BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
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『最後なんでしょ?だったら、やりたいことやりつくして、事務所にケンカ売ってやめましょうよ』
『何を言ってるんだ、六角くん?』
『俺があんたらの為にブチ壊してやるってんですよ』
懐かしい思い出と共に、父のバンドのラストライブを見ていた。キーボードに囲まれた位置で所狭しと動き回るヒビキを見てはかっこいいなと思う友希那。あの時、ヒビキの発言は今も心に残っている。父の無念を晴らすべくやりだした音楽活動。フェスに出るための努力。それが花咲き、有名にもなった。どこまでもストイックだと思われがちで、自分のレベルに見合わない人とは絡まない、などと言われた昔の湊友希那とは違う。音楽を楽しむ、というスピリットは、父親からもヒビキからも受け継いでいる。だから、純粋に音楽を楽しめているし、かといって目標を捨てているわけでもない。視野が広くなったとも言えよう。
友希那の好きなシーンがモニターに映りだした。ヒビキがショルダーキーボードを片手に振り回している。リーダーは自分ではない。だが、当時のヒビキは丹念に研がれ、人を斬り裂く日本刀のような鋭さがあった。反抗期は無かった、などと彼は言うものの、ビジネスでバンドを潰した原因に対して、大人になった父たちでは出来ないことをやってくれたのだ。怒りの表情でキーボードを弾き倒すヒビキは、映像でも本当に怖い。そして、父が心から嬉しそうに笑う顔を見せた。キーボードを床に叩き付け始めたのだ。
鈍い音が響き渡る。床はボコボコになり、黒鍵も白鍵も飛び散り折れ、それでもまだグシャグシャと破壊し尽くす。当時から名の知れていたアーティストのヒビキ、その評価は「純粋バカヤロウ」であった。ピッチグリップだけになった暁には観客席に放り投げ、アンコールが終わる。うおおおおお、という歓声が湧き、そのバンドの生命は消え去った。しかし、スピリットだけは今も生き続けている。
「懐かしいな。友希那は本当にそれが好きだな」
「ええ。忘れられないし、私が今も歌っていられる理由だもの」
「嬉しいな。愛娘からそんな言葉を聞けるなんて……。ヒビキくんのおかげかな?」
「いいえ。もちろん、ヒビキさんのもあるけど……。お父さんの心の叫びが、これに詰まってるから」
「聞いて、やれるってことか。その気持ちがとても嬉しいよ」
ノックをして入ってきた父親と、当時の映像について語る。ヒビキが壊したキーボードは、自前のものであったらしい。物を大事にしないだとかアーティスト失格だとか内情を知らない人達にボロクソにバッシングされていたものの、ヒビキは「うるせえタコ共」で黙らせて仕舞った。たった一回だけの共演、そのココロを知ってこの行為に走った。誰も庇うものはいなかった。消えたバンドが何を言おうと、業界では何も役に立つ事はなく、彼の傘にもならなかった。しかし、彼はそれすら全く気にしていない。
「誰かに命令されて音楽やってるわけじゃない。ヒビキくん、それで干されちゃったけども」
「実力と魂で黙らせた。ヒビキさんは、凄い人よ」
「本当、ヒビキくんのことになると饒舌になるね。お前がベタ惚れするのもわかるな」
娘の恋を喜ばしく想う父親。彼を認めているから言っているのだ。恥ずかしがらずに、友希那はヒビキを好きだと言い切っているのだから。その恋を父は応援したかった。
「頑張れ、友希那。お父さんは応援してるぞ」
その言葉が、彼女の告白の勇気も与えてくれた。
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翌朝、ヒビキは蘭のゆさぶりで起きた。インターホンが鳴っている、と。時刻は8時15分。リクライニングチェアから身体を起こし、ドアホンを見れば友希那の姿が。二つ返事で彼女をマンションに入れ、歯磨きをし終わってリビングに向かえば来客が勢揃い。リサと友希那に挟まれたような形になり、蘭たちが作った朝食を食べながら、このなにやらピンクの空気が漂う空間を楽しんだ。
「あの、ヒビ兄?私が昨日言ったこと……」
「なんだっけ?なんかしゅきしゅき言われた覚えがあるけど」
「リサ……。何をしたの?」
