BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!!   作:パン粉

11 / 63
Chapter.2 -白黒回転大演舞(艶やか和服)-
1


 

「おつかれーぃ!」

 

 出演した後に袖にはけたバンドメンバーは、町民ホールの一室で用意していたコーラで乾杯した。ワインレッドのレスポールの重さをものともせず、目算ではあるが400人くらいはいたであろうあの観衆の前で物怖じせず一曲通す蘭の度胸は恐らくヒビキ譲り。すごいわね、とそれを賞賛するこころから、更に追加のコーラが振る舞われる。

 

 次に来るのは、他のアフターグロウのメンツ。そしてなんだか騒がしい女の子たち。キャラの濃すぎる女の子達がこころを探していたらしい。そして、ヒビキに気づくと、おおっと声を上げた。

 

「こんな麗しい人がワルキューレだったなんて。素晴らしいかな」

「男だけどね」

「はぐみもこんなお姉さんになりたいなー」

「男だけどね!」

 

 エプロンを取れば、割れた腹筋と大きな胸パッドが現れた。そのパッドも取れば、男の胸板が現れる。おおっと声が湧き、水色の髪の毛をした松原花音は顔を手で覆い隠した。恥ずかしがっているのだろう、顔もそれなりに真っ赤である。しかし、その他の面子は大して気にしていないようである。裸エプロンであったのだから当然か。

 

 紐パンの上から白いスラックスを履き、淡いピンクのTシャツを着れば、なんとか見られるようになった。それでも、化粧はバッチリ女の顔にしていたので、そのギャップがかなり大きい。長身の瀬田薫はヒビキを気に入ったようで、訳の分からない言葉を投げかけてきた。

 

「子猫ちゃんかと思ったら、美しい薔薇だったわけか。なるほど、愛おしささえ感じられる」

「面白い言い回しするね、君。役者さんかい?」

「流石だな、かのシェイクスピアも言っていた」

「文学分からねぇ……」

 

 コーラを飲んで、ぷはぁっと気持ち良さそうに息を吐いた。人は皆蘭の方へ集中しているようにも思える。これを蘭の親父にも見せたかったな、と思っていたがモカがカメラを回していたことは知っていた。それを思い出した時、扉を黒い短髪の中年男性が開けてきた。

 

 ヒビキ、と声をかける。少し小太りで背の低い彼は、ヒビキの父親だ。蘭は久々にその姿を見て、挨拶を嬉しそうにした。パイプ椅子から立ち上がったヒビキは、どうしたの、と見下ろすような形で父親に聞く。差し入れを持ってきてくれたそうで、まずは屋外へと連れ出した。部屋を出れば、香ばしい匂いが鼻腔と空腹をくすぐる。

 

 野外ステージから近くの所の屋台。そこでヒビキの父親とその部下が、出張でステーキ屋をやっていた。焼いておいたから、と人数分のリブステーキを皿に載せて渡す。太っ腹なのは外見だけではなかった、とヒビキはからかったが、気の長い性格の父親は違いないなと笑い出した。

 

「ヒビ兄のお父さん、元気そうだな?」

「親父は元気が取り柄だからなぁ〜。オフクロは?」

「いるよ。そこで飲み物作ってる」

 

 六角ファミリー勢揃い。喉にいいと評判のお茶を仕入れており、案の定友希那がそれを飲んでいた。ポピパの面子はこれまたウチで作った唐揚げと、やまぶきベーカリーの提供によるパンで優雅なランチを取っている。

 

 すでに切り分けれられたミディアムレアの肉を、一切れ口にする。お詫びだ、と花音にも一つあげれば、ニコニコ笑顔が満開になった。陽が微妙に傾いている中で、これはなかなかの幸せである。

 

「親父。店手伝おうか?」

「もちろん。そのために外に連れ出したんだから」

「だろうと思ったよ」

 

 先程のフリフリより遥かにしっかりしたエプロンを受け取った。それに加えてカチューシャも。長めの髪を全てオールバックにし、屋台の中に入れば、職人の顔になっていた。サマになってるな、と巴が気に入る。もちろん、その他メンバーもそっちのほうがいいと言って。

 

