真白き夢   作:こうちゃ.com

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魔女と騎士の非日常

 

 いつの時代も、人間の朝にはどことなく慌ただしい雰囲気がつきまとう。

それは人そのものが常に慌てている生物であることを示唆しているようで不思議だ。

予想もついていることだろう、この場においても例外はない。

カイがこの部屋にたどり着いた頃に目にした光景は、一言で言うなら「破滅的」であった。

部屋の至る所には謎の黒い何かが散乱し、木製の家具はなぜかその空間ごと抉られたような欠け方をしていて、調理台の上に放置された調味料からは塩と砂糖を間違えた痕跡が見られ、挙げ句の果てにはそんな暗黒空間においてヴァンとアイリスは手を合わせ、いただきますをしていたのだった。

慌てて食材を落としてしまったのならまだわかる。

だが、家具の一部が破壊されているというのは一体どういう状況があったのだろうか。

 

「おそかったじゃないかカイ。ほら、朝ご飯も出来ているぞ」

 

そういって嬉しそうに手を広げるヴァン、完成した料理にもやはり暗黒空間が広がっているのだろうか。

恐る恐るそれを見た彼は、別の意味で絶句した。

 

「な・・・・・・普通・・・・・・だぞ」

 

料理は周りの雰囲気などいざ知らずとばかりに「普通」であった。

そう普通、数々の間違いを起こし、破壊の限りを尽くしたこのキッチンから匂いと見た目が辛うじて無事な何かが生まれたのだ。

 

ーーーー怪しい、実に怪しいと言わざるを得ない。

見れば彼の友である黒騎士の笑顔がひきつっているのが見えた。

 

「なるほど、怖いのは俺だけではないみたいだな・・・・・・・ヴァン」

 

彼は小声でそう呟く。

実は魔女が来た初日、彼女はヴァンとカイの二人に対して手作りの料理を振る舞ったのだ。

カイたちのこの反応は、その日と比較してのものだ、その惨状たるや口にするのも憚られるだろう。

 

「工夫を凝らしたんですけど、ちょっと今日は努力が足りませんでしたね」

 

悪気など欠片もない様子だった。

そんなアイリスの言葉の後に、二人が「それ以上の工夫はいらないから止めてくれ」と大声で、ほぼ同時に叫んだことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 白い魔女などベルキアを出歩ける訳はない、と思っている人はいるだろうか。

実は普通に出歩けるのだ。

白い魔女も黒い騎士も、せいぜい髪が白かったり黒かったりといった程度で、その風貌は大して珍しくも何ともないのだ。

 

これに、初めは彼女も驚いた。

なにせ自分は憎き敵国の切り札、言わば宿敵だ。

王以外に殺された時点でほぼ戦争が決する人物といえば彼女ぐらいのものだろう。

しかもここでも名は「アイリス」なのだ、流石に怪しまれないはずはない。

が、知った上か本当に知らないのかはさておき彼女は特に何か言われたりしなかった。

というわけでアイリスは昼食や夕飯の用意を任されていたので食材を買いに来ていたのだった。

 

「まいどー!・・・・・・アイリスちゃん今日も綺麗ねえ」

 

元気のいい店主の声が響く。

歳は四、五十ぐらいに見えるがまだまだ若いものには負けないという意気込みを感じさせる声だった。

アイリスはその声にラグーン居た時とはまた違った活気を感じるのだ。

 

「そんな、綺麗だなんて」

 

と少しとぼけた態度をとってみせると。

 

「そんなことないわよぉ、あなた鏡みたことないの?」

 

などと返される。

 

「んー、見たことないですねえ」

 

そこで嘘八百といった空気を吐き出すように冗談を口にしてみせる。

 

「またまたー」

 

オホホー、とでも言いそうな果物屋のおばさんに大してもこの余裕である。

ラグーンでやたらと特別扱いを受け続けてきたために、一般人扱いされるのが大分新鮮であるように感じられたが、どうやらアイリスはベルキアに馴染んでいたようだった。

 

「そんなに褒めて下さるんですから、そうですね、もう一個買っちゃいますか」

 

笑顔でそういって、左手近くにあった林檎に手をつけた。

 

「あら、悪いわねえ」

「いえいえ、ここの林檎はとても美味しいって評判ですから」

 

その後あらぁ、なんて言う果物屋のおばさん。

そんなやりとりを数回繰り返したあたりだろうか、ゴツゴツとした足音がアイリスの耳に響く。

見れば、そこにいるのは黒い鎧に身を包んだ男、ヴァンであった。

 

「あらまあ、これはこれは黒騎士様お早う御座います」

 

おばさんは騎士の方を振り向いて挨拶をした。

魔女はともかく騎士の方は流石に特別扱いであった。

 

「うむ、おはよう」

 

ヴァンも元気よく挨拶を返して、気持ちのいい朝の時間がもたらされる。

挨拶が終わったのを見て、アイリスは彼に駆け寄った。

そして買い物鞄にこれでもかと押し込まれた林檎を見せびらかしながら、ヴァンに話しかけた。

 

