王城のとある一室。
王とその直属の騎士団の隊長たちが一同に集っていた。
「んで、俺らは今のうちに休戦協定の準備だ」
「休戦ですか・・・・・・陛下、お言葉ですが難しいと思われますが」
「そもそもアイツらを野放しにするなんてとんでもないです・・・・・・!」
「そうだ、そうだ」
「いや、でも一理あるのでは」
知っている声と知らない声が混ざり合う。
皆が思い思いに口を開いて意見を述べているのが聞こえてくる。
ある者は過激な意見を、ある者はある程度肯定的な意見を、あるいは否定的な意見を。
厳かな会議の中に王の言葉は確かに混乱を呼んでいた。
結論から言えば、アテがなくもないという王の発言は嘘八百ということだった。
「うるせえ、まずは反対意見を聞いてやるから黙ってろ」
そうなることは解っていたとばかりに王は隊長達をなだめる。
そして先程あまり好ましくない色を見せていた者のあたりを見た。
目があった兵士は、素早くその場を立ち上がって背筋をピンと張った。
「はっ、意見いたします!」
王に対しての意見、その男は深く一礼してから言葉を連ねていった。
「私は、休戦は難しいものと思います」
「それは何故だ」
「ベルキアとの戦争が始まってもう二十年が経ち、しかも仕掛けたのは向こうでございます。こちらの要求を呑むとはとても思えないからであります。」
王は別段気にとめたような表情を見せず視線を移した。
「お前は」
「はっ、同意見であります!ベルキアとは先日戦闘を終えたばかりです。そのような緊張状態の中でいきなり戦いを止めよう、と提案するのは現実的とは到底思えません」
「んー、だよなあ・・・・・・」
頭痛で痛む頭を押さえるように額に指を当て目を閉じて考える素振りを見せる王。
来るのがわかっていた反対意見なだけに、これを納得させる言葉を慎重に選んでいるはずだ。
彼は内心思う、だからこそ今しか休戦交渉は出来ないのだと。
しかしそれはあくまでも王の勘でしかなく民草を納得させ、そこへ向かって動かすには少し弱い。
しかも失敗すれば今後の交渉に響きかねない、別に今じゃなくても・・・・・・と皆が思うのはある意味当然と言えた。
「んー、どうすっか・・・・・・」
救いを求めるように、彼は一番隊隊長の方を見やる。
ーーーー目をそらされたようだった。
「・・・・・・先の戦闘の結果はどうだったか覚えてるか?」
王の言葉に皆が過去を振り返る。
隊長達の方に振り向いて話す彼の声の調子は、ヤケになっている時の若者のそれだった。
なるようになれと諦めたようである。
「勝っても負けてもいません」
「依然膠着状態ですね・・・・・・」
「Zzz・・・・・・」
望んだ返答を得た王は、そう・・・・・・一切戦況は動いてないッ!と続ける。
上がった声量からは勢いで誤魔化そうとする心構えが見え隠れ・・・・・・いや、実際そうかもしれない。
「つまりだな、あー、この緊張状態の中なら、どっちも勝ってないこの状況ならな・・・・・・」
「この状況ならば・・・・・・?」
言葉に詰まったようだ、王の口が開いたまま閉じない。
やがて絞り出すように一言。
「・・・・・・こ、公平な・・・・・・交渉が、でき、る・・・・・・・・・?」
あまりの沈黙に、王の顔はひきつっていた。
今の彼の内心なら、誰でも容易に覗き観ることが可能なのではないだろうか。
ずばり、ヤベ・・・・・・やっちまった・・・・・・である。
渾身の隠し芸を理解してもらえなかった時の空気に似ているだろうか、いわゆる「スベった」というやつだ。
「プッ」
泣き子も黙る、もとい寝る子も起こす戯れ言か。
一番隊隊長は思わずお茶を吹き出し、寝ていた三番隊隊長は起きた。
「わ、笑うな!」
「クゥ・・・プクク・・・・・・クヒィ・・・イヒッ・・・・・・あっ、だめ、アハッ、アッハッハハハッハ!」
笑いを堪えすぎて、むしろ怒りを煽るような声になってしまった事を反省する間もなく笑いの渦に飲まれる一番隊隊長・・・・・・もといブロッサム。
この笑いっぷりには、王に対する失礼を日常と認識していた各隊長達も呆然とした。
「ブロッサムさん、あれでよくクビにならないなぁ・・・・・・」
隊長たちの中から思わずそんな言葉を漏らしてしまう者が出てきてしまうのは無理もないことだろう。
