BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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 清々しく目覚めた翌朝。よれよれのジャージ姿でベッドに入っていたヒビキを、スズメの鳴き声が起こす。すっ、と起き上がり、洗面所で顔を洗い歯を磨きながら時計を見れば、6時前。今日は講義がないかわり、Damnation of Phyrosophy のミーティングとCIRCLEのバイトが予定で入っていた。ゴミ出し、洗濯、掃除……。家事を一通り終わらせ、朝食の明太子と卵焼きに白味噌汁、そして納豆を食べ、色々と身支度をしだす。都内の芸能事務所――パスパレとはまた別の所に、自転車で向かう途中、通学している女子高生達を見ては、にこにこと挨拶をした。おはよう、その一言が明るい社会を作る。それだけでなく、朝から人と挨拶をかわせば頭も冴えてくるのだ。アスファルトで舗装された車道の端っこを走り、漕ぐこと60分。ショルダーバッグだけの姿でビルに入り、事務所に足を入れれば、バンドメンバーが大騒ぎしていた。はぁ、と溜め息をついたところをお茶汲みの女の子が見て、すぐに飲み物を用意する。お水でいいですよ、と言ってから、音源の場所へ立ち入った。

 

「なにを騒いでるんですか、こんな朝っぱらから」

 

 怒号が飛び交い、取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気。このバンドはいつもそうだ。ステージ上で仲をよく見せても、降りればいつも喧嘩ばかり。あれがやりたいこれがやりたい、売れ路線だ自分を貫けだ、意見の衝突ばかりである。クーラーが効き過ぎではないかと思うほどにメンバー間の中は寒い。壁が厚くてよかったな、と想いながら、円卓に座って水を飲んだ。

 

 リーダーはドラムだ。そして、ボーカルとドラムの衝突による大騒ぎ。大抵はこの二人が原因で、こんなギスギスした環境に置かれるメンツが可愛そうだ、奏でようとしている音楽が声を出せていない、などとヒビキは想った。こんなだから前任のギターが抜け出すのだ。プロフェッショナルな意識を持ち、そして各メンバーの意見が会って良いことだとは思う。だが、聞いている話ではお互いに不満をぶつけ合ってそれを受け入れようとしない。それでは先に進めないし、恐らくバンドが崩壊してしまうだろう。ヒビキはケンカの仲裁屋ではないし、争い事を最も嫌う人間だ。それに自分はサポートギタリストなのだから、このバンドに対して発言権はほぼないと言っていい。ヒートアップしすぎていけば殴り合いの喧嘩になるだろうが、それで理解し合えるのならそれでもいいのではないだろうか。

 

 ベーシストがごめんねと謝ってきた。仲裁はしたらしいが、聞く耳持たずなようで、キーボーディストは怯えて涙目になっている。かわいそうに、この二人が不憫に思えて仕方がない。陽射しはぐんぐんと強まっていき、クーラーが意味をなさないほどに部屋が暑くなっていく。こんな調子ではミーティングなんて無理だろう。そう感じたヒビキは席を立ち、スマホとゴロワーズを持って喫煙所に向かった。

 

 

「で、面倒くさくなっちゃったわけだ」

「はい。サポートの仕事やめようかな、ホント……。お守りをするためにやってるわけじゃないし」

「面倒見いいからね、ヒビキくんは。信頼して甘えちゃうんだよ」

 

 CIRCLEの床を丁寧にモップがけしながら、ヒビキが今日の出来事をまりなに話した。ふふふ、と可愛らしく笑う彼女だが、確かに彼が困っているのもわかるし、自分が言ったように面倒見が良過ぎるのだ。練習しに来るバンドに対して、世話を焼き過ぎるほどである。だから技術指導などを求めてくる女の子が多い。得る物は沢山あるし、それを出し惜しみせず0からとことん親切に教える姿は好感度を持たせるには十分な要素だろう。水拭きしてから、乾拭きをササッとして、フロントの机やレジを、アルコールを吹きかけ綺麗に拭い上げる。仕事の丁寧さは掃除にも現れていて、いつもピカピカの状態でお客様を招き入れられるのはヒビキのおかげだ。店員もお客様も気持ち良く利用ができるしモチベーションも上がる。

 

 そうだ、とモップを片してからヒビキはSPACEのことについてまりなに話した。前から耳にしていたが、その将来について初めて聞くことになる。彼の思想や詩船の理念についてもきっちり納得した上で、彼の優しさがふんだんに盛り込まれたライブハウスになることが目に見えていた。そこで、と業務提携までも持ち掛けられたが、それも二つ返事で承諾してしまって良い気がする。相手は六角ヒビキ、有名アーティストだ。そして、最も信用できる男だ。

 

「あ、そうだ。ガールズバンドパーティについてですけど」

「ああ。出演はもう3つ取ってるのよね?」

「4つ目も取れました。Afterglow、まりなさんならご存知かと。あいつらまだまだ荒削りですけど、魂をぶつける音楽なら誰にも負けない良いバンドですよ」

「それは自分の幼馴染だから言ってるのかな?それとも?」

「実際に聞いてわかったんですよね。音源貰ってきたので聞きます?」

 

