挑戦   作:stright

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前回よりも文字数が増えてしまった...。


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 ――ロサンゼルス某所。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

「どうした智也。もうギブアップか?」

 

「まさか。まだまだ行くぜ。辰也さん!」

 

「……そうこなくちゃな」

 

 渡米から約一か月。俺は今新たなライバルと共に練習に励んでいた。

 

 彼の名前は氷室辰也。俺より一つ上の先輩。ここロサンゼルスに存在する大きな2つのチームのうちの1つでエースを張っている人だ。

 

 こちらに来た当初。右も左もわからない状態だった俺ががむしゃらにストリートでバスケをしていた時に、親切に声をかけてくれた。彼は小学生の頃からこちらにいるためにこの地域のバスケ事情に詳しく、色々と相談に乗ってくれた。

 

 話をしていくうちにこの辺りでは珍しい日本人同士だということと同じバスケを愛する者として、意気投合していった。

 

 以来こうして毎日のように1on1をするような仲となり、お互いにしのぎを削り合っている。

 

 戦績は5:3で辰也さんが勝っている。彼のプレイは基本に忠実で一つ一つのプレイが洗練されており、一瞬本当にそう動いたんじゃないかと錯覚するほどのリアリティを持ったフェイクなども合わさってなかなか止めることができないのだ。

 

 青峰とはまさに対極のプレイスタイル。これほどに美しいプレイを見たのは初めてだった。

 

 しかし

 

(くそっ。こんなんじゃダメだ。まだまだ力が足りない)

 

 辰也さんとの対決や日々のストリートでの戦いのの中で俺自身の技術や経験も上がってきている。

 

 だが、これではまだ青峰には遠く及ばない。

 

(アメリカにいられるのもあと2か月しかない。これではまだこれまでの延長のままだ。……俺はまだ自分を変えることができていない)

 

 勿論充実感はある。今まで手に入れることのできなかった経験を得られたし、本場のバスケに触れることでいい刺激を受けた。でも未だに辰也さんを止めることができない上に、自分の新しいスタイルのきっかけすら掴めていない。

 

 正直、焦っていた。

 

「――――。――也」

 

(このままじゃダメだ。どうすれば……)

 

「智也!」

 

「っ!はい」

 

「どうした。何かあったのか」

 

 気が付くといつの間にか辰也さんがこちらに近づいてきていた。

 

「いえ。何も」

 

「嘘つけ。急に静かになっていた癖に。……少し休憩するか」

 

「……はい」

 

 お互いいったん勝負を中断し、コートの端によって並んで座った。

 

 持ってきていたスポーツ飲料を飲み一息つく。買ってきてから時間が経っていたこともあり、少しぬるくなっていた。

 

 俺が落ち着いたのを見てから、辰也さんは訊ねてきた。

 

「どうかしたのか」

 

「……」

 

「今日は初めから何か変だった。いや、今日に限った話じゃない。最近はいつもそうだ。勝負をしていても急に動きが単調になったり、精彩を欠いたりしている。プレイ自体にもどこか焦りのようなものを感じる」

 

「……すいません」

 

「別に責めているわけじゃない。だが今のままで練習を続けていても得られるものは少ないだろう。オレにとっても、君にとっても」

 

「……はい」

 

 その通りだった。ここ何日かは自身の中から生まれる焦燥感に掻き立てられ、プレイが雑になりかけていた。

 

 練習をしても、自分の想像の範囲を超えない。

 

 戦っていても、思ったようなプレイができない。

 

 それなのに時間は刻々と過ぎ去っていく。

 

(わかってるんだ。こんなことじゃいけないってことくらい)

 

 だというのに焦りばかりが先だって、集中しきれていない。

 

 これぞ本末転倒。自業自得だった。

 

 

 

(なんとか、なんとかしないと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ●     ●     ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうしたものか。

 

 

 氷室辰也は目の前で悩む友人に対してどうすればよいのかを考えた。

 

 友人である彼、井上智也は不思議な奴だった。

 

 彼と出会ったのは約1ヶ月前。いつも通りに週末の試合に向けて練習をしている時に、チームメイトからあるうわさ話を聞いたことがきっかけだった。

 

 強い東洋人のストリート破り。

 

 彼の住むロサンゼルスには東洋人はあまり住んでいない。同年代の男子ということであれば自身を除けば数人ほどだ。その中でバスケをしている者となればより限られてくる。何よりこの辺りのストリートで勝つことができるほどの実力者となれば、彼には覚えがなかった。

 

 ……いや。ただ一人思い至るやつがいた。

 

(まさかタイガか……!?)