すると突然、ブロッサムが笑うのを止めたかと思うと、次の瞬間に目を見開き、声を張った。
「別にいいじゃない!休戦!向こうがイヤって言ってきたらそのとき改めてぶっ潰せばいいのよ!」
「無理があるだろ・・・・・・」
腕を大の字にして休戦を賛成するブロッサム。
前回も言ったが、もうなにも言うまい。
「いやいや、ブロッサムさん。そうは言うけどね、そもそもそんなことしたら火に油を注ぐだけじゃあない?」
うんうん、と頷く一同。
当然だがその中には王も含まれている。
「むう、なによなによ!それぐらいの意気込みでやったっていいじゃないの!」
ぎゃあぎゃあ、わあわあと喧騒は続く。
一方、壁の向こうでは壁に耳を当てて盗聴を試みる影があった。
「な、なにを話しているんでしょう」
彼女には内部の騒がしい会話らしき何かが聞こえてくるのみで、一体何が起こっているかは見当もつかないでいる。
そもそも、あの黒騎士とコンタクトを取るなんてことをいきなり実現しようと王が直々に動いたのだ、なにも起こっていないはずはないのだ。
「・・・・・・黒騎士」
その不思議な響きを噛み締めるようにそっと呟く。
白い魔女と双璧を成すもう一人の魔女、歴史上では黒騎士はそう呼ばれている。
破壊と消滅を司る魔法を得意とする白き魔女に対する、創造と生成を司る黒い騎士。
遥か古来よりこの白黒の魔女の対立は長く続いてきた、とアイリスは聞いている。
「・・・・・・・・・・・・」
どんな人なんだろう、何が好きで、何を守りたくて戦っているのだろう。
ーーーー私は彼のことを、どう思っているのだろう。
深く考えてもそんなことすら分からずにいたアイリスであった。
「恋の香りがするなァ」
「ひょえっ!?」
男の声、アイリスの肩がビクンと跳ねた。
「ななななな、なんの話でしょうか」
左上、右、左、下、右上、「な」と共に動く挙動不審で意味不明な視線の動きを王は逃すことなく捉えた。
そんなことを書いているうちに更に彼女の視線が三往復したことも付け加えておこう。
「違ぇの?俺はブロッサムからそう聞いたぜ?」
「ブロッサムさん・・・・・・違いますって、なんというか・・・・・・興味があるだけですよ」
へへっ、と薄ら笑いを浮かべながらそれを聞いていた王に対して、アイリスはその雪のように白く透き通った肌を、落ちそうなくらい熟した身のごとく赤くしていた。
その様子からは、まるで王の視線が少女の頬を焼いているような、そんな印象を受けるだろう。
「恋は興味から始まるってね」
「・・・・・・ッ!あんまりからかうと怒りますよっ!」
頬の実が落ちたようだ、アイリスはもう何ともいえない顔で声を荒げていた。
「あー愉快愉快、ごちそうさまだぜ魔女様」
王はその様子にご満悦のようだった。
そんな感じに軽口を叩きながら彼はアイリスの元を去っていった。
「恋・・・・・・、こい・・・・・・ですか・・・・・・?」
彼女は、王が去った後もぶつぶつそんな独り言をつぶやいていた。
今ので十回ぐらいだ。
仕方あるまい、いくら魔女といっても年頃の女の子がそういう話題を出されて意識しないわけもない。
アイリスが「意識しない」と脳に言い聞かせても、返ってくるのは確かに温度を持つ紅潮したこの頬だけなのだ。
「・・・・・・」
そんな彼女は、つめたい両手で頬を押さえて冷やしながら、未だ尽きない黒騎士への興味に思いを馳せているばっかりだ。
だから王が再び先程の会議室へ戻っていっても気にかけることはなかった。
扉が開く、そこに錆びた金属の留め具が奏でる異音はない。
ほいー、と全員分のお茶を用意しつつ王はわざとらしくドスンと音を立てて座った。
曰わく、これが王様っぽい動きとのことらしい。
「んじゃ、会議再開だ」
彼らまず、ホワイトボードに「休戦への道」と大きく書いた後に現状の問題点を箇条書きでまとめた。
内容としては、大きく次の3つだった。
・そもそも向こうは交渉の場に来てくれるのか
・来てくれたとしてこっちの休戦の提案を呑んでくれるだろうか
・呑んでくれたとして不当に不利な要求をこちらに押し付けてこないか
どれも、戦争という状況がもたらす駆け引きの世界なものだ。
当然思いつく、この3つの壁を越えないと休戦の道は開かない。
「改善策、誰か思いつけい」
