BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「そういやさ」

「?」

「あまり蘭との恋バナ聞かないよね、ヒビキさん」

「そりゃそうだ、付き合ってねえんだもん」

 

 立ち寄ったカフェで、ひまりがヒビキに絡んできた。蘭と長い付き合いなのだから、仲良しなのは分かっているものの、恋愛の話は全く聞かない。蘭もヒビキも相思相愛というほどではない。4つ違いと兄弟ほどの年齢差ではあるが、21になるヒビキにはやはりまだまだお子ちゃまに見えるのだろうか。そんなことはない、とヒビキは否定した。渋めのブルマンを口に運んで、一口。そして、彼女の印象を語る。

 

「アイツはいいヤツだよ。親父さんに自分の気持ちを見せつけて認めさせる、なかなかガッツのある女の子だ。顔も可愛いし、スタイルだってスレンダーだから、モテはするんだろうけど。ただ、性格がとっつきにくいからな、蘭は」

「でも、蘭ちゃんはヒビキさんのこと好きそうですよ?」

「親友として、だろ?つぐちゃん、あいつが俺に惚れるってことは地球が爆発してもないと思うぜ?」

 

 そうだ。ヒビキの話はあまりしないし、ヒビキに惚れている素振りを見せない。友希那はわかりやすいほどに見せる、ということは本気で惚れているわけではないということか。コスプレばっかりして、タバコも酒もガンガンやる。しかし勉強も音楽もしっかりやれる。現時点でヒビキは現役で都内の旧帝大に通えているのだから、とんでもない努力家であることは伺えた。その辺を押し出せばモテるのに、とひまりはつぶやく。しかし、ヒビキはこう言い返した。モテても楽器はうまくならない、と。

 

 ストイックさが逆に心惹かれる。現にひまりはヒビキにドキドキしている。にやっとヒビキが笑った。気付いているのだ、このことに。読心術でも身に着けているのでは無いか、と疑う程の鋭さは、つぐみ自身がものにしたいと思うくらいだ。なんでも安請けあいして自滅しかける彼女には必要だと思われるその能力は、他の人間だって喉から手が出るくらいほしい。ふかふかのソファに持たれながら、顔を真っ赤にしているひまりにモカの声真似をしてからかいだした。

 

「ひーちゃんはぁ、ヒビキさんにあんなことやこんなことされるのを妄想してるんだよねぇ」

「うぇっ!?してないです!してませんから!」

「だからさっきのホテルに興味津々だったんだぁ、へぇ」

「ううううう〜!」

「ツグが隣で笑ってるぞぉ」

 

 すぐさまおもちゃにされるひまり。このままセクハラをしだすのはヒビキの趣味ではない。しかし、ナイスバディなスタイルを持つこの子のほうが圧倒的に異性受けするのがわかる。蘭もヒビキによく言うのだ、あの乳は反則だ、と。蘭だってオッサンのようにひまりを見ていたのだ。特にリッケンバッカーを下げたときのストラップの食い込み、いわゆるパイスラは最高だ、とも言っていて、蘭の変態な目付きが面白いほどに想像できた。シーリングファンも、それを凝視するかのようにぐるぐると止まらない。どうせ帰り道も他校の生徒にエロい妄想されてるぞ、と言えば、つぐみ少しだけ笑い出した。あっけらかんと言うから、ヒビキは尚更オープンな性格になる。

 

「ヒビキさんって、なんでそんなにエッチな事言うんですか」

「そんなエロいか?蘭と話してる時もっとゲスいぞ」

「蘭もか……」

 

 とにかく、とひまりはヒビキの顔を見る。そんなエッチな娘じゃない、と否定をするが、そこまで本気にしなくてもいいとヒビキはなだめた。真面目な女の子ということは知ってるよ、とまともな評価を下せば、ひまりの機嫌は良くなった。同時にシフォンケーキも一つ増えていった。

 

 