 

 数週間前自分の前からいなくなった、弟のような存在だった男のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 ――タツヤ、オレはタツヤの敵になりたいんじゃない。ただ今まで通りに……。

 

 ――次の試合、思い出(リング)をかけろ!

 

 ――そんな……。それって……。

 

 ――逃げるなよ。タイガ。

 

 

 

 

 

(戻ってきたのか。タイガ)

 

 実の弟のようにかわいがってきたあいつは、いつの間にかオレと同等の力を手に入れていた。小学生の頃にあった差など、中学になって初めて戦ったあの日にはもうなくなっていた。勝負をする中で勝ち負けを繰り返し、少しずつ理解していった。

 

 

 

 こいつには、オレにはない才能がある。

 

 

 

 悔しかった。悲しかった。

 

 何よりもタイガが羨ましかった。

 

 

 

 オレの方が先にバスケを始めたのに。

 

 オレの方が、バスケを好きなのに。

 

 何故あいつなんだ。

 

 何故……。

 

 

 

 気付いてしまってからは色々なものが自分の中で変わっていった。毎週の試合の中であいつと戦う度に鬱屈とした思いが積み重なっていった。

 

 勝つたびにあいつへの優越感が沸き、負けるたびに憎悪にも似た感情が沸き上がった。

 

 そんな風に感じる自分自身のことが嫌いになっていった。

 

 

 そしてお互いの戦績が49勝49敗となったあの日。オレはある決意をした。

 

 

 タイガとの決別。

 

 

 ここまでは互角だった。だが、これからもそうとは限らない。オレはもう我慢ができなかった。決着をつける。そしてこの思いを終わりにする。

 

 これ以上はオレの為にも、タイガの為にもならない。

 

 兄弟としてではなく、ライバルとして。そして一人のバスケットボールプレイヤーとして。

 

 優劣をつけたかった。

 

 

 だがあいつは、オレの前から姿を消した。

 

 

 オレは、あいつと戦うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

(確かこの辺りだといっていたな)

 

 その話を聞いた次の日の放課後に、オレはその東洋人の少年を探しに向かった。

 

 タイガが帰ってきたのか。それを確かめるために。

 

 だがストリートをいくつか回り、知り合いから話を聞いていくうちに自分の期待が外れていることが分かっていった。聞く人物像はタイガとは程遠く、東洋人であるということ以外の共通点はほとんどなかったのだ。

 

 それを知ったときは残念だったが、話を聞いていくうちに少しずつその人物に対して興味がわいていった。

 

 その人物はなんでもここ最近になってこちらに来た日本人らしい。プレイにはどこか鬼気迫ったものがあり、その気迫に圧倒されるものもいるという。

 

 だがそれでもそいつと戦った者たちはそろってこういったのだ。

 

 ――楽しかった、と。

 

 

 

 

 

(どんな奴なんだろうな)

 

 目的の場所に近づくと親しんだいつもの音が聞こえてきた。ボールのはねる音やバッシュのスキール音。コートを囲む野次馬の歓声。ここに来ると気分が高揚してくる自分がいるのが分かる。その気持ちを抑えつつ、いつもよりもどこか熱気のあるコートの近くにいた顔なじみに声をかけた。

 

「What happened?」

 

「Tastuya. After a long time」

 

「It's so. By the way, was there something? I think it rises」

 

「Yes. See there」

 

 言われた方に視線を移すとそこには1on1をする同年代と思われる日本人の少年がいた。

 

