BanG Dream!ーMy Soul Shouts Loud!! 作:パン粉
◆
少し日が立ち、音楽会当日。きぐるみや織姫彦星などの衣装が多い中、異質な格好であるのは当然であった。ショートカットのまま、今日また毛先を染め直し、グラデーションにした。そして猫耳ヘッドドレスに化粧、裸エプロン、とばっちりだ。念のためにパンツくらいは、と紐パンをチョイス。ハイヒールを履いてガッツリ激重のギターを構える。
ピンクのクマの着ぐるみはミッシェルというらしい。この子のお披露目もしつつ、ということだ。区民公園の野外ステージで暴れる予定で、ビラ配りなどを終えたミッシェルと、屋内の休憩スペースでくつろいでいた。頭を取り上を半脱ぎしてTシャツ姿で現れた女の子。名前は奥沢美咲という。
「なかなか大胆なコスプレしてるんですね……」
「ふふふ、レイヤーだから本気出さないとね」
裏声でわざと美咲に話す。ヒビキが女の子としか見えていないようで、わざと盛ったパッドやら化粧した顔やらに目線が行った。そして、アンプやらギターやらが持ち入れられたステージ上で、仮装した人たちが音合わせをしている。行かないで良いんですか、と聞かれるが、ワイヤレスセットをステージ上に置いてあるし、送信機はギターに刺さっている。ここからでも弾けるそうだが、アレは彼らだけの最終調整だと答え、ズボンを履いてトイレに足を運んだ。
やたらと長く細い脚で歩く姿でさえも、女の子の憧れの対象であった。あんな美人さんになりたいとか痩せなきゃとか、色んなことを言っている。その中でやたらと興味を持って来る子が一人。金髪のお嬢様――弦巻こころだ。彼女だけ、ヒビキと面識はないが男だと見抜いていた。男子トイレに入る前にそれを確信し、出てきてから、こころが着いてきたことに気付いた。
「ん?変態さん?」
「違うわ。あなたみたいな面白い男性、見たの初めてよ?」
「おー。ん?面白い?」
面白いというその単語の、今の意義は。コスプレが面白いのか。それとも、何を持って面白いとしたのか。よくわからない。隣の自販機でブラックコーヒーを買い、プルトップを開け、一口飲んだ。
その場に通りかかったミッシェルがこころを発見した。何かの間隔でこころもミッシェルを感知した。どうやったんだ、と不思議に思い気になった。そしていつの間にか謎のスーツを着た人も二人ほどいて、ヒビキを困惑させる。
「私達、バンドを組んでるんだけど。あなたもやらない?」
「あー、美咲ちゃんのお友達か」
「美咲?美咲はここにはいないわよ?」
純真無垢なその眼は、どうやら着ぐるみということを理解していないようだ。なら、そのままでよい。口にもう一度コーヒーを運んでから、こころと話し出した。
「パートは?」
「うーん……」
「ヒビキさん、私がDJやってるんで、その補助で」
ボソボソと美咲がヒビキに耳打ちする。ほうと頷き、それならやってもいいかなと思ってしまった。空き缶を捨て、そろそろ時間だ、と言った。ズボンを脱いで水着になり、そのままステージに向かえば、怒涛の人数が犇めき合っている。コードを一発鳴らして飛び跳ねれば、ツーバスの乱れ打ちとベースのタッピングが応答し、更なる爆音を生み出した。
ステージ袖からそれをみたこころは、思わず耳を塞いでしまった。しかし、すぐにちゃんと音を聞き出した。これは笑顔を作るバンドではない。しかし、観客は燃え上がり、ワイワイと盛り上がっている。この一体感はなかなか出せない。
初めて音を一緒に出したのに、この統一感はなぜか。初見の人達でも上手く合わせられることが信じられない。伊達に場数だけを踏んできたわけではない、その証明。さんさんと太陽光が降り注ぐ中でも、その熱線に劣らぬ熱狂は、ボルテージを増すだけであった。
◆
「本当にやってる……」
「ヒビキがやらないわけないんだよね。それ一番言われてるから」
ギャラリーの一番前で見ていたのは蘭とひまりだ。後ろに残りがいてヒビキが気づくと彼女たちにウインクし、ピックを投げてやった。ひまりの手の中に吸い込まれるように落ちたそれは、ティアドロップ型の0.96mm、ダンロップ社のデルリンと呼ばれるものであった。摩耗度合いがかなり穏やかで、片側に偏って削れていないことから、ピックを傾けずに弾いていることが伺える。