静寂、誰も口を開かない。
「うぐぐ、誰も思いつかねぇ」
「陛下、やっぱり無理があるのでは?」
王は考える。
これは別の観点からのアプローチを考えざるを得ないのでは、と。
アイリスを黒騎士に会わせたい、ただ命のやりとりはナシでだ。
「あ」
周りが「は?」とでも言いたげな疑問に満ちた表情を浮かべる中、王はまさしく雷に打たれていた。
棋士が逆転への妙手を思いついた時のような、研究者が世紀の大発見の糸口を見つけたような。
ーーーーなるほど、つまりはアイリスがあの黒騎士と会話出来ればいいのだ。
「とにかく交渉へは行けると思う」
となればする事は一つしかない、交渉の場に持って行くことだ。
「はあ、それはどうしてでしょうか?」
「ホワイトボード3番目の問題を見てくれ」
3番目、それは「こちらに不当な要求をしてこないか」だ。
「普通悪さするにしても3番目狙うと思うんだよ」
まぁ、確かに・・・・・・と一同頷く。
「んで、不当な要求ならそれを記録にとってりゃ、断ってもそうそう次以降に不利になるなんてねぇだろ?」
記録にとる。
当然なものと思うことだろうが、紙は高価で電子機器の類など無いこの世界においては、たとえ魔法であったとしても「記録」、さらに言えば「正確な記録」はそう容易なものではない。
「いいんですか? 陛下」
つまりそれだけお金を出すということになる。
「ん、なにがだよ?」
「国民に更に負担をかける結果になると思いますが」
「そうです、そんなことしたらお金無くなって不利になるのは俺らですよ!」
この反発は当然といえよう、税金を上げるのか、それとも彼ら騎士たちの給料が下がるのか。
どちらにしても二つ返事で了承するにはリスクがある。
「うんや、俺の自腹だからそうはならん」
そこで王が直々に払う、と提案。
当然だが、この発言に隊長たちはどよめき始めた
「アンタそんなにお金持ってるのかしら」
国の貯蓄なんてそう残ってるものでもないし、王は国の金を運用するので個人的な資産はそんなに持ってない、はずなのだが。
「もってる」
「マジか」
ブロッサムの質問に即答する、彼のその様子からは、ペテンでも嘘でもいいからどうにか意見を押し通そうという魂胆を感じるだろう。
「文句は無いよな、皆」
だから王は、頭の切れる奴にこの魂胆を悟られぬように結論を急かしたのだった。
どうして、話し合いなのにこんなことになっているかはここでは触れないでおこう。
「ええ、まあ、はい」
「無いわけじゃないっすけど・・・・・・そうですね、失礼ながら、まあ、それなら」
「右に同じです」
よし、と内心ガッツポーズをつくる王。
反対意見を王の権限で押し通した形だが、賛成は賛成だ。
「うし、んじゃ二週間後に会談できるように準備すんぞ!」
ということで間髪入れずにそう宣言する王。
「おー」とどこか気合いに欠ける声が隊長らから返ってきた。
ブロッサム曰わく、その時三番隊隊長は二度寝に入っていたという。
後にブロッサムはこう聞いた。
「お金あるの?」と。
王は答えた。
「ねぇ」と。
アイリスはその無茶苦茶具合にただ溜め息を零すばかりだった。
時は夕暮れ、場所は王の間。
ただ三人の声が夜の訪れに混じってやかましい。
「だってよお、そもそも正確で信憑性がある記録用紙は印のついた紙だろ?それ高ぇの、マジで」
手で、いやいやいやといった具合に顔を仰ぐ王。
彼の顔からは「やっちまったぜ」のような反省の色は見えない、この様な暴君はいつか毒を盛られそうではある。
「だから偽の紙でいいんだよ、今回はベルキアに出向くのが目的なんだからよ」
「無茶ねー」
事の発端が呑気にお茶を啜っている、明らかに可笑しな光景だ。
だが、黒騎士に会えるかもしれない状況が出来上がってしまったために断ってしまいたくないのか、アイリスが苦笑いを浮かべているのが見える。
「はは、もうちょっと嬉しそうにしなさいよアイリス」
「いやー、ちょっと喜んでいいのか分からなくてですね・・・・・・?」
アイリスは目を逸らしてそんなことを言った。
それを見て、ブロッサムは「このー」とまた頭にグリグリと手を押し当てるのだった。
かくして、かなり・・・・・・いや、だいぶムチャクチャなベルキアとの休戦会議に臨むこととなったのである。