 どうやらちょうどシュートを決めた直後らしく、コートの中央へと戻り仕切り直そうとしていた。

 

「Hey,Tomoya! One more time!」

 

「ははっ!よっしゃ!どんどん来いや!」

 

 対峙する両者はお互いの力を認め合い、はたから見てもその勝負に対する入れ込みが伝わってくる。

 

 どこか影を帯びた雰囲気を醸し出しつつも、重苦しいものはなくプレイに入り込んでいる。

 

 その表情には笑顔が浮かび、とても楽しそうだった。

 

 

 それを見てオレは羨ましいと思った。

 

 

 いつからかバスケをすることに息苦しさを感じるようになっていた。

 

 

 タイガを倒す。そのことばかりに気がとられ、バスケを楽しむことができていなかった。だからこそどこか俺と似た雰囲気を持ちながらも、俺とは違うそいつのことが眩しかった。

 

 

 気が付いたらオレは、そいつに声をかけていた。

 

 それからオレと智也は意気投合し、この1ヶ月ともに切磋琢磨してきた。

 

 智也はいつも楽しそうにプレイをする。自分が抜かれたりシュートをを決められた時は悔しがるが、それを引きずらずに次は勝つ!という想いを前面に出してくる。戦っていてもバスケが好きだというのがよくわかる。それに触発されてこちらにも自然と笑みが浮かび、もっとこいつと戦いたいとそう思わせる力を持っていた。

 

 オレもいつの間にか智也とバスケをするのが楽しくなっていった。毎日のように対戦をし、毎日のように練習をした。次はどのように戦うかどうやって抜くのか、それを考えることがとても楽しかった。

 

 

 前よりもバスケが好きになった。

 

 

 だからオレは智也に感謝している。

 

 バスケの楽しさを思い出させてくれたこと。

 

 バスケを楽しいと思わせてくれたこと。

 

 何より、バスケが好きだということを再確認させてくれた。

 

 だからこそオレは力になりたかった。目の前のこの大切な友人のために。

 

 今度はオレがその力に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ●     ●     ●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話してくれないか。智也」

 

「辰也さん」

 

 真剣な表情でこちらを見つめてくる辰也さん。この一つ上の先輩はいつものようにこちらを気遣ってくれていた。

 

「お前が今どのようなことで思い詰めているのかはわからない。だがお前が何かに悩んでいるということはわかる」

 

「……」

 

「お前は初めて会った時からどこか影のある雰囲気を持っていた。プレイ見ていてもどこか上の空となっている時があった。...そして戦う度に俺とその誰かと重ね合わせているということも」

 

 そっか。辰也さんにはわかっていたのか。俺が戦う度に青峰と対戦相手を重ねていたことを。

 

「そのことに対してどうこういうつもりはない。だがもしそのことが今の智也の状態と関係しているというのなら、オレはお前の力になりたいんだ」

 

「……ありがとう、ございます。でも」

 

 この申し出は正直有難かった。この人に事情を話せば、今の停滞したこの状況を打破することができるかもしれない。

 

 だがそれでいいのだろうか。この人にはここにきてから何度もお世話になっている。これ以上この人に迷惑をかけることはしたくなかった。

 

 言葉を返せずに口ごもってしまった俺を見て、辰也さんはため息を一ついた後に正面を向き、一つ間を空けてから話を切り出してきた。

 

「……オレはな、少し前までバスケットをすることが辛かった」

 

「え?」

 

 信じられなかった。あれほどに美しいプレイをする人が、バスケをすることを辛いと感じるなんて。

 

「オレには弟分がいた。小学生の頃に出会ったそいつをオレは実の兄弟のようにかわいがっていた。...そいつにバスケを教えたのはオレだった」

 

「そいつはどんどん上達していった。小学生の時は気にならなかった。オレとそいつには大きな差があったから」

 

「だがそれは変わった。俺の方が先に小学校を卒業したことで一年もの間そいつとは会うことがなかったんだが、その一年という期間であいつは急激に成長した」

 