 地元の駅に着く頃にはすっかり夜になっていた。商店街で買い物をするから、と二人を送っていく途中で、楽器屋から戻ってきた巴に出会った。背の高い巴とヒビキが並ぶととても良い画になる。クールな二人に見惚れる人は多いようだが、当人達はそんなことを知る由もない。そして、歩きながらすぐさま音楽の話題になった。この前まりなに聞かせた音源のスネアの音質についてだった。音の細さ、痩せ方には巴も納得していなかったようである。リハスタのスネアで録ったそうで、その時のスネアがどうも自分好みではなかったようだ。そこで、深胴のスネアを見に行ったのだが、どうも値段が高かったり好みのが見つからないという問題に直面しているようである。

 

 なら今度観に行こう、とヒビキは言った。ついでにあこも連れて行く、と約束をして。お年玉やバイト代で貯めたお金で買うのなら誰も文句は言うまい。それに、かなりツテがあるから、スネアはタダでも手に入れられる。

 

「ヒビ兄の人脈って凄いよな」

「スタジオワークやってれば、こんなんなるんだよ。毎日弦送られてきたりするぞ?」

「あ、それ魅力」

「そうでしょひまりん。僕は弦貰いの六角ヒビキだ、太弦使いの六角さんだ」

 

 意味の解らぬ自慢をしてみせた。だが、ちっともかっこよくはない。謎は深まるだけであるが、エンドースをしている、ということで間違いない。だからSITの弦があんなにも多く届くのか。ベースもギターもSITで統一しているヒビキの影響で、たえや蘭も弦をそのメーカーにしている。チューニングの安定感と音のバランスの良さが何物にも変え難いらしい。かといってモカのギターにはR.Cocoという少しお高めのハンドメイド弦が、ひまりのベースにはRotosoundがセッティングされている。結局は人の好みということだ。チューニングの安定も、人のセッティング次第なのだが、それ以上に弦にも期待をしているヒビキならではのこだわりなのだろう。そういえば、弦の手入れもヒビキに教わった覚えがある。綺麗にクロスで拭き上げて、弦の保護クリームを丹念に塗っていたっけ。

 

 そうこうしているうちにつぐみの家に着いてしまった。他はキチンと送り届ける、として、宇田川家についたらあこに抱き着かれて、身動きが取れなくなるもののすぐに離してくれた。あとは二人きりでひまりの家に向かう。送り狼にもならず楽しい話ばかりしてくれる彼が段々と兄のように見えてきた。なるほど、だから巴もヒビ兄と呼ぶわけだ。

 

「人気の理由がわかった気がするよ」

「女受けじゃなく男受けもいいぞ!ひまりんと同レベルには男にも人気あるやで」

「コスプレばっかしてるからだよ。高校生の時のチャイナドレスだって、男の子全員前屈みになってたんだから!」

「わっはっは!あったなそんなこと!」

 

 大爆笑をかまされてしまう。しかしそれも実力のうち、とすれば納得はいく。メイクもしない今の格好だったら、と考えてしまうがすっぴんのままでも女の子の顔だからダメだ。身長とこの服装でなんとか男として捉えられるのだから。悪い虫が集るのが目に見える。上原家につけば、それじゃとあっさりヒビキは帰っていった。その背中は大きくカッコいい。男の子だってこれは惚れるわ、と評価を下してからひまりも家の中に入った。

 

 

 キーボードをクロスでさっと拭いて壁に立てかけると、立ち上げていたDAWソフトに据え置きのmidiキーボードで打ち込みを始めた。カフェインをレッドブルで補給しつつ、片手にはジタン・カポラルを持ち。高めの空気清浄機のおかけでタバコの悪臭が全くないため、安心して吸える。そして、水を張った灰皿も完備した。火事の恐れも最小限に抑えてからの喫煙だ。

 

 今日一日フルに動いたヒビキではあるが、アドレナリンが出まくっているのか疲労が全くない。楽しく作曲して、試作品を再生しては編曲をし、それを繰り返す。楽しくなってきて鼻歌まで歌いながら、その曲をいじり倒している時にインターホンが鳴り響く。廊下のカメラを見れば、ひまりと蘭がそこにいた。

 

