BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

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「教則本を買ってもらった?」

「うん。月刊盆栽と一緒に。出来が物凄く良くてビックリした」

 

 お祭りから数日後の、花咲川女子学園の教室内。可愛らしい制服と綺麗な室内で昼食をポピパの面子と一緒に取っていた有咲のカミングアウト。その教則本を机に出したら、りみがそれをペラリとめくってみた。

 

 コード進行のセオリーやコードスケール、サークルオブフィフスなどがしっかり記載されていた。理論を勉強中のりみとたえにも眼から鱗の記事ばかり。読譜記譜なども一から十まで懇切丁寧な書き方で載っていて、なるほどヒビキ自身もおすすめしてくるわけだと納得した。

 

 これを日々ゆっくりと練習しているものの、効果は着実に現れてきている。ヒビキから貰った充電式のロールピアノでその腕前を披露すれば、おおっと声が上がり、他の教室からも見物客が集まってくる。その中には燐子や紗夜もいて、グリグリのキーボード鰐部七菜が気になってやってくれば、クラシカルなコード進行とスケールを繰り出す有咲の姿があった。

 

「Deep Purple?」

「BURNですね、これ。って、生徒会長」

「氷川さん、取り敢えず中に行きましょうか?」

 

 咎める気はない。ロールピアノくらい、しかもピアノの音量自体全然大きくない。失礼します、ときっちり挨拶をして、ポピパの輪に近寄れば、やはり眼が行くのは教則本。有咲に断りを入れてそれを見れば、やはり絶賛の声。

 

「ヒビキさんの書いた本か……。今、品薄状態なのに、よく手に入れられたわね?」

「その当人から買ってもらいました」

「なるほど、そういうことだろうと思ってたわ。あの人気前いいからね」

「あの……それ、私も持ってます」

 

 人混みが苦手な燐子もその教則本を、しかもサイン入りで手にしていた。少しだけドヤ顔が入っていたのは気のせいではないだろう。ロゼリアのキーの腕がおかしいくらいに上手いのは、この教則本の出来の良さの証明とも言える。サインは流石にいらないかな、と有咲はその価値を軽視した。

 

 その話題の当人はちょうど講義を受けていて、整数論の授業中にくしゃみをして、講師から驚かれていた。一番前で受けていての可愛らしいくしゃみで、驚き一瞬和み四分。七歩袖の薄い白のジャケットと胸元がはだけた青いワイシャツ、そして白いカーゴパンツとカラフルなスニーカー。おしゃれな格好をしながらのそのギャップが更に周りを笑顔にさせる。

 

「六角くん、夏風邪かい?」

「いえいえ、誰かがわたくしの噂をしているようですね。あのレイヤーかわいいってもちきりにしてたらいいなー」

「持ちきりだよすでに?ボクの嫁さん絶賛してたし」

 

 へへへと笑いながらも、視線は黒板から離さないし手は動いたままだ。書き写すのは板書だけではなく、講師の一言一句までもである。

 

 

 本日の午後は、SPACEでの店長代理である。今日はライブ予定は無いのだが、そろそろ業務終了となるこの店の存続を考えながら、外の喫煙所でアコースティックギターを立てかけながらゴロワーズ・レジェールを吹かすヒビキ。ライブがしたい!ということなら、ここの経営権を詩船から譲り受け、鍵などの管理をキチンとすればよい。それは可能なので詩船との交渉をしたいわけだが、時間が取れない。

 

 お疲れ様です、とたえが通りかかった。おっす、と挨拶をしてタバコを消そうとしたがお構いなくといわれたのでそのまま吸うことにした。

 

「有咲に教則本を買ったらしいですね?」

「うん。それがどうかしたの?」

「私にも欲しいなーって。ギターのってありますよね?」

「今書いてるよ。出たらあげるから待ってて」

 

 にこっと微笑むヒビキに彼女は期待を寄せた。煙で輪っかを作り、壁に寄りかかりながらたえと話を続けた。暗闇の中で、タバコの火種だけが明るく灯火となって、虫はその煙の匂いで寄り付かない。