「あれだけあった差は、もうなくなっていた。再会したその日の対戦でオレは初めて負けた」

 

「信じられなかった。どこかオレの中ではあいつには負けないという思いがあったのかもしれない。負けてあれほど悔しかったのは生まれて初めてだった」

 

 それはバスケットボールが好きな、ある少年の話。

 

「抜けたと自分では思っていても抜けきれない。決めたと思っていてもブロックされる。逆に、こちらが止めたと確信を持っていても抜かれるということもあった。……それを繰り返していくうちに、悟ったよ」

 

 

「こいつには、いずれ勝てなくなるって」

 

 

 青峰と戦った、あの日のことを思い出す。対等だと思っていた相手が、遠い存在になってしまったと感じたあの瞬間を。

 

「嫉妬したよ。どうしてオレじゃないんだって。なぜあいつなんだって」

 

「こんなにバスケが好きなのに、なんでオレにはそれ(才能)がないんだって」

 

 止めようとしても止められず、抜こうとしても抜けない。こちらの想像など遥かに超えていくその姿。

 

「それを否定したくてがむしゃらに練習をした。いつからかバスケがあいつを倒すための手段になっていった」

 

「どうにかして勝ちたくて。負けたくなくて。それだけのために」

 

「何よりそんな風に感じてしまう自分を認めたくなくて」

 

 この話の彼と自分の姿が重なっていく。

 

「だけどそのままじゃ駄目だと感じた。あいつへの劣等感からバスケを続けていたら、自分の中の何かが壊れてしまうと」

 

「その前に決着をつけるにした。こんな事じゃいけないと思ったから」

 

「しっかりとケリをつけることであいつとの関係をはっきりさせたかった」

 

 どうしても諦められなくて。認めたくなくて。手を伸ばした。

 

 例え先のない道だとしても、最後まで。

 

 

 それはまるで、どこかの誰かのようで。

 

 

「結局決着をつける前にそいつはいなくなってしまったんだけどな」

 

 ははっ、と笑い辰也さんは微笑みをこちらに向けた。

 

「今のオレがいるのはお前のおかげなんだ。智也」

 

「……俺が?」

 

 身に覚えがなかった。辰也さんにはいつも助けられてばかりで、俺は何もしていない。むしろこちらが感謝をしているくらいだった。

 

「あいつがいなくなってオレは目的を失った。練習はしていたがどこか集中仕切れなくて、ただ惰性で続けている面が強かった」

 

「そんなときにお前に出会った。ストリートで楽しそうにバスケをする智也に」

 

「オレとどこか似た雰囲気を持っているのに、どこまでも楽しそうにプレイをする君に」

 

 

「眩しかった」

 

 

 辰也さんはどこか感慨深げにその言葉を口にした。胸にてを当てながら、とても大切そうにその思いを打ち明けてくれた。

 

 

「君のプレイを見てオレは君と戦ってみたいと思った。そうすれば今の自分を変えることが出来るんじゃないかって」

 

「その予感は正しかったよ。智也と戦ってオレはまたバスケを楽しいと思うことができた」

 

「才能とか勝ち負けの為だけじゃなく、ただバスケをするだけで楽しいんだって」

 

「オレはやっぱりバスケが大好きなんだって」

 

 強く重く、そして優しく言葉を紡いでいく。

 

「だからオレは感謝してるんだ。この想いを思い出させてくれた智也に」

 

「だからこそオレは君の力になりたい」

 

「君ともっと、楽しいバスケがしたいから」

 

 そう話す辰也さんの瞳はどこまでも真剣だった。真摯で力強いその言葉はゆっくりと俺の心に染み渡っていった。

 

「辰也さん、実は――」

 

 気が付いたら俺は、全てを打ち明けていた。

 

 ここに来た目的や理由その全てを。

 

 そして話しながらふと、こんなことを思った。

 

 自分には実の兄弟などいないけれど。

 

 もし自分に兄がいたのなら、こんな感じだったのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




分割します。

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