 USBメモリというところが今時だ。昔はマスターテープをダビングしたDATで持ってこられたらしい。まりなもヒビキもほとんど同世代なのでその経験がない。ヒビキのMacbook Proにそれを突き刺し、音を出せば、納得の評価が下されていることがわかる。惜しむらくは、ドラムのスネアが軽い音。ロックをやるならもう少し重くして良い気がした。そこはヒビキも思ったらしく、音源を実際に聞かせてみて巴に言ったら、確かに合わないんだよな、と思って音作りの試行錯誤をしていた。チューニング技術は本人に任せることにしたが、もしかしたらスネアのつくり自体が原因か。少し大きめで胴が深いスネアであれば、もっと太い音が出せるはず。今度一緒に見に行ってやるか、とヒビキは考え、アポ取りさんきゅ、とまりなに言われてはふふふと笑って応えた。

 

 他にも、"ハロー、ハッピーワールド!"の出演も検討してみよう。そういえば、パスパレにも声を掛けていなかった。グリグリは二つ返事でゆりが快諾してしまった。幸先は良い、インパクトも名前も十分だろう。と思っていたヒビキにも白羽の矢が立った。まりなが突き立てた。

 

「ガールズバンドだけじゃなくて、ヒビキくんも出てもらうよ」

「俺が?」

「うん!人を呼び込むのには最適だし、もーっと楽しくなりそうじゃない?私も出るからさ」

「まりなさん、何やるんです?」

「ベースかなぁ」

 

 まりなが楽器をやる。それだけでワクワクしてくる。だとすると、他のメンツはどうするか。ボーカルは、友希那が恐らく立候補してきそうだ。他、ドラムもキーボードも選択肢が抱負だし、ギターに関してもヒビキ以外の人間に任せて良い気がする。マルチプレイヤーな彼だから、この強みが活かせる。しかし、衣装は揃えるのかどうか、だ。まりなはコスプレイヤーの側面を知っている。だからコスプレでやってもいいよ、とヒビキに提案した。やるならド派手にやりたい、それがヒビキのポリシーなのだから。やる曲も作るかカバーか、取り敢えずは案が出ただけで、日程はまだあるのだから気長に決めよう。そういって、まずヒビキは断りを入れて店の裏でタバコを吸うことに決めた。

 

 

 夕暮れ時にもなり、本日のライブイベントが始まる。トリはRoseliaではなく別のバンドだが、ライブを見に来ていた蘭がいて、ロゼリアの演奏を眼と耳で感じてから、店の裏に入った。案の定ヒビキがタバコを吹かしており、ゴロワーズ特有の香ばしい臭いが煙とともにこちらにやってくる。おう、と蘭に気づけばタバコを冗談で差し出した。勿論、彼女は受け取らない。焦げ茶のレザーシューズにベルボトムのジーンズがやたらと似合い、それに白いワイシャツと黒のTシャツで佇む彼の姿は、いつも通りちぐはぐではあるがどこかおしゃれであった。

 

「他の子たちは?」

「今日は私だけ。みんな忙しくて」

「お前は親父さんから逃げてきたわけだ。いや、認めさせたか?」

「理解してくれた。モカとアンタのおかげでね。ただ、華道はちゃんと勉強するよ」

「それがいい。ギャップある方が面白いぜ?」

 

 友情のある風景。こういうバンドの方がヒビキは好きだ。Damnation of Phyrosophyはどちらかというとビジネスライクである。ドラムに肩入れしそうなヒビキだったが、やはり発言権は彼にはないのである。仲間意識の強いバンドほど良い音は出せるのだ。現に外に漏れてきたバンドのサウンドはとても良く、心を奮わせてくれる。そうだ、この感覚だ。怖がる子たちが多いけども、楽しむ子達のほうがもっと多いし、指数関数的にこれからもっと増えるだろう。それは極限という言葉を知らないのも確かだ。それのおかけでタバコとブラックコーヒーがとてつもなく上品なハーモニーを口の中で奏でている。

 

 バタン、とまたドアの音がした。ロゼリアの面子だ。ヒビキがスモーキングタイムをしている所にやってきて、蘭は彼女達に好印象を持ったことを話す。

 

「流石ですね。頂点を目指すバンド、それでいてソウルも叩きつけてくる」

「美竹さん、ありがとう。あなたの声も素敵だったわ。この前のお祭り、とても興奮したもの」

「湊さん、来てたんですか?」

「ええ。リサと一緒に。ヒビキさんが出るって言うから」

 

 どこまでもヒビキの追っかけか。当の本人は気遣ってタバコをすぐ消した。まだ少ししか吸っていなかったのに迷いなく水の中へポイ、だ。ヒビ兄〜、と懐くあことリサや燐子の相手をしていて、こちらに視線をくれない。しかし、それでよいのだ。他の三人はそちらを見て和やかでいるのだから。


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