 

「スケールアウトするときでも、音を外さない感覚がなかなかつけられないんですよね」

「指板覚えるしかないな、それは。音鳴らしながら、このフレットはこれ!みたいな感じで。それをやってから、サークルオブフィフスを思い出して同位調、そこからコードスケールを選び出してアヴォイドを避ける。一応スケールアウトではあるけれども、同位調でのキーで見ればスケールアウトしてないから」

 

 言っていることを実践してみる。咥えタバコでアストリアスを構え、ゆっくりと弾いていくと、なるほどとたえの疑問が氷解していく。これにリズムも混ぜれば、とゆったりながらも後ノリ気味なリズムでGmを弾き、それに載せてアドリブでA#メロディックマイナーを順序を変えて弾いた。ジャジーでメロウな音の構成が周りの建物にも聞こえているらしくて、通りの人ですら立ち止まって聞いていた。勿論、たえもそれに聴き入っているが、これは勉強になる。

 

 ハーモニクスを使ってもいいね、と言えば、濁りのない倍音を出し、透明感を演出した、そして先程言ったことの実践。確かに、スケールアウトしているようには聞こえない。理論と感覚の融合は、屈指の努力によってもたらされているのだ。

 

「理解できました、ありがとうございます!」

「ほいほい。まあ、ありきたりなレッスンになっちゃったけど」

「きっちりしたレッスンよりも、こういうくだけたほうが好きですよ」

 

 水の張られた灰皿にゴロワーズを捨てた。足元の缶コーヒーに口をつけて室内に戻ると、もっとレッスンするかい?とヒビキは誘う。断る理由が見つからないから、たえはうんと頷いた。

 

 

 シフトが終われば、鍵を返しに詩船の元に行った。そして、彼女に今日考えていたことを話し出そうとすれば、家の中に上げられる。おじゃまします、と行って、綺麗な部屋に迎え入れられた。

 

「SPACEのことなんだけど」

「ああ。閉店の話についてだろ」

「もったいねえから、俺に任せてくれないか?」

「お前に?」

 

 ほんの少しだけ驚いた顔を見せる詩船。ああ、とヒビキがいうと、本気かと問い掛けたが、眼はそう答えていた。彼になら託しても良いと思うし、彼のやりたいことを見てみたい気もする。

 

 せっかく俺がいるんだから、と言い出した。講師や出演陣なども引く手数多なのだから、経営だって大丈夫。詩船の理念であった、「女の子の為のライブハウス」は無くしたくはない。しかし、女の子だけでなく、男の子だって、初めてライブをしたりするのに恐怖感は抱くものだ。ヒビキがそうであったのだから、間違いはない。

 

「バンドやライブをやりたい、でも怖さがある。そういう子達のライブハウスにしたい。ガールズデイみたいなこともやればいい、とにかく!音楽を人前でやりたいって奴らの登龍門にしたいんだよ」

「お前の熱意は理解できる。それに、お前の顔なら、経営も困らないだろう。しかし、店の名前は変えてくれ。これはあたしのケジメなんだ」

「わかった。約束しよう」

「でも……。お前らしい。やっぱお前は音楽バカだ」

「最高の褒め言葉だよ」

 

 ニコッと笑う二人。そうして話は付き、ヒビキは自宅に戻る。電気をつけて、ガリガリライターを手にし、今日の喜びとともにマルボロに火をつけ、紫煙を燻らせ出した。

 

 誰もが天才ではない。ヒビキだって、何百時間も練習し、頭を使って上手くなっていったのだ。それまでの経路、紆余曲折を知っているからこそ、やりたいのであった。ぷはぁ、と口から煙を吐き出すときも、口角は釣り上がり、目元は垂れ下がる。物事が本当に上手く行ったときのタバコは、格別にうまい。

 

 さてと、と自分の仕事をやりだそうとした。キーボードのパートを作り出す仕事だ。今回は寝落ちはしないぞ、と気張り、モニターに向かい合った。


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