『ごめん、鍵忘れちゃって……』

「なるほどねぇ……。蘭はなんで?」

『アンタがひまりに変なことしないか見張りに来たの』

「お前なぁ……」

 

 取り敢えず二人を家に上げた。この二人をどこで寝かせるか。リビングのソファでいいなら、とタオルケットをリビングに持ってくれば、ひまりが申し訳なさそうな顔をした。

 

「ごめんごめん」

「いいよ、気にしないで。んで?蘭は他に理由があるんだろ」

「お見通しってわけね。両親が出掛けてて帰らないから、ここに泊まりに来たってわけ」

「それでお前レスカス背負ってきた訳か」

 

 なるほど、つまりまた子守をするわけか。こういう日になると、また客が増えそうな気がしてならない。その予感はすぐに的中し、またもやインターホンが鳴れば今度はモカとリサがいた。マジかよ、と思いつつも結局上げて、聞けばバイトで疲れたとのことだ。特に構いもしないし、嫌な気もしない。なぜなら、二人の両手には食材やお菓子などがあったから。

 

「どうして、うちには女の子が沢山来るんですかねぇ……」

「いやあ、モテモテですなぁヒビキさんは」

「そういうこというとモカちゃん食べるぞ、ぼかぁ」

「きゃー、ヒビキさんに美味しくいただかれちゃうよ〜」

 

 こういう悪ふざけはもう見飽きたくらいだ。取り敢えず、リサは初対面のひまりと挨拶をした。すぐにベーシスト同士仲良くなって、リサの社交性もあってかベース談議に花を咲かせる。その間にヒビキはキッチンで夕食の支度をした。時刻は19時半を回ったところ、買ってきてくれた食材と冷蔵庫にあるものでササッと作り上げようとした。

 

 夏が旬である丸々太ったスズキをササッと捌くと薄く身を切り落とし、バルサミコ酢をかけ、大葉を散らし、茹でたきゅうりや生のトマトをスライスして皿に盛る。更にレモンのスライスを上にのせ、たった6分でスズキのカルパッチョが完成する。その間に、既に下処理が済んでいるブラックタイガーとホタテにその貝柱、先程の残ったスズキ、そしてモカとリサが買ってきてくれたタマネギを、バターを融かした熱々のフライパンに投入した。

 

「お母さんまだー?」

「もうリサったら!待ってなさい、いまお母さんフランベするから!」

 

 裏声でリサに答えた。悪ふざけをするヒビキママはワインセラーから小瓶の白ワインを取り出し、それを全てフライパンに開けた。アルコールがすぐに気化し、それにガスの火が引火すると、火柱が赤々と勢い良く立ち込める。そこに市販のクリームソースを入れて片手間にパスタを茹でる。手伝いに来たリサが食器を出しつつ、残りの野菜をササっと洗って水を切り、ちゃっちゃと切り分け大皿に盛り付けると、いつの間にかパスタを盛り終えたヒビキはドレッシングをすぐ作った。少量のごま油に酢を入れて菜箸で混ぜると、頃合いを見てリサがサラダに万遍なくかけた。ここはいつからイタリアンレストランになったのであろう。笑いながら三人の客がその行程を見守った。楽器やるよりも店を開いた方がお金を稼げるくらいだ。

 

「スープは残りもんでいいね?」

「おかーさん、何スープ?」

「鶏ガラ醤油ラーメンのスープ。めちゃめちゃさっぱりしとるよ」

「ついにラーメンまで作り出したか……」

 

 料理好きの彼だ、しかし自前でそんな物を作っていたとは。それが入っているであろう鍋が先程からリサの眼にチラチラと映る。既に火をかけてあって、だからこんなにいい匂いがしたのか、と納得した。小皿によそってリサに渡し、試飲を頼んだ。

 

 喉越し爽やか、さっぱりとした味付け。鶏の臭みはなく、そして野菜も煮込んだのだろう、その甘みが味の深みを演出していた。なんだこれは、と驚嘆する。一体この人は何を目指しているんだろう?

 

 スープを可愛い装飾がされたお椀に入れた。そしてお盆で食卓に運び、レモン水が出された所で、六角家の今日の晩餐が始まった。


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