今の曲が終わると、ヒビキは会場に向かって投げキッスをした。ギターボーカルとして今日はやっているから、MCまでも演り倒せている。ちょっと待ってね、といいながら、ベースとともに竿を持ち替えた。そして、チューナーをつけ、自作のギターでパパっと音を合わせる。スタンダードEだ。
『さて。会場にお集まりの皆様!本日は、このコスプレ音楽祭にようこそおいでくださいました!ここで、スペシャルゲストを紹介したいと思うのよね!』
ヒビキが声を掛け、蘭を指差した。仕方ない、と彼女は内心乗り気で、ニヤニヤしながら柵を乗り越え、脇のタラップから壇上に上がる。袖の方にウインクすれば、ミッシェルが後ろの赤いレスポールカスタムとエフェクターボードに気がつく。それをさささっと運んでやれば、蘭はありがとうと礼をして、余っていたMarshallのJCM800にインプット、迷いなくボリュームをフルにあげた。
『商店街の皆はもうご存知かな?ガールズロックバンド"Afterglow"!リズムギターとボーカル、Mrs.Ran Mitake!!Yeah!!』
そんなこと聞いていない。他のメンツはモカを除きポカンとしている。当事者は前もって知っていたらしく、エフェクターは自前のものでアンプだけヒビキの実家からの提供であった。
そうだ、とモカはスマホを取り出した。その様子をムービー録画することを欠かさない。これを後で蘭に送って、父親に見せて説得させればいいのではと考えた結果だ。
『次は最後になるけど、エンジン全開ハートは強火!アフターグロウ!"That is How I Roll"!!』
「ウチの曲!?ええっ!?」
「ヒビ兄、やりやがったな!?」
これすらも予定調和。しかもヒビキアレンジだ。ドラムの爆破するような爆音ツーバスとタム回しから始まり、そこに合わせて蘭がイントロのリフを弾き出した。ドンシャリ気味で強く歪んだサウンドはアフターグロウでは中々聞けない。そして、キーボードとユニゾンするベース、そこに乗っかるヒビキの激しいビブラート。
先程の激重ギターサウンドとは大違いで、歪んでいながらも太く拔ける音作り。シルクのように滑らかで綺麗なディストーションが、彼がボリュームノブをひねればすぐさまクランチへと変化する。これこそ、聞き慣れたヒビキの音である。
『なんでも言う事聞く良い子ちゃんはいらない!従う必要ないから!』
ボーカルも蘭とはやはり違う。男の声なのにハイトーン、そして少し歪み出している声だ。これがメタル、これがロック。体言しているような演奏法、そこに蘭は憧れている。ところどころオブリをギターで入れるのもご愛嬌、しかし絶対にリズムは崩さない。
サビに入ると、蘭がセンターに近寄ってきた。ヒビキは左手だけでコードを鳴らす。右手でマイクスタンドを掴み、蘭の身長に合わせて声を合わせた。
『Cry,Cry Out!!』
どうして左手だけであんなレガートが出来る?モカの視線は、録画しながらもそこに行っていた。変態の域、握力の強さがそれを可能にしているのか。それ以前に、リードを弾きながらあさっての方向を向いてボーカルをするというのが信じられない。シャウトまでやりだし、ある意味収拾のつかない事になってきた。
マイクスタンドを調整し、二番の歌詞とともにボーカルが蘭に変わる。ヒビキは下手に行き、ベースと向き合ってニコニコしながら弾き出した。ベース自体もなかなか変態で、気づけば6弦ベース、しかも指弾きの小指を使った4フィンガー。技術的に高度すぎ、しかも後ノリでも前ノリでもない。ひまりは楽しみながらも眼を丸くしていた。
「ヒビキさん、すっごい人連れてきたなぁ」
「キーボードもすごい人だよ、ひまりちゃん」
「つぐがそんな顔してるの、初めて見た……」
どさくさに紛れて一番前に集まったアフターグロウの面子。横を見れば、沙綾がいた。というか、ポピパのメンツが勢揃いしていた。そしてその少し後ろには、友希那とリサが眼を輝かせながら曲を聞き入っている。
ギターソロに入れば、ヒビキお得意の高速Eマイナーペンタフルピッキングが炸裂した。それに続いて蘭も、中々見せない荒々しい速弾きをする。Fフリジアンをタッピングで弾く姿をモカは眼に焼き付けられてしまった。香澄でさえもその姿には魅了される。いつの間にこんなハイテク集団になってしまったのか。
頂点を取る。それがRoseliaの思想。そのはずが、この名も無きヒビキバンドによって阻まれてしまった。だが、今の友希那とリサは、その思想を排除してこのバンドが好きになっていた。これこそ、音楽を楽しむ、という姿であるのだから。