「ヴァンさん!今日のおやつは林檎にしましょう!」

 

そんな元気のいいアイリスをみて面食らうヴァン。

アイリスのいるこの生活にまだ慣れていないのだろう。

もっとも、ものの2日ほどで慣れろというのもあまりに酷な話ではあるが。

 

「・・・・・・そうだな」

 

だからヴァンはぎこちなくそう返すのだった。

 

 

しばらく二人でベルキアを散歩していたようだ。

中央の噴水に、王のいるベルキア王城、活気あふれる住宅街に、民を守る守護神の像。

そしてここ、ベルキアの城下町を一望できる高台で二人はくつろいでいた。

暑い季節でもここだけは心地のいい温度の風でもって人を迎え入れてくれるのだ。

アイリスはそんな心地の良さから思わず、はああああああ、と聞いているこっちが力を抜いてしまいそうな声を上げた。

 

「気持ちがいいですね、ヴァンさん」

 

ヴァンは黙っていた。

それは心地の良さからか、あるいはアイリスへの警戒からなのかは分からない。

しかし返事が来ずとも、この穏やかな空間では些細なことだろう。

アイリスも特に気にすることなく視線をヴァンから城下町へと戻す。

そんなときに、ヴァンはようやく口を開いた。

 

「お前は・・・・・・ラグーン戻ろうとしないのか」

 

当然といえば当然な質問であった。

 

「・・・・・・それは、まあ帰りたいですけど」

 

けど、をぼそりと小さく言ってその後しばらく考え込んでから話を続けた。

 

「もっと、ベルキアのこともヴァンさんのことも、知りたいと思ったので」

 

アイリスは笑顔であった。

そんな笑顔を、ヴァンはどうしてか直視することが出来なかった。

眩しい、そう眩しい。

こう表現するのが適切といえるような、そんな目の逸らし方だ。

 

「俺も、そうだな」

 

彼女を直視せずに彼はそう言う。

そしてさらにこう続けた。

 

「俺も、ラグーンやお前のことをもっと知ったほうがいいようだ」

 

空を見ながらそんなことを言うヴァンの目は、アイリスには酷く澄んだものに映っただろう。

そしてその澄んだ目は、アイリスには向けられなかった。

 

「俺は、ずっとお前の事が気になっていた」

 

ヴァンはさらに話を続けてゆく。

流れ出る水のように、それはどんどん口から溢れていた。

 

「なぜか、と言われればそれは俺にも分かりかねる。俺の技を打ち破った強さか、それとも健気に戦争を生き抜くその姿か、あるいは戦いを止めようとこの俺に話しかけた勇気か」

 

彼は恐らく、初めて負けたのだろうと想像が出来る。

そしてそのとき何か男に引っかかるものを残したのだろうとも。

彼は息を大きく吸って次の言葉を吐き出した。

 

「そのどれもが俺を惹きつけた、それは長年のあいだ得体の知れなかった、ラグーンという国の正体が明らかになると思ったからだ」

 

そういって彼は一旦話を止めた。

彼は、魔女を通してラグーンの何を見たのだろうか。

アイリスの方を見れば、そんな疑問なのかなんなのか、どうとも取れない微妙な表情をしていた。

ラグーンという国と自分とを結びつける不可解さ故の表情と言えるだろう。

 

「・・・・・・明らかに、なりましたか」

 

恐る恐る彼女は聞いた。

 

「ああ」

 

と、ヴァンはすっとした表情で答える。

ラグーン王国を象徴するのはむしろ王なのだが。

 

「お前を見ていればわかるさ、ラグーン王がどのような人物なのか、自分たちが戦っている相手がどのような者たちなのか」

 

いまいち釈然としない、とアイリスは思う。

そんな表情を浮かべる彼女を見て、ヴァンはさらに続ける。

 

「お前は綺麗だ」

「なっ・・・・・・!?」

 

不意打ちで褒められてしまうと、褒められ慣れていないアイリスは照れて頬を押さえる他ない。

 

「その姿も、心もだ。それがラグーン王国がいかに良いところかという証明だと言っていい」

 

彼女はここベルキアに来てから褒められてばかりなのを思い出した。

この国に住まう者たちは皆良い人ばかりだ、そびえ立つ山々が美しく、数多の鉱石から創り出されるのは芸術的な建造物の数々。

これほど綺麗な場所なのに、なぜこうも羨ましそうにアイリスを汚れなき心と称するのか。

なぜこの男は、こんなにも遠い目をするのか。

その疑問の心をなぞるかのように、ヴァンの口から言葉がこぼれ落ちる。

 

「理解してからは、余計に自分が戦っている理由が解らなくなった」

 

しみじみと、思い出すように、ゆっくりそう吐き出したのだった。

 

「ヴァンさん・・・・・・」

 

何故だろう、何故だろう。

彼女も彼も、その疑問と困惑の二文字が頭の中を回り続けて脳をかき回されるような気分を味わった。

その問はやがてもう一つの問へとたどり着く。

 

ーーーー何故、悪など存在しない二つの国で、正義を貫いて戦わねばならないのだろうか、と。

 


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