りだろう。ぎゅっと手を握られるのにももう慣れた。このまま帰ろ、と言われれば大人しくそれに従う。あれ以来、確かにリサを女の子として見るようになり、意識はし始めた。しかし友希那も捨て難い。優柔不断であるはずはないのだが、彼女など今でいたことが無いので、どうしていいのかわからない。手を握るどころか腕を組みさえしてきた。こんなことしてたら友希那に怒られそう、とイタズラっぽく笑いながら。
「いいものはあった?あこがスネア持ってたよね」
「そりゃもう、いい物しかないわいな。巴なんかタダでスネア貰ってたし」
「タダとかすっご……」
「あら、リサ……ヒビキさん!」
そうしているうちにも燐子の練習に付き合っていた友希那にも捕まった。遠目で見ていた燐子はふふふと静かに笑う。他人事のように、と思いながらもヒビキは言わない。両腕に幼馴染ズを抱えてどこへ行くのやら。燐子に助け舟を出すも、彼女は頑張れとしか言ってくれなかった。
「ヒビキさんは本当にモテますね」
「りんりんシャレになんねえからそれ……」
「友希那〜、もっと引っ付きなよ!ヒビ兄が寂しそうだよ?」
「そうするわ」
30センチ近くある身長差、それを怖がることもなく馴れ合う4人。燐子は人見知りが激しかったのに、ここまで平気になれたのはヒビキのおかげでもある。とにかく離してくれ、歩きづらい、という嘆きは結局届かなかった。