 "Six Steak"、そのロゴをデザインしたのはヒビキだ。飛び出る6の数字が目を惹き、インパクトを与える。鉄板に残った肉の油を柄つきの布巾でさささっと適宜拭き取れば、厚めの肉を叩いて、熱々の鉄の上に置く。炭と石を入れたガスレンジが反応し、じゅわっとすぐさま焼き出した。

 

 その音があまりにも美味しそうなので、と臭いに釣られたりみがきた。そこでヒビキがおっすと言えば、やはり驚かれるのは当たり前なのだろうか。奥行きのあるその屋台で、手際良く盛り付けをしているその姿。楽器よりもトングとしゃもじを握っている方が経験時間としてはギターよりも長いらしい。それは嘘ではないようだ。

 

「ヒビキさん!なんで!?」

「親父の店番してるのよ〜。チョココロネはないけどステーキならあるよ〜」

 

 先程のギターの人だ!そう知られてから行列ができだした。母親チョイスのワインでフランベ。屋外でまだど派手な行動を取る彼の、エンターテイナーとしての本質を見た。

 

 

 両親が帰ってから、ヒビキは機材をレンタカーの小さなトラックに積み込んでから、運転席に乗り込んだ。蘭達とも別れてからの後である。エンジンをかけ、ホールから出ようとした時に有咲を見つけた。

 

「あれ?一人?」

「あ、お疲れ様です。寄りたい所があって」

「なるほど。乗る?」

「いいんですか?じゃ、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

 助手席に座り、シートベルトを締めた。ちょっと離れたショッピングモールまで行くらしい。ステーキごちそうさまでした、との感想を聞いてから、アクセルを踏み込んだ。

 

 安全第一の運転はとても丁寧で、ブレーキも乱暴に踏まないし、すすすーっと進んでは止まる、まるで送迎車の運転手のようなドライビングだ。何か買うの?と聞けば本と答えた。

 

「キーボード関連?」

「はい。それと、月刊盆栽」

「ごめん。俺の聞き間違いじゃないよね。盆栽?」

「趣味なんですよ。良くないですか?木を手入れして、芸術を表現する。人の手を加えた、生きたアート」

「ほうほう。生け花はするんだけど、盆栽はやったことないなー」

「お花より木!力強く素朴なのがいいんですよ!」

 

 本当にこの子は女子高生か?趣味が老人臭い。一応蘭の親に生花を少しだけ教わったりしたこともあるが、盆栽は流石にない。フラワーアレンジメントの資格があるが、そちらに活かせる知識はあまり無いように思える。信号待ちの時に、先程自販機で買ったブラックコーヒーとお茶を二人で飲みながら、盆栽の魅力をずらずらと有咲は語る。本当にそれが好きなんだな、と感心し、夕陽の差し込む道路からは目を離さずに聞いていた。

 

 

「これ?」

「そうそう!それ!」

 

 本屋に行って有咲お目当ての本を手にして、立ち読みをしだすヒビキ。このコーナーに人はヒビキと有咲の二人しかいないので、店員も特に咎めない。ほう、と盆栽の魅力については理解はしたが、好きになる、というところまでは行かなかった。教養にはなるであろう、と彼は二冊籠に入れた。

 

 次に、キーボードの教則本のコーナーへ。ここでは有咲がヒビキにレクチャーされる形になる。やたらと宣伝口調だが、何か裏があるのか。選ぶべきものとしては、フォームの写真が掲載されているもの、正確な奏法を音でも視覚でも確認できるもの、そして基礎フレーズをつないでいき、多彩な技術へと発展させられるもの。この3つを抑えたものである。

 

「それをきっちり抑えたのが、これ!」

「『キミもバッチシ!キーボード精練のすゝめ』……。ほう?なるほど……つまりは、印税目当て?」

 

 でかでかと載っているヒビキの写真と名前。この歳で教則本まで出せているとは、業界からも信頼されている証拠か。ある音楽学校ではこれが指定テキストとされているらしく、有咲が中を見れば、平易な言葉で詳しく、映像媒体などがこんもりとあり、それでいてなぜか理論まで載っていて、確かに自信満々に出してくる理由が伺える。会心の出来としているのだろう。

 

 買ってあげるよ!ヒビキはそういってレジに向かった。三冊の本のうち、二冊は有咲へのプレゼントだ。こういう優しさはとてもありがたく、有咲の中でヒビキの存在は親友の立場になっていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。