「ビール呑んで酔っ払ってぐっすりしてたよ、リサちーは」
酔っ払った、ということにしておこう。だからあれだけ乱れたのだ、そうごまかしておいた。酒でタガが外れた、などとは言えない。ブラックコーヒーを入れてきた蘭が、お盆に人数分載せて持ってくる。気遣いを見せ、ミルクと角砂糖も置いて。ヒビキの家にあるものは大体把握がついている。もちろん、実家の方に入り浸っていた時の、彼の自室の物を全て覚えてしまっているのもある。ベッドの下にはゴキホイしかなかった。
やたらと角砂糖を入れる友希那。今いくつめだ、と数えてみれば、5個くらい入れている。苦いものは苦手なようで、しかし澄ました顔をしているから、普通のことと思っているのだろう。ヒビキはそのままブラックでゆっくりと飲みだした。なぜだろう、ジャージの姿なのに英国紳士に見えるのは。これから仕事?とヒビキに問う蘭にうんと答えた。
「それで。答えは」
「保留でお願いねー。選ぶの時間かかるわよ。リサちーにも迫られるわ、ひまりんにも犯されそうになるわ」
「おかっ……!そんなことまで……」
「してないですから。そのアホが脚色しました」
ひまりの顔から火を吹かせるための発言だろう。蘭はひまりを庇ってやる。しかしモカがセクハラはしてたよね、と後ろから銃撃する。それは否定できないな、とどっちつかずの立場の蘭であるが、だったらと開き直ったひまりはヒビキの前に立ち、思い切り顔に胸を押し付けた。コーヒーを吹き出すモカと蘭。まさかそんなことをするとは思わなんだ。両隣の二人すら、目を丸くしている。強敵出現、これは荒れた戦いになりそう、というところでヒビキがひまりの背中をぽんぽんと叩く。これは、と蘭が気付いてひまりとヒビキを引き離す。そう、息ができずにいたのだ。
「とんでもない技持ってるね、ひまり……。ボインスリーパーなんて」
「美竹さんツッコミどころそこじゃない」
「勝者、上原ひまり!」
「プロレスじゃないんだから!ヒビ兄!しっかり!」
「お、おっぱいに殺されかけた……」
何をしたいのかよくわからない。友希那ではツッコミが追いつかない。それに悪ノリしたモカも、ひまりと同じことをしようとしたのだが、生憎そんなサイズではなく、ヒビキの手玉に取られ、膝に座らせられた。
「おお、これはいい人間椅子ですなぁ」
「和嶋?」
「そっちの人間椅子じゃないよヒビキさん。それに、この距離だと」
悪ノリは止まらない。恨めしそうに見られる両隣を放っておき、ヒビキの腕を持てば、ひまりの胸をほいっと触らせた。そこでまた阿鼻叫喚が生まれる。手を触ってくいくいと動かし、ひまりの胸を揉ませる。こんな腕も指も長いので、全てがヒビキの手中に収まってしまう。
「ひーちゃんのおっぱい揉み放題〜」
「ヒビキさん!揉むなら私のを!」
「何言ってんだお前ら!」
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どったんばったん大騒ぎな朝を終えて皆ヒビキパークから出ると、ヒビキ自身はすぐにCIRCLEへ向かった。仕事はこれだ。ママチャリのスタンドを起こしてサドルにどかっと座る。恐らくそのまま家に帰るであろう五人のうちの一人、リサがなぜかそこにニコニコしながらやってくる。どしたの、と聞くがなんでもない、と答えた。
「昨日はありがと。色々迷惑かけちゃったかも」
「そんなことないよ、楽しかったし。ただ、リサちゃんも告白するとはねぇ……」
「あれは、酔っ払ってたからだよ!でも……好きなのは本当かな」
「知ってるよ。気付かないわけないじゃない」
大人の余裕を見せつけるヒビキは、リサに笑顔を見せて答えた。形がどうであれ告白してくる度胸は褒めたい。この大きな手が好きだ。優しい眼差しが好きだ。おおらかな心が、吐息が、仕草が全て愛らしい。昨日から拍車がかかっている。しかし、まだまだ子供だと見られているそうである。そうして少し舐められているのでは、と思うとちょっと腹が立った。もう私は子供ではない。なら、行動で示す。ちょうど今なら届く。
「ヒビ兄」
「なに?」
そっと触れるだけ。唇と唇が触れ合う。ヒビキは呆気にとられた。そうだ、色気付いただけの女の子ではない。今井リサは、子供じゃない。六角ヒビキに惚れた、立派な女。
「おおおおおおお、り、リサちー!?」
「へへへっ、行ってらっしゃい」